
福島県民教協冬の集会2001は終了しました。そのときの様子はこちらをクリック
福島県民教協とは
福島県民間教育研究団体協議会の略です。
わが国では戦前より、「生活綴り方運動」を代表として、政府の軍国主義に反対し「お上」の教育に抵抗してきた歴史を持ち、自覚的な教師の組織的な運動の伝統があります。とりわけ、地域的に貧しくきびしい自然環境を持つ東北では、目の前の子どもたちを見すえ、地域の現実から目をそらすことなく、教師たちが連帯しあい、「北方教育」を形成し、多くの実践や研究をつくりだしてきました。民間教育研究団体とはこうしたサークルのことで、戦前・戦後を問わず教育の世界に大きな影響を与えてきました。
民教協とは、こうした民間教育研究団体、すなわち国語や社会といった教科、生活指導や障害児などの領域に専門化したサークルの連合体で、教育学や社会科学などの理論を学習しながら、より子どもや教師、地域の実態に即した教育のあり方を追求してきました。
県内には次のような民間教育研究団体があります。
- 教育科学研究会(略称・教科研)
- 日本作文の会(日作)
- 新英語教育研究会(新英研)
- 歴史教育者協議会(歴教協)
- 科学教育研究協議会(科教協)
- 数学教育研究協議会(数教協)
- 民舞の会
- 新しい絵の会
- 音楽教育の会
- 全国障害児教育研究会(全障研)
- 福島県生活指導研究協議会(全生研福島支部)
- 技術教育研究会(技教研)……
民間教育研究団体は、手当のつく官制の研修会や組合の研究集会と異なり、あくまでも自覚的な教師たちが集まり、自分たちのお金で学習会を企画します。
「学級崩壊」に「学力向上政策」、「新学習指導要領」に「学区の自由化」、「教育改革国民会議」に「学校評議員制度」「……」と、世紀末の日本の学校に、多様なそして新しい課題が、次々ともたらされました。まさに、現代のすべての問題がここに集結したかにみえます。
90年代の幕開けは、一方に「新学力観」に象徴的に見られる戦後教育の総決算路線の登場、そしていじめをはじめとするポスト校内暴力問題、そして民間教育運動の全体的な低迷、そしてその中での、福島県民教協の「世代交代」論、これらが交錯し合う、まさにこれから始まる10年間を予兆させるものでした。
「新学力観」は、行政を通じて巧みに教室の中に入り込み、やがて市民による学校批判を追い風とした、経済同友会の「合校」論の登場、そして90年末の公教育のリストラ再編へと進展してきました。また、80年代の「管理主義」の反動として生まれた、いじめや暴力・抑圧は次第に児童生徒の内面に潜り込み、神戸市須磨区の連続小学生殺人事件や「ナイフ事件」を経由し、ついには「学級崩壊」へと向かいました。
一方民間教育運動は、「新学力観」の登場によって、学力論争の新たな段階をむかえましたが、これはむしろ私たちの運動の足並みを乱す原因ともなりました。すなわち、私たちの運動の中にある「現状をのりこえる先進の理論」と「誰でもわかる方法論」が対立・分裂した形で露呈してきたということができます。
県内においては、過去3回にわたる組織や運動の見直しによって運動の担い手の若手への移行は進みましたしかし運動を停滞させている本質的な問題は、むしろ運動の担い手の情勢の把握と、学校現場の「生」の問題に悩む現場教員とのギャップだったことが明かとなりました。
99年8月7日〜9日にかけて東北民教研土湯集会が開催され、県内の多くの実行委員のご協力により、参加人数が3年ぶりに400人台に載せるなど、福島の力を確認することができました。。福島がこの集会に託した課題は以下の点でした。
・ 分科会のあり方の見直しと、各分科会を貫く問題群の重点化
・ 50周年を迎えるにあたっての、北方教育の課題の整理・統合
・ 東北各県の民間教育運動の現状をふまえた上での運動の見直し
これらを受けて、現在「分科会の集合体」となっている東北民教研を、「子ども」や「学び」、「地域」、「学校」、「教師」など、すべての教師が共有できる課題を中心に据えた集会へ移行しようと討議を重ねました。しかし、結果的には根強い分科会主義によって、実現にはいたりませんでした。ここで明かとなったのは、北方教育の伝統を守り運動全体をいかに組み立てるかという代表者会側の問題意識と、分科会責任者や一般参加者の「分科会で学ぶ」という要求のずれではなかったかとおもいます。これはこのまま、福島県民教協の常任委員会の運動提起と一般会員の要求との関係であり、運動と学習の対立ではないかと思われます。
さらに、前記・をふまえれば、各県民教連は相当「無理」をして運動を支えているにもかかわらず、実務をこなすことに手一杯で、現状をふまえた「運動の見直し」すらできない状況です。県内においても、90年代以降、福島県民教協に軸足をおいて活動する運動家はきわめて少数となっています。領域別サークルや組合運動の幹部など多くのチャンネルをもつ若手へ移行しています。このため、民教協の中枢部は本来の課題である実践・研究活動から遠ざかり、もっぱら集会や組織を支えるために奮闘してきました。すなわち私たちの組織はいわば「個人依存型」に移行してきており、このまま進めば情勢はさらに情勢は厳しくなってくるのではないかと思われます。
前述したように、90年代、子ども・学校・地域の変貌はかつてないスピードで進みました。それでは、公教育のリストラが本格的に始動する21世紀を目前に控え、私たちは90年代をどのように締めくくればいいのでしょうか。
今日の組合運動や民教研運動の始まりは、1950年代と考えられ、50年代から60年代の時代の空気を養分にして発展してきたものと考えることができます。それらの運動は70年代にピークを迎え、オイルショックあたりを契機にして80年代に下降線をたどり、90年代にそれまでの蓄積を取り崩してしまったと見るべきなのではないでしょうか。
これと並行して、90年代に「ルールなき資本主義」として首をもたげてきた「日本型新自由主義」もまた、7〜80年代までの組織形態や価値観を「古くさくて役に立たないもの」とみなし、私たちの運動や活動の前に立ちはだかっています。「規制緩和」し「自由競争」によって「弱いもの」や「古くさいもの」を自然淘汰させるという考え方は、子どもや市民の内面の奥深くまで入り込み、旧来の組織形態や価値観の崩壊に拍車をかけました。
私たちの運動を、80年代から90年代にかけてふりかえってみると、「校内暴力」やら「新しい管理主義」など度重なる深刻な問題の対処に追われ、「とても実践どころではない状態」が長く続き、前進的な運動をつくってこなかったといわざるを得ないのではないでしょうか。
この意味で、今私たちに必要とされているのは、たんにこれまでの伝統を守ることではありません。むしろ、これまで私たちが取り組んできた様々な課題の整理を行い、新自由主義から公教育を守る新たな運動を創造することなのではないか。
伝統の個人加盟制を基本としながら、一定の地域や領域別サークルから人材を常任委員会に派遣し、人的に支援します。このことにより、常任委員会は有志+サークル・地域からの選出者の構成となり、みんなの力で支え合う福島県民教協となります。
地域・全領域をネットにかけてきたこれまでに対し、会員名簿を活用した会員個人とのつながりを強化していきます。すなわち地域センターの設置は各地域の現状・判断によるものとし、一部の責任者に負担がかからないようにします。また冬の集会で全領域にわたる分科会の設置をとりやめ、学びやカリキュラム問題へ統合を進めます長期的には、領域別分科会から課題別分科会へ重心を移していきます。
All-in-oneだった常任委員会の機能を県内教育問題の分析や運動提起、学習会の企画・準備などに限定しますそれに伴い、東北民教研などの外部とのやりとりは「退職者の会」などに協力をいただきます。ただし既存の分科会責任者体制は、東北民教研との関係もあるため、継続します。
長年の課題である、市民団体や地域などとの連帯の具体的な方策を探ります。一年のサイクルを見直し、春・秋の集会を何らかの行事とドッキングさせます。
常任委員会代表は、常任委員会内で互選し、常任委員会の人事や活動の内容の一切に責任を持ちます。また代表を全県から(つまり県北・県中以外も含む)選出するために、恒常的に常任委員会に出席することは不可能と考えます。そのために、県北・県中出身の副代表をおきます。
月1回程度の常任委員会を行う。当面、基本的にこれまでの事務局をかねた常任委員会とし、方針の具体化を行う。これは基本的に公的な組織であり、各領域サークルは一定の協力を行う義務を持つ。常任委員の任期は3年とし、再選は妨げない。
| 常任委員会代表 | 全県から1名 | 原案作成部 | 事務局長、次長、県北・県中から3名 |
| 副代表 | 全県から1名 県北・県中から1名 |
常任委員会 | 7名程度 |
| 事務局長 | 県北・県中から1名 | 代表者会 | これまで通り |
| 事務局次長 | 県北・県中から1名 | 冬の集会実行委員会 東北民教研対応 福島県民教協50周年 記念行事 |
これまで通り |
当面、これは常任委員会の会議の回数を減らすための策ですが、将来的には電子ネットワーク(ホームページ、メーリングリスト、E-mailなど)へ、運動の比重を高めてゆきたいと考えています。あわせて、これまでの会員管理や議事録、通信等のデジタルデータ化を進め、事務処理の簡略化をめざす。
メンバーは、事務局長・次長を含む県中・県北に住む若手4〜5人で構成し、福島県民教協の実質的中枢部となります。このメンバーで総括案や方針案を作成たり機関紙の編集等を行います。事務局長部局といったイメージです。ホームページやメーリングリストなどを用いて、情報の交換や問題提起を行っていきます。
機関誌『地熱』から仮称「機関紙・地熱」へ移行し、定期的に会員への情報提供を行います。常任委員会およびワーキンググループの論議した内容や、会員の実践、学習会の案内などをその内容としたいと考えています。2ヶ月に1回程度の発行、B5判6ページ程度。印刷・袋詰め・発送は常任委員会が行います。また、できればホームページ上でも公開したいと思います。
総合学習の全面実施を前に、これまでの実践の整理を行い、部外者にホームページなどを通して資料を提供できるようなシステムにしてゆきたいとおもいます。
4月……春の集会、会員通信発行
5月……東北民教研中間集会(宮城)、会員通信発行
6月……代表者会
7月……会員通信発行、「冬の集会・2001」実行委員会結成、『地熱』発行(下旬)
8月……東北民教研、実行委員会(下旬)、会員通信発行
10月……会員通信発行
11月……秋の集会・実行委員会、会員通信発行
12月……「冬の集会」実行委員会
1月……「冬の集会」
3月……会員通信発行
※常任委員会は原則的に月1回開催。
第1号議案 1998年度福島県民教協総括
昨年は中教審答申や教課審答申が、年末には新学習指導要領も告示され、政府の抱く21世紀の公教育の青写真が明らかとなった。政府は「大競争時代」における日本のサバイバル戦略として、経済の国際的競争力の育成を教育の場に託している。「画一的」であったとする戦後公教育を批判する市民・グループの声を追い風に、スリム化・規制緩和を推し進め、個人の文化・経済力に見合った「個性化教育」をすべての学校に押しつけている。政府はこれが「実質的平等」とするが、入り口部分を自由競争化させ、出口においては学校の「再生産」機能にゆだねて能力格差を増大させ、下位のグループを切り捨てようとする思惑は明かである。
視点を県内に転じると、行政は、「新学力観」によってヘゲモニーを奪われた教師たちに「学力向上IDプラン」を押しつけ、あからさまな点取り・忠誠競争を強いている状況である。「生きる力」をいうと「新学力観」を持ち出し、「学力保障」をいえば「学力向上IDプラン」を持ち出すという教育行政は、民間教育運動のスタンスを混乱させている。「新学力観」と「旧学力観」の綱引きを対象化するような視点の確立が、一人ひとりに求められている。ナイフ事件・学級崩壊などによるマスコミ扇動の「心の教育」「学校評議会」の問題も、学校の自律性、職員・生徒集団の自治として、私たちの中で積極的に議論しつくりなおす必要があろう。
一方、注入的・要素主義的なこれまでの授業に代わって、テーマ主義・対話的「総合的な学習の時間」が全面に押し出され、私たちの運動の可能性が増大しているのも事実である。しかしながら、戦後数十年にわたって、主体的にカリキュラムを編成する機会を奪われ、創造的に教育課程を編成する主体的力量を育ててこなかった学校現場が、一気に「総合学習」を中心とした新しい学びのあり方を具体化することは非常に困難である。「総合学習」を第二の「生活科」にしないためにも、私たちの運動をすそ野まで広げ、地域や子どもの現実への立脚、学校の自律性、教師の創造性という私たちの運動の掲げてきた理念を多くの職場・教師たちと共有しなければならない。
このような厳しい中にあって、会津民主教育研究所を中心とした研究・実践は目を見張るものがある。斎藤民部による「個性化教育・総合学習批判」は、地域の現実から教育行政の不整合を告発するものである。大竹圭子の中学校総合学習実践「私たちはなぜ学ぶのか」は、学習から逃走する子どもたちに「学ぶことの意味」を発見させようとする感動的な実践である。大谷敏彰も学校ぐるみで創造的な総合学習実践をまとめている。
また、伊藤弥・山口智史両氏によって実践されている「アクティビティ」も、県内に広がりを見せている。これが方法論に終わらず、地域の実態とどのように切り結んでいくのかが課題である。
三春町岩江中学校の「総合学習」を中心とした創造的な学校経営も、年を追うごとに多様性を見せている。職員で合宿を行いカリキュラムを編成するなどの斬新的な方法論には、勇気すら与えられる。
これらの実践から明かとなっているのは、生活と学びの新しい結節点を探るということ、子どもや学校・教師の現実を集団的に分析し、共同的に〈学び〉を創ってゆくことの重要性であろう。
97年度より、「春(総会)─夏(東北民教研)─秋(学習会)─冬(冬の集会)」のサイクルを明確に打ち出し、秋の学習会の実質化と、冬の集会の再編成を課題として取り組んできた。98年度は特に、若手で先進的な研究をしておられる子安潤氏(愛知教育大学・教育方法学)を招いた。近年までの民主教育運動を自己批判的に総括し、なおかつ新しい学びの文脈を提起された。
前年度より、冬の集会を現状にあったスタイルに再編しようと取り組んでいる。第1段階は18の分科会を「教科別」と「問題別」の2群に分け、教育方法・内容と学校の抱える問題の両面を学べるようにした。この取り組みの目標は全面的な分科会の再編成であり、昨年の第2段階は、「領域別」と「課題別」に分け、後者を「子ども論」「学び論」「学校論」「地域論」そして「ワークショップ」に整理統合させるにまで至った。この理念は私たちの運動理念──すなわち、教育方法と教育思想を整合的に統一してゆくこと──に沿ったものであったが、現実的に世話人体制が十分に確立しておらず、一部のグループや個人に寄りかかったままであり、実行委員会体制の確立とともに改善が求められる。その他にも、例年4・5日に行っていた同集会を、1月の第二土日に移した。さらに、久冨善之氏(一橋大学・教育社会学)の講演は本年度のテーマ「学び・運動・共同のある民教協を─教師受難の時代をのりこえる─」に迫るものであり、氏の提起に沿った実践を持ち寄りたいものである。
今年度開催される東北民教研土湯集会への取り組みが始まった。常任委員会ではこの大会を射程に入れた学習会を2回開催した。一つは下山敏勝「東北民教研の課題とは何か」と題された近年までの東北民教研の総括・課題の提起である。ベテラン層と若い教師の間で活発に論争することができた。また、初沢敏生「東北とは何か」では、東北民教研の原点を確認しながらも、地理学的には「東北は一つ」という自明生が崩れていること、子どもや教師を介して東北をトータルにとらえることの重要性が指摘された。また、三浦浩喜「福島における民教協改革の歩み」は、約10年間にわたる事務局若返りや冬の民教研改革の歴史である。そのほかにも、臼井嘉一から「民教研の歩み」と題された、この半世紀の課題を提起する小論文が提出されている。
東北民教研は、長い間「北方性教育の伝統を守り──」というテーマを掲げてきた。しかしここからはその時々、東北民教研は何をテーマにして取り組んできたのかという、リアルな視点を見いだすことができない。東北民教研の歩みを歴史化し、一人ひとりが歴史の主体になることなしに、課題を乗り越え新天地を切り開くことはできない。
2001年に50周年を迎える東北民教研は、昨年度「50周年特別委員会」を結成し、東北民教研の課題を明らかにし、本格的な再編作業に入ろうとしている。福島県民教協は当面、そのリーダーシップをとることになっている。
若い世代の中で「福島県民教協」に軸足をおいて活動している者はきわめて少ない。それどころか現場の殺人的な多忙さのあまりに、サークルや組合活動にも参加できないでいる教師が大勢を占めている。こうした現状は民教協運営に暗い影を落としており、課題を自覚しつつもその克服に向けて実践する余力がないという、大きな壁にぶち当たっている。機関誌・紙なども含めて、もはや個人的な犠牲では乗り切ることができないほどの深刻な事態であること、常任委員会の求心力の低下の問題を、全会員で討議しなければならない。旧来の運動スタイルでなにが継続できて、なにが不可能なのかを明確に打ち出してゆく時期にさしかかっていると思われる。
また、長い間懸案となっている広範な市民・団体との連携も、「学校評議会」の問題と併せて、現実の実践的課題として位置づけ直す必要がある。
このような厳しい中でも、たとえば古関勝則を実行委員長とする「家本芳郎講演会」は170名以上の参加を勝ち取り、一部管理職も参加させている。近年では快挙ということができよう。また歴教協の運動は着実であり、「憲法を守る会」などの市民運動に積極的に連帯している。福島県生研は、新しい実践のあり方を提起し続けている関西との交流を意図的に行い、実践・研究の前進に役立てている。経験主義によらず、未だ私たちが経験したことのない課題に探針を入れる時代がもう始まっている。まさに新しい運動イメージの模索が始まったということができる。久冨善之氏の言葉「たいへんな時代だからこそ、出どこがなにであれ、いいものが正しく評価される時代」なのだ。
管理職のリーダーシップは低落し、「子どものため」を自認する若い教師たちが学校を管理している状況が広まっている。彼らをのぞいて、教師は物理的にも精神的にも身の置き所を喪失し、身体・精神的疾患に陥るケースが後を絶たない。全県を見渡しても、「子どもが好き」で「教師としての誇り」を持ち、「授業が楽しい」という教師はほとんどいないのではないか。3月の日教組調査では小学校教師の3分の1が「担任を辞めたい」と考えているという。まさに、戦後最大の「教師受難の時代」を私たちは生きている。98年度の活動をふりかえるにあたって、現場の生の悩みをどれだけ吸い上げ、どれだけ共感しながら解決に向かったのか、丁寧にみてゆく必要がある。現場と民教協運動の乖離が進行しているように思える。
教育現場には「世代間断絶」ともいえる事態が深刻化している。40代半ばを境に価値観や行動様式の大きな差異が、学校運営にまで影響を与えている。この背景には、・ 学校への急速なオフィスOAの導入、・ 「新学力観」による「旧学力観」の否定、・ 高度経済成長やバブル経済を背景としたライフコースの差異、・ 教師の出身階層の変化などが考えられる。これによって、学校の中で「先輩に学んで一人前になる」という、常識が通用しなくなっている。
このことは、私たちの運動にも言えることであり、旧来の堅牢で構造的な民主教育運動のスタイルは若い人たちとの間に強い違和感を引き起こしている。このように考えたときに、民間教育運動こそが、運動の担い手を育てるばかりでなく、教師として一人前に成長する上での不安を除去するような、「専門家のコミュニティ」「癒しのフォーラム」に体質を変えてゆく必要性を感じる。
サークルの共同的な関係は、悩みの共有ばかりによって成り立つのではなく、衣山武秀が指摘するように、文化の共有によって支えられる。これはとりもなおさず教師自身が文化の担い手になることであり、これによって学校を多様な文化がクロスする場へ変えてゆくことである。民教協も、豊かな文化の創造の場へと発展させてゆきたいものである。
第3号議案 1999年度活動方針案
テーマ:学び・運動・共同のある民教協を
─新しい学びの創造と地域教育運動の再生─
4月……春の集会
5月……東北民教研中間集会(土湯)
土湯集会実行委員会結成
6月……代表者会
7月……会員通信発行(初旬)
「冬の集会・99」実行委員会結成
『地熱』発行(下旬)
8月……東北民教研
実行委員会(下旬)
10月……会員通信発行(初旬)
11月……秋の集会・実行委員会
会員通信発行(下旬)
12月……「冬の集会」実行委員会
1月……「冬の集会」
3月……会員通信発行(初旬)
※常任委員会は原則的に月1回開催。また、最低年1回は分科会独自の課題を確認する学習会を開催する。
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福島県民教協指標
| 1 私たちは、父母・青年・労働者・農民とともに、権力の支配に屈することなく、自主的に教育運動をすすめます。 2 私たちは、独立と平和・民主主義に立脚した、国民教育の創造をめざします。 3 私たちは、政治的・経済的・文化的な状況を改善・変革しようとする大衆運動とかかわって、教育の科学化につとめます。 |
名 称
第一条 この会を、福島県民間教育研究団体協議会(略称・県民教協)と称する。
目 的
第二条 この会は、共同の指標をもち、指標の精神を具現するために、県内地域民教研センター(準備会を含む)・各種民間教育研究団体と協同をつよめ、民間教育運動の発展を図る。
組 織
第三条 この会は、県内地域民教研センター(準備会を含む)をもって組織し、活動に取り組む。
会 員
第四条 この会は、指標に賛同する会員をもって構成する。
活 動
第五条 前条の目的を達するため、次のことを行う。
1 研究会の開催
イ 福島県民間教育研究団体研究会集会を主催する。
ロ 東北地区民間教育研究団体連絡協議会(東北民教連)研究集会を共同主催する。
ハ 各種民間教育研究団体の研究活動を援助する。
2 東北民教連の「北方教育の遺産を継承し、国民教育の創造をめざす」諸活動と協同する。
3 各種民間教育研究団体との連携と協同を強める諸活動を行う。
4 機関誌『地熱』を発行する。
5 父母・青年・労働者・農民の教育要求をほりおこし、組織化するための諸活動を行う。
機 関
第六条 この会に次の機関をおく。
1、総会 2、代表者会 3、常任事務局
第七条 総会は、年一回、県民教協研究集会の際に開き、次のことを行う。
1、年間活動の総括
2、年間活動方針の決定
3、年間予算決算の承認
4、会則の改廃
5、役員の選出
6、その他の重要な事項の審議
第八条 代表者会は、会長・事務局長・県内地域民教研センターの代表者および県民教協研究集会分科会責任者をもって構成し、次のことを行う。ただし、必要ある場合は、随時開くことができる。
1、県内民間教育運動の総括
2、具体的な活動の立案と推進
第九条 常任事務局会は、会長・常任事務局員をもって構成し、総会、代表者会の決定事項の執行にあたる。
役 員
第一〇条 この会に次の役員をおく。
会長 一名 事務局長 一名 常任事務局員 若干名
会計 一名 会計監査 若干名
会 計
第一一条 この会の経費は、会員による会費および行事収入・寄付金その他でまかなう。
第一二条 この会の会計年度は、総会から総会までとする。
付 則
第一三条 この会の会則は、一九八八年一月一五日より施行する。
第一四条 この会則は、第一三条を廃して一九九六年一月一五日より施行する。
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