地の果て知床、相泊の海岸にテントを張る。10数km沖は北方
 領土の国後島。  
   夜、ビールを持って露天風呂に行くと暗闇の向こうで静かに
 波の音が聞こえていた。

シリエトク 晴航雨読 「知床」 '92.7.21〜7.30



  7月23日早朝。どんよりとした重たい空気の中での朝食と
 なった。風が強く波も昨日より大きくなって打ち寄せている。
  浜でこの具合だと沖や難所のペキンの鼻、岬は10倍も厳し
 い。
   と地元の漁師の言葉。
  行こうか止めようか迷ったあげく午前10時に出発。しかし
 1kmも進まず、相泊港の防波堤の先でさらに大きくなった波に
 恐れをなして退散した。

   7月24日。朝凪を狙って3時起床。朝もやの中オホーツクはさ
 ざ波だけ。すばやく出発する。
  左に知床半島右に国後島を眺めながら行く。どちらも上半分
 は厚い雲に包まれている。
  半島側は狭い浜にサケ・マス漁の基地となる番屋が並び、今
 が盛りのコンブを干す人たちが忙しそうに働いている。
  沖に延びる定置網をいくつも乗り越して快適な船旅が続く。
  しかし観音岩が見えてきたあたりから次第に風が強くなって
 きた。波の上でつむじ風が踊っている。
  ウナキベツ川の河口に上陸。風が強く陽も翳っていて寒い。
 休憩もそこそこに出発。

  さらに風が強くなり波もうねりだした。
  化石浜を過ぎタケノコ岩まで来ると、とうとう突風が襲って
 きた。遠くの方で無数の風波が立ったかと思うと、それがもの
 すごい勢いで近づいてくる。一瞬にして嵐の中に投げ込まれ、
 舟は風にあおられて傾く。崩れた波頭が小石のようになって打
 ちつけてくる。
  海水が目に入り痛い。しかし漕ぎ続けていないと沈してしま
 う恐れがあるので、顔を拭うことができない。
  もう少しでモイレウシ。ここは漁船も時化の時に逃げ込む馬
 蹄形の湾で、そこまで行けば安全と聞いていた。      
  ありったけの力を振り絞って漕ぐ。
   やっとのことで上陸した。しかし発達したオホーツク高気圧
 が、冷たい風を知床連山を越えて強烈に吹き下ろしてくる。
  ここは風の通り道だ。結局次の浜に向け舟を出した。  
 
   1分ごとに襲ってくる突風。波は2m位になり、先行する舟も波
 の谷間に入ってしまうと全く見えなくなる。
  漕いでも漕いでも陸が遠い。波を被ると隙間から水が入って
 くる。こんなに荒れていると水を掻い出すこともでない。とに
 かく早く陸に上がりたい。
  岩礁の陰に回ると波もいくらか穏やかになり、ペキン川の河
 口に上陸した。そこには番屋が一軒あり、丁度浜でコンブを干
 しているところだった。
   番屋のかげで昼食を取った後、ペキンの鼻に歩いて偵察に行っ 
 た。
   途中の緑の丘にはハマナスやエゾスカシユリが思いっきり咲
 いている。うす紫色のネギ坊主を根本から抜いてみるとノビル
 だった。
  ペキンの鼻から見下ろした岬へと続く海は、コバルトブルー
 に染まり美しい。しかし砕け散る白い波が風の強い証拠だ。
  引き返し番屋に人に訊くと、明日の朝凪を狙った方が良いと
 言うので今日はここでキャンプ。

 テントを張り終えると夕食まですることがないので釣りに行  くことにした。釣りに行くといってもテントの脇を流れるペキ  ン川、川幅は1mもない。   イタドリの茎を釣り竿代わりにして、針にはそこらにいる虫  を付けて出来上がり。   紅い斑点の美しいオショロコマが釣り堀よりも簡単に釣れる。  勿論、夕食のおかずになった。   知床に来て初めて朝日が見えた。7月25日午前4時。また長い  一日になりそうだ。  難所のペキンの鼻も朝凪でまるで湖のようだ。男滝、女滝が  崖から直接海に落ちる下を過ぎ念仏岩を廻ると、突然長く突き  出た岬と灯台が現れた。   あれが知床岬か。  カブト岩、赤岩と越えていよいよ岬の突端かというところで  また風が出てきた。   朝凪も毎日7時ぐらいまでしか続かないようだ。   岬の周辺は潮の流れが速く風も常に吹き付けていて、岩礁に  当たって大きくなった波が迫ってくる。      波に負けないように、そしてどことどこに岩があるかを見極  めて漕ぐ。  波の静かな岩礁地帯を縫うように進んでいると、突然小さな  湾にセメントの桟橋が見えた。まだまだと思っていた岬の上陸  地アブラコ湾に着いてしまった。     7月26日午前9時。とうとうあこがれの知床岬に着いた。   草原の台地を歩き、急な崖を登り燈台に立った。   眼下の緑の大地が三角形に延び、それが切り取られたように  なくなったかと思うと青いオホーツク海。岩礁に砕けた波が白  く光っている。   あいにく天気は今ひとつで雲が低く国後島は見えない。それ  でも高校の時から夢に見たこの場所に立てたかと思うと満足感  でいっぱいだ。


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