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(2007年鴨池にて)
Chiba Lotte Marines #21 Tatsuya Uchi
内 竜也
・ポジション 投手
・誕生日 1985年7月13日
・年齢 25歳
・身長 182cm
・体重 75Kg
・血液型 A型
・出身地 神奈川県
・経歴 川中島小学校-川中島中学校-川崎工業高校
・入団年 2004年 ドラフト1巡目でマリーンズに入団
・契約金 7000万円
・年俸 700万円(2004)-720万円(2005)-720万円(2006)-810万円(2007)-800万円(2008)-750万円(2009年)-1500万円(2010年)
・1軍初登板 2004/06/15 北海道日本ハムファイターズ戦(千葉マリンスタジアム)
・使用メーカー ZETT
☆ 内竜也投手について
野球を始めたのは川中島小(川崎市)の1年生。 お兄さんがやっていて始めた。小学校時代は主に、ピッチャー、サード、セカンド。
川中島中(川崎市)に上がると、野球部の坊主が嫌で、バスケ部に入部。
2年の秋、体育祭の応援団を先輩に誘われうけるが、応援団も坊主にならなくてはいけなく、結局坊主になるんだったらというので野球部に。
3年時に川崎市の大会で優勝をおさめる。
高校には自分の意思で県立高校の川崎工業高校に進学。
雑誌に2年秋か3年春に小さく登場。 2年の秋にはすでに140Kmを突破し、プロにも注目を浴びるようになる。
3年時には145Kmを投げれるようになり、130Kmを超えるスライダーを投げるまでに成長。神奈川県大会ベスト8の結果を残す。
ドラフトに対しても、「12球団どこでもOK」と柔軟な姿勢を見せ、2003年オフドラフトでロッテにドラフト1位で指名される。
プロ1年目は最初の新人合同自主トレに、風邪が治っておらず実家に強制送還されるという失敗も・・・
そして、体力測定ではプロ最低レベルの背筋力(170Kg)にも達しておらず(119.5Kg)、
それでも140Kmを超えるストレートを投げる事ができる素材の高さを見せた。
シーズンは2軍で抑えとしてスタート。5月25日までにイースタンリーグダントツの9S(10SP)を挙げ、1軍からの先発調整登板でも、
5回を無失点に抑え、見事に1軍の切符を手に入れる。 3試合に登板するもスタミナ不足から勝利を挙げる事ができなかった。
2軍に落ちた後も、不安定な登板が続いたが、1軍へ再昇格。4回KOと結果を残せず再度2軍へ降格。
その後は怪我などで2軍でも登板がなかったが、10月のフェニックスリーグでマウンドに戻り、結果を残している。
2年目は開幕2戦目に先発投手として起用され、勝利を手に入れるが、内転筋を痛め1ヶ月ほど登板ができなくなる。
怪我が治ったあとも、フォームの忘れから自分の投球ができなくなり、不安定なピッチングが続く。
そして、1軍も2位でプレーオフ進出、2軍も優勝とチームの好調とは裏腹に昨年より悪い成績を治めてしまう。
フェニックスリーグで登板を重ね来期への復活へのステップアップを踏む。
3年目は開幕1軍で迎えるが、調子を落とし5月中旬にファーム降格。その後右肩痛もあり3ヶ月近くリハビリに費やす。
その後2軍で成績を残すが1軍に復帰することなく終わった。
4年目は目標にしていた一軍定着を達成できずにシーズンを通じでファームで過ごす。
ピッチング自体にも伸び悩みが生じファームでも安定したピッチングができなかった。
9月後半からウインターリーグに参加するも、肩の故障で2週間で帰国。
肩にメスを入れて翌年後半の復帰を目座す。
5年目は前半リハビリに費やすが無事復帰し、5試合登板をする。
そして昨年途中帰国と涙を呑んだハワイウインターベースボールで肩の調子を見ながら5試合登板。
6年目はシーズン序盤はファームで過ごすが、11セーブをあげ1軍昇格。
1軍では念願のプロ初セーブ、プロ初勝利をあげ、シーズン最後まで1軍に定着することができるが防御率では6点台と安定感を見せることはできなかった。
7年目1軍キャンプに参加もオープン戦途中に体を痛めファーム降格。
5月後半にファームのゲームに復帰し、1週間後には1軍復帰。
しかしまた怪我に悩まされゲーム復帰は9月直前となるが、9月後半には2日連続で勝利を挙げるなど、ラッキーボーイの存在となる。
クライマックスシリーズを勝ち抜き、チームは日本シリーズへ。 初の日本シリーズのマウンドを踏む。
4試合8イニング登板し無失点13奪三振率で、日本一となり日本シリーズ優秀選手賞を受賞した。