「アメリカとソ連、この2大国は宇宙開発の分野ではどちらが進んでいるのだろうか?」
これは冷戦時代良く耳にした言葉だと思う。現在はどうであろうか?有人の長期滞在を除くと圧倒的にアメリカが優位にたっていることは間違いないであろう。では宇宙開発初期はどうだったか?
「宇宙開発初期、少なくともウォストークのころまではソ連が優位に立っていた。」これが大方の見方だったようだし今もそう考えられているのではないだろうか。
しかし本当にウォストークの時までソ連はアメリカをリードしていたのであろうか?
今回はこの辺を考えてみることにする。
初の人工衛星スプートニク1号、初の生物衛星スプートニク2号、初の人工惑星、初の月探査機、初の生物衛星回収そして初の有人衛星ウォストーク1号。宇宙開発初期、ソ連は初物づくしで世界に衝撃を与え続けた。これにより“ソ連>アメリカ”の構図が出来た。
「宇宙開発の優位」を何のものさしで計るかというのは難しい。はっきり言って1つのものさしで計れるものではない。しかし世論は1つのものさしで計っていた。それは「インパクト」というものさしである。米ソ各国が宇宙開発でどれくらいインパクトを与えたかによってのみ両国の宇宙開発の優劣を計っていた。それはそうだろう、いくら地球が球形ではなくひずんでいたとか、宇宙空間に放射線帯があると言われても世論はそれほど関心を示さない。それよりも生物の乗った衛星が打ち上げられ回収に成功したと言うニュースの方がインパクトは大きい。こういう群集心理をうまく利用していたのがソ連であった。ソ連は宇宙開発をインパクトのあるものに集中して世間を驚かせ共産主義の宣伝に利用していたのである。
それを物語る資料として宇宙開発初期(スプートニク1号からコスモス1号まで)の米ソの人工衛星打ち上げ年表を以下にまとめた。
まずはじっくり見ていただきたい。
| ソ連 | 打ち上げ年月日 | 米国 |
| スプートニク1号 | 1957/10/4 | |
| スプートニク2号 | 1957/11/3 | |
| 1958/1/31 | エクスプローラー1号 | |
| 1958/3/17 | バンガード1号 | |
| 1958/3/27 | エクスプローラー3号 | |
| スプートニク3号 | 1958/5/15 | |
| 1958/7/26 | エクスプローラー4号 | |
| 1958/12/18 | アトラス・スコア | |
| ルナ1号 | 1959/1/2 | |
| 1959/2/17 | バンガード2号 | |
| 1959/2/28 | ディスカバラー1号 | |
| 1959/3/3 | パイオニア4号 | |
| 1959/4/13 | ディスカバラー2号 | |
| 1959/8/7 | エクスプローラー6号 | |
| 1959/8/13 | ディスカバラー5号 | |
| 1959/8/19 | ディスカバラー6号 | |
| ルナ2号 | 1959/9/12 | |
| 1959/9/18 | バンガード3号 | |
| ルナ3号 | 1959/10/4 | |
| 1959/10/13 | エクスプローラー7号 | |
| 1959/11/7 | ディスカバラー7号 | |
| 1959/11/20 | ディスカバラー8号 | |
| 1960/3/11 | パイオニア5号 | |
| 1960/4/1 | タイロス1号 | |
| 1960/4/13 | トランシット1B | |
| 1960/4/15 | ディスカバラー11号 | |
| コラブル・スプートニク1号 | 1960/5/15 | |
| 1960/5/24 | ミダス2号 | |
| 1960/6/22 | トランシット2A | |
| 1960/8/10 | ディスカバラー13号 | |
| 1960/8/12 | エコー1号 | |
| 1960/8/18 | ディスカバラー14号 | |
| コラブル・スプートニク2号 | 1960/8/19 | |
| 1960/9/13 | ディスカバラー15号 | |
| 1960/10/4 | クーリエ1B | |
| 1960/11/3 | エクスプローラー8号 | |
| 1960/11/12 | ディスカバラー17号 | |
| 1960/11/23 | タイロス2号 | |
| コラブル・スプートニク3号 | 1960/12/1 | |
| 1960/12/7 | ディスカバラー18号 | |
| 1960/12/20 | ディスカバラー19号 | |
| 1961/1/31 | サモス2号 | |
| イスポリン | 1961/2/4 | |
| 金星1号 | 1961/2/12 | |
| 1961/2/16 | エクスプローラー9号 | |
| 1961/2/17 | ディスカバラー20号 | |
| 1961/2/18 | ディスカバラー21号 | |
| 1961/2/21 | トランシット3B | |
| コラブル・スプートニク4号 | 1961/3/9 | |
| 1961/3/25 | エクスプローラー10号 | |
| コラブル・スプートニク5号 | 1961/3/25 | |
| 1961/4/8 | ディスカバラー23号 | |
| ウォストーク1号 | 1961/4/12 | |
| 1961/4/27 | エクスプローラー11号 | |
| 1961/5/15 | MR3(フリーダム7)* | |
| 1961/6/16 | ディスカバラー25号 | |
| 1961/6/28 | トランシット4A | |
| 1961/7/7 | ディスカバラー26号 | |
| 1961/7/12 | タイロス3号 | |
| 1961/7/12 | ミダス3号 | |
| 1961/7/21 | MR4( リバティ・ベル7)* | |
| ウォストーク2号 | 1961/8/6 | |
| 1961/8/15 | エクスプローラー12号 | |
| 1961/8/23 | レンジャー1号 | |
| 1961/8/25 | エクスプローラー13号 | |
| 1961/9/12 | ディスカバラー29号 | |
| 1961/9/12 | ディスカバラー30号 | |
| 1961/9/13 | MA4 | |
| 1961/9/17 | ディスカバラー31号 | |
| 1961/10/13 | ディスカバラー32号 | |
| 1961/10/21 | ミダス4号 | |
| 1961/11/5 | ディスカバラー34号 | |
| 1961/11/15 | トランシット4B | |
| 1961/11/18 | ディスカバラー35号 | |
| 1961/11/22 | 秘密衛星 | |
| 1961/11/29 | MA5 | |
| 1961/12/12 | ディスカバラー36号 | |
| 1961/12/22 | 秘密衛星 | |
| 1962/1/26 | レンジャー3号 | |
| 1962/2/8 | タイロス4号 | |
| 1962/2/20 | MA6(フレンドシップ7) | |
| 1962/2/21 | 秘密衛星 | |
| 1962/2/27 | ディスカバラー38号 | |
| 1962/3/7 | OSO1号 | |
| 1962/3/7 | 秘密衛星 | |
| コスモス1号 | 1962/3/16 |
上の表を見て驚かされるのがソ連の衛星打ち上げ数の少なさである。表に載っているものだけを数えるとアメリカの70ヶに対してソ連16ヶである。アメリカの2割ちょっとの数字である。それにもかかわらずソ連は世界に宇宙開発でインパクトを与え続け、アメリカを脅かし続けたのである。
この表を見るとソ連はスプートニクの後ひたすら有人宇宙船の開発にしのぎを削っていたことがわかる(コラブル・スプートニクは無人ウォストーク)。
宇宙船開発以外では月探査と金星探査だけである(イスポリンは地球軌道からの脱出に失敗した金星探査機)。これも科学的探査と言うよりもアメリカに先んじるという意味合いの方が大きい宇宙機であった。
ソ連の宇宙開発は一言で言って派手な宇宙開発と言える。
宇宙開発を政治宣伝としてとらえていたソ連としては限りある人・資金でいかに効率を上げるかを考えると必然的に派手な部分に注力するしかなかったわけである。
一方アメリカの宇宙開発はどうであろうか?アメリカの打ち上げた人工衛星を見ると科学衛星、通信・気象の実用衛星の実験、軍事衛星の開発などバラエティーに富んだ開発を行っている。中でも現在カーナビでおなじみのGPSの基となる航海衛星「トランシット」などすでにこの時期から研究が開始されているのは興味深い。宇宙船の開発ももちろん行われてはいたが全計画の1部に過ぎない扱われようだったように見える。
アメリカの宇宙開発は人工衛星をどう利用するかということに主眼が置かれていたようである。これは世間的に見れば地味でありソ連の宇宙開発とは対照的である。
この宇宙開発に対する考え方がその後の両国の宇宙開発の姿を物語っているように思える。
現在までのソ連/ロシアの宇宙開発の実績は人間の長期宇宙滞在にある。アポロ計画で月レースに敗れたあとソ連の宇宙計画は宇宙ステーションに軌道修正された。そしてそれはサリュート、ミールを経て現在のISSへとつながっている。ISSではアメリカが主導的立場にあるが、ロシアはコアモジュールやソユーズ、プログレスなどの主要コンポーネンツを提供しており現在のISSの要となっている。
これに対してアメリカの宇宙開発はどうであろうか。もちろんアポロやシャトルなど有人分野でも大きな実績は残しているしシャトルは現在のアメリカの宇宙開発の代名詞的存在であるのも事実である。しかしアメリカの宇宙開発の真髄は宇宙探査及び実用衛星の分野にあると私は考える。
気象衛星、通信衛星はすっかりわれわれの生活に溶け込んでいるのでもはや注目もされないがこのシステムを実用化したアメリカの功績は非常に大きいしGPSシステムは現在急速に普及しておりアメリカの数十年の努力の結晶と言えるだろう。実用衛星は宇宙開発初期にソ連が有人衛星を注力している間にすべてアメリカが基礎研究を行っていたのである。
また宇宙探査の分野においても火星へ着陸したバイキング、木星,土星,天王星,海王星の探査を行い今もなおデータを送り続けているボイジャーはアメリカの宇宙開発の本当の意味での代名詞といえるのでは無いだろうか!?
一方ソ連の惑星探査は金星と火星のみである。その上まともな成果があげられているのは金星だけである。
実用衛星及び宇宙探査の分野においてロシアはアメリカに大きく水をあけられているのが現状である。
話を元に戻し、これらのことを踏まえもう一度「宇宙開発初期、アメリカとソ連、この2大国は宇宙開発の分野ではどちらが進んでいたか?」を考えてみる。
私はどうも最初からアメリカに軍配が上がっていたように思えてならない、、、。
さて、皆さんはどう考えるでしょうか?
(第1版 2003/11/28)