東西冷戦のさなか旧ソ連が開発していた”衛星を攻撃する衛星”=「キラー衛星」はアメリカに大きな危機感を与えた。このキラー衛星はいったい何を目指していたのだろうか?今回は旧ソ連宇宙開発史の闇の部分をのぞいてみたい。
まず本題に入る前にキラー衛星について予備説明をしておく。
よくSF等では敵方の宇宙船をレーザー兵器やミサイルなどで打ち落とす(破壊する)シーンが多々見られる。しかし実際に敵方の衛星を破壊するのにこの様な方法はナンセンスと言って良い。有人の攻撃機(衛星)ならまだ考えられなくは無いが無人機ではあまりにも馬鹿げているからである。
まず敵方の衛星を攻撃するならばその衛星に近づかなくてはならない。いわゆるランデブーである。ランデブーすると言う事は敵方衛星と同じ軌道面にいなくてはならない。またレーザー兵器やミサイルで攻撃するという事は前提として攻撃衛星を再度使用する事を意味している。しかし1つの敵方衛星を攻撃した後次の敵方衛星を攻撃する事が可能なのであろうか?答えはほぼ不可能である。”ほぼ”と付けたのは次の敵方衛星が同一の軌道面にいる場合はそれが可能であると言う意味である。しかし実際には敵方衛星が同一軌道面にいることはまず無い。それでは軌道面を変えれば良いと言う事になるが実際には軌道面を変えるのはかなりのエネルギーが必要となってくる。つまり攻撃衛星は巨大な燃料タンクを備えることになる。このような衛星は非常に大きな衛星にならざるを得ない。果たしてそんなものが有効なのであろうか?それよりも兵器の一般性に立ち”一回使い捨て”にすればもっと小型で機動性に富んだシステムが出来る。また使い捨てになれば何もレーザー兵器やミサイルなどで攻撃する必要性は無くなってくる。つまり自分自身が敵方衛星に近づき”自爆”すればよい。
この発想に基づいて旧ソ連のキラー衛星は設計されている。
旧ソ連のキラー衛星の研究は1960年代中頃にスタートしたらしい。1967年10月27日に打ち上げられたコスモス185号が皮切りと言う説がある。この衛星は軌道の変更等の実験を行っておりキラー衛星に必要なランデブー技術の習得を目指していたと思われる。また同日にコスモス186号が打ち上げられており、この衛星は3日後に打ち上げられたコスモス188号とランデブー、ドッキングに成功している。この衛星はソユーズの無人機であり有人ソユーズのランデブー、ドッキング技術の前実験が目的であったと思われる。確かにこれらのコスモス衛星の実験の目的は有人ソユーズのドッキングを目指したものでその延長線上にソ連の有人月計画があったのは事実であり、この実験をキラー衛星の実験に結びつけるのは難があるかもしれない。しかし当時のソ連の宇宙開発はすべて軍が仕切っておりこの技術が後のキラー衛星に使われた事はまず間違いでは無いであろう。
最初のキラー衛星(標的)は1968年4月24日に打ち上げられている。しかしこの時アメリカの追跡レーダーはソ連が発表した傾斜角62.2度、周期93.4分、近地点×遠地点:396km×520kmの軌道にはそれらしい衛星を見つけることは出来なかった。そのかわり同一軌道面の144km×262kmの軌道にいくつかの破片が散らばっているのが発見された。どうやらコスモス217号は何らかのトラブルにより正規軌道に乗らず爆発してしまったらしい。ではなぜこの衛星がキラー標的衛星と断定されたかについては、この時ソ連が発表した軌道が後のキラー標的衛星と同一の軌道であったからである。
1968年10月19日、コスモス248号が打ち上げられた。この衛星の軌道は傾斜角62.25度、周期94.8分、近地点×遠地点:475km×543kmとコスモス217号の時ソ連が発表したものと類似の軌道であった。翌日の10月20日、コスモス249号が打ち上げられた。この衛星は前日打ち上げられたコスモス217号とほぼ同じ軌道面で493km×2157kmという長楕円軌道であった。このコスモス249号は軌道2周目の近地点でコスモス248号と接近して爆発した。これはコスモス248号を標的とし事に間違いはなかった。しかしこのとき標的となったコスモス248号は破壊されずにその後も軌道飛行を行っていたことから当初西側ではこの破壊実験は失敗したものと思われていた。
しかし同年11月1日、コスモス252号が249号とほぼ同じ軌道に打ち上げられた。このコスモス252号も同様に標的衛星コスモス248号に接近して爆発した。しかしこのときも標的衛星は破壊されていなかった。その後のキラー衛星の実験を見ても一度も標的衛星を破壊していないことから、どうやらソ連は意図的に標的衛星の破壊を避けていたようであった。つまり標的衛星は攻撃衛星の接近や爆発の状態を観測してそのデータを収集する目的があったようである。
1969年8月6日、コスモス291号が打ち上げられた。この衛星がキラー衛星の何らかの実験を行った形跡はないが軌道要素(傾斜角62.24度、周期91.46分、近地点×遠地点:147km×548km)からみてキラー標的衛星の打ち上げに失敗したものと思われている。
また1970年10月20,23,30日にそれぞれコスモス373,374,375号が打ち上げられた。これは前回のキラー実験と同様のコスモス373を標的衛星としたキラー衛星の実験であった。
1971年2月9,25日にはそれぞれコスモス394,397号が打ち上げられこれもコスモス394号を標的としたキラー実験が繰り返されているが、この時から標的衛星がそれまでのF級ロケットからC級ロケットに変えられプレセック基地から打ち上げられる様になった(攻撃衛星はそれまでと同様にF級ロケットでバイコヌール基地から打ち上げられている)。
1971年3月18日、4月4日にそれぞれ打ち上げられたコスモス400,404号はそれまでのキラー実験と明らかに違う試みが行われている。この2つの衛星はそれまでのキラー衛星と軌道高度も983km×1006km,802km×1010kmと高かった。コスモス404号は軌道にのった後軌道修正を行いコスモス400号とランデブー飛行を行った。しばらくの間コスモス404号は標的衛星と並行して飛行した後、爆発することなく軌道を離脱し太平洋に落下した。このことからコスモス404号の目的は標的衛星の観察を目的としていたと考えられる。つまり敵方衛星に接近して相手の性能等を観察しようというわけである。
1971年11月29日、12月3日にそれぞれコスモス459号、462号が打ち上げられ462号が標的衛星459号に接近、爆発をするという初期のキラー実験が行われている。このとき標的衛星は224km×260kmとそれまで比べてかなり低い軌道のに打ち上げられている。
1972年9月29日には標的衛星と思われるコスモス521号が打ち上げられた。しかしその後この衛星に近づいた形跡のある衛星は打ち上げられなかった。それから約3年半キラー衛星の実験は行われていない。
これは1972年5月に締結されたアメリカとの第一時戦略兵器制限交渉(SALT1)、そしてその年の11月にスタートしたSALT2を成功させるためにアメリカに無用な刺激を与えることを避けた為と考えられる。
第二次戦略兵器制限交渉(SALT2)は1970年半ばまで米ソ間で根気強く話し合いが続けられたが結局実を結ばずに終わた。これを受けてソ連はキラー衛星の実験を再開した。
再開最初の実験は1976年2月12日、16日そして4月13日にそれぞれ打ち上げられたコスモス803号、804号、814号で視察衛星の実験が行われている。しかしこのコスモス814号の飛行はこれまでの衛星とは少し違った形で実験が行われている。それまでの実験は攻撃/視察衛星が発射され標的衛星に接近するのにかなりの時間を要していたがこのコスモス814号は標的衛星がバイコヌール基地上空を通過するのを見計らって打ち上げられ軌道1周目で一気に標的衛星に接近している。これはキラー衛星がこれまでの実験段階から一歩前進したことを意味している。
1976年7月8日、標的衛星と思われるコスモス839号が972km×2091kmという比較的高い軌道に打ち上げられたがこの衛星に接近する衛星はなかった。しかし7月21日に132km×346kmの軌道に打ち上げられた843号がキラー衛星ではないかとその後考えられるようになった。
また同年12月9日、27日にそれぞれ打ち上げられたコスモス880,886号が従来の方法で爆発実験を行っている。
1977年5月19日、990km×2109kmの軌道にコスモス909号が打ち上げられた。この衛星の軌道は先のコスモス839号と類似の起動である。つづいて5月23日コスモス910号が打ち上げられた。このコスモス910号は打ち上げ後半の段階でコスモス839号と接近したが地球を1周せず落下した。この実験が意図的に行われたものかあるいは失敗したのかどうかははっきりしていない。
しかし同年7月17日に打ち上げられたコスモス918号は明らかに今までとは違ったパターンでキラー実験が行われた。この衛星は当初128km×243kmという低軌道に打ち上げられたがその後軌道変更により長楕円軌道に移行した。この軌道は標的衛星のコスモス909号の軌道と遠地点で接しており事実コスモス918号は909号と接近してその後太平洋に落下した。
先に打ち上げられたコスモス843号がこの918号の初期の軌道と類似するため843号は何らかのトラブルによりキラー実験に失敗したのだとこのときになって考えられた。
この918号は低軌道から長楕円軌道に跳び移るためアメリカではこの攻撃法をポップアップ型と呼ばれるようになった。
1977年10月26日夜、日本である騒ぎが起こった。上空を横切る火の玉が数十秒間に渡って観測されたのである。ある人たちはこれをUFOだと言って騒ぎ立てた(確かにUFOとは未確認飛行物体の意味であり正しいのであるが...)。この模様はテレビニュースでも取り上げられたほどである。この未確認飛行物体の正体を知っている人間はどれくらいいたのであろうか?
この事件の5日前の10月21日、コスモス959号が打ち上げられた。そして事件当日の26日にコスモス961号が打ち上げられた。961号はいったん低軌道に乗りその後長楕円軌道遷移し遠地点で959号と接近した。961号はその周の終わりに減速し大気圏に突入して太平洋に落下したのである。このとき大気圏通過の位置がたまたま日本の上空であったため多くの日本人に目撃されたのである。未確認飛行物体の正体はソ連のキラー衛星であった。
1977年12月13日、コスモス967号が打ち上げられこれを追って12月21日コスモス970号が打ち上げられた。970号は視察衛星の実験を繰り返した様であるが爆発したという説もあり実際どうであったかはよくわかっていない。ただ翌年5月19日に打ち上げられたコスモス1009号は明らかに967号を標的とした視察衛星であった。
それから2年間キラー衛星の実験は行われなかったがコスモス1171号が1980年4月3日打ち上げられ実験が再開されている。2週間後の4月18日に打ち上げられたコスモス1174号は1171号に接近して爆発したが接近時のお互いの距離が8kmと離れていたためこの実験は失敗したものと考えられる。
1981年1月21日、2月2日、3月14日にそれぞれコスモス1241,1243,1258号が打ち上げられコスモス1241号を標的にキラー実験が行われている。
また翌年の1982年6月6日、18日にはコスモス1375,1379号が打ち上げられ1379号は軌道修正を繰り返し周回2周目で標的衛星のコスモス1375号に接近し、その後1379号は減速して大気圏に突入し燃え尽きている。
この実験を最後にキラー衛星の実験は行われていない。
1983年8月18日、ソ連のアンドロポフ書記長はクレムリンで訪ソ中のアメリカ上院議員と会見しその席上で重大な発言をした。その内容はアメリカを含む他国が衛星を破壊するための兵器を配備しない限りソ連は一方的にこの種の兵器の開発は凍結するというものであった。つまりキラー衛星の開発凍結宣言であった。これは同年4月にアメリカのレーガン大統領に呼びかけた宇宙兵器全面禁止に続くソ連の宇宙平和攻勢の第2段であった。またソ連はこの2週間後の8月21日に国連に対して宇宙兵器禁止条約の締結も提案している。
衛星攻撃衛星「キラー衛星」はSFが現実化したかのような印象を与えたためアメリカをはじめとする西側陣営はこれを「ソ連の恐怖」として受け止めた。しかしキラー衛星は本当に恐怖なのであろうか?ソ連にしてもこのキラー衛星を本当に実用化しようと考えていたのだろうか?
冷戦終結後の現在、冷静にこのキラー衛星を見てみると新たな事実が見えてくる。
このキラー衛星が兵器として成り立つかどうか考えてみたい。
衛星を攻撃する場合、レーザーやビーム兵器などのまだ実用化されていない方法をのぞくと2つの方法が考えられる。1つはソ連の開発したキラー衛星、2つ目は地上からのミサイルによる攻撃である。キラー衛星の場合は地上からの大型ロケットによる打ち上げとなるため固定式の発射施設からでしか打ち上げられない。これはなにを意味しているかと言うと、敵方衛星の軌道面が発射場上空に来た時にしか打ち上げられないという事である。これは1日2回しか無い。つまり即時性に欠ける事になる。その点ミサイルの場合は例えばアメリカが1984年11月13日に行った衛星破壊ミサイル「ASAT」ではF15戦闘機からの空中発射のため打ち上げのチャンスは大幅に向上する。また空中発射では航空機により高空からある程度の初速を与えられること、また弾道飛行出よいことなどからミサイル自体がキラー衛星発射ロケットに比べ非常に小型化に出来るなどのメリットがある。またキラー衛星は発射から攻撃まである程度の時間(40〜90分)が必要となってくる。この間に敵が察知すれば逃げられるおそれも出てくる。それに対しミサイルは攻撃までの時間的余裕が非常に短い(数分)ことや航空機の発射なら何処からでも発射できること、例えば敵国の反対側(レーダー施設の無い部分)で攻撃すれば全く逃げる余地が無くなる。
この様に考えると衛星攻撃システムはキラー衛星よりもミサイルの方が有利である。ソ連にしてみても当然ミサイル方式の方が有利と分かっていたはずである。ではなぜソ連は不利と思われるキラー衛星を開発していたのであろうか?
考えられる事は1つ。ソ連はミサイルを開発出来なかった。ミサイルの頭脳の電子回路技術が未熟だったのである。ミサイル方式だとミサイルと衛星の相対速度が速いため敵方衛星の追跡技術は非常に高度なものとなる。一方キラー衛星は衛星自体は地球に対して秒速8km以上という高速で移動しているがキラー衛星と敵方衛星は相対速度的には遅い。シャトルとミールのドッキングシーンは最終的には秒速数mである。このため追跡はミサイルに比べはるかに容易となってくる。それほど高度のコンピュータに頼らなくても攻撃は可能となるのだ。
またソ連が行った実験はいずれも軌道傾斜角62〜63度、高度数百〜5000km前後の軌道で行われておりアメリカの軍事衛星は存在しない軌道で行われていた。実際にアメリカの衛星を攻撃しようとすればソ連は今まで実験を行ったことの無い軌道でぶっつけ本番に行わなければならない。
この様に考えるとどうもキラー衛星は兵器としてはあまり有効的な手段では無いことが分かる。ではなぜソ連はキラー衛星の開発を続けていたのであろうか?
1つ考えられることはアメリカが自国より発達しているエレクトロニクス技術によりはるかに高度な衛星破壊システムを持つ前に、キラー衛星の開発を放棄するというアメリカに対して譲歩する形によって宇宙での軍拡競争に歯止めをかける事が目的であったのでは無いだろうか?ソ連としてはキラー衛星は1つの外交カードであったと考えられる。
事実アメリカがソ連にキラー衛星の開発をやめるように言うとソ連はアメリカが当時開発中であったスペースシャトルをアメリカのキラー衛星と言ってその開発の即刻中止を求めていた。
ソ連のキラー衛星は結局宇宙軍拡中止の切り札とはならなかった。アメリカはソ連の宇宙平和攻勢に反発してSDI構想を発表した。当時人々はSDI構想は必ず成功してソ連の脅威をなくしてくれるものと考えていた。しかし実際には技術の困難性からほとんど何も実らぬまま終わってしまった。その後世界は冷戦終結を向かえるのであった。
| 名称 | 打ち上げ日 | 目的 | 備考 |
| コスモス185 | 1967/10/27 | 技術試験 | 機動能力テスト |
| コスモス186 コスモス188 |
1967/10/27 1967/10/30 |
技術試験 技術試験 |
コスモス188とランデブー、ドッキング コスモス186とランデブー、ドッキング |
| コスモス217 | 1968/4/24 | 標的? | 失敗 |
| コスモス248 コスモス249 コスモス252 |
1968/10/19 1968/10/20 1968/11/1 |
標的 キラー キラー |
1996/10/20 コスモス248の近くを通過後爆発 1996/11/1 コスモス248の近くを通過後爆発 |
| コスモス291 | 1968/8/6 | 標的 | 失敗? |
| コスモス373 コスモス374 コスモス375 |
1970/10/20 1970/10/23 1970/10/30 |
標的 キラー キラー |
1970/10/23 コスモス373の近くを通過後爆発 1970/11/1 コスモス373の近くを通過後爆発 |
| コスモス394 コスモス397 |
1971/2/9 1971/2/25 |
標的 キラー |
1971/2/25 コスモス394の近くを通過後爆発 |
| コスモス400 コスモス404 |
1971/3/18 1971/4/4 |
標的 視察 |
1971/4/4 コスモス400に接近 太平洋に落下 |
| コスモス459 コスモス462 |
1971/11/2 1971/12/39 |
標的 キラー |
1971/12/3 コスモス459の近くを通過後爆発 |
| コスモス521 | 1972/9/29 | 標的? | 政治的理由により実験中止? |
| コスモス803 コスモス804 コスモス814 |
1976/2/12 1976/2/16 1976/4/13 |
標的 キラー キラー |
1976/2/16 コスモス803に接近後降下 1976/4/13 コスモス803に接近後降下 |
| コスモス839 コスモス843 |
1976/7/8 1976/7/21 |
標的 キラー |
失敗? |
| コスモス880 コスモス886 |
1976/12/9 1976/12/27 |
標的 キラー |
1976/12/27 コスモス880の近くを通過後爆発 |
| コスモス909 コスモス910 コスモス918 |
1977/5/19 1977/5/23 1977/7/17 |
標的 キラー キラー |
軌道を1周せず降下 1977/7/17 コスモス909に接近後降下 |
| コスモス959 コスモス961 |
1977/10/21 1977/10/26 |
標的 視察 |
1977/10/26 コスモス959に接近 日本上空に落下 |
| コスモス967 コスモス970 コスモス1009 |
1977/12/13 1977/12/21 1978/5/19 |
標的 視察? 視察 |
コスモス967に接近、爆発? コスモス967に接近後太平洋に落下 |
| コスモス1171 コスモス1174 |
1980/4/3 1980/4/18 |
標的 キラー |
1980/4/20 コスモス1171に8kmまで接近、爆発 |
| コスモス1241 コスモス1243 コスモス1258 |
1981/1/21 1981/2/2 1981/3/14 |
標的 キラー キラー |
1981/2/2 コスモス1241に接近後落下 コスモス1241に接近 |
| コスモス1375 コスモス1379 |
1982/6/6 1982/6/18 |
標的 キラー |
1982/6/18 コスモス1375に接近後降下 |
(第1版 1999/6/25)