
今の子供たちに「ロケットを描いて!」といえばスペースシャトルを描く子供が多いのでは無いだろうか?
今のロケットの潮流としてはスペースシャトル、H-2、アリアンV等の様に液体ロケットの両脇に大型固体ロケットを付ける形が一般化している。また、H-2、アリアンVは形状が非常にシンプルになっている。これは生産上の問題から来ている事で非常に合理的な形でもある。
これに対してサターンV型ロケットは「いかにもロケット!」と個人的に感じる。固体ロケットに頼らない1段、上段に行くほど直径が小さくなる形、矢の様な先端、そして1段目についている4枚の尾翼。私に言わせれば「ロケットらしいロケット」である。
固体ロケットに頼らなかったのは設計者のフォンブラウンが固体ロケット嫌いであったことが要因の1つであろう。また当時の技術では大型の固体ロケットの開発が困難だったのかもしれない。
下段と上段の経が違うのは仕方の無かったことかもしれない。当時の米ソ月レースの状況に置いてはロケットの生産性は優先順位の低い事だったのだろう。
矢の様な先端は非常脱出ロケットが付いているからであり安全性には必要不可欠な物である。
では尾翼は何のために付いていたのであろうか?もちろんロケットに尾翼を付けると言う事はロケットの飛行中の安定性を高める為である。ところがアポロ以前のマーキュリーやジェミニを打ち上げたアトラス、タイタンロケットには尾翼は付いていない。
一般的にロケットは進化するにつれて尾翼が無くなる傾向にある。良い例が日本のM(ミュー)ロケットである。Mロケットは最新のM−Vになって無尾翼ロケットになった。それは初期のMロケットは1段が無誘導だったのに対してM−Vでは完全誘導方式になったためである。つまりロケットの誘導技術が進歩すると尾翼は空力的、重量的に損をするだけの物となり消えていく運命にある。サターンロケットは尾翼を必要とするような誘導技術ではなかったはずでありこの観点から言えば尾翼は不要の様に思える。では何故尾翼が付いていたのであろうか?
その前にまず、ロケットの尾翼についておさらいしてみることにする。

上図の(a)はロケットの模式図である。中心の緑の点はロケットの重心を示している。このロケットが上昇中に何らかの要因で少し傾いたとする。風は傾いたロケットの側面とロケットの頭部に当たるため風による圧力の中心点(赤の点)はロケットの重心よりも高い位置に来る(ロケットの頭部に当たる風の抵抗は側面に当たる抵抗よりも大きいため)。そのため(b)の様に重心を支点としたトルクはロケットの傾きを大きくする方向に発生し、結果的にロケットは姿勢を崩してしまう。
この対策としては3つの方法が考えられる。
まず第1の方法は重心の位置を圧力の中心点よりも高くする方法である。(c)の様にロケットの先端におもりを載せることで重心の位置を圧力の中心点よりも高くする。こうすると重心を支点としたトルクは(b)の時とは逆向きに働く事となる。つまりロケットは風の向き(進行方向)に対して傾きを小さくしようとする。ただしこの方法はおもりを載せるためロケット自体の重量が重くなるため実際のロケットでは使えない方法である。(しかしこの方法は全く馬鹿げた物とは言えない。最近流行のモデルロケットで実際の無尾翼ロケットのモデル等デザイン的に尾翼を付けたくない場合に有効な方法である。)
第2の方法としては尾翼を付ける事である。(d)の様に尾翼を付けると風は尾翼に当たるため圧力の中心点は重心よりも下に移動する。このため重心を支点としたトルクは(c)の時同様にロケットの傾きを小さくする方向に働き結果的にロケットの姿勢は安定する。
第3の方法としては推力の方向を変える方法がある。(e)はその1つの例でありノズルの向きを変え推力の方向を制御する様になっている(いわゆる首振り方式。その他にも推力の方向を制御する方法は色々ある)。これにより推力の方向をロケットの中心からそらしてそれにより重心に回転を与え姿勢を強制的に制御する。
実際のロケットは第2,3の方法がとられているがそれぞれ利点、欠点がある。
第2の尾翼方式の利点は構造が簡単であることが最大の利点である。しかし尾翼を付ける事による重量、空気抵抗の増加が出るのが欠点である。また尾翼の効果が出るにはある程度の速度が必要となってくるためロケットの発射時の速度の遅いときは尾翼による安定は期待できない。これは特に大型ロケットなどでは発射時の速度が遅くなるため致命的な欠点となる。
第3の推力制御方式は細かな制御が可能となるため飛行経路の精度が非常に高くなる事が特徴である。また発射時の比較的速度の遅いときでも姿勢の制御は容易となってくる。しかし推力を制御する装置が必要となってくるため構造が複雑で大きくなる等の欠点がある。
このため尾翼方式は小型ロケットに多く用いられており、推力制御方式は大型ロケットに多く用いられている。
また誘導技術が未熟な時代に作られたロケットでは尾翼によって大まかな姿勢の安定を作り、細かな姿勢制御は推力制御で行うと言う両方を用いたロケットもある。
(旧ソ連/ロシアのR-7ロケットにも小さな三角形の尾翼が付いている。しかしこれは姿勢を安定させる物では無いと個人的に考えている。R-7ロケットは4つの下膨れのブースター(0段)が付いておりこれが空力的に巨大な尾翼の代わりをなしている。つまりR-7ロケットは非常に安定した形状であると考えられるからだ。しかし逆に安定しすぎて姿勢制御が困難になるため推力制御と共に尾翼の角度を変える事で姿勢制御を行っているものと考えられる。そのため三角形の尾翼は根本から回転する構造となっている。ちなみにサターンロケットの尾翼は固定式である。)
この様にしてみると大型で誘導技術が発達しているロケットでは尾翼はもはや用をなさない存在となってくることが分かる。しかもサターンロケットの尾翼はV-2、レッドストーン、Mロケット等と比べるとロケットの大きさに対する比率がかなり小さくなっていることに気が付く。ロケットを安定させるための物ならば尾翼はもっと大きな物が必要なはずである。
いったいサターンロケットの尾翼の目的は何なのであろうか?
サターンロケットはそれまでのマーキュリー、ジェミニ宇宙船を打ち上げたアトラス、タイタンロケットに対してひとつの決定的違いがある。それはサターンロケットが当初から「有人用ロケット」として開発されたことである(アトラス、タイタンはミサイルとして開発されている)。サターンロケットの尾翼の秘密は実はこの「有人用」という事に隠されている。
「有人用」と「無人用」との違いは安全性の違いにある。ロケットというものはそのほとんどが燃料でそれに火をつけて飛ぶため非常に危険なものである。いつ爆発しても不思議ではない。
そのため人が乗るロケットは無人ロケットに比べさまざまな安全策がとられている。
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| 指令船に取り付けられた緊急脱出ロケット (C) NASA |
サターンロケットの尾翼は非常時の安全性確保の為に付けられたものであった。30年前人類を月に立たせ、無事帰ってくるという偉業を無いし遂げたアポロ計画は、このような地味ながらも万全を期した安全設計に支えられていたのであった。
(第2版 1999/8/27)