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私 桜木が思いつきでつづるコーナーです。 |
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日本の宇宙開発史、とりわけロケット開発史を見てみると幻に終わったQロケットの存在が出てくる。このQロケットに関しては情報がほとんどなく、あっても数行、良くて1頁程度で簡単に述べられているにすぎない。さらにその内容はだいたい同じで以下のような内容である。
「当初日本は実用衛星打ち上げように固体ロケットベースのNロケットを開発しようとしたがそれまでの技術からあまりにも飛躍しすぎたロケットとなるため一回り小さいQロケットを開発する事にした。しかし諸々の事情で自力開発のQ,Nロケットは断念、代わってアメリカからの技術導入による液体ロケットベースの新Nロケットを開発することになった…。」
と、言う内容である。
もともとQロケットは三菱重工、日産自動車、石川島播磨重工、日本電気、三菱電機、東芝、日立が中心に開発を行っていた。
まず三菱重工はアポロ計画でシステムデザインを担当したTRW社と合弁企業三菱TRWを作りTRW社の技術指導を受けQロケット全体のシステムデザインを行うことにした。
こうしてみるとQロケットは仮に実現したとしても自力開発ロケットどころではなくキーテクノロジーはすべて米国に握られているロケットとなっていたと思われる。
結局Qロケットは行き詰まり計画は中止になった。代わってソー・デルタロケットの液体ロケットをベースとした新Nロケットに仕切り直された。
この方針大転換には当初関係者の間には大きな反発もあった。しかし今になって振り返るとキーテクノロジーを握られた低性能ロケットで回り道をするよりも新N計画で大型液体ロケット技術の習得が出来たことは正しい決断であったと言えよう。 |
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今回はNASDAの衛星打上げ計画についてまとめてみる。 といってもこれからの打上げ計画ではなく過去の打上げ計画を振り返って見て検証してみようと言うものである。
良く知られているようにNASDAは当初、固体ロケットベースのQロケット、それをもとに発展させたNロケット(旧N)を開発する予定であったが、途中アメリカからの技術導入で液体ロケットベースで新Nロケットの開発を行う事に方針転換した。
昭和45年10月時点での打上計画
実績
これを見るとNASDAの初期の衛星計画が当初から次のものであったことがわかる。
また衛星重量の推移も興味深いものがある。
電離層観測衛星が2機打ち上げられたのは、1機目がバッテリーの故障で1ヶ月しか機能しなかったためであり予備機が打上げられたためである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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前回の日本宇宙開発史(その1.1)で冗談半分に「LS-Bは何処へいった!?」と書いたが、資料を調べてみると存在した事がわかった。 今回はせっかくなのでLSロケットについて簡単にまとめてみた。
戦後の日本のロケット開発は文部省下の東大が固体ロケットを開発していたが科学技術庁でもロケット開発の必要性を認識し始め、まずは台風の観測を行う気象観測ロケットの開発を検討し始めた。
LS−Aはその最初のロケットで固体のブースター(1段)と液体のサステナー(2段)で構成されている。
で、次がLS−Bロケットであるが、これはNASDAのHPの打上げ実績を見ても載っていない。はて?と思っていたのだがちゃんと存在した。
LS−CはそれまでのLS−Aの改良型と言うよりは新規設計のロケットのようである。
打上げ実績一覧はNASDAのHPにあるので参考にして下さい。
LSロケットについてはまだまだ資料不足で今回はここまでしかまとめる事ができないが、今後もNASDAのロケット開発史を継続して調べていこうと思います。
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LE-1,2について前回(その1)、LE-1はLS-Cで、LE-2はQロケット3段ではないかと書いたが、もう一つの可能性を思いついた。 実はNASDAの最初の液体ロケットはLS-CロケットではなくLS-Aロケットであった。 で、このLS-AとLS-Cは何が違うのかと言うと液体ロケットの燃料だ。 LS-Aに使われていた液体燃料はケロシンでLS-Cに使われていたはヒドラジンであった。 つまりLS-Aに搭載されたエンジンがLE-1でLS-Cに搭載されたエンジンがLE-2だったのではないかという仮説である。 …ここへきて新たな疑問。LS-Bは何処へいった!?(笑) (2002/6/26) |
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宇宙開発事業団(NASDA)の開発した液体燃料ロケットはN-1ロケット2段のLE-3エンジン、H-1ロケット2段のLE-5エンジン、そしてH-2ロケット1段のLE-7エンジンとなっている。 さて、ここで疑問に思うのは欠番となっているLE-1,2,4,6は存在したのか?ということである。 結論から言えば、私の調べた範囲では「LE-4とLE-6は存在した」のである。 まず、LE-4から。 これは私が過去の新聞記事を調べていたときに偶然見つけた。 日経新聞(昭和50年4月5日(夕刊))の記事中にLE-4エンジンのことが載っていた。 記事によればLE-4はLE-3の改良型であり、N改1ロケットの2段エンジンの候補と書かれてある。 このN改1ロケットというのは後のN-2ロケットのことである。 ここでちょっとだけ当時の日本のロケット開発について触れておくと、150kgの静止衛星打上げ能力のNロケット(後にN-1と改名)の次に350kgの打上げ能力のN改1(後にN-2)、その後に550kgの打上げ能力のN改2(後にH-1)という順で開発をお行うという青写真が出来ていた。 青写真によるとN改1はNロケットの部分改良による性能向上、N改2は2段目を液水液酸高性能ロケットに置き換えると言う大まかな方向づけはあったようである。 つまりLE-4はN改1(N-2)ロケットに搭載するためにLE-3の改良版として開発が行われていたようである。 実際のN-2ロケットの2段エンジンはアメリカから輸入したAJ10-118FJエンジンを使用したためLE-4は日の目を見なかった。 なぜLE-4が使われなかったのかはわからない。性能的の問題なのか政治的な問題なのかどちらかであろう。 ただ、LE-4の性能がどんなものであったかはわからないがLE-3の部分改良だとするとLE-3に比べ劇的な性能差はなかったと考えられる。 ここでLE-3とAJ10-118FJの性能を比較してみる。 LE-3:推力5.4t/比推力285s AJ10-118FJ:推力4.36t/比推力315s である。上段ロケットは比推力が重要なファクターとなる。LE-3はAJ10-118Fと比較すると-30s、90%である。 LE-3の部分改良版のLE-4でこの差は逆転するのはかなり困難であったと考えられる。 恐らくN-2を開発するにあたり当初の目標性能を出すためには国産エンジンをあきらめざるを得なかったのかもしれない。 次にLE-6。 これはちゃんとした資料は無いが、3段用に液水液酸エンジンとして開発されていたという話しを聞いたことがある。 それ以上の詳しい情報は無いが、推測すると恐らくH-1bロケットの3段用に開発していたものではないかと思われる。 H-1ロケットは当初静止軌道に550kgの打上げ能力を有するH-1aロケット(いわゆるH-1ロケット)と800kgの打上げ能力を有するH-1bロケットの2種類を開発する予定であった。 しかし、NASDAに対するユーザーの要求が追いつかないために550kgの静止衛星打上げ能力のH-1ロケットからいきなり2tの静止衛星打上げ能力を有するH-2の開発を決定した為H-1bは開発が中止された。 H-1bはさまざまに検討されたようで、その中に3段を液水液酸エンジンにする計画があった。 これらの状況証拠をまとめると恐らくLE-6はH-1bの3段用に開発された液水液酸エンジンであったと考えられる。 これでLE-3〜7まではその実態は断定/推測できたが問題はLE-1,2である。 これに付いてはまったく情報が無い。 ここからは全くの推測であるが、NASDAはNロケットを開発するために液体燃料エンジンテスト用にLS-Cロケットを飛ばしていた。 このLS-Cに搭載されていた液体燃料エンジンがLE-1だったかもしれない。 そしてQロケットの3段用に開発していたのがLE-2だった可能性もある。 実は以前NASDAのHP内のFAQコーナーにこの疑問を送った事があるが返事が返ってこなかった。 もしLE-1,2,4,6について詳細をご存知の方がおられましたら連絡のほどよろしくお願いいたします。 (2002/6/25) |
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