テレビドラマ『ごくせん』を見て

 眼鏡フェチなので、仲間由紀恵の眼鏡姿を見たいというだけの理由で見始めた『ごくせん』だった が、不覚にも泣いてしまった。
 「女子供文化評論家」を自称する荷宮和子氏は、「大衆娯楽」や「女子供文化」に関連して、次のよ うに言っている。
 ここでキーワードになっているのは、「こんなに面白くていいのかな」「これを褒めたら沽券に関わ る」といった言葉である。こういったことを考えてしまう類の人間とは、すなわち、社会派だの批評 家だのと呼ばれる、いわゆる「教養ある人達」のことである。いや、たとえ映画批評を生業としていな くとも、「映画批評家並みに教養のある人間だと思われたい」そんな風に感じている類の人達は、すべ て含まれると言ってよい。
 (中略)サブカルチャーの世界もまた、「沽券に関わるか否か」という基準を軸に動いている面があ る。サブカルチャーの作り手の間にも受け手の間にも、「世の中を斜に構えて見ているやつが偉い」、 といった空気が流れていると言えるからである。 (『バリバリのハト派』晶文社[2004]11〜12ページ)
 これは僕のことでもある。だから、こんなページをつくっているのだ。したがって、『ごくせん』を 見て泣くのは「不覚」であり、「沽券に関わる」ことだと思ってしまう。しかし、荷宮氏の指摘を受け 入れて、僕も「大衆娯楽」や「女子供文化」が好きだと認め、しかし、それを「教養ある人間だと思わ れたい」風に論じてみたい。
 だから、『ごくせん』へのつっこみどころはいくらでもあるが、それは後回しにして、まず褒めよう。
 「落ちこぼれ」の生徒たちは、頻繁に「どうせ俺(たち)なんて」と口にする。それに対して、仲間 由紀恵扮するヤンクミは、「切り捨てていい人間なんていねえ」と言い切る。最終回では、「お前たち の卒業にはわたしの首をかける価値がある!胸を張れ!」と叫ぶ。大阪府や東京都の教育委員が「落ち こぼれは切り捨ててかまわない」と平気で言い放つ時代に、このメッセージは重要である。「すべて国 民は、個人として尊重される」(日本国憲法13条)という人権の大原則をヤンクミは語り、目先の利益 にとらわれることなくこの原則を身を賭して守ろうとする姿に感動することは自然だと思いたい。
 「落ちこぼれ」たちの卒業後の進路がままならないことも描かれる。高校を卒業しても満足な就職先 がない、という教育現場の常識は、国民的にはあまり知られていないことのようである。「フリーター ならフリーターで、どういうフリーターになるかを考えろ。まずは、自分が何をしたいかというところ から考えろ」というヤンクミの言葉が、当の高校生たちには意外に新鮮に響くだろう、という現実は 哀しい。それくらい、今の若者たちはあきらめることに慣れすぎている。これは『ごくせん 』に出てくる最底辺の生徒たちだけの現実ではなく、ありふれた現実であることが、社会に広く認識さ れるように願いたい。
 全体としては、荒唐無稽なお伽話である。しかし、お伽話にはお伽話の良さがある。こうであったら いいなあ、という願望を語ることを一概に非難すべきではない。現場の教師たちは共感できないかもし れない。3ヶ月やそこらで変わらない人間は多い。ヤンクミがいかに超人的であろうとも、そこにリア リティはない。どんなに惜しみなく愛情を注いでも、更生に何年もかかる場合も多い。けれども、そう いう願望が、「グレている」青少年にあることを描くのは悪いことではない。
 ひとつだけ、違和感を。結局、ヤンクミのケンカの強さによって解決することが多かったことだ。娯 楽作品なのだから、そのアウトローさやアクションも魅力として織り込んであるのだから、それにけち をつけるのは無粋なことだと承知の上で、「じゃあ、強くなければ問題は解決しないのか? 強くなけ れば、ヤンクミのような逃げない教師になれないのか?」という疑問を僕が禁じえなかったことを告白 しておきたい。
 僕は「無償の愛」など信じない。人間は報われるから、あるいは報われる期待があるから、愛を持つ のだと思う。そういう意味では、ヤンクミは充分に報われている。あんなに生徒たちに慕われるという のは、教師にとって無上の喜びである。だから、僕はヤンクミを自己犠牲的だとは思わない。現実に、 フィクションのヤンクミほど幸せな人は、ほとんどいないように思われる。
 しかし、人気を取る、という点ではよくできたドラマだと思う。コメディとしてもちゃんと笑えるし、 仲間由紀恵や乙葉も魅力的だし、生瀬勝久もいい味出してたし、生徒たちは今どきのイケメンぞろいで ある。メインは昔ながらのお涙頂戴劇なわけだから、幅広い世代が見て楽しめる。教育を扱った社会派 ドラマとして見れなくもない、というのは無理があるだろうか。
 あと気になるのは、原作のマンガのファンはどう思うか?ということだ。僕は原作を読んだことはな く、書店で表紙を見たことがあるだけだが、ヤンクミを仲間由紀恵が演じることによって、ドラマでは ある種の可憐さが生じてしまったことは、たぶん原作とはかなり違うのだろう。かつて、『東京ラブス トーリー』のドラマでは、赤名リカを鈴木保奈美が演じることによって、キャラが変わってしまったと き、柴門ふみの原作がそんなに好きでもなかったが、リカのキャラに前の彼女との共通点を見出して、 ある種のこだわりを持っていた僕は、なんだか失望したときのことを思い出す。

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