歴史ドラマの言葉
なぜか僕は言葉に敏感である。以前方言について書いたことがある
(「方言にこだわる!」)し、映画やテレビで外国語を話し
ていると、それは何語なのか気になる。今回は日本の歴史ドラマで話されている言葉について書いてみ
たい。まあ、言語史や方言などの専門家ではないから、知ってる知識の範囲内だし、間違っていること
もあるかもしれない。
例えば、現在放映中のNHK大河ドラマ『義経』である。後白河法皇や貴族たちは「御所ことば」と呼
ばれる京都弁の一種を話し、平清盛や義経は、他の時代劇でもおなじみの「侍ことば」を話している。
これはおかしい。「侍ことば」は江戸時代の中ごろに、江戸城内で用いる公式のことばとして成立した
もので、舞台となっている平安時代末期には存在しないことばだ(だから、戦国時代を描いたドラマの
ことばもうそだ)。ましてや貴族と武士でことばが違うなどありえない。河内源氏や伊勢平氏が「武士
の棟梁」として地方の武士たちを従えるようになったのは貴族だったからだ。源氏や平氏は皇族を祖先
に持っている。家柄としては国司クラスの中級貴族だ。地方の武士たちと主従関係を結ぶようになった
のも、もともとは国司として地方に赴任したのがきっかけだ。中央政界では皇室や摂関家を中心とする
上級貴族に太刀打ちできないが、地方に行けば「貴種」としてありがたがられ、それが地方の武士たち
を束ねるのに必要な権威として機能し、中央政界では、武力や地方での勢力を背景に、地方の武士たち
の代弁者として政治的勢力を確保した、というのが「武士の棟梁」である。歴史学では「武士の棟梁」
を「軍事貴族」と規定するようだ。中級貴族が武力を背景に政権を掌握した平氏政権の成立というのは
、やはり歴史的大事件だったのだが、それでも平氏は貴族の一員だった。そして、中央政界の一角を占
めるならば、当然京都の貴族のことばを話し、地方で育ったためになまりがあったとすれば、それは必
死で矯正したはずである。平安の古典を見ればわかるように「鄙」は都では嫌われたのである。では、
貴族は「御所ことば」でいいのか、というとそうでもないと思う。「御所ことば」はやはり江戸時代の
もので、平安時代末期のものではない。当時の口語が色濃く出ていると思われる「平家物語」や「梁塵
秘抄」のようなことばを貴族たちは話していたと考えるべきではないかと思う。だから、北条氏など伊
豆の地方武士たちと軍事貴族とが違うことばを話していなければならず、伊豆の地方武士たちがきれい
な「侍ことば」を話すのも実はおかしいし、彼らが都に上れば、ちょうど、現代の田舎者たちが公の場
でなまりのある共通語を話すような感じで、「公用語」たる貴族たちのことばをまねて話していたと考
えるべきだろう。
NHKの事情を考えれば、文献資料にはアクセントやイントネーションは書かれていないから、忠実な
再現は難しいということもあるが、なんといっても問題なのは、完全再現をした場合には、全編字幕を
つけなければならない、ということである。それでは制作側が大変なのはもちろんだが、何よりも視聴
者側に大きな負担を強いることになる、というのが大きいだろう。そうすると、時代劇で慣れ親しんだ
江戸時代後半のことばが使いやすい、ということになる。そして、勇ましい平清盛や源義経が「御所こ
とば」ではイメージに合わないから、彼らは「侍ことば」ということだ。ただ、それでも説明できない
不統一が「義経」にはあって、京都の下層民五足が庶民の京都弁を話しているのに、やはり京都の下層
民うつぼ(上戸彩)が江戸弁なのはどうなのか。事情としては、おそらくうつぼは1年間ずっと出ずっ
ぱりになるから、京都・平泉・鎌倉・・・と義経の居所が変わっても、京都弁だったり、あるいはその土
地のことばだったり、というのは視聴者にとってわずらわしいだろう、という判断なのだと思う。伊豆
の武士たちが「侍ことば」なのもそういうわずらわしさへの配慮なのだろう。
もうちょっとこだわれば、実は「清盛」「頼朝」「義経」といった正式の名前を口に出すことはほと
んどなかった。「六波羅殿」「鎌倉殿」「小松殿」といった館の地名で呼ばれるか、
「佐殿」
(頼朝は平治の乱のとき右兵衛佐()
だった)と官職名で呼ぶのが普通である。だから、「義経」では、清盛が息子を例えば「宗盛!」と叱
責する場面があるが、これはありえない。名前を呼ぶとしても、例えば義経のことは「九郎」(これは
源家の九男という意味だから厳密には名前ではない)と呼ぶのが当たり前である。正式名というのは、
公式の場でしか使わないから重みがあったと言えよう。しかしドラマとしては、それを再現してしまっ
ては見ている方が誰が誰だかわからなくなるから、仕方なく正式名での呼び方にしていると思われる。
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