方言にこだわる!


 これはある雑誌にエッセイとして1996年に投稿したものです。没になりましたが、自分では気に入ってますの で、みなさんにお見せしますが、upするにあたってかなり加筆しました。特に実例については全面的に書き換え ましたが、少女マンガの実例については、この後マンガを読む量がかなり減ってしまったため最近の例を思いつ かないという事情ででそのままにしました。ご意見やご感想などありましたら、 掲示板 へ書き込むか、植田までメール してください。


 僕は大分在住だが、大分弁はいわゆる「九州弁」ではない。「九州弁」と言われているものは博多弁に似た言 葉であって、それは九州全体から見れば一部の言葉だ。確かに、福岡県から長崎県にかけて博多弁に似た言葉が 話されているから、それが「九州弁」とされているのもわからないではない。だが、その「九州弁」と鹿児島弁、崎弁、熊本弁、大分弁は全く違うのである。このことは全国的には案外知られていない。鹿児島弁や熊本弁は比較的よく知られていて、博多弁と混同されることも少ないが、宮崎弁や大分弁は全然と言っていいほど知られていない。映画やテレビに登場する「大分人」や「宮崎人」が威勢のいい博多弁をしゃべっているのを聞くと地元民としては唖然とする。 大分弁は瀬戸内の言葉で、むしろ広島弁に近く、語調は荒っぽいが、アクセントは共通語に似ている。鹿児島弁 はアクセントが共通語といちいち全部違うのはよく知られている。宮崎の言葉は独特で、アクセントのようなも のが基本的になく、抑揚のない言葉がとつとつと出てくるという感じだ。普通に話していても「ケンカしている みたい」と他の地方の人に言われるのが「九州弁」や瀬戸内言葉だが、宮崎弁はその点では口ゲンカに向かない 言葉という印象があるがどうだろうか。
 僕は京都にいたことがあるが、関西弁として一括される言葉も実は多様だ。先ほど、「九州弁」と一括した言 葉も、博多弁と長崎弁では違うのと同じように、大阪と神戸と京都では、それぞれ違う。大阪でも、河内と摂津 と和泉ではまたそれぞれに違うし、兵庫県内についても同様で、神戸弁と尼崎弁と阪急宝塚線沿線ではまた違う。 例えば、オセロの松嶋尚美が使っている言葉は河内弁と摂津弁の中間に聞こえるし(河内弁の友達があまりいなかったので自信がない)、中島知子の方は京都弁である。京都弁のタレントは他に島田紳助がいる。東野幸治は兵庫県の宝塚線沿線の地域の言葉だし、ダウンタウンでは、松本人志は典型的な尼崎弁だが、幼なじみの浜田雅功は河内弁を取り入れているようだ。河内弁は吉本新喜劇や漫才で多く使われている。関西弁の中で最も威勢がよくて汚いとされる河内弁は、浜田のような強烈なツッコミや、ドタバタでコテコテの笑いには便利なのだろう。あれが関西弁だと言われれば、特に京都の人は嫌がるだろう。一般には舞妓言葉(「・・・どすえ」というあれ)が京都弁と思われているが、それは違う。市田ひろみやキダタロー(東日本の人は知らないかも)が使っているのが典型的な京都弁だ。  テレビなどで「田舎の言葉」の代表として扱われているのが東北弁だが、あの扱いについて東北の人達はどう 思っているのだろうか。東京に出て来た東北地方出身者は、みんな言葉についてコンプレックスを感じるという から、不当な差別を受けているというのが実態なのだと思う。テレビやマンガでは、東北弁をもじった、実際に はどこでも話されていないへんてこりんな言葉が横行している。方言は、その言葉を話さない人達にとっては奇 妙なものだから、笑いのネタにするなとは僕には言えない。しかし、それならそれでその言葉をきちんと勉強し て正確に使うことが最低限必要なことだと僕は思う。ありもしない言葉をでっちあげて嘲笑するというのは、そ れを話していると誤解される人達に失礼ではないか。
 実際の関西弁が河内弁や京都弁であるように、実際の東北弁も千差万別なはずだ。ちょっと考えてみれば、会 津と仙台と秋田と青森とで同じ言葉だということの方が不自然だ。吉幾三と新沼謙二が同じに聞こえるのは、浜 田雅功と島田紳助が同じに聴こえるのと同じなのだろう。
 マンガでは、明らかに地方を舞台にしていても意図して方言を使わないことが多々ある。少女マンガについて 思いつくままにあげてみよう。成田美名子は初期に青森を舞台とした作品群を発表しているが、青森方言は基本 的に出てこない。逢坂みえこの『永遠の野原』も阪急宝塚線沿線の話なのに活字になる部分に関西弁はまずない。 なかじ有紀の世界でも、「神戸」がひとつのウリであるにもかかわらず、関西弁が全く出てこない。認知度の低 い青森弁が全国誌で使えないのはさもありなんとも思うが、関西弁がだめなのはどういうことか。逢坂みえこの センシティブな世界や、なかじ有紀のワクワクドキドキの世界に関西弁は似合わないということか。例 外としてくらもちふさこ『天然コケッコー』があるが、これはくらもちのこだわりの成功か、聞いたこ ともない言葉なのにイントネーションまでが伝わってくるかのように仕上がっている。この作品は田舎 と方言をウリにしてるにしてもこれはすごい。
 国語教育と全国ネットのテレビのせいで、方言が薄れつつある。僕の世代に、字幕をつけなかったらわからな いというほどの大分弁を話す者はもはやいない。共通語教育を受け付けない関西地方でも、「関西ローカル」の テレビによる大阪弁の氾濫で、例えば美しく嫌みな(市田ひろみやキダタローのような)生粋の京都弁を話す人 は少なくなりつつある。古きよき方言は保護の対象とならなければならない段階になっている。最近、大分では テレビやラジオのローカル番組で方言コーナーが人気を博し、それをまとめた方言本も県内ではベストセラーに なっている。これも、そういう保護の機運が盛り上がってきていることの反映だと僕は思っている。かくいう僕 だってこうしたもので初めて知った方言がたくさんある。
 しかし、僕は思う。「方言は永遠に不滅」だと。現に共通語になりにくいニュアンスを持つ方言は健在だし、 アクセントやイントネーションについても同様だ。ただ、都会(特に東京)から地方への情報の一方通行とそれ に伴う方言の蔑視が是正されるのが望ましいと思うのだが。


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