MIME-Version: 1.0 Content-Type: multipart/related; boundary="----=_NextPart_01C55AE2.CD33CD00" このドキュメントは単一ファイル Web ページ (Web アーカイブ ファイル) です。お使いのブラウザ、またはエディタは Web アーカイブ ファイルをサポートしていません。Microsoft Internet Explorer など、Web アーカイブをサポートするブラウザをダウンロードしてください。 ------=_NextPart_01C55AE2.CD33CD00 Content-Location: file:///C:/BA027196/file2326.htm Content-Transfer-Encoding: quoted-printable Content-Type: text/html; charset="us-ascii"
日本的労務管理の=
34920;と裏
本稿は、<=
span
lang=3DEN-US>1990年の年末にア=
2523;バイトとして、他࣪=
3;学の学生の卒業論文&=
#12434;代筆したものです=
290;これで家賃を払いま=
;した(苦笑)。ほと=
12435;どは、図書館で適ô=
03;に選んだ日本的労務=
管理を論じた本の検=
5342;にあてていましたӔ=
4;、その後その本が注&=
#30446;されることはなく=
289;今さら持ち出す意味=
;もないように思われ=
12427;ので、末尾の結論Ų=
96;分だけをここにupします。そのĈ=
12;に言及してあった部=
分は書き換えてあり=
2414;す。当時は、バブӤ=
3;経済の余勢がまだ強&=
#12367;、本格的な景気後$=
864;にはまだ至っていな=
;くて、日本的経営を=
31216;賛する議論が主流{=
84;ったころで、日本的=
経営を批判するとい=
2358;ことを主題としたә=
8;のです。日本的経営&=
#12398;解体が進み、日本=
340;経営を擁護する議論=
;がほとんどない現在=
12391;は、むしろ日本的ŀ=
76;営の合理面を強調す=
る必要があると思っ=
2390;いますが、これはӕ=
1;れで同時代史のひと&=
#12371;まとして意味があ=
427;のではないかと思い=
;、公開するものです=
12290;
日本的労&=
#21209;管理の「裏側」に=
388;いて考えてみたい。=
;
その内容&=
#12399;、第一に、人間重#=
222;の労務管理をうたい=
;文句とする日本的労=
21209;管理の昇進・昇格ļ=
49;理や賃金管理の根本=
である査定の問題で=
2354;る。その「人間重ෂ=
2;」とは何を意味する&=
#12398;かということであ=
427;。
第二に、&=
#31532;一の点とかかわっ=
390;、日本的労務管理に=
;従わない者、あるい=
12399;ついていけない者{=
95;は何が待っているの=
か、ということであ=
2427;。日本的経営称賛=
2;では、日本的労務管&=
#29702;は基本的に日本の=
172;働者の風土に根差し=
;たものであるとし、=
12381;れに従わない者はø=
19;定されないのが一般=
的であるが、実際の=
2392;ころではどうなのӔ=
3;、ということである&=
#12290;
第三に、&=
#26085;本的労務管理の成=
524;であり、またそれを=
;支えてきた日本的労=
20351;関係とはどういっ{=
83;ものなのか、という=
ことである。
第1節 「人間重=
35222;」の表と裏
日本的経&=
#21942;称賛論では、職務#=
201;素よりは人間的要素=
;を重視するのが日本=
30340;労務管理の特徴で{=
54;り、それこそが、日=
本的労務管理の手法=
2364;国際的に通用するӕ=
1;とのできる面だと主&=
#24373;される。しかしこ=
428;こそが、日本的経営=
;の驚異的な生産性・=
21177;率性を支える原理{=
95;なっているのは、日=
本的経営のパフォー=
2510;ンスがそれを実証ӕ=
5;ている。日本的労務&=
#31649;理の「人間重視」=
392;は、いかに効率よく=
;生産を行うかという=
12371;とにかけては、(Ą=
85;本的風土の中では、=
という留保付きでは=
2354;るが)他の追随をෑ=
7;さない「哲学」を持&=
#12387;ているのである。
これはマ&=
#12523;クス経済学の用語=
434;借りるならば、「1=
;分でも多くの労働時=
38291;を搾り取るためにÉ=
54;格までを管理しよう=
とするもの」という=
2371;とになるであろうӍ=
0;
生産性・&=
#21177;率性の向上を単純=
395;「搾取の強化」とし=
;て弾劾するのは無意=
21619;である。「現存社Ê=
50;主義」体制の崩壊は=
、史的唯物論の見地=
2395;立つならば、第1次的にはそのಇ=
6;済の停滞に求められ&=
#12397;ばならず、それは=
420;はり非効率的経済運=
;営に起因するもので=
12354;ったからである。{=
75;かし、日本的労務管=
理の「人間重視」は=
2420;はり、「利潤のたә=
7;には、人間的要素を&=
#37325;視することが得策=
391;ある」という論理を=
;徹底させたものであ=
12426;、利潤追及に矛盾{=
77;る人間性は容赦なく=
切り捨てるというの=
2364;実際ではないだろӓ=
8;か。そして、ここに&=
#12371;そ日本的労務管理=
398;裏側があるのではな=
;いだろうか。
熊沢誠氏&=
#12399;、『日本的経営の=
126;暗』の「序にかえて=
;」で、日本の労働者=
12398;過酷な実態に目を×=
21;け、問題提起をして=
いる。つづいて、第=
9968;部のIでは東芝府中ߟ=
4;権裁判を追い掛け、&=
#12373;らにIIで「査定され|=
27;従業員――人事考課=
12398;論理と作用」とし{=
90;、人間的要素の重視=
ということの意味し=
2390;いるものを明らかӗ=
5;している。[1]
熊沢氏は&=
#23567;池和男氏やRドー=
450;の見解[2]を引きながら、①従=
;業員の評価が長期的=
9313;人事考課者の数がࣩ=
0;い③適用が全階層的=
12392;日本的労務管理のÉ=
54;事考課の特徴を挙げ=
、「人間の能力差を=
9983;得的なものみて早Ӎ=
3;に『優勝劣敗』の原&=
#21063;を適用することを$=
991;け、全階層の従業員=
;に能力の開発を期待=
12377;ること、それは日Ĉ=
12;的人事考課の明るい=
側面である。しかし=
2394;がら、それはまたӌ=
9;企業が従業員に人格&=
#30340;な統合を要請する=
289;企業内で『生存』を=
;許される『適者』が=
12392;かくステロタイプÔ=
70;されてしまうという=
暗い側面をも伴う。=
2381;して評価要素の多༣=
4;的な拡大、考課者が&=
#12381;の諸要素の具体的=
394;メルクマールとみな=
;す『着眼点』のひろ=
12364;りのうちに、そのƁ=
12;は次第に濃くなって=
ゆくのである。」と=
2080;論づけている[3]。
熊沢氏は&=
#12289;日本的労務管理に=
362;ける「平等的な能力=
;主義」が得にその「=
28508;在能力」の査定に|=
24;って担われているこ=
とを指摘する[4]。つまり、仕事のऩ=
5;績によってのみ評価&=
#12377;るのではなく、そ=
398;実績を上げるに至っ=
;た過程における、「=
12420;る気」や「将来性{=
01;、「忠誠心」の発露=
が重視され、昇給や=
6119;進・昇格の査定へӗ=
2;つなげていくのであ&=
#12427;。そこでは、決め=
425;れた通りに仕事をこ=
;なしていればいいと=
12356;うことにはならな{=
56;。職務要素の希薄さ=
と人間的要素の重視=
2289;あるいは職務管理ӗ=
5;おけるフレキシビリ&=
#12486;ィとは具体的には=
371;ういうことをさして=
;いる。
それが、&=
#20225;業から強制されて=
356;る面と、労働者がそ=
;れを自ら受け入れて=
12356;る面との両方を見{=
94;ければならないのは=
言うまでもない[5]。
こうする&=
#12371;とによって、企業=
398;ためにどれだけ役に=
;立つ人間かを上司に=
23550;して見せなければ{=
81;の労働者は昇給も昇=
進・昇格もあきらめ=
2394;ければならない、ӗ=
2;いうことになるし、&=
#36870;に、余程のことが=
394;ければ、真面目に働=
;いてさえいれば、そ=
12428;はあきらめなくて|=
18;よく、そこそこの昇=
給も昇進・昇格も得=
2425;れるということにә=
8;なる。そして、他の&=
#21172;働者たちとの競争[6]にも煽られて、「ࠔ=
5;き中毒」になってい&=
#12367;。そして、「日々=
398;仕事を単調でスピー=
;ドに追われていると=
35413;価する自動車工場{=
98;組立工が、同時に、=
仕事には『アイデア=
2398;生かせる余地があӚ=
7;』と答える」[7]ような状態がつくӚ=
5;れ、「潜在能力の評&=
#20385;は、もちろん企業=
398;ニーズであるばかり=
;でなく、多くのサラ=
12522;ーマンの希望でも{=
54;った。その理由は、=
向上心に富む彼らが=
8508;在能力を発揮する߯=
3;地を『挑戦』の余地&=
#12381;のものとみなすこ=
392;にとどまらない。同=
;じような潜在能力を=
31192;めている従業員がƂ=
27;易度や社内評価を異=
にする職務に固定的=
2395;配置されているこӗ=
2;もままあるゆえに、&=
#24403;面の仕事だけで処$=
935;されることは、日本=
;の労働者の公平感に=
12381;ぐわないのだ」[8]ということになるӍ=
0;
こういう&=
#29366;況なしには、年間2,100時間を越える=
21172;働時間、年休消化ħ=
75;は約50%、業務命令{=
95;よる残業、残業手当=
のつかないサービス=
7531;業、時間外の「自ߒ=
7;活動」であるQC活&=
#21205;への全従業員の参=
152;といったことはとて=
;も考えられないと評=
20385;して間違いないで{=
54;ろう。こうしたこと=
は、みんな査定の対=
5937;となるのであるかӚ=
5;、仕事にやり甲斐を&=
#24863;じていればもちろ=
435;のこと、「人並みの=
;生活」を願うのであ=
12428;ばまた当たり前の{=
71;ととして、これを受=
け入れるのである。
ところが&=
#12289;これが人間的要素=
398;重視であり、査定を=
;行うのは直接の上司=
65288;その権限はより上Ë=
01;の上司にあるとして=
も、査定のための資=
6009;を評価するのは直৶=
9;の上司である)であ&=
#12427;ために、それはい=
365;おい人格の管理へと=
;つながっていく。こ=
12371;で、熊沢氏の指摘|=
34;見てみよう[9]。
「ときに&=
#12399;企業は、たとえば =
076;営危機に陥っては従=
;業員を減量したり、=
21172;働組合の攻勢に出Ê=
50;っては活動家たちを=
抑圧したり、あるい=
2399;会社にとって望まӕ=
5;くない生きざまの実&=
#36341;者を放逐したりす=
427;必要が生じる。この=
;とき、情意考課の道=
29702;をわきまえた着眼|=
18;突然、拡大解釈の色=
ガラスを通されるの=
2391;ある。」としていӚ=
7;。つまり、「サービ&=
#12473;残業の実態を労基 =
626;に訴えれば、会社に=
;迷惑をかける『私的=
34892;動』をとったこと{=
95;なる」「忙しくても=
有給休暇を消化する=
2392;いう態度では、仕ߚ=
7;を期日までになんと&=
#12363;やり遂げる努力に=
424;ける」といった査定=
;が行われていくので=
12354;る。「実際に働い{=
83;残業時間数の登録、=
つまりサービス残業=
2398;拒否。時間外に及Ә=
6;QC活動への消極的&=
#12394;態度。配転や転勤=
398;拒否。新しい技術へ=
;の『挑戦』の遅れ。=
12381;れが査定によくな{=
56;のはあまりにも明白=
」なのである。した=
2364;って、「働く妻とफ=
8;事や育児を分担しよ&=
#12358;とするサラリーマ=
531;は、多くの会社にお=
;いて、残業や転勤の=
35582;否とのからみで仕É=
07;に対する態度を消極=
的とみなされるだろ=
2358;。生活のフェミニӟ=
4;ムは、今のところ会&=
#31038;での『不利』を覚=
735;で実践されねばなら=
;ない」ということに=
12394;る。
第2節 異端排=
38500;の労務管理
それでは&=
#12289;そうした日本的労=
209;管理に従わない労働=
;者はどうなるのか。=
20808;回りして結論からš=
28;えば、徹底して排除=
されるのである。
熊沢誠氏&=
#12399;前掲『日本的経営=
398;明暗』で東芝府中人=
;権裁判を取り上げて=
12356;る。[10] この事件の原=
8;上野仁氏は、この日&=
#26412;的労務管理にわず=
363;ばかり(もっとも企=
;業の側からは「わず=
12363;」には見えなかっ{=
83;と思われるが)の抵=
抗を示したために、=
2887;制からのいやがらӕ=
9;と職場八分を受けて&=
#31934;神疾患に陥ってし=
414;った青年である。彼=
;は技能五輪で全国第=
65299;位に入賞するほど{=
98;優秀な労働者であっ=
たが、「社会問題な=
2393;について語り合うӞ=
9;ークル」への加入を&=
#21628;び掛ける投書を新 =
862;にしたことから、「=
;重視すべき人間関係=
12399;企業外ではなく企č=
89;内」というおきてに=
ついて職制から指導=
2373;れることに始まりӌ=
9;それに従わないと今&=
#24230;は排除の対象とな=
387;たのである。
青木慧氏&=
#12399;、日産自動車にお=
369;る職場八分の実態を=
;いくつか告発してい=
12427;。[11] 例えば、栄松=
7;久氏は民主青年同盟&=
#12289;日本共産党に加入=
375;たことを理由に「企=
;業破壊者」とみなさ=
12428;、言語に絶するよ{=
58;な凄惨なリンチを職=
制から受け、また職=
1046;の指導のもとで、=
7;場八分が組織された&=
#12290;
この外、&=
#20849;産党員や企業に対=
375;て反抗的な活動を行=
;っている者に対する=
26119;給や昇進・昇格な{=
93;における差別は日常=
的に行われているよ=
2358;である。例えば、=
1;芝府中人権裁判の原&=
#21578;上野氏を支援する=
464;ループの中心メンバ=
;ーである南条信夫氏=
65288;東京大学大学院工é=
98;部修士課程卒)の場=
合、基準賃金では「=
1335;条の賃金は、中卒ӥ=
9;高卒の最低、そして&=
#12381;の学歴では技能職=
395;とどまる人の平均よ=
;り高いだけであり、=
20013;卒・高卒の標準昇ű=
14;者の平均、大卒の最=
低よりも低い」ばか=
2426;でなく、一時金の=
9;定でも差別されてお&=
#12426;、「概算すれば彼=
398;年収は、学歴と勤続=
;を同じくする従業員=
12398;平均より約七〇-Ð=
43;〇万円、最高者より=
少なくとも一〇〇万=
0870;は低いはずであるᦉ=
9;[12]と紹介されているz=
90;また、日本共産党第=
19回大会での鈴Ĉ=
08;明氏の発言では、「=
『職場に憲法は通用=
2375;ない』と暴言をはӔ=
5;、ただ、日本共産党&=
#21729;であるがゆえに党=
729;を定年まで見習い扱=
;いの資格にすえおき=
12289;年収では100万から200万円もの賃金差別を=
12362;こない、仕事の差Ò=
29;はする」といった実=
態が報告されている=
2290;[13]
これが日&=
#26412;的労務管理の裏側=
391;ある。日本的経営の=
;礼賛者たちは、なぜ=
12363;この実態に触れよ{=
58;としない。日本的労=
務管理の批判者の側=
2363;らは必ずなされる=
9;判であるにもかかわ&=
#12425;ず、このような態=
230;をとるのは不思議な=
;ことである。
日本的労&=
#21209;管理を考える上で=
289;このような実態をも=
;考えなければならな=
12356;のではないだろう{=
63;。
第3節 日本的労=
20351;関係の表と裏
さて、日&=
#26412;的労務管理は日本=
340;労使関係なしには考=
;えられない。日本的=
32076;営称賛論者が指摘{=
77;る「表」の部分は言=
うまでもないが、そ=
2398;「裏」の部分ではӌ=
9;それは決定的に重要&=
#12394;役割を果たすと言=
387;てもよい。
すなわち&=
#12289;一例を挙げれば、=
069;述の上野仁氏の場合=
;、職場の労働組合の=
24907;度は「上野を『査Ú=
39;』した組合執行部も=
上野を擁護せずむし=
2429;『統制違反』としӗ=
0;彼を難じる構え」[14]というものであっ{=
83;。栄松盛久氏の場合=
は、職場八分のきっ=
2363;けとなったのが職࣒=
0;の組合の大会で執行&=
#37096;原案を批判したこ=
392;であったし、また職=
;場でのリンチの先頭=
12395;組合役員が立って{=
56;た[15]。
どうして&=
#12371;ういうことが起こ=
427;のか。反「連合」(=
;日本労働組合総連合=
20250;)の組合活動家はz=
89;よく「あんなものは=
労働組合じゃあない=
2301;(太田薫元総評議=
3;)と口にする。熊沢&=
#35488;氏や河西宏佑氏が=
300;企業別組合」という=
;表現を用いて、その=
36335;線を批判するその×=
16;じ対象を渡辺治氏は=
「企業主義的協調組=
1512;」と表現する[16]。
青木慧氏&=
#12399;「偽装労組」とい=
358;表現を用いる。企業=
;側の工作によって、=
12300;企業別組合」とい{=
58;組織形態を利用して=
、インフォーマルな=
2068;織を用いて「企業ߒ=
7;義的協調組合」につ&=
#12367;りかえてしまった=
398;だから、それは看板=
;としては「労働組合=
12301;を掲げてはいるが{=
81;れは偽装に過ぎない=
というのである。
青木氏は&=
#12381;の著書で、その手=
861;を詳しく明らかにし=
;ている[17]。
下級職制&=
#12399;企業側の管理者で=
354;ると同時に組合員で=
;もあり、「家族主義=
30340;な習慣の残る」職á=
80;の実質的なリーダー=
でもある。かつての=
6085;本の労働運動の戦=
0;力を支えたのは、こ&=
#12398;下級職制が組合側=
395;立って労働者を率い=
;たからであると言え=
12424;う[18]。この下級職制のÊ=
25;業に近いものを「労=
務屋」で教育して、=
2068;合の中に送り込むӍ=
0;そして、その職場内&=
#12391;の地位を活用して =
068;合内でインフォーマ=
;ル組織を結成し、そ=
12428;を通じて労働者を{=
00;教育」し、組織を拡=
大していく。そして=
2381;の勢力が組合員の=
2;半数に達したら役員&=
#36984;挙で組合執行部を=
055;っ取ってしまうか、=
;組織分裂を敢行して=
22810;数派を組織する第É=
08;組合をつくってしま=
うのだという。そう=
2375;て「偽装労組」化ӕ=
5;た労働組合は、「第&=
#65298;労務部」としての=
441;割を担い、自らが企=
;業側と一緒になって=
12300;アカ狩り」を行っ{=
90;いくのである。
ここで気&=
#20184;くのは、その組合=
869;多数派を組織する手=
;法が、レーニンの「=
21069;衛」理論と似通っ{=
90;いることである。[19]「前衛」が大衆をă=
19;治教育して組織し、=
やがて大衆の多数派=
2434;組織して少数の権ࡂ=
7;者を包囲していくと&=
#12356;う革命戦略と実に=
424;く似ている。違いは=
;、その組織がその組=
32340;拡大の推進力とし{=
90;「理論」だけでなく=
「権力」を用いると=
2371;ろである。
ここで想&=
#36215;されるのが、青木=
663;によって「偽装労連=
;」と断じられた「連=
21512;」の幹部達の経歴{=
91;あり、あるいは「労=
務屋」たちの正体で=
2354;る[20]。
「労務屋&=
#12301;の起源は、佐野学=
289;鍋山貞親、三田村四=
;朗といった戦前の日=
26412;共産党最高幹部の{=
00;転向組」であった。=
プロイセン絶対主義=
2398;イデオローグであӖ=
7;たヘーゲルの弁証法&=
#12434;、唯物論的につく=
426;かえて巨大な影響力=
;を持った革命理論を=
12388;くりあげたマルク|=
73;とは正反対に、彼ら=
は自分達が以前拠っ=
2390;いたマルクス主義ӛ=
4;ひっくりかえして、&=
#26085;本資本主義の発展=
398;ために応用していた=
;のである。
この佐野&=
#12289;鍋山、三田村とい=
387;た人々の「弟子」に=
;当たる人々には、青=
26408;氏の著書に紹介さ|=
28;たものだけで、竪山=
利文前連合会長、宇=
0304;美忠信連合会長代ச=
2;、金杉秀信造船重機&=
#21172;連委員長、川崎堅&=
596;元同盟副書記長、田=
;中良一連合事務局長=
12289;天池清次元同盟会ž=
63;、塩路一郎元日産労=
連会長、宝樹文彦元=
0840;逓委員長、藤原巌=
9;合副会長といった、&=
#21172;働運動の「右派」=
392;言われた部分の指導=
;者のまさにそうそう=
12383;る顔触れで、「総ŀ=
80;集」の感さえある。=
ここには名前のない=
2300;労働戦線統一の仕৵=
9;け人」と言われた宮&=
#30000;義二前IMF・JA=
315;(国際金属労連日本=
;協議会→金属労協)=
5696;長(現松下政経塾=
3;)は戦後の「転向組&=
#12301;ともいうべき経歴=
434;持っている。
この「労&=
#21209;屋」たちのはたら=
365;がなければ、日本的=
;労使関係はありえな=
12363;ったといっても間ű=
49;いではないだろう。=
しかし、「企業別組=
1512;」という組織形態Ӕ=
4;この「労務屋」たち&=
#12398;運動をやりやすく=
375;たのも事実であり、=
;日本の「協調主義」=
12398;主流が欧米とは違{=
87;て「企業主義的」な=
ものになってしまっ=
2383;ことの有力な要因ӗ=
2;なっていると考えら&=
#12428;るからである。
日本的労&=
#21209;管理においては、=
869;部労働市場の形成で=
;、職業教育をはじめ=
12289;ほとんどすべての{=
71;とが企業内でことが=
行われる。職務要素=
2364;希薄であるため、ਰ=
5;本の労働者は「就職&=
#12301;するのではなく「=
837;社」するのである。=
;農村ムラ社会から吐=
12365;出されてきた労働Ň=
73;は、「疑似家族主義=
的」な労務管理に吸=
1454;される。加えて、ࡅ=
2;働組合も企業別で賃&=
#37329;交渉もその企業の=
989;績と大きくかかわる=
;、となってみれば、=
21172;働者自身がかなりó=
75;い企業意識を持つの=
も道理であるという=
2371;とになる。
前述の「&=
#20605;装労組」化の工作=
418;こうした労働者意識=
;を背景になされるこ=
12392;になる。「企業あ{=
87;ての労働者」、「会=
社の業績が上がれば=
6035;金も上がる」、「༎=
2;級闘争主義を排して&=
#20581;全な労使関係を形=
104;することが労働者の=
;ためにもなる」とい=
12358;イデオロギーが注Ð=
37;されて、下級職制た=
ちは「組合乗っ取り=
2301;の尖兵となり、そӗ=
8;イデオロギーも職場&=
#12395;浸透していく、と=
356;うことになる。
これが欧&=
#31859;であれば、こうは=
356;かない。欧米の労組=
;が「パイの論理」に=
31435;っていないわけで{=
99;ない。欧米では、組=
合の組織形態が産業=
1029;や職業別に立ってӓ=
6;るために、「パイの&=
#35542;理」も全産業的な=
524;ベルのものとなり、=
;一企業の都合によっ=
12390;組合活動が左右さ|=
28;るということにはな=
らないのである。
こうして&=
#12289;経営に対する組合=
398;規制力の極めて弱い=
;日本的労使関係が成=
31435;するのである。
第3章 日本的労=
21209;管理の未来
これまで&=
#12289;日本的労務管理は=
990;界でも稀に見る成功=
;を収め、日本経済の=
30330;展の原動力となっ{=
90;きた。しかし、よく=
指摘されるように日=
6412;的労務管理は全面=
0;な転換期にあるとい&=
#12360;るだろう。
日本的労&=
#21209;管理は、産別会議=
420;「闘う総評」の率い=
;た戦闘的で強力な労=
20685;運動への対応をそ{=
98;原点としている。「=
集団主義」や「家族=
0027;義」といったイエట=
8;会の構造をその精神&=
#30340;起点にしていると=
375;ても、1950年代まではそ=
2398;「集団主義」も労ࠔ=
5;組合運動へと流し込&=
#12414;れていったのだっ=
383;。それが高度経済成=
;長と歩みを同じくし=
12390;「企業主義的協調ŀ=
68;合」へと変貌してい=
くのである[21]。
そうした&=
#20013;で、日本企業はそ=
398;効率性・生産性の追=
;及を思いのままに展=
38283;することができたz=
90;それは確かに「人間=
的」であったけれど=
2418;、そこには日本的ߩ=
3;統だけでなく、かつ&=
#12390;の戦闘的な労働運=
205;への警戒が含まれて=
;いたことも間違いな=
12356;だろう。それが、|=
58;イル・ショックとそ=
れにつづく「国際化=
2301;の波のなかで、「ஶ=
3;き残り」をかけてそ&=
#12398;戦略もなりふりか=
414;わないものとなって=
;きた。しかもその過=
31243;で、「企業の危機{=
01;を叫ぶことで労働者=
に切り捨てをちらつ=
2363;せながら日本的労߳=
1;関係を強化していっ&=
#12383;のである。官公労=
395;残っていた戦闘的な=
;労働運動も、一時的=
12395;は「革新自治体」{=
98;担い手として成果を=
挙げたけれども、企=
6989;エゴからオイル・ӟ=
1;ョック以降の春闘連&=
#25943;記録の継続を許し=
390;いるような「企業主=
;義的協調組合」の活=
36493;のなかで孤立化しz=
89;1975年のスト権ス=
2488;の敗北を決定的な࠳=
8;岐点として後退して&=
#12356;った。
したがっ&=
#12390;、85年の「プラザ×=
12;意」による円高を契=
機として「国際化」=
2364;いっそう本格化しӌ=
9;「分社化、スリム化&=
#12301;を日本企業が推し$=
914;めるようになったと=
;き、配慮すべき労働=
36939;動は存在しなかっ{=
83;と言っていい。「企=
業別組合」はその強=
8872;な合理化に「雇用ఒ=
6;保優先」として、む&=
#12375;ろ協力的であった=
290;欧米の労働組合がオ=
;イル・ショックに際=
12375;ても、日本ほど簡Õ=
36;に合理化に応じず、=
競争力の点で日本企=
6989;に欧米の企業が遅Ӛ=
8;をとったのはそうい&=
#12358;背景がある。
私は、日&=
#26412;的労務管理の変質=
395;懸念を抱くこともあ=
;るが、それはしかし=
12354;る意味では日本的Ó=
72;務管理の徹底なので=
はないだろうか。日=
6412;的労務管理は自らӗ=
8;本質の運動を貫徹す&=
#12427;ためにその現象形=
907;を破壊していってい=
;るのではないだろう=
12363;。*
だが、そ&=
#12428;はやはり日本的労=
209;管理の自己否定であ=
;る。日本的労務管理=
12398;拠って立つべき労Î=
85;者を切り捨ての対象=
にして、それがもは=
2420;労務管理と言えるӗ=
8;だろうか。
日本的労&=
#21209;管理の転機にその=
410;来を考えるとき、ど=
;れだけ「労働者の論=
29702;」を生かすことが{=
91;きるかにそれはかか=
っているのではない=
2384;ろうか。異端の排༊=
0;という強制力による&=
#33029;しの効果はあった=
395;せよ、日本的労務管=
;理の成功はやはり日=
26412;の労働者の論理にê=
94;着していたことにそ=
の秘訣があったので=
2354;ると考えざるを得ӗ=
4;い。
同様のことは日本=
12398;教育制度について|=
18;言える。日本の教育=
制度は、ここで述べ=
2390;いるような「企業ట=
8;会」に対応する形で&=
#20316;り上げられたもの=
391;あり、日本的労務管=
;理とは密接なつなが=
12426;を持っていると考{=
60;るべきである。渡辺=
治「支配はなぜ教育=
5913;革を必要としていӚ=
7;か」渡辺『現代日本&=
#12398;支配構造分析』(!=
457;伝社、1987)7
* 現在では、私はか=
12394;り違う見解を持っ{=
90;いる。本稿で述べた=
ような人権抑圧につ=
2356;ては改める必要がӓ=
4;るが、現在は日本的&=
#32076;営の合理的な面は=
416;しろ擁護すべき局面=
;に来ている。日本経=
28168;の苦境は、日本的ŀ=
76;営の主要なモメント=
とは言えないバブル=
4335;経営の破綻と、市࣒=
0;原理によるは言えな&=
#12356;国際的な政治力に=
424;る円高誘導によるも=
;のであって、日本的=
32076;営の基本は破綻し{=
83;とは言えない。日本=
的経営を崩してきた=
2371;とは、むしろ日本ಇ=
6;済の立ち直りを阻害&=
#12375;ているのではない=
363;、とすら思っている=
;。