自民党圧勝を考える(2005総選挙)
2005年総選挙は自民党の圧勝に終わった。既に僕の他のページを読んだ方なら、僕がこれを喜ぶ
ような者ではないことはおわかりだと思う。しかし、事態は単純ではない。
僕は、このことは日本の民主主義が成熟していく過程のひとこまを表すことだと思う。とにもかく
にも特定の政策を民意が選択した、ということは重要だ。そこに、小泉首相によるうそやごまかしが
大きく、国民が冷静に理性的に選んだものではないが、郵政民営化を改革の象徴として国民が明確に
選んだのである。
そして、そこには「政治と社会を変えたい」というベクトルを、国民が強烈に持っていることをも
示している。<民主革命>を目指す志向を持つ僕と、大局的には国民が同じ方向性を持っていること
に僕は注目しておきたい。小泉純一郎氏のパフォーマンスの成功によって、さしあたりそれは小泉自民
党の圧勝ということになったが、「小泉改革」が国家と社会を悪いほうにしか変えないことはやがて
国民の目にも明らかになると僕は考えているが(4年も経っているのにわからないのかな、という思い
は正直言ってぬぐえないが)、そうした場合には国民は「小泉改革」の路線から離反することになり、
それには支配層(政財官の三角同盟)は苦しむことになるだろう。民意は支配層の意のままにはならな
い。支配層はいつも世論操作を心がけているが、今回のようにうまくいくことがそうそう続くものでは
ない。その離反は小泉氏の退陣後かもしれず、国民はそれを「小泉改革」路線からの離反だということ
を自覚しないかもしれないが。
「小泉改革」とは、渡辺治氏の表現を用いれば、新自由主義改革と軍事大国化の路線にほかならない。
郵政民営化は、市場原理の支配する領域を拡大するという新自由主義改革の一部をなすものであり、
弱者保護を撤廃し、市場競争力の強い者を保護するという制度改変であり、この場合、弱者は国民の
ほとんどを占め、強者に属すのはほんの一握りである。新自由主義改革に国民の支持が集まるのは、
弱者保護として、自民党政治家のとりまきたちに優先的に利益配分が行われ、財政の肥大化と政治腐敗
をもたらす構造がつくられ、新自由主義改革がその構造をぶっ壊す面を持っているからである。しかし、
それによってもたらされるのは、「強い者はより強く、弱い者はより弱く」という階層の二極分化であ
り、それは既に90年代から進行していることがさらに進むことになる、ということだ。来年にも提起
されるのは庶民増税で、基礎控除や扶養控除の廃止であったり、消費税率の引き上げであったりする。
それは「小泉改革」路線からの国民の離反を招く可能性が高い。民意の支持を得て、従来の自民党の
支持基盤をぶっ壊しながら進行する新自由主義改革は、大衆的支持組織を持たないまま、民意によって
否定される日が来るのだと僕は思っている。
理性のレベルでは、国民全体の意識は高くなっていることには僕は確信を持っている。感性のレベル
での共感能力、他者の状況への想像力が失われてきていることの問題が他方にあることには危惧も持っ
ているが。大衆の社会変革への願望が、どういう方向に流れていくのかは、大衆にとっては偶然の要素
も大きい。ファシズムの台頭というのは小泉旋風に似ていたのだろう。大衆の変革願望を、<民主
的変革>のほうに組織するために僕にできることを、僕は模索している。
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