店は当分続けます
平成徒然草第11HP
とうめいさうんど 鵜飼俊男
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FAX 0569-23-7061(電話も同じ。兼用)
メールアドレス:ukai-516@tac-net.ne.jp
URL : http://www.tac-net.ne.jp/~ukai-516/
愛知県半田市昭和町4丁目13番地。


散歩中、田んぼの畔で獣の鳴き声がすると思ったらこれだった。声の案山子。大型用車のバッテリーが繋いであり、すずめは遠くの電線に10羽くらいいた。


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9/18
空が明るかったので月の模様が撮れた。暗いと、露光過多で真っ白になる。
武豊図書館で借りたCD。擦り傷が多い。ただで直してから聞いた。
町で見かけたミニクーパー。色がいい。
●プロ野球のストライキ
「プロ野球史上初めてのストライキが決まった。18、19の両日、球音は消える。10時間に及んだ交渉の末、決裂した日本プロ野球選手会、交渉相手だった日本野球機構は、記者会見でともにわびた」


美浜図書館「MOOK21」より




9/17
●郵便局口座に振り込みはあって(落札者に自動メールが行くよう書き込み登録をしたから)本人から送り先等の連絡が無い。これはと当たりをつけて落札者の一人にメールしたら当たり!「ヤフーに送った」とメールで言う。そこで、おせっかいで話し好きな私は長話をする・・・
どうでもいいことですが、yukiの字が、ヤフーネームと、メールアドレスの中にあり、郵便局通知に
○○幸○さんとあり、金額も一致しましたので、先ず間違いなかろうと拝察、それからヤフーから文章ずばりでなく、下記のように9/16 15:16に2回入っております。いまおもえば、ヤフーの人が見て、「間違ってうちに来てますよ」と、どんな場合にでも役立つように、あれもこれも書いた、既製品の書式を、双方に送ったのでしょう。同じ時刻に届いていませんか?
「
・こんにちは、Yahoo! JAPANメンバーサービスです。
Yahoo!オークションをご利用くださいまして、ありがとうございます。
恐れ入りますが、こちらのメールアドレス(auction-master@mail.yahoo.co.jp)
は、オークション関係の自動送信メールを発信するメールアドレスとなっており
ます。
たいへんお手数ですが、以下より該当のヘルプページをご確認くださいますよう
お願いいたします。
落札者との連絡方法について
http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/asell/asell-09.html
出品者との連絡方法について
http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/abid/abid-10.html
入札者の質問に答えるには?
http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/asell/asell-28.html
出品者に質問するには?
http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/abid/abid-08.html
落札者を評価するには?
http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/asell/asell-14.html
出品者を評価するには?
http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/awin/awin-14.html
なお、Yahoo!オークションについてのご質問やご不明な点につきましてはこちら
のページ下段の「報告フォーム」からお願いいたします。
・出品者 http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/asell/asell-01.html
・入札者 http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/abid/abid-01.html
今後ともYahoo! JAPANを宜しくお願いいたします。
------------------------------------------------------------
Yahoo! Auctions Member Service
auction-feedback@mail.yahoo.co.jp
http://auction.yahoo.co.jp/
お問い合わせはこちらから!
http://help.yahoo.co.jp/help/jp/auct/ 」
●私が契約しているインターネット接続業者(プロバイダー?)からメールあり
TAC−ネット加入者 各位
日頃はTAC-ネットをご利用いただき誠にありがとうございます。
さて、最近、TAC-ネットのネットワーク内に大量のウィルスメールが
発生しており、そのために加入者様の正規のメールの到着が遅延すると
いう現象が発生しております。加入者の皆様には大変ご迷惑をおかけして
おります事をお詫び申し上げます。
当社と致しましては、この現象を除去するための対策を実施いたしており
ますが根本的にはウィルスメールの発生を抑制するしか対策はないと考え
いています。
そこで、加入者の皆様に改めてお願いさせていただきますが、ご自身のパ
ソコンのウィルス対策を徹底していただくようお願いします。
・これまでウィルス対策ソフトを導入していないお客様は早急に必ず導入
して頂くようお願いします。
※次のURLをご参照下さい。
http://www.symantec.co.jp/region/jp/securitycheck/
http://www.trendmicro.co.jp/hcall/
http://www.mcafeesecurity.com/japan/mcafee/home/freescan.asp
・すでにウィルス対策ソフトを導入しているお客様は期限切れ等、ソフト
の効力が失われていないか、ご確認をお願いします。
(知らないうちにウィルスに感染していて、自分を媒介してウィルスをば
ら撒いてしまう2次感染を引き起こすことがあります。
ウィルスにかからない為に、アンチウィルスソフト等を必ずインストー
ルして下さい。)
インターネットを利用して情報を受信したり発信したりするときには、そ
れによって生じるリスクや社会的責任や法的責任を自身が負わなければな
りません。インターネット利用者は、インターネットが一つの社会である
ことを認識し、その一員としての自覚と責任を持つ必要があります。
鵜飼俊男の感想 自分ひとりに送られてきたのなら腹が立つような文章だ。
●いつもの人からメール来る。この人は美しい文章を読みつけている人だろう。言葉は記憶である。慣れである。「京都に3日いたら、関西弁の抑揚が付いてきますねん。」というふうに。
「柊」読ませていただきました。
高校生の2人の別れ、切ないですね。情景が目に浮かぶようです。
別れの場面だけでなく、結婚後、かつての街に夫婦で訪れたときの
情景もとてもよく描写されていますね。
よくぞ、焼きそば屋さんのおばあさんが覚えていてくれたと
私まで嬉しくなりました。
2人は最後の最後まで一緒なのですね。お墓の中でも
幸せそうな様子が想像できます。
こんなに幸せな結婚生活ができたらどんなにいいでしょう。
(鵜飼 そうなんです、現実の私はいらだちが多い、だから、夢を書いたのです。)
読後爽やかな気分になりました。
幸せな、嬉しい気持ちになれたのは、2人を応援しながら
2人と共に人生を歩んだような、
そんな疑似体験ができたからではないでしょうか?
・
・
●褒めてもらって嬉しかったので、もう1作
「「こんなことしかできなくてごめんね」が言えなくて」
夫は貧乏人で、底が砕けたバックバンド付きのサンダルに、廃物の円盤を接着剤で貼り付けて、我が子の学校祭にも、図書館にも、何処にでも出かける。音だけ聞くと左右音が違う。義足のような音だ。人がいるときはひだりのかかとを床につけない。羞恥心はあるようだ。夫は時間がないので、返却処理のすんだ本を返却棚に持っていって、かわりにそこで物色して借りたりする。これは効率がいいのである。それと新刊コーナー。新しくて気持ちがいいのと入り口に近いのが便利。一人30冊まで借りられる。そこに夫婦喧嘩の種がある。「家内に借りていってやろう」と料理の本だの、妻の好みの作家の作品だのを、年中借りて渡す。「こんなことしかしてやれなくてごめんよ」と心の中で言いながら。口には恥ずかしくて出せない。100回と度重なると妻はそうそうつきあってもいられない。「よんだふり」をすればいいものを、真正直なところがあって「いらない」とか「自分も図書館に行くから、自分の借りたいものを借りる」とか「人を指図しないで(私の自由時間を取り上げないでよ)」とか言う。そういわれれば、もっともだとはおもうけどでも面白くない。ある日これまで抑えてきた怒りがふきだし、押さえ切れなかった夫はついに言う。「俺はなあ(普段は私と言っているが、興奮すると俺になる)、もっとお前に夫らしくしてやりたい。でも(金が無く)て出来ない。こんなことしかしてやれないのだ。読め!」と怒鳴り、妻の「色々してくれるのは判るわよ。だけど・・・」という声を聞きつつ去る。中にはこういう愚かしく、哀しい人間もいる。貧乏からおこるストレスが引き起こす夫婦喧嘩である。
これは、夫が「読め」でなく「こんなことしか出来なくてごめんね」と言うべきなのである。だがそれがいえない。人間は、どうでもいいことは言えるが、なぜか肝心な「愛」の言葉や心の中をさらけ出す言葉がいえない。山本周五郎の小説に、ぎりぎりのところでこれが言えて「雨降って地固まる」で前よりも仲良くなる男女の物語や、逆に、些細なことで決闘になった仲良しの老武士二人が、とちらも、もう一歩で「ごめんなさい」のいえるところまで来ておりながら、言い出さず、決闘し双方死ぬ物語がある。理屈では判っているものの、感情に左右されてしまうのである。それでどんなに多くの人が別れたり、傷つけあったことだろう。
夫は2週間後に妻のために借りて、妻に断られた本を返した。「親切にしてやっている」つもりが「ありがた迷惑」といわれ、嫌な気分だった。もう、あれこれと、品定めをする楽しさも半減した。「これが本来のあり方なのだ」と自分にいいきかせて、自分の本だけ借りて去った。その近くには墓地があり、苔むした墓石群の横の木々ではセミが今しかないと言わんばかりに鳴き、その上の青空には入道雲が高くモクモク湧き上がっていた。
二人は何時までもしこりが、消えなかった。「人が皆、われよりえらく見ゆる日よ 花を買い来て 妻と親しむ」も出来ない。会話が途絶えた。だが、ある日夫はこういった。「昔大江千里が自分がパーソナリティを勤めるラジオの番組である若い娘さんの投書を読んだ。「私は自分に自信がもてません、自分には過ぎた彼がいました。でも何時断られるか、心配でなりませんでした。それで自分のほうから断ってしまいました。今はなんだか哀しくて・・・」すると大江千里は馬鹿だね。アハハと笑って「なにもそうまでしなくたって」と言っただけで次に移ってしまった。彼は多分20代でどう答えていいかわからなかったんだろう。浜田省吾やさだまさしだったら、しっかりとうけとめるだろう」「貴方だったらどう答える?」「ギターをとって歌うな、こんな自分であるけれど、いつかは、自分に合った人を見つけて、おいしいご飯を作ってあげたいな、おいしい、おいしいと食べてくれる人にめぐり合いたいな。その日のくるまで、明るく、お料理習います。」「そうね。今の大江千里だったらどう答えるかしら」「多分自分の人生で得たものを、伝えるだろうね。意思と現実とを比べる技術、現実を改善する技術をね」「ごめんなさいね、あんなことをいって」「いや、悪いのはわたしだよ。口ではえらそうな事を言って、自分には甘いんだ」。「そんなことないわ」再び戻った夫婦のいたわり。二人は共に嬉しい思いを抱いた。取り留めの無い世間話をした。「君といると楽しいよ」「貴方の声が聞きたいわ」口にはださない相手の言葉を、聞き取っていた。楽しい時間が流れて子供が帰ってきて「おなかすいた!」といったので妻は台所に立っていった。
夫は愛読書を開いた。「野菊の墓」。明治の世。年下の従兄弟との仲を引き裂かれた民子は、半ば放心状態で嫁に行き、嫌われ追い出され病で亡くなってしまう。死の床で彼女が持っていたものは、布に包んだ恋しい従兄弟の思い出の品であった。もしも、民子が、嫁入り先のひとたちの心の中によさを見つけ出すことが出来たなら、また明るい人生もあったろうに、嫁に行く前にもう、心は死んでいた。夫は本を押し頂き、本箱に戻し今度は「今昔物語」をひらいた。平安の世。貧しき武士の夫婦が、生活打開のため再会を期して別居した。何年も音信不通、つまは、摂津の守の妻に出世して、ある日、農作業をする使用人の中に元の夫を発見する。呼び出して引見するが、「元妻が、主人の妻におさまった」と知った夫は、恥ずかしさ、惨めさに、顔をゆがめ逃走し行方知れずになる。もう一つは、同じようだが「代官の息子の妻に望まれ婚礼を明日上げるという晩に貧しいままの夫が尋ねてきて裏からひそかに呼ぶが・・・」と言うもので室生犀星「津の国人」の原型である。貧しきがゆえに引き裂かれた夫婦の姿。女性が幸せになるので陰惨さは無い。「夫婦は、相手の良さを見つけ寄り添って励ましあって生きていけばいいんだ。貧しくとも、楽しいんだ」夫は本を押し頂き、本棚に戻した。台所からカレーのにおいがして「あなた、ご飯よ」と、ひさしぶりに優しい声が聞こえた。「はーい」と答えて夫はいそいそと妻の待つ台所にむかった。「にちにちこれこうにち」(日々是好日)の書が彼を見送っていた。(完)
●愛用のスキャナーが故障して、カメラで、手書き文を写した。どうも直射日光だと字が光る。芯の中の油?のせいか










9/16
●半田高校より「柊祭の写真が顔が判別できていけない」と電話があり、墨を塗った。
●廃棄本は売らず、おまけにつけることにした。
9/15
●半田市立図書館で貰った廃棄本=除籍本9冊



を19800円でヤフーオークションに出品中だが館長から2度「出品は困る」という電話が来た。
ヤフーオークションに掲出の「商品説明 全文」
愛知県半田市立図書館の、廃棄本です。税込み定価5500円*9=49500円。平成7年印刷。中身、表紙ともきれいですが、図書館の表示と、廃棄本の表示があります。読まれた形跡なし。詳しくはhttp://www.geocities.jp/ukai5162001/index87.htm をご覧下さい。 文学(小説、評論随筆、新聞,単行本)を発売月日順に並べた本編6巻、作家名索引1巻、作品名索引2巻の構成です。ある作家の、全作品を雑誌、新聞をふくめて、日づけ順にたどることが出来ます。卒論資料として、また文学研究家の書斎に置いて、使いこなしてください。又日づけ順にタイトルを眺めるだけでも、昭和時代の流れが分かります。
更新済み: 9月 16日 0時 2分
半田市立図書館館長大橋さんから2度にわたってTELあり。「なぜ読みもしない人に、本が渡されるのか」という図書館を批判するメールが5本あり、とうめいさうんどが出品を取り下げないなら、今後「一人十冊まで自由にお持ち下さい」をやめ、市内の施設に寄贈するか、有料にして、慈善事業に寄付するとか、半田市報に載せるて全市民から希望者を募る事を検討しなくてはならない。出品を取り下げてくれ」といわれます。私はこう答えました。「この本は私の宝です。だがしかし、経営も苦しいので金が欲しいので売りに出しているのです。だが投書メールもおかしいと思います。図書館廃棄本とあちこちに表示されている本はよほどの貴重本でなければ、売れません。貴方は買いますか?そんな貴重本が年に何十冊も廃棄されますか?本を知らない投書魔か役所を困らせて楽しむ輩の仕業です。なぜ、7年で捨てるのだ!税金の無駄づかいではないか!というなら、『買って並べてみなけりゃ人気の程は分からない。高かろうが、7年借りられなかった本を廃棄するのは当然ではないか』と言い返せば済むことです」と答えました。なぜ、7年で捨てるのだろうと不思議に思いましたが、亀崎分館にも一式あるのだそうです。私の推測ですが、役所の、経費無駄遣いの1例に使われるのが怖いのだと思います。「役所は、予算は皆使い切らないと、次回減らされるというので、まだ充分使えるものまで買い換える」という噂です。こんな困った噂を、裏付けるような私の出品です。かなり半田市は困っているという感じを受けました。真っ先に図書館員が、処分本を持ち帰り、残りを市民が貰ってるのではないかと思います。最後に半田市立図書館にメールをした人に言います「半田市立図書館処分本が売りに出されるのはおかしい」というなら、金を出しても買いたいという熱心な持ち主に渡るほうが資源の有効活用というものです。それに人気の無い本、特殊な本は、売れる率は低い。だからこそ、捨てた本=廃棄本と言うのです。欲しい人は持っていけです。出品者が利益をえていると思うなら大間違い。貴方も、何処ででもタダのものを貰って売ってみなさい。めったに売れないからただで呉れるのです。廃棄本を10000軒の古本屋に持っていっても1冊も売れません。当店も買いません。ただでくれると言っても、欲しい本は限られた分野の物だけです。廃棄本を売りに出そうが、貰った人の自由です。世の中売れるものをただでは呉れません。労力と売れる可能性をかんがえると、誰も馬鹿らしくてやらない。売ろうとするのが無理なのです。
●ヤフーオークションでこの商品2種
で3900円(ほぼ定価、送料分割高)の落札者が、「商品がほこりまみれ」で普通(評価点は無し)とした「本日届きました。しかし商品はホコリまみれでした。迅速、丁寧に対応して頂いただけに非常に残念です。 (9月 15日 21時 41分)」という評価をしたので
私は批判反論「ほこりまみれとはなんですか。そういう形のものが棚に入ると思うのですか。写真を見たでしょう。ティシュでほこりはざっと拭き取って入れましたよ。だからまみれてはいませんよ。君は日本語を知らない。無礼であり判断力がない。多分君は、もっと立派な商品を期待していて、実物を見てガッカリしたのだ。そして古びて色が変色している。何年前も前の商品ですよ。それをレコード屋に苦情をいえない。なぜなら調査不足の自分が悪いのだから。そこで埃云々というのだ。不愉快である。 (9月 16日 1時 2分) 」
し、マイナス1点をぶつけた。そしたらむこうもマイナス1点を報復し、かつ反論
「なんと言いますか、呆れました。言葉もありません。しかもあれで「ざっ」ととはいえ拭いていたとは。それと、ほこり以外不満はありません。 (9月 16日 1時 18分) 」
してきた
9/14
●リクエストしていた作品が届く。嬉しい。
「雨」
雨の予報は聞いていなかった。
いや、今朝はニュースなど耳に入らなかった。
「どうして?雨なんか降らなくてもいいのに・・。」
友梨(ユリ)は叫んだ。
だが、もうすでに彼女の心の中には激しい雨が降り出している。
浩志(コウジ)にさよならを言おう、そう決めた今日に限って雨・・。
(雨なんか・・降らなくてもいいのに。)
高校2年生の友梨が同い年の浩志と出会ったのは去年の5月、
彼は友梨のバイト先であるコンビニの客だった。
浩志は、ペットボトルのジュースや袋菓子などを買っていく
レジの前に佇む彼を友梨はいつしか気にかけていた。
しかし、この時間帯のコンビニは思いのほか忙しい。
2人は会話など交わしたこともなかった。
9月。バイトを終えた友梨が従業員出入口から出たとたん、
浩志は思い切って声をかけた。彼は2時間も前から待っていた。
「あの・・俺のこと、知ってるよね?少し話さない?」
友梨はさほど驚かなかった。
なぜなら、いつかこうなるだろうという予感があった。
言葉にこそ出さないがレジの前に立つ浩志の眼差しは
熱く何かを物語っていた。
彼女もまた、この日を期待していたのかもしれない。
「いいよ。あなた、高校生でしょ?どこの学校?」
「Y高の2年。家はここから徒歩2分。」
浩志と友梨は互いに自己紹介をした。
彼らの学校は同じ私鉄の沿線上にある。しかも2駅しか離れていない。
友梨は彼の面影をいつか見かけたような、そんな気がした。
出会いから4ヶ月、交際が始まった。
偶然同じ学年だった2人は下校時刻もそう違わなかった。
互いの利用駅を挟むC駅で待ち合わせ、
友梨のバイトが始まる時間まで一緒に過ごした。
人気のない夕暮れの公園は若い2人を急速に接近させた。
友梨は浩志の伏せ目がちな長いまつ毛を美しいと思った。
浩志は友梨の笑顔が大好きだった。
2人はそっと愛し合い、慈しみ合った。
木枯らしが吹きつける冬の日、2人は少しも寒さを感じなかった。
心も体も冷めない熱に浮かされているようだった。
しかし友梨はやがて1人になる自分の姿を予感していたのだ。
春が来た時、友梨の心は浩志とは別の何かを見つめていた。
それは彼の内に存在する、ある翳りだった。
恐らく浩志自身も気付かない、彼のトラウマだった。
友梨がどんなに彼を愛してもそれを消すことはできなかった。
友梨とて浩志を嫌いになった訳ではない。
彼に寄せる思いの強さは以前と決して変わらない。
だが、彼女の心の中で何かが行き場を失い澱み始めていた。
浩志には秘密があった。彼は命を脅かす疾患を患っていた。
しかもそれは人々の偏見にさらされた忌まわしいものであった。
だが彼は勇気を出して秘密を打ち明け、彼女はそれを受け入れた。
だからもはや友梨にはそれが障害になるはずはなかった。
友梨は彼と共に偏見に立ち向かいながら生きてゆこうと決めたのだ。
彼自身、自分を1人の人間として認めてやることをしなかった。
偏見にさらされた自分を恥じ、友梨に対して
常に申し訳なさを感じた浩志はそれを態度で示し続けた。
彼女がどんなに共感し、慰め、励ましてもそれは変わりがなかった。
浩志に対する接点を見出せずにいた友梨は彼を愛することをやめてしまった。
その日から、友梨は1人ぽっちの自分の姿を予感し孤独だったのだ。
雨はますます激しさを増して降り続ける。
浩志と待ち合わせたC駅は混んではいなかった。
(雨はキライ。まして今日は・・・)
浩志は来なかった。彼は最後になるであろう今日という日さえも
友梨を避けたのであろうか?
結局、友梨はC駅の、いつもの待ち合わせ場所にぼんやりと1時間も佇んでいた。
その長さは、彼女が浩志に置き去りにされ、1人ぽっちにされる
これからの時間と同じくらい長いものに思われた。
1年が巡りまたあの5月がやってくる。2人の出会った5月。
友梨は浩志とはじめて出会ったその日に彼に手紙を書いた。
浩志へ。
元気ですか?あなたといつものように待ち合わせをしたあの日、
実は私はあなたにさよならを言おうと思っていました。
でもあなたは来なかった。だからさよならを先に言われたのは私。
浩志・・あなたは私にいったい何を求めていたの?
あの頃の私は、世間からどんな目で浩志が見られようと平気だった。
ありのままのあなたが大好きでした。
また浩志と巡り合いたい。心も体も触れ合いたい。
いつかまた、生まれ変わったあなたが私の前に現れますように。
出会いの日を私は一生忘れない。そして、あの冷たい雨も・・・。
友梨
2人を引き離してしまったのはあの日の雨だったのだろうか?
終わり
●私の礼状
ありがとうございました。
100点!5重丸!
人間、断られるのが怖くて、先に断ったり、この浩志君のように
断られるように仕向けたり。
では私も。
「柊物語」
我が子の高校(私の母校でもあります)(半田市柊町にあり、学校祭を柊祭といい、
校旗も柊の葉である)の文化祭を見に行こうとおもい学校の風景を思い浮かべたら、
ある思い出が浮かびました。
私は1年生の時コーラス部でした。
背の高い前指揮者の先輩新美氏と、前ピアノ伴奏役のグラマーな先輩の原さんとい
う、とても大人っぽい3年生の二人が恋愛をしていて、あこがれました。
ところが、お父さんの転勤か何かで女性、原さんが転校することになりました。最後
の日、彼女はコーラス部の練習の途中で、部員の皆に別れを告げ駅に向け去りまし
た。私達は、指揮者に「追いかけていって、電車の出るのを見送ってください」と頼
み、彼は、駆けていきました。私は気になって気になって・・・。
この高校生の別れは、いまも印象深い甘酸っぱい高校生活の思い出です。
いまからこの高校の思い出の、二人の別れの場面を空想します。
「おーい、原さーん」
「あら、新美さん。練習はいいの?」
「皆が、送れ送れと言うものだから。」
「そう。そう言ってくれると思っていた」
「うん。僕も送りたかった。」
チンチンチン。二人の後ろで遮断機が下りる。ホームに二人が付くと電車が滑り込ん
でくる。原さんが乗り直ぐ振り返る。スカートが広がりしぼむ。
「手紙を書くわ」
「ぼくも手紙を書くよ」
見詰め合う二人。ドアが閉まりかけた途端に手でさえぎって新美さんが乗り込む。
「もう少し、送るよ」
「でも練習は」
「いいさ、僕らは現役じゃない」
「そうね」
「今度移る学校はどう?」「まだ、1度も言ったことはないの。街も、2年生で修学旅行で行っただけ」
「そう原爆ドーム、千羽鶴の慰霊碑、安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」
二人は並んで腰をかけた。
「この電車も、もう今日で最後ね。3年ごとに父さんが転勤するのにくっついて、深い友達が出来なかったわ」
「そうか。でも、いつかそういうことも終わるよ」
そうね」原さんはこの人とあるいは結婚するかも、とチラっと思った。もう話すことも無かった。一緒に何時までもいたい二人だった。
「ねえ、大学は二人とも京都にしようよ」
「そうねちょうど、二人の町の中間だし」
「でも京大や同志社は難しいからなあ」
「落ちたらそのときはそのときよ」
うん」
原さんの降りる駅が近づく。ああ、もう駅が来た。なんと楽しき時の早く過ぎることか。「君のうちの前で、回れ右をするから、一緒にいさせて欲しい」「そういってくれると思っていたわ」駅を出る。道を歩く。神社の前に原さんの家がある。
「じゃ」
「待って、かばんを置いて、駅まで送っていくわ」
「いいよ、君を一人で戻らせたくない」
「それじゃ元気でね」
「あなたも」新美氏は振り返り振り返り手を振って、曲がり角で大きく3回振って消えた。
1965年9月30日午後5時40分。原さんは家に入り、3本線のセーラー服を畳み、掃除を始めた。涙が頬を伝わった。保育園を含めて5回目の転校。「つ、つらいわ」。そういい雑巾を絞ると、涙がバケツに落ちた。
「そうだ、同志社大学に二人とも合格すればいいのだわ」元気が出た。
外では新美氏ががしょんぼりと元来た道をたどり、二人の会話を思い出していた。トンボがスイスイ飛んでいる。ホームのベンチでうなだれ、電車に乗り、ここに彼女はいない、もうあのセーラー服を見ることも無いのだと思った。彼が高校にもどったとき、もう部員はいなかった。
「そうだ、同志社大学に二人とも合格すればいいのだ」彼も元気が出た。
時は過ぎて5ヵ月後、二人は合格発表掲示板の前で再会。仲良く同志社大学に合格した。4年後就職を待って結婚。
子どもたちは小学生になると母に質問した。
「ねえ、父さんはなんて言って母さんに結婚を申し込んだの」
「まだ、小学生には早いのッ」
中学生になるとまた、同じ質問をした。
「お父さんに聞いてごらん」
子どもたちはお父さんの側ヘ言って同じ質問をした。
「中学生にわかるかな」と父さんは正座して次のようにはっきり言った。
「洋子さん、私はただ一度の人生を貴女と一緒に送りたい。高校の2年間、そして大学の4年間貴女がいてくれて僕はずっと幸せだった。精一杯、貴女を大切にします。私と結婚してください。」
子ど
もたちは、これまた正座して神妙にきいていたが、「で、おかあさんはどうだったの」
「涙を流して、切れ切れに言ったよ。うれしいわ。どちらも合格したと知った時、いつか私をお嫁に
貰ってくれる日がくるとおもっていた、今日の日を夢見ていたの」
子供たちは両親を誇りに思った。
それから15年、子供たちは独立した。二人きりの生活に戻った夫婦は愛知県知多半島の夫の実家へ旅行した。途中高校を尋ねようと、半田市柊町の駅に途中下車した。夫は30年ぶり、妻は30年6ヶ月ぶりだった。駅舎が高架になって、様変わり。踏切を渡ると、高校体育館が見えた。
「此処で貴方が、追いついたのよ」
「うん、別れが辛くて、君の家までついていったよ」
「私今だから言うけど、貴方が帰った後、泣けて泣けてしかたがなかったの」
「僕も、歩くのが辛かったよ。君と歩いている時は街がいきいきとしてみえたが、帰ってきたら死んだ町
のように感じた」学校に着いた。高校も講堂と図書館だけが元のまま。校門も建て変っている。
「このあたりでよく待ち合わせして帰ったね」
「そうね」
二人は回れ右をして、小高い公園に向かった。此処は林の坂道は元のまま。展望台に上る。展望台はそのままだが、木が伸びて見通しははるかに悪い。
「貴方、ここで私を抱きしめたことがあったわね」
「うん、セーラー服の君をね。君はぶるぶる震えてた」
「怖かったのよ、初めての体験だったから」
公園を降りて繁華街を歩くと、よく行ったお好み焼き屋は新築、焼き蕎麦屋は改築してあった。焼き蕎麦屋に入ると、シャッシャッと達者な手さばきでちょうりしていた70すぎのお婆ちゃんが、二人を見て「いらっしゃいませ。オヤ、マア」と目をみはって、
「アラ、お揃いで。何十年ぶりでしょう。結婚されたのですか?そうですか。よろしかったですね。貴方がた、よく日曜日にお揃いの、白いタートルネックのセーターで見えましたね。私はこうなるといいがなあと思ってましたよ」
店は変わっても、味はそのまま。招き猫もそのままなのが嬉しい。外に出る。駅に向かう。二人で20回歩いた思い出の道。遠くに半田高校の大きな体育館の屋根が見える。
「私2年半で、転校したから此処の卒業生ではないのよ」
「うん」
「あなたが就職先を市役所を選んでくれたので、転居が無くてよかった。」
「そうだったね」
ふたりは満足そうに思い出のデートコースを歩き、思い出話に花を咲かせた。
その10年後妻が病気で亡くなった。遺品の中に、高校の修学旅行の、夫が写っている写真があった。
夫は「おや、この写真は、僕は始めてみるな。」衣装缶の中から高校時代に二人できたペアの、白いタートルネックのセーターが出てきた。旅行土産の置物も出てきた。夫は号泣した。
3年後、墓の中で二人は再び一緒になった。(完)
9/13
●いつもの人の美文。普段名作古典を読みつけているから、こういう言葉が心に浮かぶのだ。本物に接していると、感覚が豊かになるのだと思う。赤字は私の文。
「・・・私の古典への思い、掲載してくださったのですね。
恥ずかしいです。文才など、とてもありません。
本当に気ままに、徒然なるままに、書いているだけなんです。・・・・
高校生の恋人二人の別れの場面を、好きなように、自由に詩でも小説でもシナリオでも、書いて欲しい。本気にしてもよろしいですか」
これを読んでいると、声の調子まで浮かんでくる。これだけで、5行の詩だ。いかに普段美に接することが大切かを知る。気高い人に交われば心が澄む。2度とない日々。味わい深い手紙を喜ぶ。室生犀星の王朝文学や源氏物語の登場人物から手紙が来た!
●武豊散歩
開通を待つ武豊町民会館への新道。
鴨と亀。



開館を待つ武豊町民会館。不必要な飾りが多すぎる。50年後?の取り壊しの際に少しでも、瓦礫を少なくする事を、考えるべきだ。




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