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| 成都 〜武侯祠と陳麻婆豆腐店 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
朝7時に起床。1Fのブッフェへ。中華とアメリカンブレックファースト類が半々ぐらい。点心の類は少ない。いつものように大皿に一通り取って、あとお粥をGET。お味は今イチかな?悪くはないんだけど、別に美味しいとも思わない。ピータンぐらいあると良かったのだけど、四川の文化じゃないんだっけ?
この日のメインは何と言っても武侯祠。15年ぶりに逢える蜀の文官・武将群。朝8時からオープンとのことなので、 7時半にホテルを出ることに。バス路線図をGET出来なかったので、歩いて行く作戦に。念のため、ホテルのフロントに筆談で「我要巴士地図」と見せると、「この周辺にはない。天府広場の書店で売っている」とのこと。マジか?事前にインターネットで検索した分には、そこらの新聞スタンドとかで売っていると書いてあったのに。これはタクシーで筆談作戦だなぁ。やれやれ。 ![]() ![]() ホテルから武侯祠までは1.7km。歩いて20分ぐらいとの読み。地図を頭にインプットしながらテクテク歩く。大きな道をランドマークに歩いたが、通りの名前が表示されているので、迷うことなく歩けた。8時を少し回った頃合に武侯祠に到着。60元でチケットを購入して、すぐ横の「大門」から入場。来た!15年ぶりに来た! 前に来た時はツアーだったから、思うようにジックリ見ることも出来なかった。その中で必死に写真だけ撮ったものだ。もう2度と来れないだろうと思いながら。今回、再度来れたばかりか、今回は好きなだけ見て回れる。最高に嬉しい。幼少の頃、武侯祠で孔明像に一日中跪きたいと願ったものだ。今その願いを果たせる。 入場してすると、真っ直ぐに石畳の1本道が続いており、その両脇には右側に「唐碑」、左側に「明碑」と呼ばれる各々唐代と明代に造られた石碑がありました。内容はよく解らないけど、多分孔明を讃える内容なのかな?と。
次に「二門」を潜ると、まずは文官や武将の塑像が並ぶ回廊の「文臣廊」「武将廊」が見えてきた。その手前には岳飛の書による「出師の表」と「後出師の表」が、各々「武将廊」「文臣廊」側に掲出されてあった。こんなのもあったんだね。前回は気付かなかった。文章の後段になるに従い筆致が乱れ、激情に耐えないといった表情が盛り込まれているらしい。
「後出師の表」を見ながら、そのままの足でまずは「文臣廊」から。よく見ると、どれもが煤が掛かっている。前に来た時は煤も掛からず、もっと煌びやかな色合いだったものだ。その後、あまりメンテされてないんだなぁ。何だか、愛おしさすら感じる。ちなみにこれらの像は、19世紀頃に作られたものらしい。逐一画像撮っていると、微妙に背丈が違うのを知った。本人の背丈に合わせたのかな?
ちなみに劉備が鎮座まします「漢昭烈廟」に面して、向かって右側が文臣廊、左側が武将廊であり、各々、漢昭烈廟側から二門の方に向かって、文臣廊には塑像が、ホウ統、簡雍、呂凱、傅トウ、費イ、董和、ケ芝、陳震、蒋エン、董允、秦ミツ、楊洪、馬良、程畿と並び、武将廊には、趙雲、孫乾、張翼、馬超、王平、姜維、黄忠、廖化、向寵、傅僉、馬忠、張嶷、張南、馮習と並んでいました。
また、漢昭烈廟そのものは、関羽と張飛を左右に従え、真ん中にデーンと劉備と、その孫で蜀滅亡時に殉死した劉備の孫の北地王・劉ェの像が安置されてありました。劉備の顔は、皇帝ということで、黄金に塗られており、それもあって神々しい佇まいでした。代名詞である大きな耳が、呂布に大耳児となじられた故事が思い浮かびます。
劉備の向かって右側(=文臣廊寄り)には、関羽達の像があり、関羽を正面に、向かって右側に関平と趙累の像が、関興と周倉の像が置かれています。関羽は流石に関帝と尊ばれるだけあり、皇帝仕様の像になっていますが、関平や関興が何ともコミカルな顔で今イチです。
劉備の向かって左側(=武将廊寄り)には張飛を正面に、右に子の張苞、左に孫の張遵の像が置かれていました。張飛は、ともすると妖怪のようなオドロオドロシイ顔をしているのですが、それを受け継ぎ、子の張苞もなかなかの顔をしています。孫の張遵になると、普通に文官めいた顔になっています。
![]() そうして漢昭烈廟を超えて、更に奥に進むと、愈々孔明像のある武侯祠です。「武侯祠」と書かれた門を潜ると、遠くからも孔明の像の顔が煌々と判ります。近づいて行くと、白羽扇を手に持った孔明がハッキリと見えてきます。「静遠堂」と掲げられたガラス張りの中に安置された孔明像は、文臣や武将の像などと違い、煤が掛かることもなく、皇帝同様に金色に塗られた顔が光に照らされて神々しく映えています。 15年前も憧憬の念で見たのですが、その頃と同じ気持ちで今回も崇めて見詰めました。まだ早朝。観光客も少ないせいで、ほぼ独り占め。嬉しい。しばらく指を組んでお祈りの瞬間。感謝。感謝です。飽きることもなく、しばらくそこにステイ。何度も見詰め、何度も祈って、しばらくステイ。 ちなみに、孔明の像の向かって右側には子の諸葛瞻の像が。左側には孫の諸葛尚の像が置かれていました。
随分と時間を費やした後、いい加減に他も見ようと、武侯祠の更に奥に。そこには桃園の儀を模した庭が。3人を象った石があり、その奥には「三義廟」が。先程のとは異なる、劉備・関羽・張飛の木造がありました。ある意味こちらの方が像らしい色彩なのだけど、武侯祠を知っている者からすると、何処か物足りない感じもしました。何でこんなの作ったのだろう?15年前には無かったんじゃないかな?(ツアーで連れて行かれなかっただけかもしれないけど)
その後は、「孔明苑」と呼ばれる中庭を見ながら、劉備が眠るとされる「恵陵」へ。ラストエンペラーにでも出てきそうな赤い壁に囲まれた細い道をしばらく歩いた先に出て来た、黒レンガの壁。「漢昭烈皇帝之」・・ん?最後の一文字が無いけど、多分「陵」?壁を抜けると、こんもりとしたお山。これが劉備の眠る恵陵。この中に本当に居るのだろうか?発掘されたことは無いとのことだけど、何となく記念にグルリと一周。途中で地元の人らしき婆さんとすれ違う。うん?入場料払ってないよね?いちいち。老人パスでタダなんかしらん??
そこからお土産物売り場で物色。三国志に関連するものなら何でも買うぞ!と意気込んだものの、あるにはあるが、何だかファンシーなグッズばかり。中には三国無双グッズみたいなものまで。違うんだよなぁ。こういうのが欲しかったんじゃない。いかにも「木像」「銅像」ってなのが欲しかったのに〜。 結局これというものは見当たらず、何となくお手頃価格の三国志グッズをGET。ちょっと拍子抜け〜。 その後、また何度も孔明や武将らの像を見に戻り、もう満足というほどに満喫して、漸く武侯祠を後に。時は10時半。約2時間のステイでした。でも丁度この頃、入れ替わりに多数の観光客と擦れ違い。やっぱり大人気なんだね。さっきまでは朝イチ過ぎたから空いていただけで、今となってはこんなに大勢が。あんなに悠長に写真撮ってなど居られないだろうなぁ。早起きは三文の得とは良く言ったもの。 ![]() 武侯祠を出て、今度はすぐ隣の錦里を散策。前回来た時のツアーにはここは含まれてなかった。初の錦里の散策。細めの小路の両脇には小さな屋台やらお店やら。さながら門前町みたいな感じ?地元らしいお土産店の数々。奥まで行くと、四川名物の小口乞(シャオチー、地元の発音だとシャオツー)のお店がいっぱい。 美味しそうなものから、少しゲテモノっぽそうなものまで、色々売っていて、皆椅子に座って食べている。自分も食べてみよっかな?と思いつつ、まだ朝食べたブッフェでお腹がモタっとしていることもあり、自粛(座る場所もなさげだったし)。
片道1kmぐらいの道程だろうか、雰囲気満喫して、往復して戻ってきた。すると道路に、2台ワゴンが止まっている。そこには「杜甫草堂」「武侯祠」の文字が。これかぁ。確か、武侯祠で杜甫草堂との共通券を買うと、無料バスに乗れると書いてあったけど、バスというか、ただのミニバン。8人定員集まるまでは出発しないとか何とか書かれてたけど、これのことなのね。納得。これなら気安いから、そうすれば良かったと臍を噛みつつ、ふと見ると、武侯祠の向かって左側に観光センターらしきがあるのを発見。ひょっとして?と思いながら、ホテルのフロントで出したメモを見せて、「バスルートマップは無いか?」と聞いてみた。すると、ここの若い兄ちゃんは英語が通じた。あるとのこと。5元だという。見せて貰うと確かに。少し読み難いが、確かにバス路線図。喜んで買って、ついでに杜甫草堂の行き方を教えてもらう(82番のバスに、目の前のバス停から乗れ、とのこと)。 よし!じゃあバスに乗るべ! 停留所には、それぞれのバスのルート毎に全停留所が記載されていた。安心安心。「草堂前」で降りればイイのね。 5〜10分ほど待ち、何台か違うバスをやり過ごした挙句に82番のバスが来了。前から乗り込む。前の人の見よう見真似で、運賃箱に2元入れる。バスは日本のバスとなんら変わらない。車内にはバスの路線図があり、車内では電光掲示板で2つ先の停留所まで表示される。電光掲示板と、路線図を何度も見て、降りる場所を確認。停車ボタンは無く、すべての停留所に停まるから気も楽チン。その内に草堂前に到着。停留所にも大きく書かれている。停車してピョンと飛び降りると、目の前が正に杜甫草堂。 ![]() ![]() ここも昔来たはずなのに、何にも覚えていない。中に入ったら思い出すかしらん?受付で60元払って入場。チケットに書かれた地図を見比べて入るんだけど、何だか状況が違う。後から判ったのだけど、正門から入ったつもりで地図を見ていたのだけど、実際はそうではなくって、真逆の東門から入っていたのだった。 早々に迷子になりながら、堂内の標識に従って、あちこち散策。初めに杜甫が暮らした草茅である「茅屋故居」に。茅葺の屋根の建物の中には、杜甫が使っていた物かどうかは解りませんが、机やら調度やら床几やらが置かれ、生活感満載です。
次は、そのまま少し歩くと「唐亭台遺址」というガラスケースに囲まれた石畳が。どうやら杜甫の頃の建物の跡ということなのでしょうか?
![]() そのすぐ後に「唐代遺址」に到着。大きな建物の中には、唐代の遺跡後やら、出土品が多数展示されていました。その後はすぐ近くのお池をグルリと半周するようにして歩いて、「盆景園」に到着。盆栽のようなものが沢山飾られていました。そこから歩いている内に迷子になってしまい、何処を歩いているのだか、皆目見当が付かなくなりました。もう、やり過ごして出て行こうかとも思っていたのですが、広大な敷地なので、出口も見つからず。庭園内をグルグルしている内に、不意に杜甫の銅像(?)に出会いました。 あ!見たことあるぞ!この像。ここが「大廨」なのでしょうか? ということは?と後ろを振り返ると、どうやら正門のようです。ここに来てようやく自分の位置関係を把握しました。迷子終了。本来は正門からココに出るパターンだったのね。改めて観光し直しモードです。
杜甫の銅像を改めて見た後で「詩史堂」に。ここには又別の、少しリアルな杜甫の胸像が置かれていました。
その次には「柴門」を潜り、「工部祠」に出ました。ここには、武侯祠の木像と同じような系統の杜甫の木像が安置されていました。
その向かって左隣には、「恰受航軒」と書かれた建物がありました。ここには、杜甫の筆による遺品などが展示されているようでした。
![]() ![]() その後、少し歩くと「一覧亭」が見えてきました。昇ると草堂の眺望が見渡されそうだったのですが、時間が無かったので、スルー。ここでトイレが見えてきたので、少し用を足しに。すると、久しぶりにミターーー!中国式トイレ。外から丸見えタイプ。成都に来て以来、全く見掛けて無かったのだけど、まだこういう所には残っていたのね。ある意味何だかホッとした瞬間でした。(笑) それから暫く歩くと、最初に来た「茅屋故居」が見えてきました。地図で改めて位置を確認しながら、今度は別の道を辿って、「少陵草堂碑亭」に到達。 やれやれ。これで一通り巡ったのかな?すっかり足棒状態。 そうして、初めに入場した東門から出て、さて、次はどうしよう?と悩み、とりあえずは近場の青羊宮に行くことに。確か草堂の2つ手前の停留所だったから、歩こうかとも思ったけど、見ると82番のバスがやってきた。2元だから、日本円で25円ほど。乗らない手はないし、と思い、そのまま飛び乗る。2駅して青羊宮に到着。ここは道教のお寺とのこと。道教ってどんな?って感じなので興味津々で、10元払って入場すると、次々に飛び込んで来たのは、見たことあるよな、無いよな像の数々。何だか三国志チックのような、仏像チックのような、微妙な風合いな像が、寺内のお堂にいっぱい立ち並んでいる。堂内では、敬虔な信徒達がお祈りを捧げている。その隣で無信仰な私が意味もわからずに写真を撮り捲る。何だか恐縮なんだけど、後で調べればイイやと、時間優先で足早に像撮。 ![]() 青羊宮を出て、今度は歩いて寛窄巷子へ。途中で琴台路に差し掛かり、そのまま琴台路を突っきった。昼間のせいか、何だか道が広いだけで閑散としている。そこからもうしばらく歩き続けて、ようやく「寛窄巷子」の看板が目に入ってきた。この間30分近く?タクシーに乗れば良かったかな?と少し後悔しつつ、寛窄巷子へ。途中、セブンイレブンに入り物色しながら、30mほどでまずは、「井巷子」に差し掛かる。 寛窄巷子は「井巷子」「窄巷子」「寛巷子」と3つから成る小路。昔版の竹下通りみたいな?ノリ。全体が清代をモチーフにした街並みで、黒い煉瓦作りの建物や道路が特徴的で、小路全体がシックな色合い。壁には清代をイメージしたレリーフがはめられており、時折騙し絵のようなものもありました。 小路の両脇には、色んな店舗や屋台が並んでおり、ある意味、清代版の錦里みたいな感じ?でもありました。本格的な中華料理店や小口乞、お土産店などがありますがが、3つの巷子にはその差は特にありませんでした。グルリグルリと練り歩き、20分ほどして足早に寛窄巷子を脱出しました。
ここからはまた歩いて羅馬市を抜け、西玉龍街の陳麻婆豆腐の老店(=本店)へ。行ったのが13時過ぎだったせいか、そんなに混んでは居ませんでした。すんなり店の中に通してもらい、奥の方の席へ。メニューは勿論麻婆豆腐!小と大があるが、小は12元だったかな?大でも18元。値段は良いのだけど、昔の印象で、一口でドンブリ飯をいっぱい掻き込んだ記憶があり、無理はすまいと小で。あと、少しアラカルトでチョイス、ドリンクはビールを。 すぐに麻婆豆腐がやってきて、食べると案の定「痛い!」。やはり日本の麻婆豆腐は手加減してくれている。もっとコクもある。こちらのはひたすら辛い!そして痛い!そして痺れる!でも満足! 最初ご飯付きだと思ったのだけど、来ないようなので「米飯(ミーファン!)」とお願いすると、直に中ぐらいのお櫃みたいなのに入ってきた。ご飯よそって、麻婆豆腐かけて、ガブッ!う〜〜うまい!ご飯あると甘味がついて美味しいー!でも食べていると麻でラーで、唇が腫れて来る想い。頭は汗だくだし、何だかとっても忙しい。でもうまい!
1時間弱、陳麻婆豆腐店を満喫して、そこから春熙路方面を目指して歩き出した。そこでイトーヨーカ堂や伊勢丹などを見物に。 このとき大失敗。頭の中では天府広場から歩いているつもりだったので、歩けど歩けど、なかなか到着しない。 途中で地図を見て確認。ありゃりゃ。大失敗。タクれば良かったぁ。気づいた時には既に中途半端な距離。やむなくそのままテクテクと。結局小一時間ほど歩いて、漸く「伊藤洋華堂」の文字が。 クタクタになった足を引き摺りながら、店内に入るとフレグランスやらのショップが。あらら、これはイトーヨーカ堂というよりもデパートね。中国では格が高いんだぁ。 B1Fに降りると、そこは「デパ地下」ならぬ、「スパ地下」。見慣れたスーパーマーケットの光景が。ここで先程店ですっかり買い忘れた陳麻婆豆腐のレトルトや、花椒、地元のビールや飲料を買う。 次に、お隣の伊勢丹に。こちらは世界共通の伊勢丹といった按配。デパチカもその意味ではイマイチ。食料品としては、スーパーの方に分があるよね。 その後に、洋華堂や伊勢丹の周辺を練り歩くと、その内に孫文の銅像を見つける。地元民も写真を撮っている。孫文を知らないということは無いんだね。少し安心。
散々歩き回ったので、ここからタクでホテルに戻ろうとしたのだけど、これが生憎捕まらない。 歩いている内に流しを拾えるかな?と期待したのだけど捕まらず。 ![]() そうこうする内に春熙路のメインストリートにブチ当たった。少し広めの通りの両脇に大きな商業施設が立ち並んでいる。先程の琴台路とは異なり、昼の繁華街といった感じ。歩行者天国の道なので、さしあたって、銀座か新宿の土日みたいな印象だろうか?ここまで来ると、もうタクシー糞もない。ひたすら歩く事に。本当は一旦ホテルに戻ってから、地下鉄で文殊院を目指そうと思っていたのだけど、このクタクタモードでは到底及びもつかない。このまま歩いて天府広場まで赴き、そこから地下鉄で帰って観光打ち切りにすることにした。 しばらくテクテク歩いて、2つ目の大通りにブチ当たって、漸く広々とした広場が。天府広場だ。 欧州によくある広場のように、だだっ広い空間の広場。道路の向こうには毛沢東の銅像が聳え立っている。 広場の真ん中は地下鉄の駅で、地下1階までは吹き抜けになっている。
疲れた身体を少々ベンチで癒しながら、体が冷えてきた頃合に地下鉄の駅へ潜り込む。 エスカレーター降りると、黄色い券売機があり、行き先や人数などをタッチパネルで押すと金額が2元と表示された。お札を吸い込ませると、日本のような切符ではなくQUOカードのようなカードが出てきた。リユース使用らしい。意外とエコだなぁ、中国。日本も見習うべきだ。
地下鉄はまだ出来たばかりなので、駅の中も綺麗。メトロの南北線のように、扉がついているホームなので、人身事故の心配も無さそう。暫くしたら電車が入線。乗り込むと、車内も綺麗だ。欧州の電車によく見る、少々変な人も居なかった。ちょっと安心。乗ってすぐ、僅か一駅で降車駅の錦江賓館駅に到着。たった一駅だったけど、もう歩く気力もなかったのよね。 無事に到着して、地上に上がると、直に錦江賓館に到着。 ホテルに入り、部屋に帰ってバタンQ。もう出歩く気力もない。 この日は、バスタブで身体を癒して、ルームサービスで坦々面を頼んで就寝。 健康的で、耳目を養い、それでもってエコノミーな一日でした。 (⇒3日目に続く) |
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