5時37分30秒

 その日は朝からウクレレづいていた。
 まずはハーブ太田コンサートの招待券が届いた。これは市内で行われる
コンサートに2組4名にプレゼントという記事が新聞にあり、我が木村家
では家族総動員してそれの奪取に挑んでいたのであった。いくらウクレレ
の神様とはいえ、やはり易々と4500円は払えない。それがタダになる
のだから葉書代くらいは安いものである。
 
 さてと、そろそろ仕事に行くか。
 最近日課となった自転車通勤のため、ドカジャンを着込んでいると電話
が鳴った。ミツバ葉楽器のシャチョーからだった。
 丁度良かった。今NHKのデレクターが来てね。前回の番組が好評だっ
たのでまた木村さんに出演してもらいたいと言うんだよ。なんでも中山な
んとかというのにウクレレを教えてくれって。
 俺も黙ってそれを聞いていたわけではなく、中山?あぁヒデちゃんね。
 前回のが好評だって?あんなカスみたいなことで?とか、それなりにや
りとりがあったのだが。

 前回というのは2年ほど前で、やはり夕方の「首都圏○○」という番組
で簡単なウクレレ教室をするというものだった。C、F、G7、3コード
の押さえ方の描かれたカードの後で、演奏しながらそのコードの場所へ移
動していくというものだった。発案者は俺で、我ながら名案だった。敵
(NHKのことです)もナルホドという顔をしていた。

 当日、さすが天下のNHKと言わせるだけの素晴らしいセットができて いた。しかし致命的な間違いがあった。Cを真ん中にしてFとG7が両脇 にあるべきものが、C、F、G7と順番に並んでいるのだ。これはミュー ジシャンなら分かると思うが(と、暗に俺もミュージシャンなのだと言っ ているのです)トニックとドミナントが離れていて、これじゃドミナント なんちゃって。  隣同士でさえ間隔が広すぎて、一歩で移動するにはエイヤッと大股水た まり跨ぎをしなければならない。当然ながらG7からCへは間抜けなヤク ザ歩きになってしまう。  俺はしごく当たり前にセットの変更を要求した。しかし敵(NHKのこ とです)は1mmも変更することに応じず、作ってしまったんだから何とか これでやってくれの一点張りだった。  本番1分30秒前にアドリブで自分の登場曲を作れと言われ、♪わたし が〜きむらですよ〜♪などと唄いながら登場し、さて、では皆さんも一緒 に練習しましょうとアホヅラ下げてそのカードの背後で理不尽な大股歩き をしたのだった。  本当にナサケナイ出演だった。それが好評だったはずがない。これはよ くある社交辞令なのだ。  できるのはお前しかいないんだからなんとか頼むよ。  ウソである。言われた方もそんなこと分かっている。だからこちらも、 しょーがねーナーと、嫌々の振りをするのだ。  台本が届いた。番組は群馬ウィークという企画で、その週を通して群馬 県のあれやこれやを紹介するというものだ。そのトリ、最終日に俺の出番 があった。
 それにしても相変わらずNHKの台本はこまかい。わずか56分、ニュ ースや天気予報のコーナーを除くと47分というのに、6枚の用紙にびっ しりと進行スケジュールが書かれてある。  俺は午後5時37分30秒にウクレレを弾きながら登場とある。そして、 ウクレレの魅力などを話した後、それでは演奏準備へというMCでステー ジ?へ移動、そして2分30秒の演奏がある。 当初は中山ヒデちゃんにウクレレを教えるという企画だったが、ヒデちゃ ん側が自信ないと断ったため俺のソロ演奏となった次第だ。  弟子の一人にユーメー人がいるのも箔がついてイイと思って出演0Kし たのだが。  弾きながら登場なんてきっと数秒で収めないとダメ出しになるのだろう からいくつかフレーズを考えておかねば。  魅力を語れったって、小さくて、軽くて、どこにも持って行けるなんて ことはだれもかしこも言っている。何か気の利いた表現はないだろか?  ひっくり返すと炉端焼きの櫂に使えます、なんてどーだろう。  演奏時間2分30秒、当たり前だがこれが一番の問題だ。そんな都合良 く時間どうりの曲があるわけではない。 いろいろな奏法を見せたいとも思い、この時期の定番でもあるクリスマ ス曲のメドレーをすることにした。
NHKに打ち合わせに行く。受付でパスを受け取り2回へ上がると今回 の担当ディレクターH氏の他に前回のAディレクターもいて、前回の放送 が好評だったと礼を言われた。  なに言ってんの、と俺。  NHK前橋の歴史に残る名作ですよ。ですから今回も木村さんをお呼び したわけですから。  またまた。まぁいーや、○○ちゃん(A氏の名を逆さまに言う)、今度 一緒にシーメでも行こうよ。(と、思わずギョーカイ言葉を吐きそうでし た。)    H氏はスーパーの駐車場でなどで行われる、公開クイズ番組に登場する 若手落語家の様な風貌である(どんな風貌だ?)。とても腰が低く、まる で俺が大物タレントのように扱ってくれる。その割にはコーヒーの一杯も 出なかったが。  さっそく企画変更に伴う時間変更だ。演奏時間を30秒短縮してくれと 言う。  やはりそう来たか。ヒデちゃんとのウクレレ講座が無くなった時点で予 想はしていた。やはりメインはヒデちゃんなのだからしょーがない。  せっかく2分30秒で仕上げてあったのに。  2分バージョンをいくつか作り演奏する。  それで行きましょう。  何回目かにOKが出た。  特に最後がイーですね。(エンディング、お楽しみに!)  必要な物があったら領収書を貰っておいて下さい。  衣装もイイの?と訊くと、それはカンベンしてくれと言われた。 いよいよ本番当日がやってきた。  会場の高崎市役所中2階ロビーへ行くとすでにスッタフミーティングが 始まっていた。  簡単な説明を聞いて音声チェック、音声のスタッフにピンマイクを付け てもらうが、この作業は何故かいつもキンチョーする。尻になにやら黒い 箱がセットされ、そこから延びたマイクのコードを服の下を通す。その間、 スタッフの顔がすぐ目の前にあり、臭い息を吐きかけては申し訳ないので ずっと息を止めている。しかしコードを通されるときが非常にくすぐった くてそれも続かない。鼻の穴を思いっきり開いて浅く静〜かに呼吸をして、 装着が終わる頃にはヘロヘロになってしまう。  3時半頃から通しリハ、ようするに本番と同じことをするのだ。すでに 会場を取り囲んで多くのギャラリーも集まっていた。  いくつかのコーナーが終わりヒデちゃんがウクレレを鳴らした。  俺の登場するコーナーが始まった。  どうでもイーけど、ヒデちゃん、チューニングが狂ってるよ。  出は前コーナーとのつなぎを考えて「上毛カルタ」にメロディーを付け て登場することにした。  トークも演奏も大きなミスもなく終わった。  FD(フロアーディレクターというらしい)のおねーちゃんに、テレビ 慣れしていると言われた。  ヤバイ!本番ではもっと初々しさを出さねば。
 メイクに行って下さい。  なに?メイク。シロートもメイクするのか?  まぁ、何事も経験なのでありがたく鏡の前に座った。  これがドーランか。いっそ歌舞伎のような隈取りにしてもらおうか。  いろいろな人が名刺を持ってやって来る。企画室長、放送部長、チーフ プロデュサー。こちらはそんな気の利いたものなど無いものだから、誰が 来てもペコペコと頭を下げるだけで、結局誰一人記憶に残っていない。  それよりもインタビューアーのおねーちゃんの名刺の方が欲しかった。  5時5分、本番開始。ロビーにもお客が入り、通路からも大勢が見下ろ している。俺はロビー隅に置かれたピアノの陰で進行を見ていた。  うっ、ションベンに行きたい。しかしこの状況では行くに行けない。  そうこうしている内に番組は順調に進み出番がやってきた。  トークでは打ち合わせになかった「本職は塾講師です。」と言ってみた。  しかし敵(この場合司会の2人とヒデちゃんです)もさるもの、それは さらっと流されてしまった。話がそっちホーメンに行けば生徒達も喜ぶと 思ったのだが・・・。  「ウクレレ教室には老若男女・・・、でもオカマさんは来てません。」  しまった、これは放送禁止用語か。小さい頃から一言多いクセが出てし まった。  しかしこれもウケることもなく素通りされた。  演奏に入る。いきなりトチった。聞いてる人には分からないと思うが、 最初の音はハイポジションのCのはずがローで弾いてしまった。  ミュージシャンというものはデリケートなのである。  気を取り直して演奏を続ける。  誰だ、リズムを刻んでいるのは?  ヒデちゃんが足を鳴らしているのが視界の隅に入った。  ソロ演奏なのでオン・リズムではない。これは非常に弾きづらかった。  何とか無事に終わり、暖かい拍手に送られてステージを下りた。
 エンディングも出演することになった。せっかくなので昨日出来上がっ たばかりの newウクレレに持ち変えて登場したが、気がついてもらえただ ろうか。  じつは俺の設計した、おそらく世に数台しかないタイプなのだ。    ステージには5人並んでいるのだが、モニターを見ると司会の二人とヒ デちゃん、3人しか映っていないではないか。しっかりと俺とインタビュ アーのおねーちゃんが切られている。  クソッと思い目一杯隣のヒデちゃんに寄った。  突然カメラが切り替わるとアホヅラでモニターを覗いている自分がいた ので慌てた。
 番組が終了するとヒデちゃんはすぐに帰るという大物ぶりだった。一枚 くらい写真を撮りたかったが残念である。しかしリハ後に話したとき、俺 のことをセンセーと呼んだので彼は俺の弟子と言ってもそれほど問題ない だろう。  ところで、まだNHKからギャラを貰っていない。 つづかない
ヒデちゃんのウクレレ
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