煙草の煙

 彼女は、当然のように煙草を吸い、当然のように煙を吐き出していた。
「苦くない?」
 彼女は少し笑ったけれど、答えてくれなかった。
「ほんとは、吸っちゃだめなんだよ」
 彼女は僕を睨んだ。だって僕らはまだ、中学生だ。煙草なんか吸っちゃいけない。彼女は短くなった煙草を、親指と人差し指から、静かに放して、靴で火を消した。
 ライターの火を、点けたり消したり。僕は、その忙しいライターを見つめていた。
「ねぇ、」
「黙ってて」今日初めて聞いた彼女の声は、裏返った。
 泣いていたのだ。僕がライターを見ている間に。
 どうしたの、と聞くのをやめて、今よりほんの少し、彼女の側に行った。


 僕は彼女のことを解ってあげられるふりしかできない。いや、「ふり」さえできていないかもしれない。
「かわいいね」
 長い間、お互い黙っていたから(だって彼女がそうしてほしいみたいだから)ビクっとした。
「なにが?」
「子どもたち」
 公園のベンチに座っている僕たちの横のほうでは、まだ小学校にも通っていないくらいの子どもたちが、すべり台で遊んでいた。子どもたちの笑い声が聞こえる。すっかり風景の音の一部として、耳に慣れていた声だった。
 彼女は、今日何本目になるかわからない煙草に火を点ける。
「やめたら? 煙草」
「どうして?」
「子どもだから」
「大人だよ」
「子どもだよ」
 また彼女は僕を睨む。そして、早口で言う。
「あんたは子どもだよ。でもあたしは大人なの」
「そんなことない」
 そんなことない。確かに、彼女のほうが僕より2ヶ月早く生まれた。
「2ヶ月の差だよ」
「そういうことじゃなくて」
「どういうこと?」
 煙草の煙を空に吐いてから、彼女は僕を見て言った。
「あんたと私は、全然違うの。見ているものだって、感じているものだって違う」
 よくわからないよ、と言うと、彼女は何も言わず、また子どもたちの方を向いた。


 それから帰るまで、僕らは何も話さなかった。
 僕が言いたかったことは、彼女が吐く煙みたいに、漂って、どこへ行けばいいのかわからずに、見失ってしまった。