四国放浪記 2000

 前回の旅の概要さえHomepageに掲げてないのに、今年2000年になってから出かけた四国への旅の話しなのです。もしホースメイト誌をみることが出来る環境にある方は、Vol.29号に、昨年の三日月との旅の記事を載せていただいたので、そちらを読んでください。Homepageに書いた事の繰り返しになってしまいましたが、少し進展してRoute Mapもあります。校正していただいたので文章がお上品になっていて、友人から違和感があると言われました。(^^;
 今回も旅の概要だけになってしまうかもしれないけれど、何もせずに次の旅に出かけるよりは、自分の中にある想いを少しでも記録しておきたいと考えました。

三日月と四国巡拝

鳴門の浜を駆けた 四国を三日月と巡ったのは、2000年 3/21〜4/20 までの期間。山梨県の牧場を新しく用意した小さな馬運車で3/18に出発。馬運車とはその字のごとく「馬を運ぶ車」で、現実には僕にも運転できる1.5トンの小さなトラックだ。小さな馬運車でも運ぶことが出来る小型の和種馬は、こんな所でも扱い易いという長所をみせてくれる。
 今回の旅に車を用意したのは、6月頃から出かける予定の北海道の旅を視野に入れたものだった。昨年の旅では平均して一日15Km程しか進めなかった。まさか三日月の餌を持って旅する事など出来はしない。荷を増やし、三日月への負担を増すわけにいかなかったからである。餌は現地調達出来るように、道に青草が吹き出すのを待って旅立ったのだった。同様に、自分の食料もほとんど持つことはなかった。秋田まではWhite Gasolineを用いたBurner Stoveで米を炊くことも出来たが、米も結構な重量を持つから途中でBurnerごと送り返した。つまり広い北海道をサポート無しで三日月と歩くには、食料と三日月への負荷が大きな問題になる事がわかっていた。それを解決し、馬運車を使った新しい旅のStyleを模索するために、まだ青草が生え始めていない四国を目指したのだった。しかし、これが後になって僕を悩ませる問題を新たに生み出す事になる。

 四国へ一ヶ月間程度行くことは決めていたのだが、最初から四国巡礼を三日月と出来ると考えていたわけではなかった。というのも、馬をつれてお寺参りをする事を周囲の人々が受け入れてくれるかどうかさえ、行ってみるまでわからなかったからである。それだけじゃない、僕自身も八十八の四国巡礼が本当にしたいのか、自分でもよくわからなかったのだ。僕は無神論者だから、今まで自分のことで神や仏に祈ったことはなかった。しかし今回の巡拝は僕ではなく、三日月に替わってお参りするつもりで巡ることにした。でも本当は僕の願いなのかな?

 高速道を走り、淡路島経由で徳島に着いたのが3/19日の夕刻。適当な造成地で三日月も僕も車内泊。翌20日は、海岸に移動して一日のんびり過ごす。車内に閉じこめられて、移動で疲れているかと思ったけれど、動物は動かなければ錆びてしまう。三日月と砂浜に出て駆ける。三日月の調子は悪くはない。久しぶりに走ったのでケツが痛いが、それ以上に潮風の中を三日月と走る事が出来た喜びの方が大きかった。彼女は少し汗ばむ程度、砂地の草はお気に召さないようで、トコトコと浜辺を歩いた。歩くだけでも、気持ちが開放された。

霊山寺山門前にて そして3/21、四国・徳島県にある四国巡拝の第壱番「竺和山霊山寺」に行く。ここで巡拝に必要なものを買い揃えて、まず僕一人がお参りを済ませ、寺人に馬と一緒だということを告げた。毎回、人々は「馬って。生きてる馬?」など信じていないような顔をして、僕の顔を覗き込むのだ。まあ現代では、それくらい馬は珍しくなってしまったのだろう。
 人々の対応は様々だが、特にこの霊山寺では暖かく迎えていただいた。僕は三日月と山門の前から本堂に対してお参りできればいいと思っていたのだが、山門をくぐり本堂と大師堂の前でお参りすることを許された。当然、三日月が多くの参拝客を危険にさらさないという自信があったから出来たことで、どんな馬でも出来るという訳ではない。まず目に飛び込む白衣をまとった多くの参拝客や杖についた鈴の音など、ありとあらゆるものが三日月の初めて目にするものだった。しかし山門を越えた時の三日月の態度はとても落ち着いたものだったから、引いて歩いている僕は安心して進んだ。そして何よりも僕を安心させたのは、周囲の人々の対応だった。寺人だけでなく、参拝客の人々が本当に暖かく迎えてくれたからだ。たぶん霊山寺でこんなに暖かく僕たちを迎え入れてくれた人々がいなかったら、僕と三日月の八十八ヶ所霊場巡拝は実現しなかったと思う。お会いできた多くの方々、本当にありがとうございました。

 というわけで、詳しい旅日記は後日…

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東京障害者乗馬協会機関誌「騎楽」No.19

さみだれ号 より抜粋
 僕と三日月は3月18日、僕達の新しい脚である菊地さん命名の馬運車「ふ〜てん号」に乗り込み、夕方牧場を後にした。そして、翌19日に無事鳴門入り。今回は、約1ヶ月間、青草が比較的早く芽を出すと思われる四国地方を旅する予定だ。そして車を使った新しい旅のかたちを探る目的もある。僕は軽い頭痛が時々起きる以外は、いたって元気。

 3月20日、三日月を海岸の砂地で走らせてみたけれど、問題無いようだった。(^^)もう最高!

 3月29日、高知県に入った。やっと1/5四国を巡ったことになる。パンクしたリヤタイヤも交換して快適にR55を走り、室戸岬に到着。珍しく風も強くなく、素晴しいドライブ日和だ。三日月には毎日乗っているし、固形飼料を減らしているせいか、乗り始めで跳ねなくなってきた。

 【暖かい日差しを受けて横になって休む】

 4月04日、出発して初めての三日月の休暇。高速道を移動した日以外は、毎日馬装して動かしてきた。かなりHardな山登りをした日もあり、ひ腹のあたりが目に見えて痩せてきたが、問題は無い程度で三日月は元気だ。しかし、慣れない馬運車に乗せられ、何も見えない状態で右に左に揺られ、止まったり加速したりを繰り返せば誰だって嫌になる。馬運車に乗るのをイヤがってだだをこねたので、スコップでケツを叩いたこともある。それ以降、時間があれば草地に下ろして三日月が自由にできるようにしている。そんな気持ちを知ってか知らずか、三日月は今日も自ら馬運車に乗ってくれる。あいにくの曇り空の下、四万十川を眺めながら草を食べる三日月を僕は何とも言えないのんびりした気持ちで、ただ見て時を過ごした。

本山寺近くの河川敷で 4月11日、今治市にある野間馬ハイランドを訪れた。三日月は久々に馬族と接することが出来て興奮しまくり。しかし僕の方は、使われていないただ生きているだけの馬に魅力を感じられず、少し悲しくなった。馬の活用が無いところに、和種馬の保存はありえないと思う。

 【本山寺近くの河川敷にて、くつろぎのひととき】

 4月12日、東予市までやってきた。三日月は少々お疲れだけれど、餌はしっかり与え、夜は放牧して青草を好きに食べさせ、昼間もかなり道草を食うため、また身体が丸くなってきた。食糧事情はかなりいい状態にあると思われるが、アスファルトの道を歩き、急坂の山道を登れば関節や腱、下肢の筋肉に疲労は蓄積される。放牧すると暖かい日差しの中で、三日月は文字通り横になって休む。

 4月15日、楽しみにしていた香川県観音寺市にある本山寺を訪れた。ここはお遍路さんたちが廻る八十八ヶ所のお寺のひとつで、本尊に馬頭観音菩薩が奉ってある。
 ここの先々代の住職は檀家廻りに馬に乗って行っていたらしい。昔は、どこにでも馬のいる風景が見れたのだろう。

 どこに行っても三日月は「おとなしいね」という評価をもらう。人の多くない所で引き綱も手綱も取らずに歩き出すと、後ろからついて来るカワイイ奴なのだ。今では三日月は僕の大きな誇りとなった。日々こんな三日月と歩けるのは、僕にとって大きな喜びだ。
 そばに馬のいる生活は本当に気分のいいものなのだ。

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