ノート9




差別と差異

差別が嫌なのは、差別がつねに同一性から見られているということだ。在日韓国人や部落差別にしても日本人という同一性から韓国人、部落民という差別がなされる。その同一性を疑うべきだと思う。それはフィクションである。差別とはそのフィクションにすがり、人を貶めて自分の優位を確保しようとする弱者の思考である。

個々人の好き嫌いはあるだろう。それはいいと思う。しかしその好き嫌いから同一性を前提にし、人を一括りに見る視点に立つようになると、差別になる。差別というのは個々人の差異を無視し一括りにするような思考だと思う。差別とは差異を消すことである。

本当の差別からの解放は同一性の中に入れることではなく(韓国人、部落民も同じ日本人じゃないかというような議論ではなく)、日本人という括りを粉砕し、それぞれの個人が差異としてあること、同一性に還元されないものとしてあること、そういう視点を持つことだと思う。
   

                                                ’02.5




北朝鮮からの亡命者

中国の日本領事館で、北朝鮮からの亡命者が中国の警察に捕らえられたことが問題になっている。警察が日本領事館内に侵入したので、日本の主権が侵されたと日本側は主張している。中国側は了承されたことだといって意見が食い違っている。しかし私はそういうことには余り興味がない。それよりもあの家族の必死さ、捕らえられれば殺されるだろうという、目も当てられないぐらいの必死さに胸が痛む。

ああいう亡命者が後を絶たない北朝鮮という国はどういう国なのか?北朝鮮の内部事情はよく分からないが、民主的な国という感じはしない。独裁者国家という感じだ。そういう国が21世紀に入った現在でも存在している。しかも日本の隣に。そう考えるとゾッとする。なんとか民主的な国にすることは出来ないのだろうか。あの悲痛な映像は北朝鮮の人々の声なき声なのではないか。

                                               ’02.5




初夏の頃

一年で一番好きな季節は初夏の頃だ。ちょうど長袖から半袖に変わる今ぐらいの季節。からっとしていて、すがすがしい。しかし近頃はなんか気候がおかしいような気がする。

5月ぐらいは紫外線の量が多いのは知っているが、なんかやたらと太陽の光線がきついと感じるのは私だけだろうか。オゾン層がもう相当破壊されているのではないか。そう感じる。なんかやたら暑いような気もするし・・・

環境は予想以上に速いスピードで悪化しているのではないか。外で仕事をしていると、そういうことを身体で実感する。環境の悪化を食い止めるにはどうすればよいのか。私たちの生活スタイルを変える必要もあるだろう。これは環境問題というきれい事ではなく、自分たちに直接ふりかかってくる死活問題だと思う。

                                               ’02.5




パソコン

パソコンは素晴らしい。今はパソコンなしの生活は考えられない。しかしパソコンにむかつくことも多い。どうすればいいのか分からなくなったり、どこに何があるのか分からないことが多い。

Windowsはもともとビジネス用で普通の生活者用ではないのではないか。WindowsXPにはホームエディションというのがあるみたいだが、どうも直感的に操作しづらい。電源なんかも家電みたいにスイッチでOFFにできないものだろうか。だんだん良くなってくるとは思うが。

あとパソコン関係の雑誌はやたらと多いが、ハードに関しての記事ばかりで、パソコンを使ってこんな面白いことが出来るとか、便利なことがあるというソフト面の記事が少ないように思う。パソコンがどんなにスピードが速くなっても、大容量になっても、もうそういうことはどうでもいいという感じがする。何か面白い使い方はないのだろうか、面白いコンテンツはないのか、そういう記事が欲しい。

                                                ’02.5




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