ノート16
| 阪神優勝に思ふ |
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阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝を果たした。阪神優勝は関西圏では革命のようなものだ、と言ってた人がいるが、テレビで道頓堀の騒ぎを観ていると、おもわず肯いてしまいそうになる。阪神が優勝すると好景気になるという。今回はどうなのか分からないが、関西圏は気分的には持ち直すのではないかと思う。やっぱり感動が欲しいんだよね。そういう意味では星野監督は男前だと思う。結構な感動を与えてもらった。 |
| 中原中也 |
| 中原中也には悲しみ、存在の悲しみとも言うべきものに満ちた詩が多いが、何かそこに無邪気な、人を微笑ませるようなものも同時にある。それが彼の詩を読んでいて救われるところだ。言葉がかわいらしい。中原本人もかわいらしい顔をしている。中原の詩は形式とか洗練には頓着しない生活のスケッチのようなものが多い。読むものに身近な感じをあたえる。ファンが多いのはそういうこともあるのではないだろうか。彼は日々を告白する。詩でしかありえないような言葉の並び方で。言葉が新鮮で、詩の面白さを感じさせてくれる。 中原中也については色々な人が述べているが、やはり「奇怪な三角関係」を作った小林秀雄と長谷川泰子の言葉が心に残る。 中原の心の中には、実に深い悲しみがあつて、それは彼自身の手にも余るものであつたと私は思つてゐる。彼の驚くべき詩人たる天資も、これを手なづけるに足りなかつた。彼はそれを「三つの時に見た、稚厠の浅瀬を動く回虫(むし)」と言つてみたり、「十二の冬に見た港の汽笛の湯気」と言つてみたり、果ては、「ホラホラ、これが僕の骨だ」と突き付けてみたりしたが駄目だつた。言い様のない悲しみが果てしなくあつた。私はそんな風に思ふ。 小林秀雄「中原中也の思ひ出」 ・・・しかし、中原が詩を読ませてくれるたびに生気がよみがえってくるのを感じました。詩のわからない私には直感的なことしかいえませんが、中原の詩にはなにか美しいもの、胸に響くものがあって自然に涙が流れるのです。二人の生活は澱んでいたのに。まるで詩を書くために生まれたような人でした。 長谷川泰子「中原中也との愛の宿命」 030923 |