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ユネスコ・ハノイ 越日文化交流クラブ

ハノイ版古寺巡礼

 ハノイ北部には、ふるでら(古寺)が多い。ハノイ市内にも至る所に壁の崩れ落ちた寺、塗りの剥げた門、中には住まいと化してしまった寺などが見受けられる。                        
 遠く紀元前一世紀に、時の中国の支配者漢に圧伏されて以来、約十世紀もの間、中国文化の支配下にあったことから、北部ベトナムの文化はそのまま中国文化のコピーと言って過言ではない。ベトナムの仏教が、日本や韓国のように、中国を経由して流れ込んできたものか、はたまた最短距離とも言える、陸続きのインドから産地直輸入されたものかは定かではないが、大乗仏教であることや、国民の八割にも達しようかという、他宗教に対する圧倒的優位さを見る限りでは、やはり中国支配時代に中国を経由して浸透したものと考えるのが順当であろう。
 それぞれの山門に、掲げられた寺院名、随所に描かれている「聯」は、何れも(旧)漢字で記されており、まごうかたなく、滔々たる中国文化の流れを感じさせるものがある。
 閑話休題、まずは手近なところから古寺巡りを始めることにしよう。


                      
鎮国古寺 Chùa Trân Quôc

 西湖(Hô Tây)の東岸、チュック・バック(Trúc Bach)湖との間に、浅瀬を埋め立てて作った タン・ニエン( Duong Thanh Nien)通がある。この通りの紅河寄り、西湖側に突き出るようにしてこの寺がある。この国最初の国立の寺院、国分寺である。湖岸から約三十米の参道を渡って、三関門に達すると、閣楼上に「鎮国古寺」の文字が掲げられている。(所在地−地図参照)
 境内の案内記によると、李南(Ly nam)帝時代 AD.541年から546年にかけて、紅河河畔・安華村(現安阜Yen Phu)に建立される。1440年安国寺と改名。1616年、黎敬宗皇帝時に金魚灘(別名亀の洲・現 Truoc Goi Tat La Bai Rua)に移転し、以後、鎮国寺と呼ばれるようになる。

 1629年 Ly 王は現存の三関門を建立、寺内の各院を補修改修して、古代美の保全に努める.。また、 Ly Bat Diep 帝は全国各地より高僧を集めて、仏教の教義、仏典の解釈について討論させたという。
 1842年、グェンNguyen王朝の Thieu Triの時、一時 鎮北寺 Tran Bac と呼ばれた。
 その時々の権力者の保護の元に、当寺からはVan Phong, Khong Viet, Ngo Chan Luu, Thao Duong, Thong Bien, Vien Hoc, Tinh Khong, Tran Tu Uyen 等の多くの高僧が輩出している。 参道を通って、古寺とはいえややけばけばしい楼門をくぐると、本堂に通ずる長い道が続く。左は塀を隔てて納骨場となっているとのことである。塀の飾り窓から覗くと、これも華やかに彩られた納棺らしきものが祀られてある。

 「方便門」を入ると、左は修行僧達の講堂、突き当たりは立入禁止になっているから、多分在僧の庫裡になっているのであろう。右に折れると、中庭に出る。中庭に面して休憩室があり、壁一面に釈迦如来涅槃図、記念行事の写真などが展示されている。本堂への入り口横に当寺の由来書きが掲示されている(前述の当寺の歴史はこの文面の直訳である)。 

中庭から敷居を跨いで奥にはいると、いきなり本堂である。入り口は本堂の向かって右手に位置する。湖に向いた正面、中央に仏陀とそのお弟子達、左右に守護天が鎮座する。更に右と左に高僧が侍している。僅かに灯る灯明と信者の立てる線香の明かりのみで、堂内は暗いが、何れの像も金色に彩色され、その他の器物も朱色に塗り込められていて、我々日本人の感覚から言えば、いかにもけばけばしい。
 本堂を出ると、目の前に樹齢四、五十年ほどの菩提樹が、明るい湖面を背景に、大きな木陰を作っている。 
 この菩提樹は、1959年3月24日この地を訪問した、時のインド首相プラ・サット氏が寄贈、自ら植樹されたものだという。碑文に曰く、「仏陀は、AD514年1月31日この菩提樹の元で開眼された」

幹回り2メートルほどの菩提樹は、根本の周囲をコンクリートで固められ、次の文字が彫り込まれている。(括弧内は直訳−何となく意味は解ります)
 Chính Tu duy(正想), Chính Kiê'n(正見), Chính Di. NH(正決),Chính Niêm(正念), Chính Tinh Tiê'n(正進),Chính Menh(正猛),Chính Nghiêp(正業), Chính Ngü'(正語)

参詣する人たちは、この樹を巡りながら願い事を唱える。

それにしても,休憩室に展示されている、涅槃図に描かれる釈迦のなんと肉感的なことか。我々日本人の意識の中に浮かぶ「お釈迦様」は、現世の全ての欲望から脱しきって悟りを開いた聖人である。当然、その連想は、和辻哲郎の「古寺巡礼」に見られるような、古色蒼然たる阿弥陀如来や菩薩の御姿に集約され、ある種の暗さを伴う荘厳な雰囲気が立ち上って来て、華やかさなどは微塵も感じさせられないのであるが、しかし、真っ白な肌、豊かな胸、ぱっちりと濡れた瞳に長い睫、いかにも柔らかな体の線、ここに描かれるお釈迦様は、男性であるには違いないであろうが、ほとんど女体を連想させられるほど生々しい。


金蓮寺 神光寺