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文章について指摘されることがあるが、これは小、中学生から内容が難しいと言われている事と、直接アドバイスとして話し掛けてる雰囲気を味わってもらいため、わざと口語言葉を入れながら書いている部分があります。ご了承ください。
アドバイス2
友達の恋愛も参考に やはり人間関係の中でも知り合いが誰かと恋愛して相談を受けたりするよね。もしくは、交際をしている中で相手との状況を教えてもらう。そこでお互いに恋愛相談を協力し合うというのもいいことだが、ただ聞き流しているだけではもったいない。誰かが恋愛をしていて自分は特に恋愛はしていない。そこで人の恋愛話を聞くとほとんどが受け身になってしまうよね。相談をしてきても自分には恋愛経験がないからアドバイスはできない。結局は見守っているということしかできなくなっている。それはそれでいいのだけど。
では、自分がいざ恋愛をしたときにもし自分も仲間の別れ恋愛パターンと同じになってしまったらどうであろうか。それはすごくもったいないことかもしれない。なぜならば、自分の仲間が同じ恋愛パターンをして失敗しているからだ。もしかしたら仲間の中に現実であった恋愛パターンを理解し、自分のものにしていれば自分も仲間と同じ失敗をしないかもしれない。だから自分がある状況に陥った時、自分では経験していなくても仲間が経験しているかもしれないのだ。そこで自分が気づくのである。ここでこうしたから友達は別れたんだと。そしたら違うやり方で対応しないと別れのパターンになってしまうと。
別れのパターンもたくさんある。友達の誰かはその中のある原因で別れたのだろう。個人的内面なことだったら参考にはならないが、行動により何とかなりそうなことだったら参考にすることができる。浮気でもそうである。浮気という行動によって別れの原因を作った。けんかした後の対処もそうである。素直に謝ったか、謝っていないか。それだけでも別れの原因になることがある。そういうことだったら人の恋愛でも自分の恋愛でも、もしその状況が自分のところにやってきたら方法は同じである。それぞれの個性はあるが外面的には同じである。
今は自分が恋愛をしていない時でも仲間が恋愛をして順調にいっている場合でも別れそうな場合でもただ聞き流すのではなく、どこかで自分が恋愛をしたときに仲間の恋愛経験が自分に生かせるように友達の恋愛を参考にしておこう。そうしておけばもし何かあったときに役立つかもしれない。初恋で最初はどうしていいかわからなくても、人の恋愛パターンを知っているだけで案外うまくいくかもしれない。
2005/4/24 (Sun)
あの頃は〜♪ ハッ!!! 環境が変わったり、年がとっていったりして昔の自分は良かったなと思う時はあるよね。だが、あの栄光をまたやってみたいと思うよね。恋愛でもあの頃は自信があったとかモテていたとかあるよね。ではどうしていけばいいのでしょうか。今回はスポーツと恋愛による自信の取り戻し方を合わせながら紹介していきたいと思う。
その栄光が例えばスポーツの場合だと甲子園出場やインターハイ出場とかその時期にだけ(学生時代)にしかできないものであるなら完全に再現はできないが、今でも自分の勢いや調子、体調等を当時に近い状態には持っていけると思う。(年をとると体が動かなくなることは除く)それを違う形で同じ感動を作っていけばいいと思う。恋愛でも今と昔とでギャップがあるのであれば、自分に自信を取り戻すようにやっていけばいいのではないか。
そうするためにはやっぱり当時やってきた過程のことをそのまますればいいと思う。その前に体格が当時と違うのであれば体格を直すことから始めないといけない。そしてスポーツなら走りこみや筋力トレーニング、素振り等から一番基礎的なことからスタートしなくてはならない。恋愛でも自信があったときは何をしていたのか。やはり自分の好きなことに熱中していたから自信があったのだろう。何かに努力していたのならまた何かを努力していき自信をつけていけばいいのではないか。その中で自分はスポーツをしていたならその自分がやっていたスポーツを始めればいいし、学生時代は勉強をしていて努力をして輝いていたのであれば、大人の人はいまさら受験勉強ができないと思うのでそれに変わる別のものとして仕事に精を出すとか資格等をとるとか何でもいいと思う。
次に自分の状態が戻ったのであれば、実戦といけばいいと思う。スポーツだとあるサークルやチームに入部することができるであろう。そして大きな大会でなくても小さい大会で自分が表現できればそれでいいと思う。恋愛でも自分が今までと何か違ったことをしていれば、周りの目は変わってくると思う。そこで自信があった頃と同じように自分を表現していけば、当時の状態とは100%までとはいかなくてもいい結果が得られると思う。
年が進み、環境が変わって自分を振り返ったとき、「あの頃は〜だったのに、今は、、、」と思って現実を逃避しているのであれば、そのまま腐っていくのではなく、その当時の自分のベストだった状態を違う形で持っていけばいいのではないか。わたくしも頭の中身はいつまでも同じ状態にしておこうと思い、このサイトを作ることにより、違う形で今までのこともすべて潜在的だったものを外面に出していこうと思った。環境は違うかもしれないが、日ごろの努力というのはどこでもできると思う。社会人になって努力もできない環境なんてない。忙しくても休みの日に、当時の自分を取り戻すような事をしていけばいいし、生活の中でも取り入れられることはたくさんあると思う。元々当時より今の方が頑張っていないからそう思うのであって、つねに同じ努力をしていればずっと同じ実力で生活していると思う。そしてベストな状態に持っていったのであれば、今の環境に合ったベストを尽くしていけば当時の栄光と同じ気分を味わえると思う。 2005/8/7 (Sun)
パーフェクト顔でなくても 、2番手からトップへ 皆さんもやはり、かっこいい顔、かわいい顔、モテモテになれる顔の方がいいよね。でもそれは最初から本当にかっこいい、かわいい顔でないと周りの評価はしてくれない。そしてどこかで順位付けをされてしまうと何か差があるように思われてしまう。ここでは恋愛偏差値55〜60ぐらいの人がどうすれば目立つのか書くことにする。
そのかっこいい、かわいいというのは時代の流れもそうだが、芸能人の顔を基準にして評価されていることが多い。しかし全部が全部、芸能人になるわけでもないし、いろいろな生き方がある。そしていろいろな方向に進んで生きていくのである。でもいい顔をしているならその顔を崩したくないよね。
それぞれの業種や環境でもやはり第一印象として顔というのが注目されてしまう。顔だけでもその業種のイメージが作られてしまうことがある。たとえいくらすごいことをしていても外見のイメージによって評価されないことがある。それではもったいない。しかし、どこかの業種ですばらしい能力を発揮していて、少しでも顔がかっこよかったり、かわいかったりするとすごく評価をされているように見える。
何が言いたいかというとすごくかっこいい、かわいい顔ではなく、ある程度いい顔を持っていて自分の生きているある環境や業種、世界で能力を発揮すると何かと注目される。ある時には、○○界のプリンスやある芸能人の誰かに似ていると○○界の〜と言われることがある。そう言われるといくら自分が芸能人でなくても、仕事+仕事以外のところでも評価されているような気がする。それで注目されて自分の能力がもっとUPしたらいいことではないか。
スポーツ界でもそういうことが起きている。例えば最近、スケート界に新たな旋風が起きている。特に4回転ジャンプをする人にはなぜか演技だけではなく、顔やスタイルまで注目されている。わたくしもあの人については完全にパーフェクトなかわいい顔ではないと思うが、クラスでは1番を取れるような顔を持っていると思う。野球界でも活躍している人の中で芸能人と似ているため野球界のキムタクと言われている人がいる。
将棋の世界になると顔のイメージはなんとなくいいイメージでない。だから将棋をする人はかっこよくないというイメージが強い。そして将棋ということ自体がいいイメージとしてついていないことがある。わたくしは将棋界のことも興味を持っているのでプロ棋士の顔はほとんど知っている。実力棋士の中にもすごくかっこいいわけではないが、将棋界の○○(芸能人)といいたくなる人がいる。実際に言われているかどうかは分からないが、十分それはいいのではないかと思っている。
わたくしには、一つ疑問がある。前にも書いたが、なぜかっこよくない人がパーフェクトにすばらしいことをしていても+aの評価はされず、かっこいい人がすばらしい能力を発揮すると能力+aの評価をしてくれるのか。では逆にかっこいい、かわいい人がある能力を少しでも発揮すれば、パーフェクトの達成より評価価値が高いのではないか。そしたらもとからカッコイイ、かわいい人が少しでも能力を発揮し、結果的に周りが能力+aの評価をしてくれるのであればそちらの方がよかったりするのではないか。それで後々全体が成長するようになればそれでいいのではないか。ただの実力NO1と実力はNO3でも人気(将来性)NO1はどちらがいいのか。これは価値観の問題かもしれないが、現状維持なら前者の方がいいが、未来を見るなら後者の方が今後伸びる可能性のほうがあるのではないか。現在の即戦力というより、将来少しカケに出たい場合、後者の方がいいような気がする。
だから自分はすごくパーフェクトな顔を持っていなくてもある程度のかっこよさ、かわいさを持っているなら、自分が活動している中でのトップのかっこいい、かわいい顔を目指してみるのもいいのではないか。ついつい自分と芸能人等を比較して自分の顔は変と思う人もいると思うが、自分の活動場所で能力を発揮し成功すれば、他のところから能力のことではなく、いい方向に誰かが引っ張ってくれるのではないか。そして新たな出会いというのも出てくるかもしれない。これから自分の志望を目指す人も、全体ではたいした顔を持っていないが、自分の飛び込む世界の中では顔でトップを取ってやると思ってもいいのではないか。そうすれば上を見て落ち込むことはない。他のところにも書いたようにかわいいければ誰かが評価してくれるのだから。 2005/4/15 (Fri)
LOVEとLIKEの違い よく「LOVE」と「LIKE」の違いを検討する人がいるよね。そして差をつけて表現する人がいるよね。日本語訳では、「LOVE」は愛している。「LIKE」は好き。でもこれにはあまり差はない。
英語の先生によると特に同じ表現で使っていることが多い。だからその時の出した言葉や表現の仕方が違っているだけらしい。今までの表現をLOVEとしていたのをLIKEとつかってみたり、またはその逆にしてみたり。別に単語が違っているから意味や表現が変わるということはない。
おそらく日本人は日本語訳でだまされていると思う。イメージが好き<愛しているということになってしまっているのだろう。だから「LOVE」は恋人に使って「LIKE」は友達に使うとか。だから英語を使っている人たちはそんなことをいちいち考えたりしないだろう。
相手に「LIKE」と言われたからすごく愛されていないとか、「LOVE」と言われたから「LIKE」と言われた人より好きでいてもらっているとか。そういうことはただの勘違いである。あなたのこと「LIKE」から「LOVE」になりましたなんて結局意味的には変わっていない。相手が二つの違いの意味を知らないだけだ。
後は、自分で辞書を引くなりして確かめてください。
チャラ人間の勘違い 前にモテる人と恋愛偏差値の高い人というテーマを書いたが、その続きみたいなものである。チャラ人間はいろんな人を引っ掛けて自分はモテると思っている。しかし、それはすごく勘違いしているのである。
チャラ人間は異性にいろいろと声をかける。そして口説いて自分の物にする。しかし、これはお互いの恋の成立かというとそうではない。チャラ人間は自分の都合で声をかけているのである。相手がついて行くのは、恋としての事ではない。チャラ人間の脅しや流れ、なんとなく自分がヒマだったからついて行っているようなものである。本当にハマっていく人は、恋愛経験のない人。だからチャラ人間についていったからといってその人のことを好きになっているとは限らない。それなのにチャラ人間は一つの出会いと別れがあると自分を好きになってもらった人、一人とカウントする。
「あの人は今、その1」がその例でもある。いろいろな人に交際を持ちかけて成功はしていたとしても、結局その人を本当に好きになってもらった人は一人もいない(もしかしたらいるかもしれないが)。わたくしから見ると弱いものいじめをしているように見える。かわいくて弱そうな人を捕まえているという感じ。でも地元主義だから捕まえるレベルは落ちていったけど。
チャラ男だけでなく、魔性の女でもそう。自分の都合のいい人を捕まえていらなくなったらポイ。それでも利用した男は付き合った人数としてカウントする。それで自分はモテると勘違いしている。
チャラ人間は自分がGETしたから相手は自分のことを好きになってくれていると思っている。ところがそうとは限らない。それなのに自分はモテる勘違いしている。そして付き合った人の人数の自慢をする。恋愛偏差値の高い人は外面には出さないが、知らないところで誰かに惚れられたり、狙われたりしている。しかし、チャラ人間はそういうものは一切ない。もし、チャラ人間についていったとしても他に本命がいたりして逆三角関係があったりする。逆三角関係解説図
だから恋愛能力としては全くないのである。何もせずに知らないところでどれだけ好きになってもらっているかが、本当のモテる人である。 2004/12/29 (Wed)
キャラがあっても実力勝負で対処 芸能人でも誰でもキャラをもって自分の存在を示している人がいるよね。例えば、芸能人だとコリン星から来たとか、ウンチクばっかり言っている人。人の批評ばっかりいう人、名ゼリフがある人。普通の人でも何かのキャラをもっている人たくさんいると思う。
しかし、普通だとあんなこと言っているやつはおかしい、勘違いしているって言って相手にしないよね。だがそれをただバカにするだけではなく、相手のキャラを受け入れ本当の現実どおりに返せばいいのではないか。
そういうのは辞めろと言っても辞めない。だから言わせておけばいい。それをうまく傷つける方法で相手のプライドを突き刺せばいいのではないか。コリン星だってバカじゃないのと言えばそれで終わる。だが、相手は言いつづけるだろう。それでコリン星の証明をさせるために宇宙について調べてすべて定義、討論した上でそんな星はないといえばいいのではないか。ウンチクでもすべて調べていけばどこかに矛盾が起こる。
もう一つは、そのキャラを認めて何か言い合いになった時に「何がコリン星から来た」見たいな事を言う。それは相手が言っていることをそのまま返しているだけで悪口でもなんでもない。逆にそんな事言われて嫌だと思うならそのキャラをやめればいい。そういうことである。
これは悪口を言っているのではない。その人を認めた上でその人のキャラを継承しているのである。逆にそのキャラがおかしい、勘違いしていると言っている人はその人のキャラを継承せず、悪口を言っているのである。芸能人でも話がうまい人の相手への話し方を聞いていれば分かる。どう見てもただけなしているだろうという人とその人を認めた上でその人のことを言ったりバカにしたりしている人がいる。前者は本当にバカにしている人。後者は本当にバカにはしていない。相手の持っているネタとしてバカにしているのである。前者は悪いことだけを取り上げてその人をバカにしようとする。後者の方はバカにしているような聞こえてもその人の過去や今の状況を調べてその人のいいときのネタやセリフを交えて発言をしている。だから本当の悪口ではない。
地元主義はその一つのキャラ、言葉を覚えるとその定義もせず言葉だけ連呼する。それはバカにしているのである。というよりおまえの方がバカなのだが。
まとめるとその人のキャラ、なぜそのようなことを言うのか調べて、現実的にも証明できるか調べて本当に違っていたらおまえは間違っていると言えばいい。人のキャラもただバカにするだけで押しつぶすだけではなく、実力で相手を認めながらうまく押しつぶしていけばいいのである。そうすれば相手も実力を認めると思うし、意味のわからないキャラも辞めると思う。何を言っても人を認めるということは大事である。話の中でも悪口ではなく、ちゃんとスジの通った話ができることが恋愛偏差値の上昇である。
環境が違うと顔つきも変わる このテーマは他にも軽く取り上げているが、もし似ている2人がいたとしても今までは同じ生活をしていたとしても数ヶ月間違う生活に変わったときに全く違う顔つき、目つきになってしまう。
例えば、モー娘の場合もし個々がデビューしていなかったら今と同じ顔になっているであろうか。デビュー時もかわいいと言われどんどん成長していくのは見てのとおりである。デビューしないで普通の生活していたらおそらく全く違う顔になっているだろう。それはすべての生活が違うと言ってしまったらそうなのであるが、ここでは中身の話をしよう。
一つ目は、目で見る周りのものが違うということだ。見るものによって刺激を受けたり、勉強になったりする。そこで自分は何をしなくてはならないのか判断できるのである。二つ目は、人間関係である。モー娘の場合、プロデューサーが個々の発揮ができるようにいろいろな特徴を言ってくれる。しかも相手はそういうことに関してはプロなので間違ったことは言っていない。そのことによって顔も成長していくのである。では、デビューしないとこの話は通用しないのか。そうではない。今までの話は特別である。そしたらどうすればいいのか。
今は、メディアやマスコミが多いので、もし自分のタイプと同じ芸能人がいてあんな風になりたいなと思ったのなら雑誌やテレビをよく見て研究しよう。それで自分の顔に自信がつけばそれでいいと思う。生活が違っても取り入れられるものはすべて取り入れれば、自分なりの表現が完成すると思う。普通の生活だと評価してくれる人はいないが、批評する人がいる。そこにすこしハンディキャップがあるが。あいつ○○を意識してるのだよ、なんてて言われても気にすることはない。理由は後に詳しく書いてあるが(地元主義)、間違っていないことをしていればそれでいいのである。でも恋愛偏差値の高い人はすぐにわかるので顔の変化には敏感である。
実生活の話に戻そう。高校生になって久しぶりに同級生に会ったら今までと全く違う顔つきになったって人を見たことないか。学区外に行った人に傾向が強い。それは生活が変わって視野が広がったのである(地元主義の脱出)。もしくは、そこの学校に行って目標を達成してるか。別に間違っているわけではない。不良になって顔つきが変わっていたら間違いだけど。中学のとき自分よりかっこよくなかった(かわいくなかった)のにどうして?と思うであろう。高校を出て都会に行った人にもありえる話である。
同じ能力で競争しあっていたが、お互い違う高校に行って久しぶりに会ったらどちらかが全く違っていたということもある。それは環境によって力が発揮できたのか、そういう環境でなかったのかによってわかる。それはやはり発揮できなかったほうの選択ミスである。あいつができたのなら自分もできたと思うであろう。
逆に、同窓会に行ったらかわいかったあの子がブスになっていたということはないか。それはかわいいなりの生活をしていなかったと言うことである。地元主義だったら刺激もない。ブスだったのがかわいくなっているというものもある。と言っても10点だったのが40点になったというだけだけど。これも卒業をしてどのような生活をしたかによって変わるものである。同窓会による再会はあまり期待しないほうがよい。くわしくは後に書いてあるが、ほとんどが地元主義で顔つきが死んでいて成長していない人ばかりである。そういう人は小学校のときがピークだったということだ。
いくら顔つきが良くなってもある目標を失ったりして何もしないでいるとすぐに顔つきが元に戻ってしまう。やはり毎日自分の顔を見て暮らすのがいいのである。
もし似たような顔をしていても目つきによって相手の生活がどのような生活をしているのかわかるのである。顔が悪いからといって整形しようとする人がいるが、まず自分の生活によって顔つきを変えることからはじめよう。メガネをかけている人もメガネをはずした状態もチェックしよう。メガネをはずしたら全然違う顔に見えてマイナスにもたれてしまうこともある。メガネをかけて自信顔だったのが、自信なさそうな顔の見えてしまうかもしれない。化粧に頼っている人もなるべくスッピンで勝負できる顔つきにしよう。これもメガネと同じで化粧を取ったら別人のようだったなんてマイナスイメージを持たれるかもしれない。それをみきわけていい恋愛選択をすることによって恋愛偏差値を高めていくのである。そして誰にも負けない顔を作っていくことが重要である。
仲の良さと距離はOKだけど、、、 これは、友達以上恋人未満ということに近いが、恋愛偏差値上その用語は存在しない。ここではそうなる人はどういう人か恋愛偏差値的に書いていく。
こういう例がある。仲のいい異性友達が友達外の誰かを好きになって告白したがあまりうまくはいってない。そういうときの異性友達はどうか。
前にも述べたように、あいつを好きになるなら俺を好きになれ。男だとそういうだろう。しかし、そういう男というのは恋愛としては対象外となるものを元々持っている。だから仲のいい友達と言えるのだが。その友達が好きな人と自分の距離を考えたとき、絶対に自分の方が有利だと思っている。仲もいいし、毎日一緒にいるし、連絡も取り合っている。あっちは特に接点もないし距離も遠い。そう思っているだろう。これも友達、恋愛を混ぜた逆三角関係が成立したりする。
しかし、やっぱり恋愛対象外というものを持ってる以上いくらアプローチしてもダメなのである。つねにそういう人もいる。どの環境いっても異性と仲良くでき、毎日が楽しい。ところが、恋愛に関してはまったくのゼロである。やはりそういう人は恋愛がしづらいというものも持っているし、成長すると友達=恋愛ができると勘違いしている人もいる。
異性の友達はたくさんいるが、恋愛はできないという人。そういう人は恋愛に関しては何か悪となるものを持っている。そこを克服しないといくら異性の友達ができても友達止まりになる。恋愛偏差値が高い人から見れば、恋愛対象者にされている人も中にそういう人がいると逆の意味で邪魔になってしまうのだけど。だって理想恋愛したいのに理想恋愛ができなくなるおそれがあるのだから。逆に、恋愛偏差値が高い人で異性の人と仲がよかったら、相手の人間性を理解してくれるので友達から昇格ということもあるだろう。 2004/12/2 (Thu)
変わっている人って 恋愛偏差値20以下 これは「逆勘違い」や「キャラは実力勝負」、「逆プライド」というテーマの続きにもなるが、変わっている人ってどういう人なのか。
変わっているにも2種類の意味がある。一つは、皆右利きで一人だけ左利き。これは確かに変わっているかもしれないが、特に問題はない。ボールの投げ方も上投げだが、横投げで投げる人。野球選手だったらあたりまえ。ここでテーマとして上げたいのは、普通のことから変わっている人、おかしい人のことを上げたい。それはどういう事なのか。
特に大学生に多いのだが、自分の個性を出すために自分は変わっているという人。どうも性格をわざと作っている人がいる。例えば、普通だと嘘をつく人はイヤである。ところが、その嘘を見抜くために人付き合いをする人がいる。それは変わっている人といえるのか。現実逃避をしていてそこから出てくる考えではないか。
人間、物の捉え方がある。捉え方も人それぞれ違う。だが、捉えることの考え方は同じだと思う。しかし、その最初の考え方自体が違うとおかしくなる。前にあげた、嘘のつく人だって普通はイヤである。最初から受け入れないだろう。ところがその人の場合はわざと嘘を受け入れてそこを暴くということである。それで自分は変わっているという。というより、自分はうそを見抜く力がない、普通に捉えることができないということではないか。それは普通の意味での勘違いではないか。
実力による個性なら別にいいが、意味のわからない変わっている人は勘違いである。そういう人は最初の普通の考え方もおかしい。知識や経験があればそういう考えを持たないと思う。そして自尊心があるから自分で変わっている人という。そんな人と討論しても意味がないし、逆ギレされて収拾がつかなくなる。やはり存在している以上付き合っていかなくてはならない。
変わっている人でもいい意味と勘違いした意味がある。アキバ系だと勘違いした変わっている人ではないか。例を挙げた人も顔はアキバ系だったし。どっちみちそういう人は人間力もない。個性を作るのはいいが、ちゃんと人間関係が作れるような個性を作っていきなさい。 2004/12/1 (Wed)
ずっと好きなものはありますか〜そして永遠へ あなたは、恋愛とは別にずっとこれをやっていても飽きない、好きであるというものはありますか。小学生のころにやっていたものでもいい。食べ物でもいい。環境もあるが、今でもそれができるものがあればやるというものはありますか。
やはりずっと好きなものができるということは恋愛においてもずっと好きな人を愛せるとか尽くしていくことができるであろう。ところがそれが物でも趣味でもなかなか見つからない。
わたくしは小学生からハマりはじめて今でもやっているというものはある。「まだそんなものやっているの?古い」と思われるかもしれないが、今でもそれができる状態があるので暇なときついついやってしまう。やっぱり好きなのである。自分でもいい加減に卒業しろよと言いたくなるが。
スポーツでもすごく年になって体が動かなくなりそうでも好きでやっている人もいる。それが生きがいというものもあるけど、そう考えてみると小学生のころからやっているとしたらかるく30年、40年同じことをやっているということである。それも素晴らしい事だ。
やはりそういうものがあるような人は恋愛においても人を好きになった人をますます好きになれば、ずっと愛してくれると思う。感覚的には同じである。ところがその趣味等が生活に影響するようなことだと問題だが。飽きっぽい性格の人だと本気で人を好きになっても10年、20年と考えたときに、もしかしたら飽きたと裏で言っているかもしれない。だから忍耐強くそして何事も長く好きになれるような人は恋愛偏差値の高い人だと思う。
隙がある人、壁を作る人 隙がある人、壁を作っている人といわれる人がいるが、恋愛偏差値的にはどうか。これはいい意味としても取れるし、悪い意味としても取れる。ではどういうことなのか。
隙があるというのは、どこかで声がかけやすいとか、接しやすいということだ。隙間がある人はモテるという人もいるが、これを意識的にやっている人と性格的にそうなっている人とそれぞれである。しかし、悪い方向としてみると隙のある女だったら、男から見ると話し掛けやすいということでナンパがしやすい、そして扱いやすいということになってしまう。つまり、自分より弱い女と見られてしまう。そうなると廻されやすい、男の言いなりにしやすいということになってしまう。だからモテると言うことにも取れる。
隙を作らないためにと壁を作り出す人もいる。ただ、壁を作ると周りからも話し掛けづらくなったりする。しかし、壁を意識的につくるといい。嫌いなタイプや自分と合わないような人がいたら、自ら壁を作って自分を守ることができる。そして自分のいいときは隙を見せ、話し掛けやすいように自分を作る。
人間それぞれ自分に合うタイプと合わないタイプがあると思う。恋愛においてだと、自分が好まれたいタイプ、好まれたくないタイプがあると思う。やはりいくらモテても自分のタイプではない人にモテても意味が無い。自分のタイプの人がいるのにタイプではない人に邪魔されてなかなか距離が縮まない時もある。そういうときにうまく壁を作って、そして隙を作っていくと邪魔者は排除できる。恋愛偏差値の高い人だとそれがうまくコントロールできている。
うまく壁を使ったり、隙を作ったりするには場所を選んで使うといい。ある場所では壁を作り、ある場所では隙を作る。または相手の能力によってあの人では行かない場所、活動時間ではない時間帯を考えていけばいいと思う。もし、嫌いなタイプに付きまとわれていて困っているという場合、その人の行かないような場所に行くとか、その人が活動しない時間帯に動くとかいろいろ回避方があると思う。それでも付きまとわれたらストーカーだが。
このサイトのいい具体例だったら悪いタイプとしてチャラ人間、地元主義が一番当てはまっている。地元主義解説地元主義だったらまず遠くに行けば付いてくることはない。逆勘違いだらけのところにいてもしょうがない。力をつけて上京したりすれば、地元主義は着いて来ない。力が無いから地元主義なのだが、邪魔されることは無く、正しいところで自分の力を発揮すればいいのではないか。チャラ人間でもまじめそうなイメージの場所に行けばついては来ない。ここでは前に書いた実力主義のところにも当てはまる。恋愛偏差値用語編
やはり自分のレベルを上げるためにも壁を作ることも重要である。そしてうまく相手に隙を見せ、自分の理想に向かって行くことができるならそれでいいのではないか。そして恋愛偏差値上昇にも重要なことである。
学力エリート恋愛 学力エリート恋愛って基本的に高学歴の人のことを言うのであるが、どういうことなのか。基本的に大学生は恋愛において負け組と書いたがそうである。簡単に言うとその延長線というわけなのだが。学校編
恋人にしたい職業として医者を挙げる人がいる。しかし、医者だからといって恋愛がすごくできるとは限らない。医者も大学を出てから〜という人である。金はたくさん持っているが、恋愛偏差値が高いわけではない。他の恋人にしたい職業に大学を出てからなれるというのは医者と恋愛状況は同じである。 社会人編〜結婚
エリートだからといっていい恋愛ができるわけではない。ただ、頭がいいということで恋愛を法で裁こうとする人がいる。離婚問題は別だが。例えば、恋愛がらみで喧嘩になり誰かに殴られた。それで傷害として警察、裁判に訴えたりする。相手に学歴がなく普通の人だったら間違いなく訴えて相手を不幸にするだろう。しかし、そんなことで法を持ち込んでいいのか。恋愛と法は別である。それなのに殴られたからといっていちいち届けを出すことはあるか。殴られた方も何か問題があって殴られたのではないか。子供のケンカレベルと同じである。喧嘩をしろとは言っていないが。エリートの人だと人間の感情より正確性を求める。自分は頭がよく人間性があり、人間のことをよく知っていると思っている。常識があり、教養があると思っている。自分の人間力=恋愛力だと思っている。だから感情で恋愛をしている人を見て、その人たちはバカだと思っている。エリートだからといって人間性があるとは限らない。
いろいろなところで恋愛の本が置いてあるが、作者のプロフィールを見ると心理学部とか医者という人がいる。しかし、いくら人間の心理、行動についての研究をしているからといって恋愛のプロではない。それで恋愛を偉そうに語れても困る。何回も合コンを繰り返しとか何人も付き合ったといってもそんなことは誰でもやっている。本の中身を見ると恋愛はこうだ、絶対にしろみたいなことが書いてある。恋愛に答えはない。わたくしのこのサイトで恋愛について書いてあるが、絶対こうしろみたいなことは書いていない。ただ、レベルの比較についてはこうした方がいいみたいなことは書いてあるが、断定はしていない。
その本を出している中で心理学部や医者という人がいるので、結局その人たちの教えが大学になっている。書いてあるように大学は恋愛の負け組である。その大学の考え方で恋愛を書いても何の解決にならない。なぜならば、大学界は大学以外のことはすべて取り入れてないからだ。だから大学に行かない人や高校の状況を無視している。そして大学の論文を書くのに図や表を使って説明する。それでは大学生には通じるかもしれないが、大学生以外の人には何も興味を持たない。だから大学からの人間の〜というのを考えてもしっかりとした答えではない。恋愛がらみの事件があっても大学で討論しても意味がない。大学という枠の中でしか考えないのだから。 事件編
「あの人は今、その8」に出てくる人だったらまさしくこのテーマに当てはまるであろう。恋愛をしても何かトラブルがあったら法律を絡めて訴えるだろう。あの人は今、編
恋愛においては人間みんなが考えているので従来のエリートは関係ない。学校編にもある高校ランクと恋愛偏差値の比例が一番の最初の基礎話になるが、エリートなんてそれの延長上である。だからエリートだからといって恋愛偏差値が高いわけではない。理想はあるかもしれないけど、自分に合った人を探して、選んでいきなさい。 学校編
社会人編〜結婚
恋愛技ではできない事例 よく恋愛相談の掲示板を見るとこういう相談が多い。一つはメールアドレスの聞き方。もう一つは客と仕事のスタッフの立場からの恋愛発展。この二つは間接的なこと(プライベート)からなら恋愛技でもGETすることができるが、直接的なことからGETすることは難しい。
メールアドレスの聞き方は、人によってメールアドレスや電話番号を本当に特別な人でないと教えてくれない人もいる。だから簡単にGETできる人となかなか聞く方法までわからなくなってしまう人もいる。メールアドレスのことに関しては、これは電話番号を含め個人情報として教えるものなのでちゃんとした形でないと簡単に教えることはなかなかできない。メールが重要と思っている人だったら、直接その人にただで教えてよと言えばすぐにGETできる。なかなかガードの固い人だったら友達や盗み聞きをしてうまく聞き出したいが。
本当にどうしてもどういう手を使ってうまく聞き出したいなら、いつもの電話番号交換から工夫してやってみよう。相手の携帯電話から自分の携帯電話にかけるとか。そうすれば自分のところに着信履歴が残るはず。これで自動的にGETできるでしょ。わざとその辺に見失ったふりをしてかければどこにあるかわかるからってかけさせたりする。
もう一つに、「毎日行く店でバイトをしている人を好きになってしまいました。どうすればGETできますか。」
という相談がある。これも恋愛技で〜すればGETできる。なんて言ったらおかしい。相手は仕事上で業務をしている。立場が客とスタッフの人の関係だと仕事中プライベートなことまで突っ込めない。どうしてもその人と〜したいなら、相手が仕事中のときだったら視線を合わせるとか。接客だったらわざと話し掛けるということがあるが、そこでは発展しない。結局、相手の仕事が終わるまで待ち伏せして捕まえるしかないということしかない。
学校での先生と生徒の恋愛関係でもそうである。基本的にはタブーとされているものだが、恋愛発展をさせていくには生徒が卒業するか、学校活動以外の所で関係を作っていくしかない。
メールアドレスに関しても学校や職場の机に緊急メモとして書いておけば、いちいち直接人に知らせなくても知りたい人は知り、わからないままだとわからない。逆にあの人に知らせたいとなるとこの方法が使える。仕事でも本当にその人と近づきたいならその仕事場でバイトするということがあるけど、これは恋愛技とは違う方向である。いくらなんでも出会いによって恋愛技では解決できないこともある。好きな人が結婚していているけどGETしたいというのも恋愛技で何とかできるものではない。相手の人生というのもかかっているのだから。同じ恋愛でも違う意味で解決できないものもある。 2005/2/26 (Sat)
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告白解説図
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両思い〜交際中U
別れ、そして経験
GETされる方の人
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