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1990年 |
平成2年 |
午 |
結婚して初めての年賀状。最近のパソコンで合成映像を駆使した年賀状とは極めて対照的な手書きの年賀状。筆ペンで書いた「迎春」と、極細サインペンで描いた馬の絵はプリントゴッコで印刷。残りの部分は手書きで書いていたように思います。 |
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1991年 |
平成3年 |
未 |
ゆきが生まれた年。親子3人になったので親子3頭の羊のイラスト。 ただ、ゆきは平成3年1月3日生まれだから、生まれる直前に描いたのかなあ。 『謹賀新春』の字がなんでこんなに下のほうにあるのかについては、記憶にございません。 |
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1992年 |
平成4年 |
申 |
最近になってちょっとブームになった『おさるのジョージ』。先日来日したブッシュ大統領夫人が、日本の小学校で読み聞かせをしたのもこの『ジョージ』が登場する『ひとまねこざる』でした。ケンタッキーフライドチキンでグッズが扱われたりして、よく目にするようになりましたが、当時はそれほどメジャーではなかったと思います。私もわたしの奥さんも子どものころこの絵本が大好きでした。結婚式の時、式に参列してくださった方々へのお礼として、手のひらサイズの木彫りのジョージをプレゼントしました。式の前日の夜まで作っていた記憶があります。 |
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1993年 |
平成5年 |
酉 |
実は、このときのハガキが残っていません。ゆきの手のひらに黄色と赤の絵の具をつけて、手形を1枚1枚押しました。右の画像はパソコンで再現したイメージ図。作成中の写真はありました。 (ゆき 2歳) |
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1994年 |
平成6年 |
戌 |
3歳の“ゆき”と、生後5箇月くらいの“健太”。 2人の仲良しスナップのように見えるが、実は別々の写真。 まだパソコンもスキャナーもなかったからゆきの手に持ったクッキーを切り取って、健太の写真をはさみこみました。
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1995年 |
平成7年 |
亥 |
前の年とは違って、この写真は本当の2人のツーショット写真。
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1996年 |
平成8年 |
子 |
すでに閉館になってしまった、「鎌倉シネマワールド」の寅さんコーナーで撮った写真を使いました。本当に寅さんと撮ったように思われている方も実際にいらっしゃいましたが、合成写真です。スキャナーもなかったので、スキャン機能のついたハガキワープロをわざわざ買って作りました。残念な事にこの年、寅さんこと渥美清さんが帰らぬ人となりました。訃報を聞いたときは、三波伸介さんのとき以来のショックでした。シネマワールドのおじさんのご好意で、1枚分の料金で、2枚撮ってくれました。 |
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1997年 |
平成9年 |
丑 |
楽しい表情の絵を描くゆきと、そろそろそれらしい形の絵が描けるようになってきた健太の絵をたくさん貼り合わせてみました。 真ん中の1番前にいる動物は、ゆきが描いた「牛」。丑年だから。 健太が描いた「ウルトラマン」と「ミッキーマウス」は見つけられますでしょうか。
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1998年 |
平成10年 |
寅 |
中川のお父さんが秋に亡くなり、その5日後に康介が生まれました。 |
喪中 |
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1999年 |
平成11年 |
卯 |
子どものころからプロレスが好きで、全日・新日・国際を問わず応援していました。あえてどこか1つと言われれば、全日本プロレス派でした。そんな私の尊敬するレスラーの一人、馬場さんが還暦を迎え、なお現役を続けていることに敬意を表して年賀状に使わせていただきました。「明るく・楽しく・激しく」は、当時の全日のキャッチフレーズでした。しかし、この年賀状を印刷してるころに馬場さんは体調をくずされ、年が明けて1月31日に帰らぬ人となりました。寅さんに続いて2回目の偶然に鳥肌が立ちました。ニュース速報が流れたあと、この年賀状を手にした何人もの方からお電話をいただきました。その夜は、インターネットやテレビのニュースに釘づけで、ついつい『ジャイアント馬場選手生活35周年記念CD-ROM 馬場伝説』を買ってしまいました。 |
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2000年 |
平成12年 |
辰 |
うちの年賀状に使われた有名人は亡くなってしまうという、やなジンクスを述べる人がまわりに増えてきたので、有名人を使う事が出来なくなりました。しかし、すでに他界してる人ならそういう心配はないだろうということで、過去の人を考えました。浪人中に本を読んで以来、とても興味があり、尊敬する人物「アルバート・アインシュタイン」を使わせていただきました。20世紀最後の年賀状としても最適の人物でした。この有名な舌を出した写真と、アインシュタイン名言集から引用した言葉を添えて、子どもたちのスナップもちりばめました。アインシュタインの前で「アイーン」をやっているのですが、気づいてくれた人は少ないようです。インクジェット用のハガキを買い損ねてしまったので、あえてモノクロで、画質をおとしてみました。 |
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2001年 |
平成13年 |
巳 |
21世紀の最初を飾る年賀状として笑顔たくさんのインパクトのある楽しい絵柄にしました。同じ地区の、とある小学校の周年行事でもらった記念誌の中のよくある全校児童集合写真の一部を拝借しました。暮れにハイスペックのパソコンに買い換えたばかりだったので、ふんだんに画像を合成していきました。ところが、だんだんパソコンの動きが悪くなってきて、サイズを調べたら、半分も出来ていないのに、いつのまにか270MBにもなっていました。急遽、画質を落として最初から作り直したものです。よく見ると親も1人ずつ入っています。「ウォーリーを探せ」のような年賀状。 |
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2002年 |
平成14年 |
午 |
実は、わが家は家族そろって脚本家 三谷幸喜ファンです。「古畑任三郎」はもちろん、「総理と呼ばないで」「合言葉は勇気」「ラジヲの時間」「12人の優しい日本人」「笑の大学」などなど、みんなで楽しんでいます。そんな中でも、「王様のレストラン」は、何度も繰り返して見ています。オークションで手に入れたビデオのジャケットがちょうどうちの家族と同じ人数だったので使わせていただきました。当然、パソコンで合成したものですが、「お子さんずいぶん大きくなったのですね。」とか「あんな衣装まで着て、いったいどこで撮影したのですか?」など、明らかに勘違いしてる人が、予想以上にたくさんいました。ちなみに「Bonne Annee !」は、フランス語で「あけましておめでとう」のことらしい。 |
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2003年 |
平成15年 |
羊 |
ホームページを立ち上げ、わが家にとってインターネットがかなり生活に密着した年。それを記念してトップページのメインキャラクターを年賀状にしました。このキャラクター、自分の顔をモデルにしたわけでもないし、家族の誰かでもない。知らない人にとっては不思議なキャラかもしれませんが、これは大学時代の友人の顔がモチーフ。と言っても、顔の部分をデザインしたのは私ではなく、モデルになっている当人。唇を見てわかるとおり、彼のニックネームは「たらこ」。元々、顔の部分は「たらこ」君の顔でなく、「ピースマーク」に似たような感じのオリジナルキャラでした。大学2年の頃、むぎのこキャンプのメインキャラとして作ったマークです。その顔の部分を「たらこ」君の顔にしたのですが、それがなぜ「渡辺家の仕業」のトップページになっているかと言うと、特に理由はありません。先駆けて作っていた「黒魔尼四の仕業」で使ったのでそのまま流用しただけのことなんです。 |
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2004年 |
平成16年 |
申 |
わが家の子どもたち、特に健太の一日は「NARUTO−ナルト−」一色と言っても言い過ぎではありません。「NARUTO」は少年ジャンプに連載され、毎週水曜日にテレビ東京で放送されている人気アニメ。忍者の話ですが、国も時代も独特な架空の世界のお話。ところがこれがよく出来ている。大人の私が見ていても決して飽きることがない。主人公は「うずまきナルト」という、ゆきと同じくらいの少年であるが、登場する人物一人一人にドラマがある。いわゆる「群集劇」とでも言うのだろうか。人と人がお互いを認め合うこと、目標に向かって決してあきらめないこと などなど・・・。人として子どもたちに教えておきたいことがたくさん詰まっている。へたな熱血学園ドラマより、はるかによく出来ている、と私は思う。 |
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2005年 |
平成17年 |
酉 |
2004年のわが家は、NHK大河ドラマ『新選組!』一色といってもいいくらい、家族全員で新選組に入れ込んでいました。生まれて以来41年間、歴史というものに全く興味をもてなかった私が、新選組関連の本を買い、歴史を知ろうとしていたということは奇跡としか言いようがありません。3人の子どもたちも競うように新選組に関する知識を求めて、各地の新選組ゆかりの地を訪ねました。今年の年賀状は当然のように新選組になりました。長女ゆきの写真も日本髪を合成してみましたが、あまりに不自然なので、そのままの髪型で納めました。文面は新選組が活躍していた文久4年頃の一般的な年賀状の文面です。 ※「お子さんはわかったけど、親の顔が見つからなかった」「親はどこだ」という内容のお便りを多数いただきましたが、親は入っていません。 |
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2006年 |
平成18年 |
戌 |
平成17年4月28日に祖母がなくなりました。98歳。偶然にも私の誕生日でした。 |
喪中 |
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2007年 |
平成19年 |
亥 |
1年前までの新選組めぐりに変わって、わが家の2006年は「木更津キャッツアイ」めぐりでした。長女の誕生日に「木更津キャッツアイ日本シリーズ」のDVDを買ったのをきっかけに、何度となくアクアラインを渡り木更津の町を歩きました。その後もクドカン(宮藤官九郎)作品の「マンハッタンラブストーリー」にはまり、今年の年賀状はクドカン関係になる可能性もありました。 しかしながら、やはりなんといっても2006年はわが家のスタンダード、三谷幸喜氏の映画3作目「THE 有頂天ホテル」公開の年でした。2005年の春、三谷映画への一般エキストラ募集の情報がもたらされました。迷うことなく応募。数週間後に採用の連絡が入り、満を持してロケに参加してきました。一生忘れることのできないワクワクした刺激的な一日。この日に得たエネルギーで丸2年は元気に過ごせたような気分でした。役どころは佐藤浩市氏演じるところの悪徳政治家の記者会見場における報道カメラマン。思わぬ成り行きでプロのエキストラさんたちにまじり、素人エキストラとしてはかなりいいポジションで参加できました。 この年賀状を手にした多くの方から賞賛のお言葉を多数いただきましたが、本当に映画に出演したとは思っていない方がずいぶんいるようです。映画のかなり終わりのほう、記者会見場の中で黒のジャンパーに白いニット帽をかぶったカメラマンが目印です。 |
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| 2008年 | 平成20年 | 子 |
一番下の康介が10歳になったので、家族全員の10歳の頃の写真を集めて1枚の写真のようにしてみようというアイデアが浮かび、それぞれの写真選びを始めました。ところが、さがしてみると自分が10歳の頃の写真というのがほとんどないことに気付き、このアイデアを断念。今年はどうしようかなぁーと思っていたら、中2の健太があることに興味を持ち始めました。中学の英語の教科書の挿し絵にニャロメの絵があり、それが痛く気に入ってしまったようで、ニャロメの描き方をマスターしようとしていました。子どもの頃にさんざん描いた赤塚不二夫です。ケムンパスとべしを伝授してからは、バカボンのパパ、デコッ八、ココロのボス・・・と、あの頃の記憶が次々と蘇ってきました。青梅に赤塚不二夫会館があるというので、さっそく足を運びました。夢にまで見た赤塚不二夫ワールドに興奮した息子の年賀状は「もーれつア太郎」と「天才バカボン」という、平成20年の中学生とは思えない内容でした。密かに親がやろうとしていた内容を先に使われてしまったので、親はさらに上を行き、僕らが子どもの頃によく見ていたアニメを並べてみることにしました。ちなみに使わせていただいたアニメは、「もーれつア太郎」「天才バカボン」「おそ松くん」「ど根性ガエル」「花のピュンピュン丸」「ハクション大魔王」「怪物くん」「はじめ人間ギャートルズ」「チキチキマシーン猛レース」「パーマン」「オバケのQ太郎」「ゲゲゲの鬼太郎」「ドカチン」「怪獣王ターガン」「妖怪人間ベム」「大魔王シャザーン」「スーパー3」「突貫カメ君」です。本当は「いなかっぺ大将」や「魔法使いサリー」「ドボチョン一家」なんかも入れたかったのですが、入れられませんでした。 そしてもう1つ、アニメ以外に取り込んであるのが、「水曜どうでしょう」。レギュラー放送は5年も前に終了している北海道のローカル番組で、大泉 洋が北海道でブレイクしたきっかけとなった番組のようです。現在も年に1回くらいは新作を放送しているようですが、過去の放送を全国各地で再放送しているようです。DVDも発売され、かなりの売れ行きだとか。ひょんなことからわが家でも「どうでしょうブーム」が起こり、TVKや東京MXの再放送を録画しては、家族みんなで楽しんでいます。子どもたちの顔がはめ込んであるのが、「水曜どうでしょう」関連のキャラクターです。今年のお正月にはこの番組になぞらえて、家族で「東京23区 区役所本庁舎 完全制覇の旅」に挑戦しました。その模様についてはこちら。 |
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| 2009年 | 平成21年 | 丑 |
去年の年賀状でもすこし触れた『水曜どうでしょう』。 北海道ローカルの深夜のバラエティ番組で、何年も前にレギュラー放送を終了しているというのに、今なおオフィシャルホームページが更新されていて、過去のものを順番にDVD化し、そうとうな売り上げをあげているという、不思議な番組です。かなりの低予算で制作されているにもかかわらず、全国で再放送が繰り返され、スポンサー収益よりも、DVDやグッズ販売による収益のほうが多いというあたりも、TV業界では異色であり注目されているとか。 基本的に深夜番組なので、知らない人は知らないけれど、話してみると実は隠れファンだという人が意外に多くて、わが家の周りでも“どうでしょう仲間”がじわじわと増えています。番組のオープニングやエンディングは、北海道テレビ(HTB)のすぐ裏手にある小さな公園で撮影されており、どうでしょうファンの間では“聖地”と呼ばれています。2008年正月に「東京23区完全制覇の旅」を敢行したわが家は、その勢いにまかせて、同年の春に北海道に行ってしまったのでした。目指すは“聖地 高台公園”ですが、長年にわたって訪ね歩いた「新選組めぐりの旅」の最終目的地である「函館」もからめて、2泊3日で北海道を旅したのでした。その時の模様は、「激走!北海道2000q」にまとめてございます。 年賀状の中で、息子たちが浴衣姿でいろいろやっているのは、北海道の宿で、「水曜どうでしょう」の名場面を演じているところ。 2008年は「東京23区」「激走!北海道」という2つの企画があったので、どうでしょう一色になりましたが、そんな中でもどうしても捨てがたいということで、わが家のもう1つのお楽しみ番組である「モヤモヤさまぁ〜ず2」もなにげに盛り込んでみました。 |
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| 2010年 | 平成22年 | 寅 |
なにかと細かく画像を盛り込んだわが家の年賀状。『ウォーリーをさがせのようだ』とよく言われます。 だったら思い切り「ウォーリーをさがせ」っぽく、ごちゃごちゃを盛り込んでみようということになりました。ただ、ごちゃごちゃするだけというのもなんなので、これまでわが家がはまったもの、わが家が好きな人を集めました。過去の年賀状にも登場した「新選組!」「水曜どうでしょう」「NARUTO」などはもちろん、息子がはまっている「赤塚不二夫」のキャラや妻が好きな「のだめ」も。プロレス界からば大好きな往年の昭和のレスラーをそろえたかったのですが、ここは敬愛する馬場さんに代表していただき、そのかわりに「1・2の三四郎2」のドリームチームにご登場願いました。そのほかは拡大していただければわかるのですが、以下、わが家の好きな方々に勢揃いしていただきました。「木更津キャッツアイ」「ドリフ」「モヤさま」「おさるのジョージ」「柳昇師匠」「談志師匠」「三谷さん」「達郎さん」「なぎらさん」「寅さん」「ビリージョエル」「オフコース」「Mr.ビーン」と、なぜか「アラレちゃん」。 もちろんわが家もまぎれ込んでいるのですが、今年から家族の一員になった「モモちゃん」(黒)と「プーすけ」(茶)も初登場。 |
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| 2011年 | 平成23年 | 卯 |
わが家で毎週録画予約している番組がいくつかあります。金曜深夜の『タモリ倶楽部』、日曜夜の『モヤモヤさまぁ〜ず2』、そして土曜の夜の『めちゃイケ』です。番組の中心的存在である岡村隆史氏が体調不良を理由に長期休業。番組最大の危機を“新メンバーオーディション”という形で乗り越えようとした番組が作成したポスターは、やはり最大の危機を新メンバーオーディションで乗り越えた『EXILE』のオーディションポスターのパクリでした。そのポスターのキャッチコピーが『15年目のピンチをチャンスに!!』でした。 分かりきっていたことですが、子どもたちは年々大きくなり、長女“ゆき”がとうとう成人式を迎える年になりました。子どもたちが小さい頃、休日は可能な限り家族で出かけたり、夕食後みんなで散歩に行ったりしていました。子どもが中学・高校・大学と進学するたびに、『もう一緒には行動しなくなるかな』と覚悟をしつつも、なんとか家族で行動して来たわが家。部活とか友だちとの約束とか、時間の合うことが難しくなってきたけそんな折、わが家に2匹の犬がやってきて、家族の行動に新たな色が加わりました。昔のように頻繁に出かけることはできなくなったけれども、犬と一緒に出かける夏・冬のキャンプは、今でも家族の誰もが楽しみにしているイベントになりました。長女が成人式を迎え、長男が高校3年になるこの年。ある意味、わが家にとってピンチの年となるかも知れないこの年の年賀状はこれで行こうということになりました。 当初、『23年目のピンチをチャンスに!!』という文章でしたが、よくわかりにくいのと、もっと広い意味でということで『2011年 ピンチをチャンスに!!』に変更。『めちゃ2イケてるッ!』のロゴを『めちゃ2アケてるッ!!』にというのは妻のアイデア。ついでに、番組のサブタイトル『What A COOL We Are!』というところも『New Year!』に。文章は成り立ってないけど、その辺はご愛嬌で。 |
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| 2012年 | 平成24年 | 辰 |
2011年はこの国にとって、本当にピンチの年になってしまいました。震災直後は、様々なイベントが自粛という理由で中止になり、年賀状の業界でもけっこうな影響があったとか。本当にいろいろなことがあり、日本中が揺れ動いた1年でした。 そして、震災とは全く関係なく、個人的に今さらはまってしまったのが、映画『20世紀少年』。 3部作が公開されたのは2008年〜2009年のこと。 当時、大ヒットして、まわりでも評判になっていたのは知っていたし、長男が友だちと見に行って『面白い!』と興奮していたのも覚えてはいるけども、どういうわけかその時は特別に見ようとはしませんでした。 しかし、ひょんなことから、第1章を観たら面白くて、第2章〜最終章と一気に観て、遅ればせながらハマってしまいました。 DVDを観た後、すぐにコミック全巻を一気読みしました。 そして、『われわれ人類にもしものことがあって、自分がなんとかしなきゃいけない状況になったときには、命を懸けてでもなんとかしなきゃ。』と思わされる、そんな作品でした。 作品の中で、主人公の遠藤ケンヂが歌う重要な歌が、この歌『ボブレノン』です。 人類滅亡の危機に見舞われた人々が、この歌を希望の光として集結するのです。 平穏な日常を送ることがいかに尊いことであり、かけがえのない事であるかを痛切に感じたこの1年。 家族が無事に過ごせていることが、本当にありがたいと実感しています。 雨が降っても嵐が来ても、自分の家に帰ることは誰にも止める権利なんかないはずなのに、家に帰ることさえ許されない人がたくさんいる今の状況。 1日も早く、誰もが安心した生活を送り、『そんな毎日がずっとずっと続きますように』っていう思いをこめて、今年の年賀状を印刷しました。 |
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| 2013年 | 平成25年 | 巳 |
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| 2014年 | 平成26年 | 午 |
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