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赤いサポには ■注意1 ■注意2 幼稚園の卒園式間近の娘の体に、ポチポチと赤い発疹。 翌11日(土)、我が家行き付けの近所のH野クリニックで診察を受ける。が、水・土曜日を担当しているH本医師の診断は「わかんないけど、みずぼうそうじゃないと思う」であった。 この、頼りないH本医師は、この後も重要な局面で登場するので、読者の皆さんは忘れないように(笑)。 なお、当の娘は、体中に数える事ができる程度の数の発疹ができただけで、発熱も全くなく、3月17日(金)の卒園式には奇麗な顔で出席する事ができた。
娘の発症からちょうど2週間が経過したこの日、息子の体に発疹が現れた。が、娘が罹患した時に、冒頭の言葉をM本皮膚科の医師から聞いていたので、親としては「おぉ、来たか」ぐらいのものだ。 彼の方は、最初の晩だけ発熱した。38度程度。3歳のガキには、ちょっと熱っぽいぐらいのもので、大騒ぎするような数字ではない。 久しぶりの土曜日出勤から帰宅後、ホームページの更新作業中に、異様な疲労感を覚え、その日の不定期コラムに「疲れたから寝よ」と書きなぐりアップした俺は、就寝前にひとっ風呂浴びたものの、体が全く温まらない。 「なんだ、疲れてるんじゃなくて、風邪か」 俺としては、この時点ではみずぼうそうの可能性など全く考えていない。 みずぼうそうをやったかどうか、自信のない人は、「やってない」と思っておいた方が無難である。 ちなみに、予防注射は、罹患の際に軽く済む程度の効果しかないらしい。1万円札が飛んで行く程度には値が張るらしいが、後になって死ぬ思いをしたくなければ絶対にやっておくべきである!。 とりあえず、この夜は、10日ほど前に私自身が発熱した時に病院からもらっていた解熱剤(錠剤)を飲み、寝る。 解熱剤の効果もあってか、前夜には38度あった体温は、この日の夕刻には平熱に戻っていた。 しかし、カミさんは見逃さなかった。俺の体にある赤い水泡を! 俺は否定した。が、次の瞬間、マズイ、と思った。 ・・・・・・明日は朝いちで病院に行こう。 予想どうりと言うか何と言うか、朝から熱が出でいた。38度。咳も出る。みずぼうそうって、咳は出るんだっけか? H野クリニックへの出掛けに、会社に電話を入れる。 この日の担当医は、月・火・木・金担当のF岡医師。こちらの先生は、症状や治療方針、投薬について詳しく説明してくれる。患者の素人質問にも答えてくれるので、評判は上々だ。俺としても、信頼している。 症状を抑えるための抗ウイルス剤の投与も検討したが、副作用が激しく(吐き気・動悸・めまい等)、値段も張り(即効性のある点滴だと、差し迫った生命の危険がない状況では保険がきかない)、なにしろその必要もないだろう(この時点で小さな水泡が3個。軽く済みそうとの所見だった)という事で、悩みに悩んだ挙句、解熱剤・かゆみ止め・水泡への塗布薬といった対症療法で凌ぐ事にした。 後悔するとすれば、やはりこの決定に尽きるだろう。抗ウイルス剤の単独の値段は不明だが、保険のきく錠剤を1週間投与したとして、たぶん1万円ぐらいではないだろうか。これで症状が軽く済むのなら・・・医師に「抗ウイルス剤ってのは、どうですか?」と逆提案しても、バチは当たらないだろう。 病院から帰ってきて「みずぼうそうだってさ・・・」という俺に対し、息子が 熱が上がるとともに猛烈な悪寒。パジャマの上にトレーナーとスウェットパンツを着込み、ニット帽までかぶり、それでも足りず寝室にストーブを点し、解熱剤で37度台まで持ち直し・・・。 そんなわけで、半月程前に出演依頼があった(本当)「関口宏のなんたらかんたら」を見る事もできなかった。しかし、本当の苦しみは、まだこの先にあった。 この日も発熱との戦いである。いや、正確に言うと、ほとんど記憶がないのだ・・・。 とにかく、解熱剤の効きが遅い。つーか悪い。とりあえず平常でいられる37度台で解熱剤を飲んでも、38度台後半まで熱が上がり、意識が朦朧としてくる。震えと大汗が2時間おきにやってくる。 一方、発疹そのものも相当に酷くなってきていた。 が、発熱のヤバさから比べると、そんな事は大した問題ではなかった。 カミさんの運転する車で赴いたN里病院では、「明日、抗ウイルス剤を点滴してもらって下さい。夜間にするような点滴じゃないんで」とのお言葉(たぶん、副作用が急激に出るんでしょう)と、「それにしても、すごいねぇ」という笑顔の賞賛と、解熱用の座薬をもらっただけであった。 この日はさすがにほとんど食事を取っていない。ただし、発熱時のお約束として、水分は採りまくった。 俺自身、子供の頃から熱を出しやすい方で、40度オーバーの勲章も持っている(なんだそりゃ)。 明け方、体温は遂に物心ついてから最高の(そしてたぶん、「西ってどっち」事件以来の)39.7度に達していた。おかしな事を口走るような状況になる前に、速攻で座薬である。 診療開始と同時に、H野クリニックに飛び込む。顔見知りの看護婦のN岡嬢の顔には、「あらまぁ〜」と書いてある。 この日は水曜日。担当は、例のH本医師である。熱で朦朧としながらも、前夜のN里病院の医師の言葉も含めて、今の窮状をいかに正確に伝えきるかに腐心した俺であったが、どうも伝わっていないようだ。看護婦が抗ウイルス剤の点滴を用意しようとしているのに、別の指示をしてやがる。テメェ何やってやがんだよ! ・・・などと言えるはずもなく、高熱で体力を消耗していた俺は、点滴を受けている間に眠ってしまった。すぅ〜・・・ 結局、この日は夕方にもう一本同じ点滴を受けた。新たな解熱剤(セデス)の効果もあってか、昼前には37度程度、夕方には36度台の平熱を取り戻していた。点滴は、さすがに劇的に効く。点滴一発で500円しかしないというのは腑に落ちないが、とりあえず、生命の危険は去った。 熱さえ下がればこっちのものだ。一気に上機嫌になった俺は、マンションのケーブルテレビ設置工事に来たユーアイネット埼玉の営業マン氏の口車に易々と乗せられ、その場で即ご契約。もちろん、家に上がってもらう際には「みずぼうそう、やってます?」と訊ねるのを忘れない。午後には会社と連絡をとる余裕も出た。 が、新たな苦悩が俺を徹底的に悩ませた。それは、猛烈な痒みである。 塗布薬も悩みの種になりつつあった。 せっかく熱が下がったのに、眠れない。 なお、俺が死にそうな目に会っている間に、俺より1日早く発症した息子は完治した。若いっていいなぁ。 眠ったと思ったら、目が覚めた。三たび39度台である。 点滴は、所詮は付け焼き刃に過ぎなかったのか。前日のH本医師の処置を基本的には信頼していなかった俺は、F岡医師の診断を欲してH野クリニックに向かった。 F岡医師は、俺の顔を見て、驚いたようだった。思っていた以上に症状が重い、という事だ。 つまり、こういう事である。 なんてこった。 そんなわけで、「遅れ馳せながら」ではあるが、抗ウイルス剤(ゾビラックスという錠剤)の投与を開始した。これが3時間に1回。あと、食後に2種類の解熱剤と、レフトーゼという炎症を抑える薬。さらに2種類の痒み止め。前日にH本医師が処方したバレオンという薬は「意味がない」という事でパス。もう、薬でゲップが出そうである。 熱は、37度台の前半で落ち着いた。ケーブルテレビで浦和戦の生中継を楽しむ事もできた。ホームページの更新もしてみた。 が、明け方、状況は変わった。気が付くと、痒みが軽くなっている。顔全体の腫れも引き、とりあえず平時の輪郭が戻ってきた。体を確認してみると、やはり発疹が出ていない部分は肌色が復活している。 ♪もしかして、回復の兆しが出てきたかぁ? 朝いちの体温は38度の後半。癖になるのも嫌なので、座薬は我慢。カミさんがH野クリニックへ電話するが、様子見と言われる。俺自身、病院に行く事よりも眠る事を優先したかったので、この処置に文句はない。 この日の午前中、子どもたちはカミさんの実家へ。リビングの隣の和室で休む(寝室は寒いし、暗いし、気が滅入る・・・)父親の安静の妨げにならないように・・・というのが表向きの理由。実際のところは、続く高熱と痒みでイラつく暴君の怒鳴り声から子どもたちを守るためである。 しかし、この静寂はありがたかった。本当に久しぶりの2時間の熟睡。薬で汗をかき、着替えてからまた2時間。メシを食って、さらに3時間。カミさん曰く「爆睡してたよ」。 顔が酷い状況だったのでトレーナー(かぶりもの)の着脱には苦労していたが、カミさんにユニクロで前ファスナーのパーカー(\2,900)を購入してもらい、この日から使用。ポイント高し。 唯一の問題は、抗ウイルス剤の副作用が出たのか、食欲不振に陥った事ぐらいだろうか。と言っても、インスタントラーメンの汁まで飲み干していたのが、汁を丼の底2cmほど残すようになったとか、そんなレベルの話だ。 週末を安心して過ごすために、夕方、H野クリニックへ。F岡医師より「発疹の山は越えた」宣言あり。抗ウイルス剤が効いたのか、放っておいても回復基調になったのかも、判然とはしないが・・・。 この日は、前日の流れを引き継いで、落ち着いた1日だった。熱は、上がっても37度の前半。 かくして、俺の当面の興味は、顔のかさぶたをはがす事となった。この時点での俺は、顔はかさぶた80%、体は水泡80%といった具合で、なぜだか顔の方が進行が早く、みずぼうそうに罹患している事を外部に派手にアピールしていたのだが、やはり顔の惨状は気にならないわけがない。 それにしても、このかさぶた、甘く見ない方がいい。なんというか、皮膚深く食い込んでいるのである。皮膚の表面をすりむいたのとは訳が違う。まあ、体の中から出来上がってくる発疹がベースなので、無理もない話なのだが。 例えば、顔の表面に1ミリのかさぶたの盛り上がりがあるとしよう。これをはがし取ると、そこには2ミリの陥没ができるという具合なのだ。あるいは、皮膚が引きつったりしている事もある。子供なら、そんなものは苦もなく再生されるのだろうが、30過ぎたオヤジの皮膚が、そんなに再生力に富んでいるとは思えない。表面上は平らになったとしても、酒を飲んだらそこだけ赤くなるようなかたちで跡が残る事は充分に考えられる。こうなると、化粧だけでごまかせるとも思えないので、女性においては、ここは我慢に我慢を重ねて、かさぶたが自然に剥がれ落ちるのを待つべきであろう。 ・・・てな話題しかないぐらい、平穏な1日だった。全快は近いか? 甘かった。 さてここで、唐突ではあるが、発疹の変遷を辿ってみよう。 みずぼうそうで発熱するのは、基本的には上記(2)の水泡期まで。発疹の発生とともに熱が出きってしまい、あとは発疹がかさぶたになるのを待つばかり・・・というのが通常の手順らしい。したがって、新たな水泡の発生がない状況では、熱が出る事はないはずなのだが・・・。 気になっていたのは、3月25日の時点での咳と熱。これがみずぼうそうと直接関係しているかどうかは謎だが、俺の感覚では、どうも別物のような気がする。いままではみずぼうそうの陰に隠れていたが、みずぼうそうが回復基調に向かっている今、裏で動いていた咳と熱が表舞台に現れたという感じか。 熱は次第に下がった。しかし、咳と、咳をした際に感じる右胸の痛みは消える事がなかった。右胸の痛み、それは昨年の12月に肺炎を患った際に感じた痛みと同じ物だ。肺炎を併発なんて、勘弁して欲しい・・・。 と、なんとなくイラつく展開の中、カミさんが笑いを提供してくれた。この日はマンションの平成12年度役員の抽選日。当然、カミさんがクジを引きに行ったのだが、あっさりと当たりを引いてきやがったのだ。 朝の体温は37度。いまいちだ。 H野クリニックへ行き、F岡医師の診断を受ける。胸部のレントゲンも撮ってみたが、気になるような影はない。それは、昨年の肺炎の時の写真と比べても一目瞭然だ。ほっと胸をなで下ろす。 ならば、という事で、社会復帰に向けての相談をする。俺はいつから会社に出れるんだい? が、こいつは子供のように「明日からOKです」などという線引きができるようなものではないらしい。子供の場合は「学校保健法」とやらで出席停止の扱いがなされるのだが、大人の場合にはそんなものはなし。俺も誤解をしていたが、こんな大変な思いをするみずぼうそうではあるが、風邪やインフルエンザと扱いは変わらないのだ。 まず、俺自身の体調の問題。 じゃあ他に何の問題があるというのか。それは、他者への感染の問題である。 医学的には、発疹がすべてかさぶたとならなければ、他者への感染の危険性は残る。しかし、現実問題として、ほとんどの大人はみずぼうそう経験者なので、例えば妊娠の可能性のある女性との接触に気を使うなどすれば、そう神経質になる事もない。と言うか、みずぼうそうは「法定伝染病」ではないので、感染の可能性を厳密に論じる事には意味がないのだ。風邪を引いた人に対して、「あなたは、他人に風邪を移す可能性があるから外出してはいけません」などという医師はいない。大人のみずぼうそうとは、そんな程度のものなのだ。なんか納得が行かないが。 したがって、社会復帰は、医学的な見地だけではなく、社会的見地からも判断される事になる。 この日は、この原稿の作成に着手するなど、頻繁に体温を測る以外は通常通りの生活が戻ってきた。 ところで、眠っている間に「いてっ!」と目を覚ます事がある。 俺の日々の興味は、完全にかさぶたに移っていた。よせばいいのに、新鮮なかさぶたを剥がしては、顔に新たな穴を発生させてしまう。見たところ、鼻や頬などの、比較的肉厚な部分は治りがよい。反面、こめかみのように皮膚一枚の下は骨というような部位は、かさぶたの跡に皮膚の引きつりが見られるし、穴の塞がり(=皮膚の再生)も遅い。頭皮などは、まさにこれに該当する。よほど慎重に扱わないと、かさぶたを再生産してしまう。あまり乱雑に扱うと、もしかすると数ミリ大のハゲが残るかもしれない。ちなみに俺は、そっちの方の心配は全くないので、けっこう乱雑にかきむしったりしたのだが。 というわけで、俺の枕元は、それまでの「乾いた塗布薬」に代わって、「剥がれ落ちたかさぶた」で満たされる事になる。本人にとっては何やら愛おしい物体なのだが、カミさんは「きったねぇな」と思った事であろう。 また、この日から石鹸を用いた洗顔にもチャレンジしてみる。一応、3月29日の深夜以降、毎日シャワーを浴びてはいたのだが(ちなみに我が家の浴室は温風暖房式なので、風邪気味で体を冷やしたくない時には極めて具合がいい。発疹だらけの体や頭を、タオルで刺激せずに乾かすのにも重宝した)、発疹だらけの顔を石鹸で洗うのは勇気がいる事だった。結果は・・・23日の夜以来の無精髭のむこうに、9日分の垢が浮き上がってきただけだった。きっ、汚い。汚すぎるぞ、俺の顔。こいつをゴシゴシと洗う事は、まだできない。 夕食後、体温計が36.9度を指し示す。みずぼうそうウイルスが、最後の悪あがきを始めたのかもしれない。恐ろしい。さっさと寝る事にする。 体調には問題なし。体調のバロメーターとなる朝の生理現象も復活だ!(笑) 午後、社会復帰について、休みはじめた時の上司と相談する。 蛇足ではあるが、俺は、みずぼうそうになる直前に、旧職場の中計(中期計画)を書きおろしたばかりであった。最初に発熱した3月25日に土曜日出勤したのもそのためである。3月27日の時点で上司が心配していたプレゼンの内容というのも、これに他ならない。いちヒラ社員である俺が中計の作成を任されたという事は、改革の気風に満ちたそれを実行に移す能力と熱意があると認められたという事であり、新年度からは俺を中心に部が動く事になっていたのだが、そんな時期に降って湧いた親会社への復帰話であり、その混乱の中での長期戦線離脱だったのだ。 とにかく、俺は、「平熱が50時間以上持続している事」「この時点での体の発疹は水泡10%・膿泡80%・かさぶた10%である事」という2つの事実をもとに、メールで以下のような趣旨の報告をした。 # 医師からは、2日間の平熱持続で外出OKと言い渡されている。 もと上司からの返信は、予想通りだった。 > あと数日でほぼ回復するのであればそれまで静養してから出社した方が良い。 いくら本人が有能ぶっていても、1週間や2週間は不在でもどうにかなるのが会社である。(笑) 返信の中にある「あと数日でほぼ回復」という一文は、俺の意図が正確に伝わっている事を意味する。つまり、来週まで待てばかさぶた化は進行するだろうが、ある日を境に感染の可能性がなくなるわけではない、そこのところはちゃんと理解しておいてくれ、という訴えを理解しているからこそ、「あと数日でほぼ回復」という表現ができるのだ。(というのは、全くもって俺の推測である) 夕食は、キレンジャーの生まれ変わりである俺の大好物、カレーライス。カミさんの作るカレーがまたウマイんだ、これが。いつもなら2杯半を平らげるところだが、今日は1杯半にとどまった。まだまだだな。(どこがじゃ) 体調的には外出OKとなっているので、体力を持て余すというか、暇で暇でしょうがない。 ところで、この日は娘に「ごめんなさい」をするところから始まった。 娘の晴れの入学式は10日(月)。これが、息子の入園式と見事に重なってしまうのである(大宮市のバカ野郎)が、甘ったれの3歳の息子が母親抜きで入園式に臨めるとも思えないので、俺が娘の入学式に出席する予定だったのだ。もちろん、会社を休んで。 そんなわけで、娘の入学式には行けないのである。サラリーマン的論理で、娘には本当に申し訳なく思うのだが・・・。娘はこういう事に関しては聞き分けがあるだけに、余計に胸がつかえる。 夜、昼間から気になっていた頭痛が激しくなる。頭の中から痛みが来ている気もするし、かさぶたをイジリ過ぎのような気もする。後者ならアホだな〜と思いつつ熱を測ると、体温はしぶとく37度を割る36.9度。発熱とまでは行かないが、やっぱりちょっと熱っぽいんだろうな。 まだまだ、調子に乗るわけにはいかないようだ。残り3日間で体調を万全にせねば。 朝は適当に寝坊し、夕方に昼寝をし、要は自堕落な生活を続けている。 この日も子どもたちがいなかったので、カミさんの家事の負担を減らす意味から、夕食は外食と相成った。 しかし、食ってる間は気にならなかった頭痛が、食い終わった途端に、如何ともし難い状況に。焼き肉屋の帰りに薬屋でバファリンを買う。寝る前に熱を測ると、僅かに37度オーバー。ありゃりゃ・・・。これは、絶対にみずぼうそうではなく、普通の風邪だな・・・。 相変わらずの頭痛。咽の痛み。咳。熱はない。 つーわけで、我が家の常備薬であるプレコール持続性カプセルを飲む。咳止めのシロップも飲む。 と同時に、それまではパジャマベースだった服装を、ちゃんとした(笑)休日カジュアルウエアに着替える。ここまで来たら、気合いというか、精神の緊張感を高めて乗り切らねばならない。「病は気から」という言葉があるが、いわゆる「風邪気味」程度であれば、例えばシャワーの後始末に気を付けるとか、こまめに上着を羽織るとか、そういう気遣いをキチンとしておけば、あとは心持ちでどうにかなるものだ。 さて、頭と顔はほぼ通常通りにガシガシ洗えるようになった。ただし、かさぶたは、依然としてある。髭剃りは・・・まだ無理かな。この分では、月曜日には無精髭ぼうぼうで出社する事になるだろう。ある意味、楽しみだ(笑)。 ところで、発疹の進行の度合いは、常に外気に晒されている顔が最も早く、次に肩口や腕、胸、背中など、ゆったりとした服を着ていれば比較的通気性のよいところがそれに続く。膿泡が残っているのは、あぐらをかいて生活していると常に隠れている膝の裏や、靴下で覆われている足首、パンツのゴムが密着している腰、どう考えても通気性がいいとは思えない秘部(笑)などの部位だ。してみると、見た目を早くキレイにしたいのなら、裸で生活するのがいいのだろう(嘘)。 月曜日の朝までには、膿泡はほぼ姿を消すと思われ、感染の危険性という尺度からすると、Xデーを4月10日に設定したのは正解だったかも。 体調の方は一進一退。体調のバロメーターである朝の生理現象は4月5日を最後に途絶えているので、やはり好調には程遠いという事が実感できる(涙)。が、それはそれとして、この日は社会復帰に向けた仕上げに気を使う。 でもまあ、不潔感たっぷり、というより実際に不潔ではイヤなので、ごしごしタオル(正式名称はなんて言うんでしょうか・・・体を洗う時に使うアレです)で、自らの体を優し〜く愛撫するかのごとく撫でてみる。が、恐い。そりゃそうだ。体にはまだ「かさぶた一歩手前」の発疹が存在するのだ。しかし、体がでこぼこしているせいか、妙に泡立ちがいい。 さ、早く寝よう。 さて、会社か。 時おり、謎の悪寒を感じるものの、たぶん特に発熱がぶり返す事もなく、無事に1日を過ごす事ができた。なぜ「たぶん」かと言うと、病人気分を一掃するために、もはや体温の計測をやめたからである。むしろ問題は、俺の体調よりも、会社から2週間離れている間に俺の仕事をとりまく状況が一変しており、完全に「浦島」だった事だ。まあ、これはボチボチだろう。 俺としては最悪の状況を知っているので、「ずいぶん顔は奇麗になったぜ」と自信満々だったのだが、世の中に出て、ほかの人と顔を見比べてみると、俺の顔は圧倒的に汚い(笑)。 ふぅ。病み上がりでパソコンに向かい続けるのも辛いものだ。 # 一度みずぼうそうにかかると、ウイルスは神経節の中に潜伏する。(!) つまり、みずぼうそうに一旦かかったからといって、それが免罪符とはならないようだ。そして、罹患経験によって免疫力が低下したり、神経痛の原因になったりする事もあるとか・・・。 |