JunkoはUSバージンアイランズ、セント・トーマスに住んで12年になります。この島は、まだ日本にはよく知られていないけれど、とても魅力のあるカリブ海の島です。カリブ海と聞くとハネムーンというイメージが浮かんできますが、なかなかどうして、家族連れでも友達同志でも楽しめてしまうのがUSバージンの特徴です。自然の美しさはもとより、マリン・スポーツやアクティビティも多様だし、ホテルだって大型リゾートばかりではなく、手ごろな小ホテルから格安ゲストハウス、果てはキャンプ場まで、数多くの選択が可能です。そんなUSバージンの良さをできるだけ多くの旅好きの人々に知ってもらいたくて、こんな案内ページを作ってみました。
このページに載せられる情報には限りがあるので、数を絞ってあります。また、情報は予告なく変更されることがあるので目安としてお考えくださるようにお願い致します。確実な料金等は、必ず事前に関係先にお確かめ下さい。
また、実際に旅されてみた感想、気がついた点、こんなところが良かった、こうすればもっと便利だろうということなど、旅行後にぜひ談話室に書き込みして下さい。一人で集める情報には限りがあります。皆さんのご協力で、島の様々な部分をカバーする、生の情報交換が気軽にできるページにしてゆきたいと考えています。
バージンアイランズは小アンティール諸島の最北に位置し、西側が米領(USVI=US Virgin Islands)、東側が英領(BVI=British Virgin Islands)である。USVIはアメリカの保護領で、人の多く住む主要な3島を含めて、大小さまざまな68の島から成り立っている。この島々とヨーロッパ文明の遭遇は1493年に遡る。この年、コロンブスが2度目の航海の途中にセント・クロイ島のソルト・リバーの河口に降り立った。彼は美しいその島を「サンタ・クルーズ(セント・クロイ)」と呼び、周囲の島々と共に、スペインに伝わる伝説にちなんで、「11、000の乙女たち」とスペイン語で名付けた。これが現在に伝わるバージンアイランズの名の由来である。
USVIの大きな特徴は、違った雰囲気を持つ島々を併せて楽しめることである。セント・トーマスは古くから港町として発展してきたため観光地としての施設も充実し、セイリングやダイビングツアーの基地として、またカリブきっての買物天国として有名である。セント・ジョンは島の3分の2が国立公園として保護されているため、手つかずの自然が楽しめる。セント・クロイはダイナミックなゴルフコースと、静かなひなびた島の生活を味わうことができる。島々は自然が美しいだけでなく、海にはウィンドサーフィン、パラセイリングなどのスポーツや海底散歩、潜水艦などのアトラクションが、陸には乗馬やハイキングツアーなどのアクティビティが、空にはヘリコプターやシープレーン遊覧があって、ハネムーン、家族旅行、友人同志のグループ旅行など、さまざまな人々がそれぞれに合った楽しみかたのできる、選択の幅の広いデスティネーションである。現在 USVIは、プエルトリコと並んで、カリブ唯一のアメリカ領であることから、アメリカン・パラダイスと呼ばれている。
1493年にコロンブスが訪れるまで、USバージンはカリブ族とアラワク族の住む、静かな島だった。コロンブスによってその存在がヨーロッパに知られるようになってから約100年後、島々をめぐるヨーロッパの列強国の領土争いが始まり、時代の流れと共に、スペイン、イギリス、オランダ、フランス、デンマーク、そしてマルタの貴族などによって領有権が争われた。1670年にデンマークがセント・トーマスの統治権を握り、その後セント・ジョンとセント・クロイの統治権も手に入れて、現在のUSバージンアイランズ地域の形成となる。
約200年間のデンマークの統治下で、島々は奴隷を労働力とする砂糖キビ農場として成長した。当時セント・トーマスはヨーロッパとアメリカ大陸との中継地として重要な位置を占め、港町として栄えた。首都シャーロット・アマリィには、交易された砂糖の倉庫が免税店に、奴隷たちが売買された市場が野菜市場に、それぞれ姿を変えて現在に残っている。長年デンマーク領だった島々は、その後1917年にアメリカ合衆国に25万ドルで買収されてアメリカ領となり、1936年に自治政府が認められて現在のUSバージンアイランズの誕生となる。
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