プログ魯山人館へ

六、へ 歌集今古今集「遷都ふるさともとめ」魯山人十二話

 和歌、俳句、恋の詩他、貴方の撰ぶ一つを、お知らせ下さい。 歌人老鶯    
鶯六に、150首以上新しく詠んで有ります。鶯一より鶯六までには、
古人の歌を入れると500首位撰びました。
     今古今集  富士宮市山宮104-1 湯沢庵 三堀太聖0544-26-1370





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  十一、北大路魯山人 北鎌倉の伊東深水邸にてへ、





六、へ 歌集今古今集「遷都ふるさともとめ」魯山人十二話

 八月三日、夜明けまえにひぐらし啼きだし、湯沢の庵に、歌集め
今古今集「遷都ふるさともとめ」と題し、魯山人の十二話をむかえ、
一段落と、節目と想い、富士宮に鎌倉の魯山人館より移したる器に、
魯山人の器に、和歌、俳句詠う。 

やまとうた和歌詠う所に、いのち芽生え心豊かになると、
古を今の言の葉で記し、その事を創める。
左手に筆を記すことは、誰にも真似できない、
不二の心、拙い筆の心で、
素人の美学である。玄人には、まねの出来ない下手な美学である。
上手な筆は、私には到底無理な世界で、
残された時間も、根気もない。
この病にしか出来ないと諦めて、左手に、
拙い筆で心の想いを、俳句に、和歌に、詩尓、やまとうたにと、
光悦の筆に、万葉の歌尓、芭蕉の俳句に、やまと古を偲び、
魯山人の器に、和歌俳句に、命を芽生えさせ、やまとうたを詠う。

心に、豊かな心に、息吹を求め、心の故郷をもとめ、富士宮に、
富士の山田舎に、住めば都と故郷もとめ歌を詠む。 太聖




一、い 歌集「今古今集 石川啄木と私、路傍の石に」母にうたう、より


こころよく                 啄木の二まわり過ぎ
我にはたらく仕事あれ         みつけたる
それを仕遂げて死なむと思ふ    和歌俳句よみ生きると思ふ 
             啄木                   太聖
               
いそみ
              「五十三にて見つけたる今 やまとうた」太聖



ふるさとの山に向ひて        ふるさとの鎌倉山にうたう和歌
言ふことなし              ふるさとはなれ
ふるさとの山はありがたきかな   ありがたく知り    太聖
            啄木


                「ふるさとの山もてる我 ありがたき」太聖

  
「故郷は 誰にもあるか平等か 忘れたときに消えて儚き」太聖



 魯山人十三話目を先に載せたが、
魯山人二十四話までは纏り次第に、
鶯六、へ 歌集今古今集「遷都ふるさともとめ」魯山人十二話と謳い、
五十三にて見つけた、歌を詠む、左手の創まりである。
何時しか、ひぐらしも啼きやみ、朝、曙の夏虫の声に、記す。 太聖





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六、へ 歌集今古今集「遷都ふるさともとめ」    魯山人十二話


 魯山人十三話目  左手に拙い筆で


 北大路魯山人作  赤呉須漢詩扇面向一客、呉須扇面向二客と、
              明古染付呉須山水扇面  向二客









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六、へ 歌集今古今集「遷都ふるさともとめ」魯山人十二話    8/6


 魯山人十三話、北大路魯山人作 赤呉須漢詩扇面向一客 呉須扇面向二客
               と明古染付呉須山水扇面向二客


 魯山人が日ごろ愛用していた扇面向五客には、色々な料理が盛られた。
二客は中国明時代の古染付呉須山水扇面向で金の繕いがある。
 魯山人の手本と思う。 魯山人の器には沢山学ぶ所がある。 太聖 7/2
  (〜魯山人二十四話までは纏り次第に)


  呂山人作 赤呉須漢詩扇面向
「孤鉢千畆餅 布衣一身纏 飽食何所作 騰ヽ老太平」


 千の畝の餅、一つの鉢に餅のやまがあり、布が掛けられている、
私も着がえて、さて、飽きれる、ビックリ満足する料理はどの様に作るか、
まだまだこの年をむかえ楽しいよ。


 魯山人の漢詩に、やまとうた和歌二首ささげん       太聖 7/3
「魯山人 器をまえに 餅のやま  
          如何につくるか 穏やかにみて」

「餅の山蒸すか焼くかと呂山窯 漢詩扇面 筆赤呉須で」


 餅の山を前に、蒸すか焼くかと考えたが、結局の所、
のせる筈の呉須扇面向に、この今出来たばかりの漢詩を赤絵で書き、
呂山窯で焼く事にした魯山人。


 古染付の虫喰いは、仏教の拙なる禅哲学である。
 桃山の織部の、ひずみたるはじけたる物の欠陥も拙い美学である。
 魯山人の器にしても、書にしても、會津八一の和歌の書にしても、
仏教の拙なる禅哲学の美学を感じさせる。
 良寛も沢山の漢詩を和歌に詠い、漢詩を日本文化にとりいれた。

 やまとうたには、仏教、禅、哲学まで包み込む魅力がある。


 古人はみな詠ったやまとうた
「やまとひと よみがえれみな いまからは
       やよいはるかに なわめのときに」太聖


 縄文土器も、縄文時代も、名前の呼び方が、私は好きでない。漢字よみ、
中国よみだからである。私はあえて、なわめ縄目の時と呼びたい。太聖





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 魯山人は、創めて土器はどの様に造られたか知らないと、 魯山人十二話


 創めての器は、人を豊かにした時  
「水を呑み竹にたくわえ器しり 古人は 蓄えを知り」


桃山の時に     太聖 8/6
「千利休 竹にかえりて 花入れに
      銘をしるして はじめに返る」  太聖 8/6



長歌と反歌 57 57 57 577と575 77

 創めての竈かまどができて 長歌
「食べものを 焼くこと創め 食べる物
  いろいろふえて 楽しけれ 焼く工夫して
   かまどでき まず竈でき 豊かな料理」 老鶯 8/6



 創めての土の器 反歌
「竈でき 土の竈の 焼けし土
      すぐに気がつき 土うつわ焼き」 太聖 8/6



初恋の器に
「縄目つけ 織姫もよう 愛らしく
       熱くやきあげ 君にささげて」  鶯 8/6



桃山の時に
「利休あと 古田織部は 花入れに
       茶碗にひずみ 縄目のときの」 太聖 8/6



「拙さは 縄目の器 一つづつ」       陶歌人 8/6


 弥生土器、弥生時代の、弥生には、寂しい哀れを感じる。
 倭国の、なわめ縄目の時の器による豊かさと平和を脅かす、
大陸からの青銅器、鉄器と齎された、搾取と争いの心が、哀れに感じ、
弥生の器にはそんな寂しさをみるのは、私だけなのか。 太聖


 弥生土器、泪をためる器に
「弥生土器 その哀れさと 寂しさは 
        壊れることを 知りて儚き」 太聖 
8/6


   岡本太郎は、縄文土器の素晴らしさを、なわめ縄目の時の、
  魂のエネルギーを、自分の藝術にかさね、縄文土器の素晴らしさを、
   世界に伝え広めた。弥生土器には、エネルギーは無いと語っていた。





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六、へ 歌集今古今集「遷都ふるさともとめ」魯山人十二話


  今古今庵にて                    魯山人館茶室
「桃山の夢幻か うたに詠む」  太聖 8/19


  北大路魯山人 自画賛茶掛け尓
「魯山人利休百首の和歌記し 光悦茶碗 織部香合」 太聖 8/19


  北大路魯山人 備前茶入尓
「魯山人 備前茶入か徳利か」 太聖 8/19


「魯山人古田織部にみちびかれ 志野の桃山 古思う」太聖 8/19



  北大路魯山人 瀬戸黒半筒茶碗尓
「桃山の瀬戸黒茶碗魯山人 自らひねり お茶を点てのむ」太聖 8/19


  北大路魯山人 備前前欠け風爐尓
「備前風炉 漆をかけて 丁寧に」   太聖 8/19


  北大路魯山人 鉄釉水指尓
「壷の胴一刀に切り土板を 水指は口 くり貫いて出来」 太聖 8/19


 北大路魯山人 伊賀草刻花入尓
「床にある伊賀花入はビードロの 耳両手に 葦を箆ほり」太聖 8/19


 北大路魯山人 織部桧垣文壷尓
「魯山人 葉茶壷にするか織部壷 肩に鉄絵で鎌倉桧垣」太聖 8/19


「織部壷 花を活けるか玄関に 人帰るまで花惑い観て」太聖 8/19





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 魯山人十二話


   一、北大路魯山人 自画賛茶掛け尓
「魯山人利休百首の和歌記し 光悦茶碗 織部香合」 太聖 8/19



  北大路魯山人 自画賛茶掛け 昭和十年代
「とに角に服の加減を覺ゆるは 濃茶たひ度 点てよくしれ」魯山人


 黒楽光悦茶碗と織部香合絵と、利休百首の和歌を賛に記す。魯山人  

「一服に 耳を澄ませば北大路 声聞こえるか魯山人館」  太聖 8/19


「千利休 古田織部に光悦に 桃山想う魯山人哉」       太聖 8/19


「和歌百首 利休百首に倣い詠み 器にのせて魯山人詠む」太聖 8/19


「千利休茶の道つくり織部には 焼物の道 魯山人行く」   太聖 8/19





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  魯山人十二話


  二、北大路魯山人 備前茶入尓
「魯山人 備前茶入か徳利か」  太聖 8/19


「魯山人古田織部にみちびかれ 志野の桃山 古思う」  太聖 8/19

                   古田織部茶入「慶長五年八月三日十の内」釘彫

 

  北大路魯山人 備前茶入 昭和三十年
「魯山人 備前茶入か徳利か 窯火景の色轆轤目もあり」 太聖 8/19


「魯山人 陶陽備前窯焼きか 藤原建に鎌倉で窯」 太聖 8/19



 三、北大路魯山人 瀬戸黒半筒茶碗尓  昭和初期
「桃山の瀬戸黒茶碗 魯山人自らひねり お茶を点てのむ」太聖 8/19

 

「信長の安土利休の桃山に 引き出す黒は 鋏痕あり」 太聖 8/19





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 魯山人十二話


  四、北大路魯山人 備前前欠け風爐尓
  昭和三十年


 「備前風炉 漆をかけて 丁寧に」
  太聖 8/19

 

「備前風炉漆をかけて丁寧に 底裏にある 彫り魯山人」 太聖 8/19


「大西の浄雪釜と 備前風炉 平安古材敷板の上」 太聖 8/19


「備前風炉 深沢村の山崎の星ヶ岡窯 火を灯し焼く」 太聖 8/19


「魯山人 風炉は流石に決まり観て 銘が無ければ誰も思わず」
                                        太聖 8/20





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   魯山人十二話
  五、北大路魯山人 鉄釉水指尓  昭和二十年代


 「壷の胴一刀に切り土板を 水指は口 くり貫いて出来」太聖
8/19

 

「焼物を造る喜びかえ難し なにものよりも 想い燃やして」太聖 8/19


終戦のその時にでも魯山人 窯を焚きなお 器を造り」  太聖 8/19





  六、北大路魯山人 伊賀草刻花入尓 昭和二十七年


「床にある伊賀花入はビードロの 耳両の手に 葦を箆ほり」太聖
                                              8/19

「伊賀の夢 桃山茶陶魯山人 古田織部の世界求めて」 太聖 8/19

 

「箆かさね 葦かさね彫る魯山人」 太聖 8/19


「秋風に花を入れずに 葦を観る」 太聖 8/20





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   魯山人十二話

 七、北大路魯山人 織部桧垣文壷尓  昭和二十五年


「魯山人 葉茶壷にするか織部壷 肩に鉄絵で鎌倉桧垣」太聖
 8/19

 

「織部壷 花を活けるか玄関に 人帰るまで花惑い観て」  太聖
8/19



「箱根山 富士屋ホテルの宮の下 小さな旅館貸切り茶会」太聖
8/19


「一軒の小さな旅館玄関に 織部の壷に 花投げ込んで」 太聖
8/19


「煎茶席 抹茶席とを部屋をかえ 料理に器持ち込んで食べ」太聖

                                               8/19


「温泉に癒した身体心まで 元気な時の 道楽つくし」 太聖
8/19



「あくがれて古想う目に泪 人友師にも 夢儚くて」   太聖
8/19





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    魯山人十二話

 八、北大路魯山人 変耀 大鉢尓  昭和初期


  変り耀く大鉢に詠む 
「魯山人 鳴海おりべの 千鳥なく」  太聖 
3/23


「辰砂霧 みえかくれ飛び 千鳥鳴く」 太聖 
3/24



 変耀大鉢
「鳴海潟 見え隠れとび千鳥鳴く 耀き変る曙のそら」太聖 
3/24

 

                

「近江の海夕波千鳥汝が鳴けば 心もしのに古思ほゆ」柿本人麻呂


「魯山人古田織部にみちびかれ 人麻呂和歌に いにしえ想ひ」
                                    太聖 
7/10


「魯山人 鳴海千鳥を想うれば 桃山織部古のしの」     太聖
 7/9


「呂山人 鳴海織部の千鳥啼く 桃山おりべ志野とも想い」 太聖
 7/9





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    魯山人十二話


 九、北大路魯山人 志野あやめ絵 向尓


   光琳の下絵が、今年重要文化財に。
「光琳の菖蒲の下絵見る様な 魯山人ふで 鉄絵で描き」太聖
8/20


「光琳の雅を画く魯山人 小うつわの中 あやめ花盛り」 太聖
 4/9

 

「菖蒲花 煙草の灰を手でうける」  太聖
 4/9


「志野あやめ 深灰皿か筆立か」 太聖
8/20



「近江の海夕波千鳥汝が鳴けば 心もしのに古思ほゆ」柿本人麻呂


 志野の命名の魯山人の思いを、万葉の旋頭歌に


「桃山は 織部はあれど 志野とは呼ばず」と詠み 太聖
 7/9


「呂山人 人麻呂和歌の 心も志野に」と繋ぐ    太聖
 7/9


 桃山時代には織部焼は広く知られていたが、
                        志野焼の呼び名は無かった。

 魯山人は、
    柿本人麻呂の和歌の「心もしのに」と志野の呼び名を想った。



 天下人と天下一宗匠
「千利休秀吉の下 天下一 古田織部も家康の下」   太聖
8/20


 桃山文化と人
「桃山の陶器榮て江戸迎え 織部とともに 消えて儚き」太聖
8/20


 古田織部の織部焼
「志野焼きは 昭和に呼ばれ哀しけれ 桃山織部名を呼ばれずに」
                                     太聖
8/20





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  魯山人十二話


十、北大路魯山人 虻の文 木の葉尓
「枯れ木の葉 緑を点して虻がとぶ ほのかな香り器にのこし」太聖
                                        
 4/24


「枯れ木の葉 緑を点して虻がとび 器に描くほのかな香り」 太聖
                                        
 4/24


 古今和歌集

 冬千鳥    壬生忠岑
「千鳥鳴く佐保の川霧立ちぬらし 山の木の葉も 色増さりゆく」

 

「枯れ木の葉 緑を点して虻がとび ほのかな香り器に描く」太聖
4/24





  十一、北大路魯山人 北鎌倉の伊東深水邸にて
「ロ山人器にきそい絵をかさね 深水娘 雪路モデルに」太聖
6/24



魯山人器にきそい絵をかさね 清方 深水 久米 隆一」太聖 6/24


 北鎌倉にて、昭和22年〜26年 伊東深水邸で、
娘の朝丘雪路モデルに、横山隆一が、顔染付け輪郭、久米正雄が、
旺〃(わんわん)と犬が鳴き、 北大路魯山人は、
鉄絵の髪の毛を描いたか、耳の中に鉄絵の「ロ」が、
鏑木清方は、只、微笑んで。          魯山人館 三堀太聖





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    魯山人十二話

 十二、北大路魯山人「木瓜の花」黄瀬戸あや免手鉢尓
「木瓜の花悟りし花か薫る花 拙い彫りを 黄瀬戸の鉢に」太聖
 6/13



 魯山人が漱石の小説を読む、縁の地、鎌倉である。あや免手とか、
 あぶらげ手と呼ばれし桃山の黄瀬戸に、拙い釘彫で木瓜の花を、
 漱石の拙い悟りを釘彫にした黄瀬戸の鉢に、
 拙さだけを表している。                   太聖
 8/20


 北大路魯山人作「沈流」箸枕をみて
「鉄舟が愚庵子規虚子 宗演と 大拙漱石魯山人と」 太聖
 6/18


「やまとうた人に繋がれ面しけれ 和歌俳句禅 小説までと」太聖
6/18


 鎌倉山尓
「我が家へ鎌倉山にかへり来て 星月夜には 道くさをして」太聖
6/13


 昭和30年代の山道には、外灯はまだなく、万葉の時代とかわらない
 風情があった。鎌倉山の下、深沢村の灯りは遠く、深沢村の先、
 山崎には魯山人が、星ヶ岡窯にて、なに想い暮したか。  太聖
6/13





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六、へ 歌集今古今集「遷都ふるさともとめ」魯山人十二話


 夜明けまえの和歌を創める
「夜明けまえ ひぐらしの頃歌を詠む その後に啼くコジュケイの声」
                        富士山湯沢の庵にて   太聖 8/5


 万葉の山部赤人に甲斐、駿河を詠う富士の和歌に、目を覚まし
古今集の壬生忠岑に偲び、江戸山口素堂の甲府に俳句を楽しみ、
明治の島崎藤村の詩に音をみて、
佐々木信綱の唱歌「夏はきぬ」に習い、
石川啄木の和歌に涙し、四季に詠う詩歌と題して、
吾、やまとうたを詠う                   太聖
 8/5


          うたうた
  四季に詠う詩歌
 目に泪 山鶯に 春の風
 富士宮に梅 花かほり咲き 
 目に泪              太聖
 8/5

 目に青葉 山時鳥 初かつお
 甲府は暑く 夏夕立き 
 目に青葉            太聖 8/5 
山口素堂の俳句のはなしに詩歌

 目にもみじ 葉がそまり秋 紅に
 恋の炎も 萌え上がりみゆ 
 目にもみじ            鶯
 8/5

 目に落葉 虫喰いあとも 枯れはてて
 愛のいたみを 冬こし思ほゆ 
 目に落葉            老鶯
 8/5



  詩歌ができて雨の涼しさに
「台風に夕立がきて熱さまし うたつづけ詠む 雷聴こえ」
   白内障の手術は今日、母想い、 富士山湯沢の庵にて 太聖8/5


「千鳥なく佐保の川霧たちぬらし山の木の葉も色かはりゆく」
                                 壬生忠岑 拾遺集

  鎌倉山窯家の思い出かさね
「志野茶碗 峯の紅葉と轆轤ひく 姉手のひらに愛しく生まれ」太聖8/5





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 魯山人十二話 少しつづき


  鎌倉山窯家の思い出かさね               太聖 8/6
「姉つくる 峯の紅葉の 志野茶碗
                 小学の僕 湯呑み造れり」秀 小
6


 歌集「今古今集 石川啄木と私、路傍の石に」母にうたう 太聖より 


かにかくに渋民村は恋しかり    かまくらの深沢村の小中は
おもひでの山              学びし山
おもひでの川     啄木      学びし川       太聖


            「おさなきのおもいでの夢 恋しかり」太聖



ほたる狩                 ほたる狩る思い出の夢いにしえの
川にゆかむといふ我を        深沢の川
山路にさそふ人にてありき     かまくらの山
             啄木                   太聖


                 「ほたる灯の山川さがし 夏の夜」  太聖



 秀才の兄は、中学生の頃に、小島とらお鎌倉市長に、中学校舎を
新しく建て替える願いの手紙を書いた。その新しい校舎で私は、
中学を過した。その兄は湘南高校から、東大と、家庭教師なく、
塾もなしで独学でのぼり、いつも兄と、比べられたが、父も、母も、
姉も、兄にもさほどに、比べられた事の覚えがない。

今思うと三才の麻痺、小児麻痺のせいか、
三才以前の記憶が、私には全く無い。父、母、姉、兄がその事を私に、
誰も言わなかったのは、優しさからかと思う。
以前の国民保険者証に書かれていた三才の麻痺に、
私が気がついたのが、四十七歳の脳溢血で倒れ、
鎌倉の病院より、富士宮の病院脳研へ移りその時に、初めて三才の
小児麻痺を認識した。

 手遅れです、もう少し早く脳研へ来ていれば手術できたがと、
先生に言われたが、その事にも判らずに、リハビリだけ、
二ヶ月の約束で始めた。

 頭を割られずにすんだと、痛い思いが少なくすんだと、
智慧の無い気休めを自分に言い続け、リハビリした。右半分は、
全くダメで車椅子生活にリハビリを始め、
病院では哀れからか、皆親切で、*その先につづく、



そのかみの神童の名の        秀才の兄見て育ち
かなしさよ                 かなしさよ
ふるさとに来て泣くはそのこと     我三才の麻痺四十七でも 太聖
             啄木                 
よそな


                 「ふるさとは ふるさとを去る哀しさよ」太聖


   「ホッチキスとめる事さえ 侭ならぬ 羨ましくも人を眺めて」太聖






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鶯 六、へ 歌集今古今集「遷都 と筆止まり、         八月三日
 星山にて、「鶯六より、鶯十二まで」表紙を書く予定に、翁に捕まり、
筆止まり話を聞く。「紫陽花が 銀色に咲き」と與一翁が下五文字を考えて
いると、ふと盆栽シンパクの、枯れかかりに気づき、並べし友に尋ねると、
自分の盆栽だけはちゃんと水は与えたと聞き、翁悔しくなり、その怒りを
その俳句のできる友に、俳句でと考えるが出来ず、考え倦み、私に頭を
下げ、白寿の翁は俳句に詠めないかと、その悔しい思いを話した。 太聖


  白寿の與一翁の話によせて片歌を詠む  片歌に答えてくれなくても
「シンパクの水なくかれて 友情もかれ」          太聖 8/3


  まだ半分、おさまらない様子に、白寿の與一翁に和歌を詠む
「俳句よみ悔しさかれてお茶をのむ
                  紫陽花に水 盆栽に水」  太聖
 8/3


  與一翁に繋げ和歌よむ 富士宮は七夕祭 八月七日 
「紫陽花が銀色に咲き俳句よむ 紫陽花に雨 盆栽に人」太聖 8/3


  和歌に元気もどり白寿の與一翁は、ちゃっかり
  乙女の髭剃りのためにヒゲをのばして待つ様子に

「髭剃りの乙女待ちわびヒゲ翁 白寿の翁 青年になり」老鶯 8/3


  小松心の俳句と介護の乙女が、詠む

「夏が来て なんだかわくわく楽しみだ」   里佳 8/3
         「かれの手紙に 夏あつくきて」繋ぎ詠む 老鶯
 8/3


  詩吟の師匠も詠む
「里佳ちゃんの元気もらうぞ 明日こそは」   川崎佳心 8/3


 小樽のひとよを、小樽は寒かろうと軽快に、
 井伊直弼の和歌は朗々と詠う、詩吟の師匠に

「元気なら 川崎さんのうたの声 詩吟もと井伊直弼吟じ」太聖 8/3


「近江の海磯うつ浪のいく度か 御代に心をくだきぬるかな」井伊直弼



 星山では表紙は一つ、湯沢の庵で夜に書けるかと思い諦め帰る。
 湯沢への車のなかで、台風の話題に雲行きわるくなり、鶯たちが詠む

雲がきて風が来て夏 夕立に」   鶯 8/3
                「今日も台風 うたに詠む夏」 老鶯 8/3





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鶯 六、へ 歌集今古今集


 日常にある俳句 八月三日に、星山にて頂いて 



 沼津の千本松原を通る時
「千本を とおると聴けば せみしぐれ」   川口みさを
 7/28


みごとこの一首、俳句に、芭蕉も蕪村も、一茶も、
今古今集にふさわしい俳句と口揃え、やまとうたと、
私もこの言の葉に、金、ダイヤを見つけたりと、
この一首を何度も詠みかえした。 歌集今古今集選者 太聖



若山牧水も俳句の何かを感じたに違いない。

  老鶯、苦しくも和歌に繋ぎ

「千本を とおると聴けば せみしぐれ」川口みさを 7/28

                「沼津の濱に 牧水思ほゆ」老鶯
 8/3




 詩 川口みさを
 みじかい一生 思う存分 泣くせみの声


 詩 湯沢には、あぶら蝉も啼き出して      老鶯 
8/4


 啼く蝉の声 土長く 闇に暮して 夏をまつ
 この世の春か おのこ蝉 せいいっぱいに 啼きさがす 
 乙女せみ寄せ あの世も誓い



 詩 川口みさを
情けない右手左手わからない ぴんとこない自分を 情けなく思う
リハ病院よく歩いてたこの廊下 病院に行き センターの中を歩き見る
四時になりいっせいに開く夕顔の花 あれこれを思う自分を空しく思う

 石川啄木の言い知れない何かを感じるが。  老鶯
 8/3


  長歌に鶯
 8/4    長歌と反歌 57 57 57 577と575 77
「俳句よみ 和歌を楽しみ くらす日々 一生一度も 俳句無き
  和歌も詠めない その暮らし 俳句を詠める その嬉しさか」鶯


  反歌に老鶯
「詩を詠む 俳句に和歌に尽くせないその思いそを
                              如何に書きなん」


心あり、鶯に老鶯に泪する。
けふ俳句、和歌詠むに蜩声に泪する。太聖
 8/4




 杉田の脳研病院の診察に

血圧測り杖をおき倒れ、ナースが押え顔を見合わせ、
杖には杖が無いと

「立てかけて 危うく思う 杖の杖」俳句        太聖 8/4
          「診察の日に 詠い楽しむ」和歌繋ぐ  老鶯 8/4






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  旅の歌、若山牧水          魯山人十二話

「幾山河 こえさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ けふも旅ゆく」

「しら鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」


  梅の花櫻の花 若山牧水
「きさらぎは梅咲くころは年ごとにわれのこころのさびしかる月」


  酒の和歌 若山牧水  
「人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ」

「しら玉の歯にしみわたる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」


  あくがれ(在所離れ) 若山牧水
「けふもまた こころの鐘を うち鳴らしつつ あくがれて行く」

「ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ秋もかすみのたなびきてをり」


  沼津千本濱 若山牧水
「香貫山いただきに来て 吾子とあそび 久しく居れば富士晴れにけり」

「海見ると登る香貫の低山の小松が原ゆ富士のよく見ゆ」

「低山の香貫に登り真上なるそびゆる富士を見つつ時経ね」




  故郷はなれ 牧水の心に詠い
「故郷をあくがれてみゆ 思い出か 鎌倉山のその窯家の」太聖 8/7

「故郷をあくがれてみゆ 思い出か」             太聖 8/7



「あくがれて鎌倉山の窯家は 父の思い出 母愛はなし」太聖 8/7

「あくがれて父母想い 窯の家」              太聖 8/7



「京都へと でかける前に病院に 父の寝顔に語りかけ出る」太聖 8/7

「鎌倉に帰る日にその知らせあり 微笑みねむり 顔語りかけ」太聖 8/7

「父ねむり微笑みねむり 語りげに」            太聖 8/7



「父送る 最後の晩の窯家は 父としずかに朝をむかえり」太聖

「朝むかえ しずかをはなし父送る」            太聖 8/7



「故郷は あくがれてこそ恋しかり 鎌倉山の儚き思ひ」 太聖 8/7

「故郷は あくがれてこそ恋しかり」            太聖 8/7



「ひとずてに 鎌倉山の窯家は 思い出ともに儚く消えて」太聖 8/7

「あくがれて心に仕舞う 故郷か」             太聖 8/7

(在所離れ)





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 日常の和歌俳句 8/9    魯山人十二話


 湯沢にて 愛犬ポニーの泣く声に
「犬が吠え鳩巣をつくる 枝あつめ ガレージの屋根大雨あとに」太聖
8/9

        蓮の花が、綺麗に見事に咲いている光景を、主任より、
       話に聞いて、 蓮の花を観たいと思い、地図を、
       場所を尋ねるが、忙しく、気がつくと、 主任は昼に早退


 星山にて
「夏むかで リハビリの足 百かぞえ」           太聖 8/9


「リハビリの部屋ゆか上に百足虫 歩きまわるか 夏の暑さに」太聖 8/9


「夏むかで 吾リハビリの足踏みは 両足踏んで五十歩踏んで」太聖
8/9


「百足虫 リハビリの床 歩く足」             太聖 8/9


「百足虫 一生あるく 足数は」              太聖 8/9



 星山の大蟻に
「黒蟻は 夏はたらきつ 日に焼かれ」           太聖 8/9



うたひと 鶯は八年もフランス語を学んだが、歌の一つも歌えない、
今にして、恋の詩人 
夏の恋心をシャンソンに歌う ケスクッセとボンジュールと鶯


「恋しても いつも戸惑う 恋心」
「恋しても いつも切ない 恋心」
「恋しても いつも戸惑う いつも切ない 恋心」 里佳 8/9
「人想い 恋をするのも 私しだい」       里佳 8/9
「人想い 恋に落ちるも 貴方しだい」      鶯



 夏の恋の様子に、鶯たちも、俳句に和歌繋げ詠む 8/9
「便りない君のメールを待ちわびる」鶯
          「ねむけに負けて 朝ねぼうして」老鶯


「空がはれ ときめきメール受けてはれ」鶯
          「夏の日記に 心にしるし」老鶯


「恋ごころ 俳句にうたい 指をおる」老鶯
          「会える日数え メールつづけて」鶯


 星山の帰り道 森さんの話に 鶯たちも
「夏休み 子供の姿 うじゃうじゃと」            鶯 8/9


「何処へ行っても うじゃうじゃと」   老鶯 8/9


「夏盛り 今日の暑さも ダメダメだ」           太聖 8/9





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 日常の和歌俳句     魯山人十二話


  星山にて俳句いただき 8/10

  除草剤をまきすぐ雨となるクスリきくかなと思い
「除草剤 まいてひといき すぐ雨だ」           川口 8/5

「除草剤 まきすぐ雨に きくの哉」            老鶯 8/12


  ネコがびっくり小さく体をする。様子に
「雷うなり ネコがお腹を すり歩く」           川口 8/5

「雷に ネコもびっくり 丸くなる」             鶯 8/12


 風鈴が鳴りだし
「風鈴が 涼しさを呼ぶ 夏の夕」             川口 8/5

 夏の夕
「ひぐらしも 泣きだし夏の 夕涼み」           太聖 8/12
        「俳句に啼きて かなかなかなと」     老鶯 8/12



  宮おどりがたのしく
「孫たちが おどって歩く 家の中」            川口 8/5


 盆踊りの俳句を頼まれて
「盆おどり 宮おどりあと また踊り」           老鶯 8/10


 今年は夏、祭を楽しむか
「この夏は俳句におどり盆おどり 祭にうたい 和歌にもうたい」太聖
8/10


 乙女に
「夜更しのメールにくしゃみ ねぶそくか」          鶯 8/10
            「はな赤くして 目も赤くして」     老鶯 8/10


 俳句によむ乙女の恋心
「失恋の シャンソンの詩 よむ乙女」           太聖 8/10


 夜明けまえ 湯沢庵にて
「夏の夜の熱き夢みし夜明けまえ ひぐらしの声 儚く聴こえ」太聖
8/12


 雨音
「ひぐらしが儚くきえて朝の雨 ただ雨音を 心地よくきき」 太聖
8/12



 吾、元気な時を思い出し
「仕事する 只、仕事する哀しさよ 元気な時の仕事哀れに」太聖
8/12

「めいっぱい隙間なくして仕事する 心の隙間 ぽっかりあいて」太聖

                                             8/12


 哀れに詠む
「涙して 涙してなお涙して 心になみだ溜め人想う」   太聖 8/12





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 週刊新聞「鶯」創刊号1. 平成17年8月16日
星山にて 鉢植えの朝顔に傘をさす、優しいお話し   2号は23日頃
  37年は昨日のことの様に同窓会を向かえ、「貴方は誰だっけ?」と、
「初恋の同窓会の酒の味 君思い出す 夜半まで酔ひ」     鶯 8/16
「初恋の君と別れし その時も 背中に視線ふり返りみゆ」  老鶯 8/16
優しいナース主任は朝顔に傘をさし、同窓会の思い出に
「雷と夕立雨に鉢植えの 朝顔哀れ 花ずたずたに」     太聖 8/16
「朝顔が 夏雨うたれ ずたずたに」             鶯 8/16
         「主任も思い 朝顔花に」        老鶯 8/16
「主任傘 朝顔にさし優しさに」              太聖 8/16
「夏の雨 朝顔に傘 やさしさに」              鶯 8/16
         「その心雨 傘さすように」       老鶯 8/16
「夏の雨 朝顔に傘 優しさに」               鶯 8/16
「夏の雨 朝顔に傘 もらいなき」             老鶯 8/16
人の優しさ「朝顔に傘とられ泣き 夏の雨」   太聖 8/16
 夏の暑き時夕立に 「雨に傘 夏暑き時 人に愛」     太聖 8/16
          「紫陽花に 夏なごり雨 惜したげに」 太聖 8/16
    今も泣き声、ミウ、ミウと
 子猫を助けて! 湯沢橋のたもとで (アメリカンショートミケ)
「夏の雨 朝顔に鬼 夕立は」               太聖 8/16
「夏の雨 子猫にも鬼 夕立も」               鶯 8/16
          「猫盆に捨て 人鬼になり」      老鶯 8/16
「猫の声 盆に捨てられ泣き明かす 泣き声ほそく遠くか近く」 鶯 8/15
「雨あいまほそき泣き声聴きし路 傍わたり先 蹲る猫」   老鶯 8/16
「猫抱けば アレルギイ来て大変な 妻拾いあげミルク与えて」太聖 8/16
「猫飼えぬ我が家に来て 眠る猫 人も猫にも哀れ詠みけり」 太聖 8/16
「夕立と子猫突然やってきて 育てる親を 捜す盆明け」   太聖 8/16
 子猫を助ける方、育てる方を、緊急に捜しています。山宮104-1、湯沢橋
 〜8/19日まで盆休み明けで、58-3347赤池獣医病院へ、
 ミルクも旨く飲めない様に、困りました。 0544-26-1376へ、三堀太聖
  猫は白黒縞、アメリカンショートミケです。足先だけみけ
急募集 *草むしりをする人を捜しています。場所 山宮104-1 湯沢橋たもと
鶯 一、歌集「今古今集 石川啄木と私、路傍の石に」 俳句和歌の歌集です。
鶯 二、歌集今古今集「北大路魯山人扇面に 拙さに拙さかさね筆をとる」





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 日常の和歌俳句     魯山人十二話

  8/18に頂いた、俳句に
「朝顔や群れて格子の影乱れ」        半肝子 8/17

「朝顔に観える静けき空の色」         半肝子 8/17

「朝顔に 合わせる顔の無い寝坊」      太聖 8/20


 8/18に頂いた、俳句に詠む
「夏夜の 室の蛍火 富士の山」        望月 勝 8/1


  蛍火が氷に映り
「蛍火に 室の氷も燃えて融け」        老鶯 8/19



「坪庭の 心をいやす 夏牡丹」         望月 勝 8/1
             「紫の色 愛しく綺麗」    鶯 8/18


「高原を 花のパノラマ すかし百合」      望月 勝 8/1
            「夏今時に 春むかえ咲く」  鶯 8/18



「風鈴の 涼しき音きき 昼寝かな」      望月 勝 8/1


  床屋の仕事に
「風鈴の音色涼しく うたた寝に 午後一番の髪切る電話」鶯
8/19


「髪を切る ハサミの音の 心地よさ」       太聖 8/18
          「眠気を切るか 正気を切るか」 老鶯 8/18


 今年の夏は
「夜しずか 虫の音に夏早く行く」       太聖 8/18


 夜明けまえ うな
「目が覚めて 俳句に熱に魘されて」     太聖 8/19

「眠れるか 病の痺れ 熱になり」       太聖 8/19



 鐵舟が宗演に
「鐵舟は禅を極めて宗演に 仏教修行 唐天竺へ」太聖 8/19


  禅の教え
「禅修行 案山子になりて鳥祓う 鐵舟教え宗演にあり」太聖
8/19


 
  鐵舟に倣い
「鐵舟に禅和歌倣い富士を観る 案山子に倣い リハビリをする」
                                 太聖 8/20






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 北大路魯山人の作品を、本物を見たことの無い人にも、 魯山人十二話 8/11
 判るニセモノ鑑定をお教え致します。三堀太聖
 週刊誌の週刊朝日の9月二週目にと電話あり、3、4、ページ予定 
 生江有二様 namanama1370@ybb.ne.jpへ送信 8/11
ヤフーでは、保障の魯山人でなければ、未鑑定の物は、ほとんどニセモノ魯山人です。
  魯山人館館長 三堀太聖
 北大路魯山人の作品を、本物を見たことの無い人にも、判るニセモノ鑑定を致します。
鑑定する作品を見なくても、話に伺えば90%以上、判ると思います。 三堀太聖

生江有二 公照箱書きの魯山人は、どちらもニセモノですか?
 鑑定一、そうです。どちらもニセモノです。 三堀太聖
生江有二 家元の箱書きの魯山人は、どちらもニセモノですか?
鑑定ニ、そうです。どちらもニセモノです。 三堀太聖
ニセモノの家元の箱書きとして、参考にされればと思います。
生江有二 魯山人の共箱に初代陶々庵の箱書きのものは、どちらもニセモノですか?
鑑定三、そうです。どちらもニセモノです。 三堀太聖
初代陶々庵(黒田 領治)は、北大路魯山人の共箱には、
     極メ箱書きは絶対にしなかったのです。
生江有二 二代陶々庵の箱書きの、北大路魯山人の作品はどうですか?
鑑定四、最近は、黒田二代陶々庵・黒田和哉氏の箱書きの、ニセ箱書きも少し出てます。
二代陶々庵の箱書きも、保障を確かめると確実に判ります。 三堀太聖
     ヤフーに於いては、家元の箱書きも保障がなければ殆どニセ物の様です。
生江有二 未鑑定と書かれている、魯山人の作品はどうですか?
鑑定五、 保障でなければ、ほとんどニセモノです。 三堀太聖
出されている方は、ニセモノと判っているので、鑑定には出しません。
鑑定に出していないから、未鑑定と書かれている様です。
生江有二様 鑑定一、〜鑑定五、の方法で、ヤフーをご覧頂ければ、
      魯山人のニセモノの作品は、90%以上、判ると思います。
生江有二様に、ヤフーで、確かめて観て下さい。 三堀太聖

魯山人のニセモノの作品について考えると、ニセモノは小さな地雷の様に思えます。
時には、大きな被害を与えますが、ニセモノと判っても自分で処理出来ないでいます。
地雷より厄介なものかも知れません。地雷の様に、公に処理はされて無いようです。
三堀太聖
 今回忙しさに、忘れていた何かを思い出しました。生江有二様に感謝致します。
 北大路魯山人の作品を、確かな本物を一つづつでも、ご覧頂ければとも思います。
 魯山人作品の鑑定極メ箱書がなくても、判る様な時代が、
 私は、直ぐ其処まで来ていると思います。 早々、太聖  
    *左手で打つので、打ちマチガイには、失礼致します。





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     2005/11/27 筆、太聖