左手の吾随筆 1、
久方の光りのどけき秋の日に創める。
紀貫之の土佐日記に、吉田兼好の徒然草に想い、左手に認める。
太聖
9/23

二匹遊んでる 万葉仮名の「尓」、「仁」「尼」も、平仮名で「に」
「秋晴れに くも子石積み鬼ごっこ」 太聖
9/27
左手の吾随筆 1〜3、纏めて
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左手の吾随筆 1、 久方の光りのどけき秋の日に創める。 紀貫之の
土佐日記に、吉田兼好の徒然草に想い左手に認める。 太聖 9/23
星山へ行くバスの中より見える、途中の後藤さんの隣の家の、石組 壁に、
蜘蛛の子が、土蜘蛛の子か、二匹遊んでる。 九月二十一日
二匹遊んでる
「秋晴れ尓 蜘蛛の子壁に鬼ごっこ」 太聖 9/21
万葉仮名の「尓」、「仁」も、平仮名で「に」、
徒然なるままに、日暮し左手にパソコンに向かひて綴る。
ケァセンターの送迎のバスの中で、
やまとうたの弟子里佳乙女に蜘蛛の子の、戯れ遊ぶ様子を直ぐに言うが、
脳が俳句の脳に成って無い様で、興味を示さない。平石さんの蜜柑が生る
話には耳を傾ける乙女、仕事には真剣に、後藤さんを気遣いバスに乗せる。
運転の一番旨い、虻を素手で捕まえる人の運転で、バスは黙々と走り出す。
又一つ、和歌の何か、俳句や、やまとうたが生まれる何かを、悟りました。
オセロの師で、吾が弟子に、感謝!。最近は、オセロもできぬほど、忙しく働き、
俳句も浮ばないほど忙しく、その姿哀れに見え、仮装にフラダンスに、職員の
休む時間も無く踊り、歌う姿にも、又、哀れに見え、職員自身の送別会に、
人の詠む俳句、和歌には一切判らずの、涙の出ない人でも、
自分に涙する姿には、寂しさと、哀れを感じる今日この頃です。
吉田兼好、兼好法師の徒然草を、読み返す様な気持ちに、湯沢庵に記す。
無量法師 太聖
9/23
二匹の蜘蛛の子が飛び跳ね、狩に戯れ遊ぶ様子は微笑ましい
兄弟、姉妹か、秋晴れの日の幼き日を思い出す
「秋晴れ仁 蜘蛛子石積み 鬼ごっこ」 歌人太聖 9/23
いしつ
万葉仮名の「尓」、「仁」「尼」も、平仮名で「に」
「秋晴れに くも子石積み鬼ごっこ」 太聖 9/27
紀貫之の古今集を詠むに、いつも想う事
「いろはにほ 誰が考え 創りしか」 太聖 9/23
「そのひとのなを たれかしるらん」 老鶯 9/23
平仮名の「に」の字は、「仁」と「尼」の漢字より、平仮名に創りしと、
吾考え、確信し、目覚めると、平仮名の「に」字が、左手に書ける様に、
今生った。実る様に、平仮名が、一つ又、一つ実を結び創めた、今年の秋。
稲の穂も黄金色に生り、私の言の葉も歌も実る秋を迎えた。 歌人太聖
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左手の吾随筆 2、 久方の光りのどけき秋の日に創める。 紀貫之の
土佐日記に、吉田兼好の徒然草に想い左手に認める。 太聖 9/25
左手の筆 歌人太聖
昨日は曇り、今日は台風も行過ぎるか、光りのどけき秋の日になった。
富士の山田舎の庵の袂、湯沢橋より望むと、爽やかな青富士の姿を、
見る事ができる。湯沢橋も、国道469号線も、この先は、富士を歌詠む、
うたひと歌人の道として、春は鶯、夏時鳥に、秋は虫の音に、冬には人の
心をあたためる和歌、俳句、やまとうたを詠う、うたひと歌人の声が、
湯沢の庵の中まで、聴こえてくる様だ。
星山にて、リハビリセンターで、創めて左手に、筆を持ったのが今年の
七月の初めである。右の障害の回復を考え、左を使う事を意識して
使わないでいた。病に倒れ六年を過ぎ、今年に入り、痺れ痛くなり、
益々痛くなり、気晴らしに左手に握ったのが、くれ竹筆ぺんである。
母が書き物を、メモを認めていたのが、くれ竹筆ぺんである。
自分で詠った和歌を、A4の紙に、くれ竹筆ぺんで認める。
何度も書く、書き直す事は大変と心がけ、筆を創める、孫悟空と瓢箪を
詠った和歌は、たどたどしくも、健全な時の右手で書く字よりも数段味があり、
自分でも驚いていると、近づく乙女、さる年の職員が覗き見て、是非下さい、
身内が富士宮で飲み屋をやっているから、其処に飾りたいと突然言われ、
さる歳のえにし縁と、さし上げた。
そして、魯山人の漢詩を、漢字を、くれ竹筆ぺんでA4の紙に、認める。
湯沢庵に帰り、数枚を書くが、書けば書くほど下手な、嫌な字に成る事が
判った。左手の筆の創めての悟りである。左で真剣に書くと、右手、
右側はガクンと悪くなる様なので、心して下手でやめる、拙い字も悟った。
字を書く、認める事は素晴らしい、今年一月より創まりし俳句、和歌を認め創める。
くれたけ筆ぺん、今、改めて感謝!感謝!、ありがとう!。
俳句に俳句禅に、和歌にやまとうた尓、くれたけ筆ぺん尓、記す 太聖
左手に筆もち くれ竹筆ぺんの社長 綿谷 基様に感謝し、詠む
「筆をもち 生きる明かしを認める」 身障者に優しい筆に 太聖 9/11
「人に優しく くれたけ筆ぺん」 鶯 9/11
「人麻呂倣い くれたけ筆ぺん」 老鶯 9/11
富士山の暮れ岳に詠う くれ竹筆ぺんで記す
「赤富士のくれたけの赤 筆ぺんの黒」 赤と黒 鶯 9/11
「青富士もくれたけは赤 筆ぺんは黒」 老鶯 9/11
「赤と青 筆ぺんは黒スイカは緑 筆ぺんに赤青緑欲し」 太聖 9/11

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くれ竹筆ぺんに記すうちに、この道に希望をみつけ、達した心を読む。
左手に筆もち
「筆をもち生きる明かしを認める 人に優しく 私をみつめ」 太聖 9/11
「瓢箪から駒を」和歌に詠みて 七月の初めに、左手に筆尓記す
「瓢箪に酒呑み吸われ孫悟空 虎にかわるか 駒になり出で」 太聖 6/20
ある時、孫悟空、腰の瓢箪の酒を、呑みかさねるうちに、ある事を
思いつき、体を小さくして、瓢箪に入り、酒の海でたらふく、酒を
呑んでいた。ふざけ虎に成り遊んでいると、瓢箪の外から、
「たれかおる!たれかおる!」と、三蔵法師様の声、
虎に成った孫悟空あわてて、瓢箪の外に出たいがと考える、
白い駒になり出でり、白驢(はくろ・白い驢馬ロバ)も出でり、
なんと瓢箪から二頭出でり、三蔵法師様この様を、吉の兆しとみて
大変に喜び、その白驢にのり孫悟空従え、天竺に向ったと。
尚、孫悟空の腰の瓢箪は、中国唐時代の道士、八仙の一人とされた
張果老の瓢箪と想えり。 老鶯 6/20
呂山人作 赤呉須漢詩扇面向
「孤鉢千畆餅 布衣一身纏 飽食何所作 騰ヽ老太平」呂
千の畝の餅、一つの鉢に餅のやまがあり、布が掛けられている、
私も着がえて、さて、飽きれる、ビックリ満足する料理はどの様に
作るか、まだまだこの年をむかえ楽しいよ。呂 魯山人
魯山人の漢詩に、やまとうた和歌二首ささげん
「魯山人 器をまえに餅のやま 如何につくるか穏やかにみて」 太聖 7/3
「餅の山蒸すか焼くかと呂山窯 漢詩扇面 筆赤呉須で」 太聖 7/3
餅の山を前に、蒸すか焼くかと考えたが、結局の所、のせる筈の
呉須扇面向に、この今出来たばかりの漢詩を赤絵で書き、
呂山窯で焼く事にした魯山人。
右手がつかえなくても
「拙さに拙さかさね筆をとる」 太聖 7/3
I cannot use a right hand. however .. Haiku poem zen Takakiyo 7/3
「I put on awkwardness in awkwardness and write to a brush. And it realizes.」
世界に、俳句禅とやまとうたが広がれば、くれ竹筆ぺんも世界に広がります。
創業者、綿谷奈良吉様に謹んで、やまとうたを捧ぐ。 歌人 太聖
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「瓢箪から駒を」和歌に詠みて 七月の初めに、左手に筆尓記す
「瓢箪に酒呑み吸われ孫悟空 虎にかわるか 駒になり出で」 太聖 6/20
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左手の吾随筆 3、 久方の光りのどけき秋の日に創める。 紀貫之の
土佐日記に、吉田兼好の徒然草に想い左手に認める。 太聖 9/28
宮沢賢治 絶筆二首 The two final writing
「方十里稗貫のみかも 稲熟れてみ祭三日 そらはれわたる」
「病(いたつき)のゆゑにもくちん いのちなり
みのりに棄てば うれしからまし」
宮沢賢治の最後の時の、賢治の清清しい気持ちを詠みとってしまうのは、
私だけなのか。その最後の最後まで、人の面倒を、話を聴いて、そして、
清清しく死んでいく。稲穂のみのりを見て、嬉しく死んでいく。歌人私は
涙を流し、絶筆二首を詠みかえす。 歌人 太聖
左手に筆もち
「筆をもち生きる明かしを認める 人に優しく 私をみつめ」 太聖 9/11
辞世の和歌の話です。和歌を詠む人は、生きた明かしを(証し)最後に
認める。宮沢賢治の絶筆二首を紹介する事に、迷っていた私が、人の和歌、
辞世の和歌を、54年ぶりに詠み詠い、母の娘へのメッセージを紐解いた。
星山にて メモ書きに、母の和歌が判らないと言われ、和歌を詠む。
「木犀のほんのりにほう 夜の庭」 川口みさを 9/25
「母のノートの 和歌想い出し」 太聖 9/28
「木犀の香りにうたを 詠み初め 優しい母の思い出の声」 太聖 9/28
辞世の和歌 歌人 太聖 平成17年9月28日星山にて詠み、涙する。
「木犀の香り哀しや秋深み ふたたび夏の 訪れて来ぬを」渡辺いし
昭和25年
47歳
左手に記す 太聖
「秋が深くなり、木犀の香りが、終わる様にうすくなった。
私も来年の夏は、むかえることがない様に思ひ。」と記すと涙が溢れ出す。
続いて、私の左手の筆が書き創める。
「母より娘へのメッセージを書きのこす。
和歌を詠む様になったら、詠んで下さい。私の辞世のうたです。
母渡辺いし、娘川口みさをへ、」と記すと、私は声をだして涙を流した。
辞世の和歌と判り、54年ぶりに詠み詠い、母の娘へのメッセージを紐解いた。
その涙は、母渡辺いしさんの涙が、私の目から溢れたのか、
歌人の涙か、辞世の和歌の何かを、悟り目覚めた瞬間です。 歌人 太聖 9/28
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辞世の和歌 歌人 太聖 平成17年9月28日星山にて詠み、涙する。
「木犀の香り哀しや秋深み ふたたび夏の 訪れて来ぬを」渡辺いし
左手に記す 太聖 昭和25年
47歳
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辞世の和歌と判り、54年ぶりに詠み詠い、母の娘へのメッセージを紐解いた。
その涙は、母渡辺いしさんの涙が、私の目から溢れたのか、
歌人の涙か、辞世の和歌の何かを、悟り目覚めた瞬間です。 歌人 太聖 9/28
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続いて、私の左手の筆が書き創める。 太聖
「母より娘へのメッセージを書きのこす。
和歌を詠む様になったら、詠んで下さい。私の辞世のうたです。
母渡辺いし、娘川口みさをへ、」と記すと、私は声をだして涙を流した。

辞世の和歌と判り
「母しるす いにしえ文に涙する 和歌詠み創め母の声聴く」
代り詠む歌人 太聖
9/29
I understood as poetry of Japan of the syllable of 31 of farewell poetry.
「The mother wrote me. It weeps for an old.
If a 31-syllable Japanese poem is read. A mother's voice can be heard.」
Poet who instead reads
Takakiyo
辞世の俳句と辞世の和歌
The haiku poem of a 17-syllable death poem,
and the 31-syllable Japanese poem of a 17-syllable death poem
川柳 ユーモアのある日本の詩
a senryu; a humorous Japanese poem.
左手に筆もち
「筆をもち生きる明かしを認める 人に優しく 私をみつめ」 太聖 9/11
やまとうた尓詠う
「和歌俳句 詠めぬ哀れを和歌に詠む 川柳ならば直ぐにも読める」
太聖 9/29
川柳は575を守る。俳句575、和歌57577、和歌俳句は字余りでもよし。
575を守り、作れば、直ぐに川柳はできる。誰にでもできる、川柳句です。
川柳は儚く、お茶を頂く様で、何度も聞くと空しく、味もうすく感じられる。
けれど、一煎めは、非常に美味しく頂ける。薬だと思えば、何杯も頂ける。
皮肉に比喩の効いた川柳も、その様に思える。
薬草ではなく、川柳は雑草になり、俳句が育つ芽を、俳句が見えなく
なつてしまつた事がある。川柳より俳句へ、和歌へ、やまとうたへ、繋がり、
沢山の人々の歌う、詠う声が溢れる倭、日本へ、今創まる。 歌人 太聖
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左手の吾随筆 4、 久方の光りのどけき秋の日に創める。 紀貫之の
土佐日記に、吉田兼好の徒然草に想い左手につれづれに認める。 太聖
北大路魯山人の作品を、本物を見たことの無い人にも、
判るニセモノ鑑定をお教え致します。A4に1枚書いたが、 三堀太聖
コメント謝礼は、朝日新聞社からの5000円、5月頃からの収入の全てである。
耀けるお金である。

今日10月11日に銀行に入金を確認、エプソンのプリンターPM-A900の
インクが買える、これで歌集の印刷が出来る。ありがたい! 6月に、
鎌倉の店を手放して、7月には、車エルグランドも手放した。
歌集を創め、石川啄木に、宮沢賢治の気持ちが判る。
売り食いは7年に成る。髪も床屋も我慢する。魯山人館も
家賃と維持費の20万を考えると直ぐに閉める心算に、...
歌集今古今集「鶯」一、〜六、 「鶯」十二「俵万智一人百首に、歌合せ」
新聞「鶯」1〜8、9、10、英字入り 左手の吾随筆1〜5、を纏めて。
(印刷は左手に一日に1セットが限界です。)
日本人の半分以上が、和歌、俳句が詠めない、判らない状態に驚いて、!
和歌俳句、やまとうたを、沢山の人に判って頂ける様に、日本の心を、
魂の歌を、日本を元気にする、世界を魂より蘇れさせる努力を創めました。
趣旨に賛同して頂ける人々の、義援金を募ります。 義援金「鶯」
1円より幾らでも、宜しくお願い致します。 歌人 三堀太聖 10/10
"鶯uguisu" of a contribution 富士宮市山宮104-1 0544-26-1370
歌集今古今集「鶯」、新聞「鶯」、左手の吾随筆は、只今は無料配布です。
An anthology "今古今集鶯", a newspaper "鶯",
and "左手の吾随筆" are free distribution.
Please give
me a contribution.
下記口座にお願い致します。 A bank account is the
following.
みずほ銀行 インターネット支店 普通 口座番号 1462658
ミツボリ シュウ 富士宮市山宮104-1 0544-26-1370
郵便貯金総合 記号10240−番号3877481 収支は新聞「鶯」に掲載。
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左手の吾随筆 4、 久方の光りのどけき秋の日に創める。 紀貫之の
土佐日記に、吉田兼好の徒然草に想い左手につれづれに認める。 太聖
北大路魯山人の作品を、本物を見たことの無い人にも、 魯山人十二話 8/11
判るニセモノ鑑定をお教え致します。三堀太聖

A4の紙に認めるも
「贋作を 本物知らず判るには 私をみつめ本物みつめ」無量法師 太聖
ニートンのりんご尓 10/3
「りんご観て りんご言葉を使わずに 知らぬ人には教えられぬや」太聖
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北大路魯山人の作品を、本物を見たことの無い人にも、 魯山人十二話 8/11
判るニセモノ鑑定をお教え致します。三堀太聖
週刊誌の週刊朝日の9月二週目にと電話あり、3、4、ページ予定
生江有二様 namanama1370@ybb.ne.jpへ送信 8/11
ヤフーでは、保障の魯山人でなければ、
未鑑定の物は、ほとんどニセモノ魯山人です。
魯山人館館長 三堀太聖
北大路魯山人の作品を、本物を見たことの無い人にも、
判るニセモノ鑑定を致します。
鑑定する作品を見なくても、話に伺えば90%以上、判ると思います。 三堀太聖
生江有二 公照箱書きの魯山人は、どちらもニセモノですか?
鑑定一、そうです。どちらもニセモノです。 三堀太聖
生江有二 家元の箱書きの魯山人は、どちらもニセモノですか?
鑑定ニ、そうです。どちらもニセモノです。 三堀太聖
ニセモノの家元の箱書きとして、参考にされればと思います。
生江有二 魯山人の共箱に初代陶々庵の箱書きのものは、
どちらもニセモノですか?
鑑定三、そうです。どちらもニセモノです。 三堀太聖
初代陶々庵(黒田 領治)は、北大路魯山人の共箱には、
極メ箱書きは絶対にしなかったのです。
生江有二 二代陶々庵の箱書きの、北大路魯山人の作品はどうですか?
鑑定四、最近は、黒田二代陶々庵・黒田和哉氏の箱書きの、
ニセ箱書きも少し出てます。
二代陶々庵の箱書きも、保障を確かめると確実に判ります。 三堀太聖
ヤフーに於いては、家元の箱書きも保障がなければ殆どニセ物の様です。
生江有二 未鑑定と書かれている、魯山人の作品はどうですか?
鑑定五、 保障でなければ、ほとんどニセモノです。 三堀太聖
出されている方は、ニセモノと判っているので、鑑定には出しません。
鑑定に出していないから、未鑑定と書かれている様です。
生江有二様 鑑定一、〜鑑定五、の方法で、ヤフーをご覧頂ければ、
魯山人のニセモノの作品は、90%以上、判ると思います。
生江有二様に、ヤフーで、確かめて観て下さい。 三堀太聖
魯山人のニセモノの作品について考えると、
ニセモノは小さな地雷の様に思えます。
時には、大きな被害を与えますが、ニセモノと判っても
自分で処理出来ないでいます。
地雷より厄介なものかも知れません。地雷の様に、
公に処理はされて無いようです。 三堀太聖
今回忙しさに、忘れていた何かを思い出しました。生江有二様に感謝致します。
北大路魯山人の作品を、確かな本物を一つづつでも、
ご覧頂ければとも思います。
魯山人作品の鑑定極メ箱書がなくても、判る様な時代が、
私は、直ぐ其処まで来ていると思います。 早々、太聖
*左手で打つので、打ちマチガイには、失礼致します。
北大路魯山人と歌人太聖Toppageへ、
週間新聞「鶯」にもどる
歌集「鶯」を覗く
topにもどる
記述日 2005/11/27
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