| 4月15日 (日) |
桂春団治とゆれる |
15時に家を出てバスと地下鉄に乗って東銀座まで行き、歩いて新橋演舞場へ。藤山直美と沢田研二共演の『桂春団治』を観劇。5年前、藤山寛美の13回忌追善公演で観た同作が素晴らしかったのと、『芋たこなんきん』で久しぶりに直美の芝居にふれて生が観たくなったため。ジュリーの芝居、見事。やはり、声がいい。立ち姿もいちいち決まり、もてもての春団治になりきっていた。前回は中村勘九郎(現・勘三郎)が春団治を演じていたが、ジュリーの方がこの役にはあっている。 帰宅後、深夜、予約注文までして買ったくせにずっと放置していたDVD『ゆれる』を観る。ちょっとちょっと、すげえ出来映え。凄い映画だ。家族の中にあるささいな偽善すら許さない脚本と、それに応えるオダギリジョーと香川照之の演技が素晴らしい。エンディングを観終えて思わず「ひぇ〜」と声をもらしてしまった。西川美和監督に感心し、早速、デビュー作の『蛇イチゴ』を注文。DVDと一緒に買った、小説『ゆれる』もぜひ読もう。 ラストにこちらを向いた香川の微笑を思い出しながら、苦微笑睡。 |
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| 4月14日 (土) |
知の花畑 |
しばらく仰ぎ見てしまうような青い空に感じ入りながらも、外出するまでには至らずセルフ自宅軟禁。狂い咲きする黄と赤のチューリップを眺めながら終日書見に励む。城山三郎さんの作品を読むのは久しぶりで、普段読む文章世界とは違う味わいが新鮮だった。 ところで、この読書は「中央公論」で連載している「遺書拝読」のためなのだが、この連載によってこれまでは読まなかった人物の本や、遠い昔に読んだ本を再読する機会が毎月やってくる。何にしろ、この年齢になってくるとどうしても趣向が一定の方へ傾いてしまいがちだから、こういった企画はありがたい。新刊ばかり読むより、時には、古書を漁って故人の代表作にふれることの方があきらかに新鮮なのだ。新刊と古書の併読、あるいは交互読みはぜひお薦めしたい読書法であります。 未来が無限かどうかは、実はかなり怪しいが、過去に知の花畑があるのは、間違いない事実だ。 |
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| 4月13日 (金) |
その猿は私だ |
のんびりと起きだし、諸々連絡をすませ、ちょっとだけパンを食べてコーヒーを飲み、珍しく机に向かって書見。角田光代さんの11年前の小説を読む。丁寧に書かれた小品で、少し強引な運びに好感をもった。続いて小川洋子さんの文章を読む。こちらも丁寧に言葉を紡いでいる。静かな矜持。 そろそろ出かけようか、と思ったら16時を過ぎていた。しまった。お目当てのファーブル昆虫館は17時までしか開いていないのだ。諦める。そこでまた読む。そして、新たな本を6冊注文。抱えている問いについて考えながら夜を迎え、20時40分、麻布十番へ。編集者Aさんと合流し、「あん梅」で会食。金目鯛の煮付け、〆鯖、初鰹のたたき、生しらすなどを食しながらいろいろ話す。意見し、意見を求める。答えなどないが、愉しい。その後は河岸をかえ、某所のバーへなだれこむも、金曜日とあってか混んでいてカウンターに座れず、間抜けなテーブル席でテキーラ。 帰路、つくづく思う。どんどん過去になっていく今を思う。なんだか、洗濯機の中にまぎれこんだ猿のぬいぐるみを俯瞰しているような感がある。泡に洗剤に水に渦に、何より時間に呑まれてぐるぐる回っている。無論、その猿は私だ。沈んでいく毛や汚れが、果たして過去なのか。ひょっとしたら、それが未来だったりしてな。 右の腋のあたりがもがれそうだ。 |
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| 4月12日 (木) |
腑は抜けぬ |
腑抜け者になって終日過ごす。とはいえ、腹は減る。眼は疲れる。花の香は肺に満ちる。油断すれば腹はくだる。猫の爪にひっかかれた手首にはうっすらと血がにじむ。つまり、腑はあるのだ。臓も、うごめいている。 五臓六腑は、ときに鬱陶しい。 |
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| 4月11日 (水) |
酒で洗い流す |
夜中に起きだし、2時半から最終の推敲にとりかかる。9時半、終了。しばらく動けないまま眼前に立ちあがった最終場面を眺めてしまう。 我にかえってデータ原稿を送信し、11時前にバイク便でK田さん宛てに送付。スカスカになった頭で植物や猫たちの世話をし、何も食べずに本を読む。15時過ぎ、懸案の散髪に出かけ、ぼさぼさの頭に今年初めて鋏をいれてもらう。途中で寝てしまい、起きたら雨が降っていた。雨の中を走って家に戻り、郵送されてきた雑誌類を次々に読み、それから入浴。さっぱりして外出し、「acalli」で本日初めての食事をとる。生ビールを飲んでから野菜サラダをつまみ、フィレ刺しの甘味に舌鼓をうって赤ワインを手にとり、次にワカサギのオリーブオイル揚げに箸を伸ばして日本酒に走る。その後も車海老のせんべいなどを食して酒を飲み、帰路、「あら喜」に顔をだして不二才を一杯だけ飲んで流浪の人となる。この数カ月に溜まった疲れを酒で洗い流すような気分で飲み続け、結局、また疲れを重ねて卒倒睡。 酔狂。 |
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| 4月10日 (火) |
体重と黙読 |
ウータ、7歳の誕生日。緊急に体重を計ると、7.6kgもあった。先日ダイエット命令を出したばかりだというのに。しかも、昨年の日記を見ると、当時は6.7kgだったのだ。本格的に対策を練らねば(彼奴は今、食事をおえてわたしの足もとで眠りについた)。 こちらは、K田さんから届いた原稿への疑問出しをチェックしながら読み直し。黙読、音読、精読、……。気がつけば夜の帳がおりていた。頭をフラットにするために21時半、早々にベッドに入る。 |
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| 4月9日 (月) |
セルフ自宅慰労 |
| 前夜から6時まで推敲をやり、9時まで寝てまた続きをやる。14時、どうにか終了。ふらふらになってK田さん宛てにデータ原稿を送り、電話をかけ、ベッドに倒れこむ。夜、宮川本廛三田店から出前をとってうな重をとり、珍しく自宅でビールを飲む。ささやかなセルフ自宅慰労。その後、ゴミ捨てをやり、どどっと届いた見本誌をいくつか眺めるも、文字が眼につらくて頓挫。根をつめた生活の疲労は自分でも推し量れないものだ。躯と相談しつつ深夜のテレビを見つめ、フラットな感情を抱いて眠りにつく。 |
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| 4月8日 (日) |
推敲と改稿の果て |
都知事選の投票と食事の他はずっと推敲。その一方で、登場人物を一人減らすという改稿も試みる。これ、難事。結果的に、あらためてこの人物が不可欠の存在だったことを思い知る。奇妙な成果ではあるが、3ヶ月間近く考えながら書き、書きながら考えきたのだから、当然といえば当然なのだろう。 それにしても疲れる。 |
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| 4月7日 (土) |
十番で雨に降られて |
| 前夜、および前日までの疲れが出たらしく、昼過ぎまで熟睡してしまう。起きてからも躯がだるく、しばらくソファで漫然と過ごした後、小説をプリントアウト。改稿するための読み直し。夜、麻布十番まで行き、「あべちゃん」が満員だったので居酒屋「十番」で食事をとる。そして、「永坂更科 堀井」で日本酒と蕎麦で仕上げて外に出ると、雨が降っていた。春雨だからと気にせずに濡れながら歩き、コーヒーを飲んで店の壁に掛かった絵を眺めていると雨があがった。地下鉄に一駅分だけ乗って帰宅。ほろ酔いにまかせて再び漫然とし、もろもろの雑事に思いを巡らせて夜を更かす。 |
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| 4月6日 (金) |
人間、40年も生きれば |
7時、起床。松坂大輔投手のMLB初勝利を祝しつつイチゴ3粒を食べ、8時より推敲。15時までに終え、バイク便でK田さん宛てに送る。その後、しばし放心。昼食をとらずに「週刊朝日」のゲラ校正をやってファックスでH山さんに戻し、電話でいろいろ話す。ボストンからキイウエストへのアメリカ東海岸縦断、いいよな。スタインベックも書いていたが、アメリカには世界中の気候があるから大変な目にも会うだろうが、それだけに一層うらやましい。 18時からゆっくりと風呂に浸かり、躯の汚れを落とし、ほぼ1ヶ月ぶりに「あら喜」へ出かける。カウンターでN身さんとあれこれ談笑。新じゃがには白ワインがよくからむ。N身さんが帰られた後は一人で黙々と食べ、21時半、K田さんを迎える。K田さん、顔色悪し。胃カメラを飲んだとのこと。40代になれば、誰もがどこかしこにガタが出る。酒をひかえてもらいながら小説の改稿ポイントについて話し合い、1時間ほどで散会。会社に戻るというK田さんを三の橋で見送り、一人、河岸をかえていろいろ考える。考えるも、なんせ躯は朝型生活に慣れきっているので頭が回らず、帰宅後、恐ろしいまでの昏倒睡。 |
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| 4月5日 (木) |
推敲の合間に風呂掃除 |
| 朝から昼まで「週刊朝日」の書評原稿を書き、編集部へ送信。それから昼食をとって小説の推敲に移る。まずは最終章を練り直して最後まで行き、そこで一旦中断して机の前を離れ、リビングのソファに深く座って各場面の情景を思い浮かべる。漏れはないか。過剰はないか。登場人物たちはちゃんと生きているか。言葉は偏ってはいないか、……などなどと考え、気になればすべてノートをとっていく。そうするうちに日が暮れ、今度は詩人たちの文章をしばらく読んで夕食。夜、訂正すべき具体的な箇所だけはすべて直し、風呂掃除をやってから就寝。 |
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| 4月4日 (水) |
桜とともに舞い散る雪 |
朝からスタインベックの『チャーリーとの旅』(竹内真/訳 ポプラ社)を読む。午後3時過ぎに446頁を読みおえて外を眺めると、東の空に巨大な積乱雲が沸き上がり、その上空に分厚い暗雲が垂れこめるという不吉な光景がひろがっていた。それからしばらくして再び外に目をやると、積乱雲が消え、空いっぱいに墨色の雲が貼りついているではないか。さらには街も、部屋の中も急激に暗くなって間もなく、突然、雷鳴が轟いた。昼前から昼寝をしていたウータもオランも顔をあげ、閃光を見つめ、轟音に耳を伸ばし、やれやれといった風情で寝室へと移動。 ついには雨が降り出し、ベランダに出て寒さに震えながら上空を見上げていると、なんと雪が降ってきた。ぽかんと口をあけたまま、しばし不動。今年の天候はどこまでも飽きさせない。意地になってこちらの思惑を裏切っているようだ。こうなったら夏にも雪が降らないものか、と妙な期待を抱きつつ室内に戻り、「週刊朝日」の書評を書く。その合間には、小説の加筆ポイントをノートに書き連ね、推敲の準備を整える。 |
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| 4月3日 (火) |
とりあえず、脱稿2本 |
| 6時過ぎ、起床。6時半より創作。朝食抜きで書き続け、10時半、ついに脱稿。131枚。そのまま「Nile's NILE」の連載原稿を書く。今回は、「詩」について言及し、蜂飼耳さんの詩集やエッセイ本を素材として活かす。13時前には担当のMさんに送信し、やっと食事にありつく。その後は、書評用の本を読みながら選抜高校野球の観戦。接戦だったが、終始、なぜか穏やかな気配が球場全体に漂っていた。実は、疲れているから眠ってしまってもいいや、と思っていたが、結局眠らずに本を読み続け、23時、就寝。 |
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| 4月2日 (月) |
最近は、こんなんです |
生きたまま記してみよう。 4時50分、起床。洗顔。5時から創作。8時、中断して朝食。昨夜の残りもの。8時30分〜11時30分、創作。パン2種類で昼食。ふっとソファに横になり、そのままうたた寝。はっと起きだし、バカバカバカと自身の頬をぶって洗顔、荒れた額に保湿液をぺたぺた。 リポビタンDを一気飲みし、15時30分〜20時、創作。コンビニ弁当(塩カルビ丼)で夕食をすませ、21時から「さあエンディング!」と息巻くも、机に向かって半時間で精根尽き果て、夢遊病者のように寝室にす、すすっと歩いていって卒倒睡。 |
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| 4月1日 (日) |
外は桜まつり |
早朝5時半、何年かぶりにウータに猫専用のリードをつけ、マンション裏にある松坂公園に向かう。満開の桜の下に抱えていたウータを降ろすと、ウータ、その場からまったく動かない。家猫の悲しさか、ついには恐怖のあまり震えだしてしまい、しかたなくまた抱いてやる。ダイエットのための運動は、ウータには無理かもしれない。 その後、仮眠をとって昼から創作。松坂公園では桜まつりがはじまり、ガラス越しに太鼓の音が聴こえてくる。ドドンドドンドン、ドドンドドンドン……。うるさい、が文句を言うわけにもいかず、それだけに一層集中する。旅館の浴場を舞台にした際どいシーンを書くうちに太鼓の音も気にならなくなり、そのまま夜まで書き続ける。どうにか最終章にこぎつけたところで体力、気力が空になり、迷うことなく寝室に逃げこみベッドに倒れこむ。 寝入る直前、次に書くべき場面とやりとりが鮮明に浮かんできた。嬉しかった。 |
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| 3月31日 (土) |
机前の人 |
| 終日、迷うことなくセルフ自宅軟禁。机前の人。それでもちょっとずつしか舞台は進まない。焦れば文章が粗くなるから、疲れたらすぐに横になる。腹が減ったらすぐ食べる。久しぶりに浜寿司さんから出前をとり、早々にベッドの人となる。3月が終わってしまった。 |
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| 3月30日 (金) |
どっぷり |
| 6時半、起床。昼過ぎ、本日グランドオープンした六本木ミッドタウンを玄関前から撮影した(「作品と猫と猫」を参照ください)他は、終日自宅内で創作。どっぷり作中世界に浸っていて、食事と排泄のときだけこっち側に戻ってくる。寝ているときも、脳内にはあいつとこいつがいて動き回っている。海も山も、田園も空も、薄墨色の雲の流れまでよく見える。生身は入浴を忘れているのに、作中は、大浴場の場面へと向かっているのだから、……なんだかな。早く終わりたい気持ちでここまで来たはずなのに、このままどこまでも書き続けたい気持ちが高まりつつある。 |
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| 3月29日 (木) |
手羽先考 |
午後、進行中の作品の調べもののために品川駅構内へ。それは何だ、と問われれば、「雷おこし」と答えておこう。確認のために一箱買って山手線に乗り、田町へ移動。夕方とあって、駅前は仕事帰りのビジネスマンやOLさんたちでごった返していたが、その中をぬって初めて「世界の山ちゃん」三田店へ入ってみる。ホールを担当するのはインターナショナルな若者たちで、注文のやりとりにも気をつかう。 ちなみに、「世界の山ちゃん」は創業21年を迎えたらしい。私が名古屋から東京に移る直前に1号店がオープンしたことを思い出す。つまり、私の東京生活も、この夏で21年目となる。同社の本部は、私が引っ越しするまで住んでいた東区葵にあるようだ。 さて、名古屋名物と自称している手羽先の味だが、私は「風来坊」の方が好きだな。「世界の山ちゃん」のべたっとした甘辛よりも、「風来坊」のぴり辛の方がリズムがあり、食欲にのっていけるからだ。そもそも身が薄い手羽先だけに、軽快に何本も食べなければ腹はふくれないからリズムは重要なのだ。そんな感想を抱いて早々に店をあとにし、てくてくと歩いて帰宅。寝不足の上にビールを飲んだためか、まったく踏んばれずに昏倒睡。 |
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| 3月28日 (水) |
春の測定 |
| 朝、春の体重測定を実施する。61kgだった。引き続き、2匹の猫の測定に移る。ウータ、7.4kg。オラン、3.8kg。即刻、ウータのダイエットが決定する。(「作品と猫と猫」に、ウータの写真を掲載) |
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| 3月27日 (火) |
ひとつだけ |
ひとつだけ、教えてくれ。 今日は、何月、何日だ?
上記は、畏友いしいしんじの新刊『みずうみ』の帯文だが、私はいま、このとおりの情況下に在る。 |
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| 3月26日 (月) |
ひきこもりの人参 |
ひきこもって5日もたつと、躯がなまるどころではない。筋力の低下で背中が曲がり、まるで猫だ。せめても、と思い、2匹の猫とどどもストレッチに励むとすぐに腹が減り、食事だけはきっちりがっつりとっている。こりゃ肥るな。そう覚悟してまた机へ、疲れてベッドへ。1年も2年もひきこもっている人たちは、どうやって体調を管理しているのだろうか。機会があったら聞いてみたい。 一段落したら平日の温泉へ出かけよう。自ら人参をぶらさげて今日に没入しつづける日々である。 |
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| 3月25日 (日) |
夜の毛ガニの夜 |
昼前に函館から届いた毛ガニを、夜、『風林火山』を観ながら食べる。例年より大きめの毛ガニを分解し、ぷりぷりの身をほじくり出して蟹酢に浸け、いざ喰らう。蟹味噌も、無論すべて。鋏や専用の小道具まで使って、甲羅、一本一本の脚の付け根、関節までいただく。一杯全部喰らいつくしたら、とっくにドラマは終わっていた。指さきはふやけてぶよぶよになっていた。 毛ガニの興奮が覚めるのを待ち、夜中になってやっと創作。朝までやり、91枚。舞台はやっと刈谷に移った。もっと書かなくてはいけないのだが、もう頭が朦朧として言葉が出てこない。寝るしかない。 |
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| 3月24日 (土) |
夢も現も |
| 朝まで書いて「中央公論」のゲラ校正をやって戻し、10時半に就寝。夕方に起き、23時半にはまた就寝。夢も現(うつつ)もわたしのものだ。 |
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| 3月23日 (金) |
時間が溶けていく |
| 昼夜逆転まではいかないが、起きているときは食事か、原稿を書くか、猫たちの下の世話か、書見で過ごし、他はひたすら眠っている。時間が溶けて部屋にこもっているようだ。世間が遠ざかる。それが嬉しい。「あら喜」のお父さん、お母さんからいただいた「坊ちゃん団子」を3本食べて、またベッドの人となる。 |
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| 3月22日 (木) |
風邪、克服。書くのみ |
2時半に目覚めしてまい、しかたなく書見で時間をつぶし、あらためて薬を飲んで寝る。その後も、起きては食事をとり、薬を服用して眠るを繰り返す。とにかく早く治したい一心。18時半に3度目の起床をしてみると、かなり快復していた。よっしゃ、という思いで机に向かうも、やはり今ひとつ。頭が軽い、というか脳がすかすかで思考する力が出てこない。まだ微熱があるらしく、1枚書いて力尽き、ベッドへ。しかし、夢の中でも原稿を書いたり読んだりしている自分に呆れ、ならばと4度目の起床で机に戻る。今度は頭も動き、言葉がスムーズに出てきてくれ、朝まで書き進めることができた。 もう大丈夫だ。書くだけだ。 |
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| 3月21日 (水) |
春分に風邪をひく |
3時起床。ピーナッツバターが塗られたパンを食べ、コーヒーを飲んでソファに座し、哲学。夜が明け、あらためて朝食をとり、入浴。髪を乾かしながらベランダに出てしばらく植物と戯れる。清々しい朝を堪能して机に向かう。 昼食をとるのも忘れ、16時までぶっとおしで「中央公論」の連載原稿を書く。池田晶子を思う。考える。考える。どうにか脱稿し、推敲して送信。それから着替えをすませて髭を剃り、外出。編集者Aさんと会い、その後、焼肉を食べる。途中、突然咳が出る。おやおや。やっぱり咳が出る。朝、入浴後にベランダで遊んだのがよくなかったのか。とはいえ、ここで風邪にやられるわけにはいかないので、ニンニクを多めにとり、酒をひかえて白飯を食べ、野菜サラダを大量に口に運ぶ。いつもならもっと話をしたいところだが、会食後、すぐにタクシーに乗って帰宅する。 悪寒がタップを踏むように背中でうごめく。新しい部屋着に着替え、エスタックイヴを飲んで21時半、ベッドの人となる。 |
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| 3月20日 (火) |
「ながいきしたいなあ」と鴨が言った。 |
今月号の「新潮45」を開き、西原理恵子さんの連載マンガ「鳥頭日記」を読んで気になってはいたのだが、今朝、鴨志田穣さんが亡くなった。死因は腎臓ガン、42歳だった。西原さんのマンガは、すでに彼の死を覚悟して描かれていた。澄みきった作品で、哀しみが、美しい。 終日、哲学。 |
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| 3月19日 (月) |
戦闘モード |
昨日の惰眠が効をそうしたのか、躯が妙にうずうずしはじめ、ならばとゴミ出しを種類別に3回やり、それからコンビニと書店に出かける。雑誌2冊、ムック1冊、新刊本1冊を買って帰り、続けざま、アマゾンでCD4枚、翻訳本1冊を注文。それからゆっくりと食事をとり、新聞3日分と週刊誌月刊誌各1冊ずつをまとめて読み、満をじして机に向かう。 体力の回復はやはり必要だったらしい。遅い夕食をはさんでも疲れを感じずに順調に書き進め、累計77枚。推敲もかねてここまで書けばよし、と切り上げ、眠くなるまで書見に移る。だが、手にした本が哲学書とあって頭がさらに戦闘モード化し、眠気をおぼえることなくポストイットと赤鉛筆を手に朝を迎えてしまった。まずい。昼夜逆転の予感。 |
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| 3月18日 (日) |
ばりばり |
| 終日、ベッドの人となる。寝過ぎて、腰も背中もばりばり。 |
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| 3月17日 (土) |
植物と言葉 |
創作に集中が進むほど、生活は荒んでくる。頭の中で動き出した登場人物に振り回され、思考だけでなく言動行動まで支配されかねない。自分の生活が誰か他人のそれと重なっている感覚。実は、かなり危険な時間の渦に身をおいているのだろう。とても人に会う気になれない。そんな日々の中でちょっとだけ気持ちになごみを感じるのが、ベランダで咲く季節の花々や新葉をつける木々の枝ぶりを眺めるときだ。それはきっと、それらの植物に変化があるからだろう。わずかであっても、花の色が濃くなり、葉が輪郭を大きくし、枝の張りがみなぎりだす。だから、起きたらまず水をやる。それは、萎んだ自身に水をまいている行為に違いなく、かすかながら生きている実感をおぼえる。 寒気の中、一輪だけ狂い咲きしているチューリップを中心に水をやり、また机の前へ。紫陽花の葉が数をふやしつつ厚くなっている。ぐみの白い花が蜂の来襲を静かに待っている。四季咲きの薔薇が、春の蕾を淡々と膨らませている。植物と言葉の関係は、どこかで幸福とつながっているようだ。 |
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| 3月16日 (金) |
”おさぼり脳”を引きつれて |
父、83回目の誕生日。「他人の時間」に登場する”爺ちゃん”のモデルであり、終戦を今のホーチミンで迎えた元兵士でもある。ボケることもなく生きている。じっと考えると不思議な思いが湧きあがる。 夕方、夜中から朝にかけて創作。書いていない間は考える。閃いたことはとにかくメモをとり、考えることをつづけ、さてとまた書き出す。考えないときは書見。どんどん”おさぼり脳”に負荷をかけ、ちょっとでもいいからこれまでとは違う場所へ行ってみたい。そうでなければ、新しい作品を書く意味がないように思う。 創作とは、脳内未開地探索の成果なのかもしれない。その場所にいくには、まずは腰をすえ、向き合い、考え、検証することが必要条件らしい。その上で、各自、十分条件を模索する。着想までは愉しいが、その後はどれをとっても難義な作業だ。 |
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| 3月15日 (木) |
マッチ売りの少女訓練 |
ウータに起こされて目を覚ますと、期待どおり12時半だった。コーヒーを飲み、着替えをすませて芝税務署へ向かう。確定申告最終日とあって、出入り口まで人が並んでいた。とはいえ、2分ぐらい並んで必要書類を渡しおえ、ぷらぷらと商店街を歩く。田町の駅前から慶応大学までつづく古い商店街には、昼下がり特有のどんよりとした気配が漂い、すれ違うビジネスマンの顔もちょっと弛緩気味だ。OLも、学生も、ばあちゃんたちも。きっと、満腹の人間は戦争をしないだろう。ふとそんなことを考えながら春日通りにさしかかったところで、困惑した顔の新米OL風の女性に声をかけられる。 「私、○○○○・ラインという会社の者なんですけど、倒産することになって今、在庫処分をやっています。よかったら一つ買っていただけませんか」 彼女はそう言って左肩に抱えていた黒く大きなトートバッグを開け、そこから拳大の列車の玩具を取り出した。 「これ?」 「はい」 バッグの中には同種の玩具が大量につめこまれていた。 「いやあ」わたしは手を振って歩き出した。「がんばってね」 昔からある販売方法である。ひょっとしたら、新手の営業研修かもしれない。名付けて〈マッチ売りの少女訓練〉。垢抜けない、疲れたスーツを身にまとった彼女が、もう少しはどんよりとした昼下がりを楽しめるよう願いながら歩きつづけ、DJ・OZMA御用達の「盛運亭」で炒飯とラーメン。名物店主と今年のセ・リーグの順位予想をやって店を後にし、三の橋に戻って「さくら苑」でコーヒーを飲む。間もなく「acalli」のKくんがやってきて、Suicaの威力や懲りない詐欺師について話しこむ。17時過ぎ、Kくんの「おっといけねぇ店あけなくちゃ」で散会。こちらも長い昼下がりを終え、小川書店で雑誌を3冊と新書を1冊買って帰宅。いつか、麻布三の橋を舞台に小説を書きたいなあ。 |
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| 3月14日 (水) |
申告前夜、まいど |
3度の食事休憩をはさみつつ珍しく机に向かい続け、24時まで創作。64枚。そこですぱっと切り上げ、リビングで確定申告の準備に移る。電卓をぼこぼこ叩き、去年の今頃を思い出して頭をかいたり、途中、すでに結果を知っているサッカーの日本VSマレーシアの録画放映にうつつをぬかしたり、起きだしたウータとオランに邪魔されながら計算と記入をやって6時前に清書を終える。腰が痺れ、朝日が眩しい。 問題は、税務署が開いているうちに目を覚ませるか、だな。さあ、急いで眠ろう。 |
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| 3月13日 (火) |
土佐噺で酒を飲む |
強い風の中、散歩がてら郵便局へ行って諸々振込みをすませ、三田寺町(4丁目)をぶらぶら歩く。墓地販売のために駐車場の改修・拡大にいそしむ寺が目立つ。来客対応なのだろうが、なんだかな。本末転倒の感は否めない。 帰宅後、18時半まで創作。会話が復活する。19時過ぎ、「あら喜」にてK田さんと合流。昨年の11月末以来。沖縄の問題、それらに関する本土の大物文化人らの対応などについて話をはじめ、酒と食事が進むにつれ、次作の話や学生時代に体験した高知酒地獄秘話を語り、さらには次々作以降の話にまで言及する。話はつきないのだが、K田さんの「肉を食べませんか」という言葉にのって「acalli」へ移動。とっておきのサーロインとフィレを100gづつ焼いてもらい、2人で歓喜の雄叫びをあげながらぱくぱく喰らう。当然、赤ワインもぐびぐび。 完全にできあがって店を後にし、「盛運亭」に突入。ビールを飲み、餃子を食べ、仕上げはラーメン。腹、限界。K田さんを見送って帰宅し、迷うことなく昏倒睡。これで今週の外食は終了。後は、書くべし。べしべし。 |
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| 3月12日 (月) |
いけない塩カルビ |
何度も小休憩をはさみながらとにかく創作。爆発している髪を切りたいが、机を離れるのが面倒くさくてそのまま。茂木健一郎さんみたいになっている。ぼおっとしていると洗顔も歯磨きも忘れそうだ。 作品自体はあいかわらず書いては直しのくりかえしで、自分が暗闇の中を匍匐前進している姿が天井にはっきりと見える。舞台はまだ東京から動かない。 夜中、2時半まで書いて腹が減り、いけないことと知りながら塩カルビ弁当をかっくらって満腹睡。 |
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| 3月11日 (日) |
休憩の課題 |
夕食まで創作。『風林火山』を見ながらがっつり食べ、食べ過ぎて横になっていると、牛ではなくぽっこり腹の猫になってしまう。傍らにはウータまでやってきてひたすら休憩。気がつけば、原稿を書いていた時間よりも休憩の方が長くなっていた。食事をからめて中断すると、いつもこうなってしまう。机に向かったままとれる食事に変えようかとも考えるが、ひきこもり生活の数少ない楽しみを失ってしまうようで踏み切れない。腹をさすりながらコーヒーをもって創作にもどったのは、日付がかわってからだった。 3月は、時間と競う収穫の季節である。 |
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| 3月10日 (土) |
春、逡巡 |
終日、無為の人。無能の人。不能の人。不同の人。 春、逡巡。 |
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| 3月9日 (金) |
義経千本桜で小休止 |
朝から創作。14時半まで休まず書き、累計51枚。それから巻寿司と味噌汁で遅い昼食をとり、入浴してから外出。地下鉄に乗って東銀座まで行き、歌舞伎座へ突入。三月大歌舞伎『義経千本桜』の夜の部へ。 同作は、先月あがった『仮名手本忠臣蔵』や『菅原伝授手習鑑』とならび称される通し狂言なだけに、本来なら昼夜続けて観るべき作品なのだが、執筆も佳境にはいった身でそんな贅沢は言ってられない。まずは四幕目、片岡仁左衛門演じるいがみの権太の威勢のよさ、芝居の切れ味の鮮やかさに感心。そこだけ別格の雰囲気が漂う。中村扇雀は討ち死にする小金吾を熱演。五幕目の「すし屋」では、仁左衛門の切れ味、気品が舞台全体を覆って華のある死と別れの場となる。片岡孝太郎のお里、よし。そして、大詰の「川連方眼館」。ここはもう尾上菊五郎の名人芸を堪能するばかり。勘三郎の狐までは派手でないものの、この演目を完成させた本家ならでの抑制されたケレンが淀むことなく流れ、狐の舞いへと連なってうなってしまう。美しい。娘の結婚話でワイドショーに登場しつつも、64歳の人間国宝はしっかりと舞台の人でありました。 さあ明日からは、こちらはまたセルフ自宅軟禁の人となってしこしこ書くばかり、なり。 |
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| 3月8日 (木) |
あらためて池田晶子という人は |
| 終日、セルフ自宅軟禁。影絵と幻聴について考えながら小説を進めるが、影と幻に前進をはばまれる。それにしても、今週号の「週刊新潮」に載っている池田晶子さんの連載最終回は、ちょっと凄い。死後10日後に、本人が書いた「墓碑銘」なるエッセイを読むことになるとは。日常の思索によって体得した知性が、清々しいまでの死別の記を残している。死にまつわる日本語はもうずいぶん読んできたけれど、こんな文章、初めてだ。 |
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| 3月7日 (水) |
何もそこまで |
朝から14時半まで創作。着替えて家を出、地下鉄で日本橋まで行き、そこから地図を見ながら兜町にある日本ペンクラブへ。16時、委員になって2年目にして初めて、言論表現委員会に出席する。恐縮しながら会議室に案内され、各委員にご挨拶。委員長は猪瀬直樹さん。副委員長は「創」編集長の篠田博之さん。勝手がわからないまま充実した資料を読み、「国民投票案」への対応に関する議論を聴く。その後は、元「週刊現代」編集長の元木昌彦さんからの「オーマイニュースの現状と課題」について話をうかがう。 18時過ぎに終了し、猪瀬さんと別れてタクシーに乗り、逃げるように銀座に向かう。まずは「D・ハートマン」でモルツの小瓶を飲み、特製カツサンドを食べてジントニックで口直しをすませ、HIGHLAND12年、MACALLAN12年をロックで一杯ずつ飲んで店を後にし、今度は「あら喜」へ。ものすごい混み具合に何も注文できないまま不二才を飲み、隣で品良く食事をされていた初老の男性2人と話す。客が減ってから〆鯖を食べ、今年になってまだ訪れていたなかった「acalli」へ上がり、赤ワインを飲んでガーリックライスを喰らい、店を終えてきたT夫くんと打ち合わせどおりに慶応大学近くのバーへ移動。ぜんぜんダメな店だったのですぐに会計をすませ、歩いて帰る。その途中、思いつくまま、慶応のプロレス同好会をモデルにした架空の話をする。短篇。タイトルは、「今年の馬場」。T夫くん爆笑。「おもしれぇ!!」と褒められる。三の橋で散会し、ふらふらになって帰宅。何もそこまで、と自身につっこみを入れながら昏倒睡。 |
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| 3月6日 (火) |
盛運、それは〜 |
| ぐっすり眠って起きだし、昼から創作。14時過ぎに中断し、15時、有楽町の談話室へ。「週刊朝日」のH山さんとコーヒーを飲みながらエディトリアルについて諸々話す。16時半にマリオンの前で別れ、降り出した雨に追われながら有楽町駅に逃げこむ。最寄りの田町駅からはタクシーに乗り、自宅手前で降りて「盛運亭」へ。腹がへってしかたなく、炒飯とラーメンを黙々と喰らう。ヤクルトの選手御用達だけあって、「盛運亭」は量が多いのだ。ぽっこり膨らんだ腹を支えながら帰宅し、雑誌と新聞を読んで消化が進むのを待つ。21時にようやく机の前に戻り、24時半まで創作。黙々。 |
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| 3月5日 (月) |
いい感じ |
朝から創作。途中、昼食をとった後、少しだけ国会中継を観る。予算審議に関しては、衆議院よりも参議院の方が内実がある。それがなぜかは考えることなく、高見順の『いやな感じ』(文藝春秋)をしばらく読み、机に戻り、21時半まで書き続ける。鉄板から水が蒸発するように脳から言葉が消え、激しい空腹感を覚え、風呂に入って「あら喜」へ。ひとりで行くのは1月以来。 生ビールを飲み、空豆、蛍イカの釜揚げ、焼き筍、蝦夷アワビの刺身など旬の味を堪能する。不二才もロックでぐびぐび。元気になる。まだまだ生きていけそうだ。お土産に炊込みご飯をもらい、星が出ている夜空を見上げながらぶらぶら帰宅。明日は啓蟄。 |
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| 3月4日 (日) |
天気がいいから |
寝不足は承知で8時に起きる。あまりに天気がいいから、だ。 午後、麻布十番まで散歩し、春の花を3鉢買い、「永坂更科堀井」で蕎麦を食って帰途につき、途中でコーヒーを飲んで帰宅。日があるうちに植え付けを終えてついに体力が燃え尽き、19時過ぎには寝床の人となる。 |
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| 3月3日 (土) |
池田晶子さんの訃報 |
朝、新聞をひらいて声をあげてしまった。池田晶子(本名・伊藤晶子)さんが亡くなっていた。腎臓ガン、しかも先月末にだ。「週刊新潮」の連載が、今週は休載になっていて気にはしていたのだが、……頭が痺れた。 彼女とは、NHKラジオの生放送で90分間対談したり、2度ほど食事をしたり、酒を飲んでいろいろ話した。きっかけは、わたしが彼女の本を題材に書いた書評だった。私の本はいろいろあって書評されることがないから、と彼女は話し、いたく喜んでくれていた。 今ほどには有名ではなかったが、あの毅然とした様は当時(7、8年前)、すでに完成していた。哲学とは、考えることである。よく生きるために、まずは「生きる」ことを考える。だから、「そもそも生きるとは何か」を問うところから考える。考える。その行為に寄与しないものは、他人がどう崇めようが、金をぶちこもうが、「私」には意味のないこと。彼女はそんな自身の発言のとおりに生きていた。同じ年齢ながら、畏怖すべき人物だった。 対談の際、「死」はわからないと語っていた。死は他人のもの、とわたしが返すと、それすら怪しいと指摘された。それから、「死後」について2人で語りあった記憶がある。スタジオは張りつめていたが、実に愉しい90分間だった。 衝撃が鎮まってから懸案の新連載原稿。21時半、ようやく脱稿。 |
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| 3月2日 (金) |
春の作業 |
朝食後ベランダに出、陽光を浴びながら小一時間、薔薇と山モミジの剪定で過ごす。これは毎年恒例の春の作業だ。 午後、CSで映画『クルーシブル』(ニコラス・ハイトナー監督 '96)を観る。17世紀後半、アメリカのマサチューセッツ州セイラムで実際に起きた魔女狩り事件を題材にした作品だが、原作はアーサー・ミラーがマッカーシーイズムに抗するために書いた戯曲、『坩堝(るつぼ)』だ。宗教やイデオロギーに凝り固まった人間が犯す罪についてとても丁寧に描いている。いったん火がついたら手がつけられない集団心理の怖さがまざまざと伝わってきた。単なる宗教劇に終わらないように村で最も敬虔な男と召し使いの女の淫行をからめ、ストーリーの綾を濃くしているが、ダニエル・デイ・ルイスとウィノナ・ライダーの熱演がその狙いに見事にこたえていた。 夕方から、「Nile's NILE」の新連載原稿。1回目とあって文章のリズムやトーンを何度も試行し、時間だけがどんどん過ぎていく。全体の構成が見えるまでやって中断。久世光彦さんの命日であるこの日、二度と机の前に戻ることはなかった。 |
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| 3月1日 (木) |
茶の人 |
| 7時半に起きるも、頭の中にアルコールが漂っている。ぼんやり、ぐったり。首から下も気配を察してくぐもっている。たかだか2日連続で酒を飲んだだけなのに、と哀しみをおぼえる。お茶が妙に美味くてしかたなく、終日、茶人となって過ごした。昨日の夕刊を読むように、白々しく3月がやってきた。 |
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| 2月28日 (水) |
今年二度目の偲ぶ会 |
午後、実家の母と電話。今週号の「週刊朝日」に掲載されているインタビュー記事を見たらしく、内容にはいっさいふれずに、ちょっとふっくらとした顔写真をネタに談笑する。 その後、少しだけ創作。18時過ぎには着替えて外出し、銀座へ向かう。先月の亀谷の命日に顔をあわせられなかった横里を迎え、河村と3人で今年二度目の偲ぶ会。場所は、先月と同じ「よし田」だが、今回は3階の個室で湯豆腐やもろもろの小料理を食べ、焼酎のそば割を飲みながら話しこむ。最後はいつものように胡麻だれでざる蕎麦をいただき、水田店長が待つ「D・ハートマン」に流れ、まずは亀谷が愛飲していたストラスアイラで乾杯。それから23時半まで話し、横里と2人でタクシーに乗って帰る。 こうなったら、月命日が来るたびに飲むのも悪くないと思う。 |
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| 2月27日 (火) |
触覚を失った蝸牛 |
朝から日が暮れるまで創作。昼食後、昨日にひきつづき古い映画、『駅馬車』(ジョン・フォード監督)を観だしてしまったが、ぐっとこらえて机に戻る。とはいえ、原稿は馬車のようには走ってはくれず、触覚を失った蝸牛のようにふらふらと弧を描きながら次の登り坂にさしかかる。 19時、「あら喜」へ。「週刊朝日」のH山副編集長とS'木さんと会食。S'木さんとは初対面と思ったら、何と12年前、彼が就職活動中に会って話をしていたらしい。その上でリクルートに入社したのだと聞き、のっけから恐縮する。また、わたしを主人公にした実話ビデオ「もう一人の男ありて」も観ていると告げられ、あらためて採用の怖さを思う。わたしはリクルート時代、10年余りにわたって採用の手伝いをしてきた。人事を通して学生からリクエストがあれば、時間を割いて彼らに会い、質問に体験で答えた。毎年数十名、多い年には100名を超える学生と向き合った。なお、S'木さんは3年でリクルートを辞めて朝日に移り、今にいたっている。ますますの活躍を祈るばかり。 一方、気心が知れたH山さんからは、本にまつわる諸々の話以外に、かなりシビアな話をお聞きする。短期、中期の両面にわたる課題なのだが、酒と食事が進むにつれ、持論を一気に披瀝する。シビアなテーマはシビアに答えるしかなく、思わず真剣に語ってしまった。 最後は鮪の漬け丼と甘エビの味噌汁でしあげて店を後にし、三の橋の交差点にさしかかったところで、T夫くんに呼びとめられる。なんとわたしは、せっかくH山さんにいただいた2冊の本、『迷子の自由』(星野博美)と『うたのおくりもの』(姜信子)を店に忘れてしまったのだ。H山さんに面目なく、何度も謝罪。 それから男3人、よたよたと歩道を歩いた。 |
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| 2月26日 (月) |
異状と異常、とりあえず無し |
8時、起床。昼過ぎまで創作後、ミートソーススパゲティを食しながら、BS2で『西部戦線異状なし』(ルイス・マイルストーン監督 1930年)を観る。第一次世界大戦下のドイツ軍を舞台にしたこの大作の後半、「老人がはじめて若者が戦う」のが戦争、と主人公が叫ぶ。まったくそのとおりなのだが、今にいたるまで戦争は続いている。相変わらず老人がはじめ、若者が戦い、傷つき死んでいく。まったくの不毛だが、この不毛が有史以来続いているのはなぜか。「必要悪」などと都合のいい言葉で片づける気はないが、おそらく大きな理由は2点あると考えている。ひとつは、構造の問題。現在なら産業構造の問題となる。戦争があれば潤う、戦争がなければ収益が確保できない企業と人々がいる限り、戦争は文字通り「必要悪」となる。もう一方は、人間の人間たる本質的な問題。名誉、自尊、自衛といった、それだけなら決して悪くない言葉が、「国家」や「国益」なる言葉とくっついて声高に語られはじめると、ぐぐっと戦争が身近に寄ってくる。集団催眠がはじまる。イラク攻撃に邁進したアメリカのように。かつて2.26事件のあったこの日、ふとそんなことを考えてしまった。 その後、冷え冷えとした表参道まで出かけ、懸案の眼科検診を受ける。異常なし。その足で、青山ブックセンター本店に向かい、『ブレヒトの詩』『ルサンチマンの哲学』(以上、河出書房新社)、『幻獣標本採集誌』と『幻獣標本博物誌』(ともに江本創、パロル舎)を買って帰る。 夜は、眠い眼をこすりながら歌舞伎の本を読み、日がかわって直後、昏倒睡。 |
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| 2月25日 (日) |
会議中に熟睡して金縛りにあった彼女 |
安息日。寒い。チューリップ、順調に育っている。 『風姿花伝』(世阿弥 岩波文庫)を再読し、それから『気になる部分』(岸本佐知子 白水社)を読む。彼女は翻訳家としていつも珍妙で面白い小説を日本に紹介してくれているのだが、そのエッセイもまた珍妙で面白い。日常生活におけるマイノリティ感覚を基盤に、それにふさわしい文体でもって諸々のエピソードをつづっている。どこか似たものを感じてしまう。だから、読みながら洩れる笑いも、どこか自嘲的。苦笑しながらうなずく始末。 でも、だからこそ、お薦めであります。 |
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| 2月24日 (土) |
春眠対策、打つ手なし |
| 未明に起き出し、9時半から13時半まで創作。冒頭から見直し、削り、加筆する。疲れる。その後、昼食をとりながらゼロックススーパーカップを観る。何だか、……どうしたレッズ。それから本を持って寝室へ行き、眠りに落ちるまで書見。夜半に目を覚まし、さくっと食事をしてしばらく起きて後、あらためて就寝。書く、読む。これ以外はもう寝てばっかり。春眠がはじまったようだが、せめて散歩ぐらいせねば。 |
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| 2月23日 (金) |
さぼるとこうなる |
5時、起床。諸々の本をちらちら読み、どれも読み続けられずに小説のトーンについて悶々と考える。創作は、ちょっとさぼると必ず不安(なんてくだならない作品を書いているのか。そんな行為は無為の極みでしかないのでは、といった自己嫌悪)に襲われるようになっている。つまり、だからこそ毎日書くことが大事で、不安も課題も、書きながら解消、解決していくしかない。 気分転換にビデオ『枝雀落語大全』第三集を観る。演目は『崇徳院』と『兵庫船』。今は亡き桂枝雀は奇才の人だが、その落語はとにかくせわしない。やたらと右手が動き、顔が変化し、滑舌に難がありながら早口とくる。だが、彼ならでは、という面白みが確実にある。巧い、とは違う、強烈な印象。そんなことを考えるうちに昼になる。頭の中では、あいかわらず作品への問いが渦巻いている。落語と歌舞伎の本を読む。詩人のエッセイをまとめて読む。 夜、テレビで『隠し剣、鬼の爪』を観る。『武士の一分』より構成が優れていて、最後まで楽しめた。 結局、机には向かわずに寝床の人となる。 |
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| 2月22日 (木) |
手直しの一日 |
3時、起床。届いていた「週刊朝日」のインタビュー原稿を読んで沈黙。気分転換に、資料として取り寄せたウリ専ボーイに関する本を2冊読む。いつの間にか夜が明けていて、散歩ついでにコンビニへ。週刊文春と週刊新潮やサンドウィッチなどを買って戻り、朝食をとりながら週刊誌4誌を読む。その後、腹を決めて原稿の直しにとりかかり、難渋の上、編集部へ返送。それからさくっと外出して用件をすませて帰宅すると、直しを吸収した原稿と、「中央公論」のゲラが出ていた。どちらも本日中に戻してほしいとのこと。もう一度気合いを入れなおし、24時ぎりぎりまでかかってどうにかやり終える。 日が変わって半時間後、ウータと抱擁する間もなく昏倒睡。 |
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| 2月21日 (水) |
この陽気 |
| 朝からぽかぽかの陽射しを浴びすぎ、正午前には、人間がダメになる。きっと今年は、例年よりも早く街中に危ない人々が登場することだろう。合掌。 |
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| 2月20日 (火) |
机に向かう手続き |
| 掃除をし、段ボールを捨て、ペットボトル類のゴミを整理し、猫のトイレから排泄物を取り出し、ストレッチで身体をほぐし、さあと息んで机に向かう。6時間ぶっ通しで「中央公論」の連載原稿7枚強。どうにか脱稿し、推敲して編集部N西さんへ送る。ぐったり。でも、やっぱりすっきり。もう寝よう。 |
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| 2月19日 (月) |
必然の弱さ |
終日、セルフ自宅軟禁。小説のための資料本を読んで過ごす。疲れるたびに、伊勢の外宮前にある「せきや」で買ったまぜご飯を二杯ずつ喰らう。美味。 夜、テレビをつけると、年老いたPP&Mのポールが横田めぐみさんを支援する歌を唄っていた。その後、「I shall be relesed」や「風に吹かれて」を唄う姿もちょっとだけ流れた。ポールにはまったく興味はないが、選曲には興味をもった。ボブ・ディランは健在だが、ザ・バンドのメンバーのうち2人は故人となっている。 ところで、吹かれて解放されるのは、いったい誰なのか。そんな人物は、果たしているのか。拉致問題に深い関心をもってもらうのは、日本人としてはありがたいこと(横田夫妻が涙するのは自然)だが、アメリカのアーチストが訴えるテーマは、もっと身近にあるんじゃないのか。アメリカ、という国の存在の危険を思えば、いくらでもあるだろうに。どうするんだ、大義のない「正義の戦争」で死んでいく兵士、イラクの内乱、イランの核、世界最大の二酸化炭素排出……。 おそらくそこには、日本の団塊の世代(フォーク世代)をターゲットにしたマーケティングが働いているんだろうな。わりと初歩的で、ベタな仕掛け。うがった見方のようんだが、長年仕掛ける側にいた人間としては、そこにある必然の弱さが気になるのだ。だから、モニターに映るポールも、それを紹介しながら語る筑紫さんも、とっても都合良く映ってしかたなかった。20日には、安倍首相の前で唄うという。そこまでやるなら、まずはアメリカ大統領の前で、ぜひ。ポール。 |
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| 2月18日 (日) |
下北沢で談春を聴く |
8時まで原稿を書き、9時に寝て12時過ぎに起き、ぼおっとしたまま着替えをすませて下北沢に向かう。春風亭昇太がプロデュースする下北沢演芸祭、「立川談春」を聴くのだ。場所は、「劇」小劇場。強引なまでのギュウ詰めで設けられた100席の最後尾に座り、それでも間近に見える談春の噺に聴きいる。昇太トリュビートとあって、まったくタイプの違う談春が昇太の真似をしてみせ、その上で昇太の持ちネタを演じる。原作は6分なのだが、とりあえず噺が終わると、それをアレンジして現在の落語界をモチーフにもう一度。ここに書くのも憚れるようなブラックな批評をちりばめたその展開に、会場は爆笑の連続となる。大丈夫か、円楽党。 中入り後は、まくらもなくいつものように長い古典を演ったと思ったら、さすが談春、間髪入れず昇太の新作「愛犬チャッピー」に突入し、がらっと場の空気を変えてみせた。犬を演じる談春。さきほどまでとは違う種類の笑いが会場にはじける。そんな、彼のしたかかな立ち振る舞いにのせられ、飽きることなく時間がすぎた。 終演後は、近くの店でハートランドを飲み、広島風のお好み焼きとホルモン焼きを喰らい、ヴィレッジバンガードで本を3冊買い、「カフェ タス ヴァリエ」でコーヒーを飲んで余韻を楽しむ。しかし、寝不足ばかりはどうしようもなく、コーヒーを飲んでもあくびを連発。早々に帰途の人となる。 |
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| 2月17日 (土) |
絶句の朝 |
東大副理事長、10日に痴漢行為で逮捕され、16日諭旨免職。 朝、テレビを観ていて思わず絶句した。竹さん、よりによって痴漢とは。新聞紙上(産経)で言い訳を読んでさらに気が滅入る。
夜中、創作。亀の歩みで、まだ34枚。 |
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| 2月16日 (金) |
その時、光は。 |
いい天気ですな。でも、せいぜいベランダで植物に水を撒き、ゴミ出しついでに玄関前から富士を遠望するぐらいしか外気とはつきあわない。 昼間、DVDで『The LAST WALTZ』を観てにそにそする。1976年11月25日、THE BANDの解散コンサートに集まった錚々たるゲストたち。ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、エリック・クラプトン、ヴァン・モリソン、そして名付け親でもあるボブ・ディラン。最後には、リンゴ・スターとロン・ウッドまで加わり、「アイ・シャル・ビー・リリースト」を全員で唄ってみせた。伝説となった一夜、最後の舞踏会。監督は、自らインタビュアーも務めたマーティン・スコセッシ。エレキギターを弾きたくなったが、なんせ、わたしのギターの5弦と6弦はもう20年近く切れたまま。仕方なくウクレレを弾いて平静にもどる。 夜中、ずっと創作。7時間ぶっ通しで書くも、半分は原稿を睨みつけている。文章の推敲よりも、そこにいるはずの人物を観察し、洞察し、ふさわしい言動、行動を模索するために時間を費やす。その時、光は。音は。 この日記を書いていないと、きょうが何日で何曜日なのか、まったくわからなくなってしまう日々だ。 |
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| 2月15日 (木) |
春の海 |
20時前まで創作。ちょっとだけ前進する。着替えをしながらウータに話しかけている途中、自分が作中人物の言葉遣いになっているのに気づき、一人恥じ入る。「恥かかせんじゃないわよ」まるで美川憲一だ。気をとりなおして家を出、編集者Aさんと会い、初めての店へ突入し、鳥取は大山の地鶏をつかった焼き鳥を手始めに、もろもろ小品を喰らって話す。佐島の蛸が四切れはいった蛸酢、なかなか。さらに、春野菜をつかった天麩羅を塩でいただき、ついつい焼酎が進んでしまう。期待が薄かっただけに、なんだかとっても得をした気分になって店を後にする。
酢につかる 蛸に光りし 春の海 |
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| 2月14日 (水) |
間尺を戻せ! |
昨晩は早目に寝たのに昼近くまで爆睡してしまった。11時間強。そんな自分に驚きつつ、予定どおりボブ・ディランのDVDを観る。113分間。モニターの前からまったく動けぬままじわじわと高揚感を覚える。スコセッシ監督の編集の巧さにも感心。 粗食で腹を満たし、夜中まで創作。目で読み、声で読む。その後、眠くなるまで、と手にとった本を朝まで読んでしまう。これでは、2日分寝て、2日分起きているような生活になりかねないと不安になる。たしか、そんな生活を送りながら世界一の長寿になったお婆さんがいたことを思い出し、気が滅入る。 ことさら自律はむずかしい。 |
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| 2月13日 (火) |
ディラン。視界に過去がはりつく |
上映時に見逃した『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(マーティン・スコセッシ監督 2005年)のDVDが、南米奥地から届く。嬉しい。自分でレコードを買いはじめた頃、すでにディランは神様と称されていた。エレキを奏で、絶賛と罵声のどちらも通過していた。一方にはジョン・レノンという神様がいた。わたしが買い求めたのは、ディランだった。リアルタイムで買った新作は『Desire』。15歳だった。 コーヒーをもう一杯くれないか。 ディランはそう唄っていた。 とってもなつかしい。蘇ってくる記憶が鮮明すぎると、DVDの映像が目に届かない。視界に過去がはりついて息がつまる。だから、みうらじゅん氏の『アイデン&ティティ』でも読んで、明日になったら観ようと思う。 |
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