| 7月28日 (水) |
試行って |
18時過ぎ、シャワーを浴びてちょっと散歩でも、と出かけたもののすぐに暑さにやられて「あら喜」へ逃げこみ、生ビール。冷奴、加賀太きゅうり、谷中生姜、しったか貝をつまんで兼八のロックを呑んで帰宅後、あらためてシャワーを浴びて汗を流し、『神話が考える』(福嶋亮太 青土社)を少し読む。副題は「ネットワーク社会の文化論」で、著者は1981年生まれとある。自分が体験してきた社会の変化を、それを後にテキスト等から学んだ世代がどう読解し、論考を展開しているのか知ることはそれだけで興味深い。と同時に、それは自分がこれまでに行ってきた近い過去への思索にも響いてくる。 福嶋さんは現在28か29歳だが、おれがその歳を迎えたころ、日本はバブル景気のど真ん中にあり、そこで考えた日本、世界の文化論はいったいどんなものだったか。まだソ連があり、ネットも携帯電話もなかった時代。若造の編集長として忙殺されていたころだが、ベルリンの壁の崩壊をテレビで観て「解放と閉塞」を予感し、方々で持論を語ったことは覚えている。文化論ではなく、たしか民族と宗教について考えた上での発言だった。マスメディアでは、浅田彰さんが同じようなコンセプトで「open&close」と語っていた記憶がある。そして、90年代以降とりあえずその予想は当たり、2001年9月11日を迎えたのだが……。そこで露呈した命題については、おそらく死ぬまで考えていくしかないだろう。いや、考えつつ表現していくためにも福嶋さんのような若い俊才の本を読み、その一方で神話や縄文についても考え、このどんづまりの世界と向きあってあれこれ試行したいとは思っている。(自分で書いておきながらなんだが、「試行」って言葉、ちょっと引くなぁ) |
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| 7月27日 (火) |
バカボンのパパよりバカなパパ |
| 赤塚不二夫さんの娘さん、りえ子さんが書かれた『バカボンのパパよりバカなパパ』(徳間書店)。もうタイトルを見ただけで間違いないと察し、そして読んでみた。希代のギャグ漫画家を父にもった人の視点でなければ、つまり彼女の視座からしか見えない赤塚不二夫像がそこにあり、それだけに深い喜びと哀しみが伝わってくる。最初の奥さんと赤塚さんとりえ子さんがいっしょに暮らしていたころの写真も多く掲載。編集者時代に赤塚さんや再婚相手の眞知子さんから断片的にお聞きした話がつながってゆるやかな線となり、うなずくついでに涙を浮かべたり、笑ったり。まいったな。単なる故人を偲ぶ手記の域をかる〜く超えている。 |
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| 7月26日 (月) |
森先生 |
森毅先生が亡くなった。「就職ジャーナル」でつかさんの連載をはじめたころ、森先生には相談企画の回答者として何度もご登場いただき、その度に上京された際の定宿、「山の上ホテル」へ足を運んでお会いした。池波正太郎が愛でた天麩羅屋で食事をし、酒を呑めない先生とお茶をすすりながらゆっくりと談笑。それだけでなごんだ。「ダ・ヴィンチ」創刊後は五木寛之さんと対談していただいた。盛り上がりには欠けたが、今となってはそれもいい思い出だ。 先生は幼くして長唄を身につけた粋人でありあきれるほどの読書家だった。ヘルペスで体調を崩されたときに「痛くて、本もあんまり読めん」とこぼされるので、「月に何冊ぐらいですか」と訊ねると、「5、60冊ぐらいがやっとやね」とつらそうに答えられた。いつもは京都から上京する車中で5冊ぐらい読むと聞き、先生が「ちくま日本文学全集」シリーズの編集協力者に名を連ねられている謎がとけた。つかさん、そして森先生……いかん、泣きそうだ。 |
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| 7月25日 (日) |
あんちゃん |
| 「遺書、拝読」のゲラ校正をやって編集部にもどし、16時過ぎ、麻布十番へ。一昨日酔いつぶれたY崎くん一家と合流し、「永坂更科布屋太兵衛」の座敷に案内して会食。旧知の奥さんの横には4歳になったあんちゃんが。おっさん二人は生ビールを飲んでいたわさや卵焼きをつまむも、座の主役はあくまでもあんちゃん。早々に蕎麦をちょっと食べ、それからおれの絵を描きはじめる。6色ボールペンで大きな目のまるで6歳の女子のようなおれを描き終えたあんちゃん、顔の横に「ながぞのさんへ」と記し、最後に「あんより」と書いた。大きなメリハリのある良い字にほれぼれし、ありがたく頂戴する。1枚の絵を仕上げたあんちゃんは何かから解放されたように弾け、おれのそばでひょうきんな動きと表情を連発して遊び続けた。おれも蕎麦湯割りの焼酎を飲みつつあんちゃんと戯れ、Y崎家のある門前仲町での再会を約束して散会。地下鉄の入口で三人と別れ、歩いて帰宅。早速あんちゃんの絵を机の前に貼り、あらためて拍手を送った。 |
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| 7月24日 (土) |
メンテナンス |
| 11時起床。アポイントどおり11時半に東京ガスライフバルの方が来訪され、浴室の基盤を修理してもらう。暮らしはじめて10年を過ぎたあたりから各所のメンテナンスが必要となってきている。これも必然なのだろう。おかげでシャワーの出が戻り、早速浴びて脱力。日が陰ってから散歩し、早々に帰宅しておとなしく過ごす。 |
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| 7月23日 (金) |
いいやつ |
夕方近く、散歩ついでに雑誌3誌と牛乳と猫砂を買って帰り、「週刊文春」を読む。山崎努さんがヘミングウェイについて言及した読書日記に『きょうも命日』が取り上げられていて驚き、紹介されたグレゴリー・ヘミングエェイに関する自分の文章を読み直そうかと本を探しはじめたところに山崎さんから電話が入る。要件をお聴きする前に読んだばかりの記事の感想をお伝えし、それから来月の真鶴・箱根行の話で盛り上がる。 夜は恵比寿に出かけ、メディアファクトリー時代の元販売チームのメンバー4人と久しぶりに会食。昨年結婚したM上くんは奥さんを連れてきていたが、こちらはまったく気にすることなく、以前と同じようにそのコミュニケーション力の欠陥を指摘しながら酒を飲む。ほぼ5年ぶりながら遠慮せずに語らえる気のいい後輩たちもどうにかそれぞれの職場で活躍しているらしく、自分のことはコロッと忘れて安心する。店が閉店後は全員で渋谷のジャズバーに流れ、そこで散会後、Y崎くんに導かれるままS平くんも一緒にキャバクラに突入。眉端と舌にピアッシングをした「蛇にピアス」娘とひとしきり語ってから店を出、酔いつぶれたY崎くんとタクシーに同乗して3時に帰宅。テレビをつけたら「朝生」をやっていて、東浩紀さんが堀威夫さんにキレて席を立つ場面を目撃する。東浩紀はいいやつだな、と思った。 |
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| 7月22日 (木) |
とっぱずれ |
2時から机に向かい、「遺書、拝読」第81回の原稿。いつにもまして緊張した思いを抱いたまま『ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆』(朝日文庫)について言及し、山口彊さんの93年の生涯と向きあう。受けとめるだけで精一杯ながら、6時過ぎに脱稿。推敲して編集部に送信し、入浴。すぐに着替えて外出し、7時37分東京駅発のしおさい1号で銚子へ向かう。 車中、ほぼ爆睡。9時半に銚子駅に到着し、関さんと合流してすぐに銚子電鉄に乗り換える。ヤマサ醤油の工場から漂ってくる大豆の蒸臭を嗅ぎながら観音駅で降り、200mほど歩いて坂東三十三ヵ所の第二十七番札所、飯沼山円福寺に参拝する。関東最東端にある街らしく本堂から海が見え、炎天下ながら東京よりもずいぶん涼しく感じる。それはいわば「良い暑さ」で、東京の籠りきった「悪い暑さ」とはまったく違う快さに救われる。とはいえ暑いことにかわりはなく、首に水を浸したミニタオルを巻いて帽子をかぶる方法で防暑に努めつつ歩き、銚港神社に参拝後、円福寺の本坊へ。住職から巡礼にまつわる話を拝聴し、古帳庵が詠んだ「ほととぎす 銚子は国のとっぱずれ」の碑を観てから銚子電鉄終点の外川駅に移動し、港近くの食堂で昼食をとる。それから犬吠駅まで戻り、満願寺に参拝して「地球が丸く見える展望台」まで坂を上り、汗みどろになっていざ見回してみると水平線どころか街のいたるところが霧に覆われていた。海から昇る水蒸気の凄みよ、広さよ。二人そろってかなり驚きながらも、こうなったら犬吠埼まで行こうと売店の方にタクシーを呼んでもらい、犬吠崎灯台に移動して迷わず灯台に上る。99段の横幅の狭い階段を上りきっても、天然ミストの壁で真下の海も見えなかった。 歩いて犬吠駅に戻り、一日乗車券のサービスとしてついてくる名物の濡れ煎餅をもらって食べ、水分をたっぷり補給してから銚子駅へ。駅前の商店街の魚屋であれこれ土産物を買い、それから駅構内のコンビニで酒やつまみを買って東京行きの特急に乗りこみ、缶ビールで乾杯。すぐに飲みほして日本酒にうつり、日本の神話の謎や天皇家の系譜について歓談しながら飲み続けて買ったばかりの一本を空けてしまう。こうなるともうどう仕様もなく、東京駅で降りると迷わず酒場へ直行。「あら喜」の常連さん、K橋さんが経営する八重洲口の「ひょっとこ」のカウンターに座り、鯵のたたきだけで日本酒を何杯も飲みつつ話しこむ。二日続けてほとんど寝ていないおれの頭はとうに限界を超えていたらしく、関さんと別れて山手線で田町駅に帰ったあたりからの記憶がない。とっぱずれ行の果ての即身成仏。ありがたや。 |
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| 7月21日 (水) |
春学期終了 |
| 未明に起きだし、最終講義用のレジュメを作る。推薦図書103冊のリストを仕上げ、それから学生が書いた書評を読む。同時に対象となった本のタイトルと著者名をメモ。傾向といえるものはなし。すべての事前作業を終えて外出し、試験期間中の静かなキャンパスへ。60分の授業で春学期のすべてを終了し、教壇に集まってきた男子学生数名とともに冷房の効いたラウンジで歓談。17時過ぎに散会してまっすぐ帰宅し、水風呂に浸かる。激しい眠気に襲われるが浴室を出てすぐに食事をとり、連載原稿の構成メモを書く。ほぼまとまったところで仮眠をとる。 |
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| 7月20日 (火) |
重版決定 |
昼、『最後の七月』(理論社)の重版が決まったと連絡が入る。 読者のみなさん、おれは今、頭を垂れて感謝します。どうもです。 未読の方には期待します。 |
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| 7月19日 (月) |
一文にまとめて |
| 神田明神と亀戸天神に参拝したいと思っていたのだが、ここ2日間の外出で溜った疲労を鑑み、おとなしく早朝から仕事。「週刊朝日」の"愛される理由"の原稿を書いて編集部に送り、それから『ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆』を再読。作者の意志がはっきりと見え、それを一文にまとめて床につく。 |
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| 7月18日 (日) |
夜は無為の人 |
| エアコンの効いた部屋から眺める空は鮮やかで、昨日の反省などころっと忘れてまた昼過ぎに外出し、「桃源郷」で冷麺を喰らって溜池へ。まずは日枝神社に参拝してから赤坂をたらたら歩き、大好きな赤坂氷川神社へ。前回参拝したときと同じく神前結婚をあげたばかりの一行と擦れ違い、勝手に祝福して本殿に手を合わせた直後、次作の新たなタイトル案が浮かんでびっくり。目をとじたまま戸惑うも、現在のそれよりも間違いなく良いと直感でわかってしまう。不思議な気分のまま神木の銀杏に手をあててさらにすっきりし、鳥居の前でタクシーをひろって虎ノ門の天徳寺へ向かう。ひっそりとした庭を横切って寺務所を訪ねると中に案内され、広い畳の間に置かれた御本尊、聖観世音菩薩を拝ませていただく。真夏の旧家の熱気に包まれるも、そこから見える庭の緑に目が和む。しばらくぼんやりして失礼し、慈恵医大病院前からバスに乗って帰る。頭から股間、膝の裏まで汗びっしょりになって帰宅し、その後は昨日と同じく無為の人となって過ごす。熱射病、かもしれない。 |
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| 7月17日 (土) |
よせばいいのに炎天下 |
| よせばいいのに昼下がりの炎天下に外出し、品川駅から京急電車に乗って新馬場駅。そこから歩いて一心寺に参拝し、かつての品川宿本陣跡の聖跡公園でベンチに腰かけた時点で汗だく、呆然。ついタクシーで帰宅しようかと思うも、予定どおり品川神社にも参拝する。ミネラルウォーターをくぴくぴ飲んで品川富士に登り、木々の間から吹きつける風を浴びてから下って駅に戻り、品川へ。駅の近くのショップでこの夏用のシャツ2枚と帽子などを買って田町駅へ移動し、「ヤマト」で生ビール。ついでに豚バラ、タン、ハツの串焼きと一本もろきゅうを喰らって精気をつけ、いい気分になって帰宅。エアコンの効いた部屋に入って半時間後、半裸のまま横臥睡。 |
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| 7月16日 (金) |
文楽と宝塚 |
二晩続いた深酒でぐったりしたまま過ごし、19時半過ぎ、恵比寿へ。久しぶりに「日経レストラン」編集長のM橋さんと大塚家具の執行役員に転職したI本君と会食。生ビールで乾杯した後、刺身の盛り合わせなどをつまみつつ八海山を飲み、文楽と宝塚歌劇にめざめたI本君の話を聞く。45歳独身男が新たにはまった意外な世界、面白し。明日も文楽観劇のため大阪へ行くらしい。 散会後、六本木の妖しい店へ流れる誘いに揺れるもぐっと我慢。飲み疲れを考慮しておとなしく帰宅し、野間宏を少し読んで痴呆睡。 |
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| 7月15日 (木) |
来週も授業 |
夕方、西巣鴨に出かけ、居酒屋「金星」にて大学の講師陣と慰労会。春学期の講義を終えての打ち上げなのだが、おれはまだ来週も授業をやると話すと、皆さん怪訝な表情を浮かべてしまった。理由を訊けば、試験週間は授業をやらなくてもかまわないらしい。なるほど。昨日の授業後、数人の学生が「来週も授業あるんですか?」と訊いてきた理由がこれでわかった。 来年の2月、インド哲学を研究されている先生にガイドになってもらいみんなでインドへ行こうという話でもりあがって散会。その後、有志5名で神保町へ流れて飲み、さらに渡邊直樹、倉田学の両先輩を案内して銀座へ。「まり花」で好き勝手に喋ってタクシーで帰宅してみると、もう2時半だった。 |
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| 7月14日 (水) |
錯覚しそうな空の下 |
| 池澤夏樹さんの『読書癖1』(みすず書房)を久しぶりに再読しつつレジュメをまとめ、昼過ぎ、梅雨明けかと錯覚しそうな空の下へ。大学の講義を終えて一服した後、受講生の一人に会って相談にのり、汗だくになって帰宅。シャワーを浴びて漫然呆然と暮れゆく空を眺めてから再び外出し、麻布十番で会食。八海山をぐびぐびやりながら閉店まで歓談、放談。それから六本木に流れ、2時半、二度目の帰宅。暑い暑いと裸になったところで即身成仏。 |
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| 7月13日 (火) |
まず驚く |
| 未明から北海道新聞の書評原稿。780字で野呂邦暢の魅力を伝えることに苦戦し、昼、ようやく脱稿。推敲して送信。寝不足でふらふらになるも頭の芯がくすぶり続け、2時間ほど創作。夕方、ついに種火が消えてベッドに倒れ、19時過ぎ、むっくり起床。夕食をとった後は『ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆』を読む。二重被爆者が165人ほどいたことに、まず驚く。 |
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| 7月12日 (月) |
つかこうへいつかこうへいつかこうへい |
朝のうちに目をさまし、そして、つかこうへいさんの訃報にふれる。 入院を知ったときから覚悟はしていたが、いざこうなると、衝撃に打ちのめされている。20年余り前、初めてお会いした中野坂上の寿司屋の場面からいちいち鮮明に蘇り、それらを追いつづける他は何もできない。「就職ジャーナル」での連載や「ダ・ヴィンチ」創刊号からの連載はもとより、プライベードでもいろいろ励ましていただいた。キッチンの棚の奥には、結核の療養明けにいただいた朝鮮人参入りの真露が今も封を切らずにしまってある。いや、封はつかさんが切った。快気祝いと称して連れていてもらった新大久保の韓国料理の店で、新品の真露のキャップを躊躇なく開け、そこに店主の老婆から受け取った朝鮮人参を二、三本突っ込み、「これ飲んでがんばってくださいよ」と手渡されたのだ。ボトルからあふれた酒はつかさんがなめ、直後、おれがなめた。 「長薗さん、男がだめになるのは昔から金か女、どちらかに決まっとりますからね」 「どうせなら、おれは女の方がいいですね」 「うん、その方がいいですよ。おれもずいぶん恥をかいてきました」 「最近は?」 「おだやかに暮らしたいと思っとります」 (二人黙して目を合わせた途端、そろって爆笑) 今年、結果的につかさん最後の演出となった『飛龍伝2010 ラストプリンセス』を新橋演舞場で観たことがせめてもの救い……ってなことはまったく嘘っぱちでしかなく、今は頭を下げるばかりだ。虚実ないまぜを地で生きたようなつかさんの作品を観、北区つかこうへい劇団の立ち上げに協力させていただき、原稿や旧作の芝居について談笑しながら酒場をベンツで徘徊した日々よ。おれが死ぬまでどうかそこにいてくれ。 |
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| 7月11日 (日) |
切腹、落選、イニエスタ |
雨が降っていないうちにと選挙に出かけ、さっさとすませて帰宅。夕方、ついに降り出した雨の中、スーパーへ行き、野菜カレーの食材とともにマダガスカル原産の「カプサインマリエンシス」なる奇妙な植物を買って帰る。 溜っていた新聞と雑誌を読んで19時過ぎとなり、『龍馬伝』。武市半平太の見事な切腹ー「待ちや!」の絶叫で介錯人の刀を止め、腹を二度切りした場面ーを観た瞬間、「きゃっほー」と二度大声をあげてしまった。大森南朋の演技、天晴れ。演出は、期待も予想も軽く超えていた。生きたように死ぬ。コンプレックスの裏返しとして藩主のために武士道を貫いた半平太にふさわしい珠玉の最期だった。それだけに斬首で逝った岡田以蔵の亡骸を覆う悲哀も増していた。あらためて第二部までの主役は半平太だったと感じ入ったところで開票速報番組がはじまり、即、谷亮子さんの当確が流れて鼻白む。彼女が早々に当選するのはまあ予想どおりだが、彼女が立候補したことで逃げた民主党票は、彼女が獲得した票数よりもはるかに多かったに違いない。さて、彼女は6年間務めることができるだろうか。 全局選挙特番とあってうんざりし、珍しく自宅でビールを飲んで野菜カレーを喰らって仮眠をとる。3時間余り寝ておきると大勢は決まっていて、かつてのメンバー、本田浩一君の落選を知る。彼の顔が頭から離れないまま本を読み、3時半からはサッカーW杯決勝戦に集中する。かなり醜い潰しあいとなってしまったものの、優勢を保っていたスペインがイニエスタのゴールで優勝したのはよかったのかな、と思う。表彰式まで見届けてテレビを消し、明日締めきりの書評原稿のメモをまとめて昏倒睡。 |
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| 7月10日 (土) |
しずちゃん |
梅雨の晴れ間に気をよくして外出し、久しぶりに門前仲町へ。まずは深川不動堂に詣り、それから富岡八幡宮に参拝。杜から吹く風が涼しくずいぶん長く境内で過ごし、巨人力士身長碑をなでて帰途についたところで目にとまった「深川宿」のメニュー台に近づくと、そこに一匹の猫が。手入れが行き届いた白い毛に黒毛の模様が似合うその猫をそっとなで、細い目にこちらも目を細めていると近所の方が声をかけてきた。 「その猫、しずちゃんっていうんですよ」 頭をなでても大きくはならない目のしずちゃんと別れて鳥居をくぐり、飲食店が並ぶ商店街を進んで朝日書店なる古書店に入ってみる。狭い店ながらギャラリーのような内装は小綺麗で、ジャズのBGMを聴きつつあれこれ物色し、『水の夢』(カリン・アンデルセン 渡辺学/訳 春秋社)を購入して店外へ。地下鉄大江戸線で麻布十番まで戻り、ナニワスーパーで鰻などを買って帰宅。その後は『縄文聖地巡礼』(坂本龍一 中沢新一 木楽舎)と『水の夢』を交互に読みながら過ごす。 |
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| 7月9日 (金) |
手本は歌舞伎 |
良識の府、という前提をもっていたはずの参議院。そんなことはもはや誰も思っていないままその参議院の選挙が迫っている。なんのための選挙か、実はまったくわからない。一方でつづく大相撲の騒動。歴史を少しひもとけばすぐにわかるとおり、相撲と近代化はそもそも相容れないものだ。今回の問題はその一端をのぞかせたものにすぎない。清濁合わせて伝統は成っていることを考えれば、そろそろ国技の看板を外し、公益法人から退く決断はできないものか。手本は、歌舞伎だ。松竹という民間企業の奮闘によって現在の隆盛がある事実をふまえ、そのノウハウを学んでみてはどうかと思う。 大相撲が陰影のない世界になららないことを願っている。 |
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| 7月8日 (木) |
数珠つなぎ |
| 安息日。終日、書見。野呂さんの『草のつるぎ』の文体に『老人と海』の影響を色濃く感じ、再読。刺激的な数珠つなぎ。 |
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| 7月7日 (水) |
3時半はやっぱり無理だった |
| 起床後間もなく熱い風呂に入って酒を抜き、牛乳を飲みつつ講義用のレジュメを作成。資料本数冊に目を通して外出。車中、遅れて提出された学生の原稿に目を通して気分が滅入るも、野呂邦暢さんの『夕陽の緑の光』(みすず書房)を読んで励まされる。一級品の文章がもたらす鮮やかな展望のありがたさよ。90分間喋りつづけて授業を終えるとすぐに帰宅し、"愛される理由"のゲラ校正。夕方のうちに終えて編集部へ戻し、直後シャワーを浴びて銀座へ。広島カープの野村監督のお姉さんがやっているというその名も「野村屋」なる和食店へ行き、プロスポーツ選手のマネージメントをやっているK崎とY尋と合流。Y尋くんには4月に会ったが、K崎くんは数年ぶり。それでもすぐに昔ながらのにぎやかな歓談に移り、会社設立の経緯やマネージメントの苦労話を聞かせてもらう。一段落したところで二人を「D・ハートマン」へ案内し、眠りだしたK崎くんを眠らしたままY尋くんと話を続ける。スポーツ好きにはたまらない逸話を堪能して店を後にし、Y尋くんをホテルに送って帰宅。水やら麦茶やらを飲んで酔いをやわらげ、どうにか3時半を迎えてサッカーW杯ドイツvsスペイン戦を見始めるも、昨晩と同じくあっさりソファに溺れ、試合内容の欠片も記憶に留めることなく昏倒睡。 |
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| 7月6日 (火) |
体言日 |
| 夕食後、ふらっと外出。「あら喜」へ顔を出し、「兼八」を飲みながら冷奴などをつまみつつ荒木家のみなさんと談笑。最後はいつもどおり仕事を終えたT夫くんと二人で酒を酌み交わして話しこみ、2時半、見事な千鳥足で帰宅。サッカーW杯オランダvsウルグアイ戦の開始までどうにか起きていたものの試合が始まってほどなくソファ睡。目を醒ましたときには違う番組が放映されていて、結局、試合結果を知らないまま寝室に移動し、さくっと昏倒睡。(体言止めの連発がふさわしい一日でありました。) |
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| 7月5日 (月) |
博多在住 |
| お中元の発送手続きをすませて書きかけの「愛される理由」の原稿執筆に戻り、夕方、脱稿。推敲して送信。その後、すでに引退している博多在住の元女優についてあれこれ調べる。ぷらっと会って話してみたいと勝手に思っている自分に呆れるが、こういう願望はいつもなぜか叶う。さて、今回はどうなることやら。 |
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| 7月4日 (日) |
なれるうち |
| 朝日新聞がアンケート集計をして発表した「ゼロ年代の50冊」。その上位にランクインした『アースダイバー』(中沢新一 講談社)に寄せたコメントを今朝の朝刊で確認し、野呂邦暢さんのエッセイ集を読む。端正な文章と厳密なテンポになれるうちに創作者の素直な構えに引込まれる。この人がもう60歳ぐらいまで生きていたら、と詮ないことをつい思う。 |
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| 7月3日 (土) |
あきれるほどまったく |
| 16時、予約していた「vi-ta」魚藍坂店へ行き、2ヶ月伸びっぱなしだった髪をカットしてもらう。すっきりした頭をシャンプーしてもらっている間についうたた寝。極楽。深夜、サッカーW杯ドイツvsアルゼンチン戦。予想通りとはいえ、あまりのドイツ圧勝に興ざめしつつマラドーナの無策に苦笑する。臨機の戦術が、あきれるほどまったく、なかった。 |
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| 7月2日 (金) |
衝撃の教訓 |
| 朝、起きてからすぐ1時間ほど呻吟し、依頼されていたコメントを朝日新聞に送る。その後、レトルトカレーを喰らって仮眠し、「週刊朝日」の"愛される理由"を書きはじめるも取り上げた本が面白く、再読しているうちに夜を迎えてしまう。ようやく書きはじめてほどなく今度は夕食をとり、そのままサッカーW杯ブラジルvsオランダ戦になだれこみ、前半、圧倒的なブラジルの力に感嘆。華麗なサッカーじゃないと批判するなんて贅沢なんだよ、これだけ強けりゃ文句ねえだろ。幻のブラジルサポーターに悪態をついて後半も観戦し、そしてびっくり。今、先攻逃げ切りと規律遵守に慣れたチームの瓦解を目撃しているのだと自覚し、急場では選手たちの自律性の強さが不可欠とあらためて思い知る。ブラジルの、最後の20分間の無惨なばらばらサッカーを観終わったところで「あら喜」のT夫くんから電話があり、互いに驚きを語りあう。彼も同じ衝撃と教訓を得ていた。7分後に電話を切り、机の前に戻ることなく昏倒睡。 |
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| 7月1日 (木) |
ヨンハと遼 |
| パク・ヨンハさんの訃報を知らせるテレビ映像を観ていて、「石川遼くんに似ている」と思った。遼くんがニキビ対策に成功して20代を送れば、もっと似てくるに違いない。合掌。 |
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| 6月30日 (水) |
50回目も |
7時半、起床。朝食をとって学生の課題読みと講評。13時に終えてレジュメを作成し、外出。しかし、地下鉄の車内でレジュメを違うファイルに入れてしまったことに気づき、初めてレジュメなしで講義を進める。いつもどおり16時15分に終え、キャンパスの奥にある喫煙所で留年組の二人と音楽談義をして帰途につき、帰宅後、冷たくなった昨夜の残り湯に浸かる。しばらく夢現(うつつ)をさまよってから体を拭いて着替え、さっぱりした気分で「あら喜」へ。旧知の常連さんとゆっくり会話を楽しみながら鯨の刺身(絶品!)、冷奴、牛しゃぶサラダなどをつまみ、誕生日祝いにいただいた大分宇佐の麦焼酎、「兼八」をロックでぐびぐび飲んで酔っぱらう。 50回目の6月も、やっぱり酔狂な幕引きとなってしまった。 |
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| 6月29日 (火) |
ほんの少しブラジル人 |
| 予定外に長く続いた祝祭が、終わった。気持ちよく浮かれさせてもらった日々の最後は、具合が悪くなるような120分間で閉められ、拍手をするしかない不運で幕引きとなった。20年ほど昔、ブラジルの人々が「サッカーのW杯のために生きている」と語るのを聞いたが、その感覚を少し味わった気がする。きっとほんの少しだ。ほんの少しでこれだから、ブラジルの人々はいったいどんな具合でこの祝祭を味わっているのだろう。祝杯用に冷やしておいたビールを飲みながら、今、そんなことをぼんやり思っている。 |
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| 6月28日 (月) |
おお、エディプス |
| 何をしていても明晩の日本vsパラグアイ戦が気になる中、『ヘミングウェイの流儀』(日本経済新聞出版社)を読み、かつて『きょうも命日』(中公新書ラクレ)に書いたグレゴリー・ヘミングウェイの子ども時代の写真を見つけて興奮する。3人いた"パパ"ヘミングェイの息子の中で最も射撃の腕が良かったとは。その子が後に父の絶望をかこつ存在となり、そして性転換の道を歩むようになるのだから……、先日も書いたとおり、彼の一族には深い深いエディプス・コンプレックスの宿痾がついてまわっているのだ。『老人と海』を除けば、"パパ"のどんな小説よりも彼の一族の顛末の方が面白いとおれは思っている。 |
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| 6月27日 (日) |
白い歯の違和感 |
18時、先週は観ることができなかった『龍馬伝』をハイビジョンで鑑賞。岡田以蔵役の佐藤健はよく頑張ってはいると思うが、牢獄であれだけ拷問の日々を送っているくせに歯が白すぎる。岩崎弥太郎役の香川照之の歯がリアリズムに裏打ちされて汚れきっているため、その違和感は際立つ。ドラマ全体の優れた演出を考えると、佐藤の歯を汚してはいけない圧力でも働いているのか? もしそうだとしたら、それだけで佐藤のキャスティングをやめるべきだったとすら思う。以蔵の苦難をここまで長々と描く構成なら、その歯の汚れは必須とわかっていたはずなのに。 惜しい。 |
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| 6月26日 (土) |
束の間 |
| 今年が没後30年となる野呂邦暢の『草のつるぎ』(文春文庫*絶版)を読みながら昼間を過ごし、日が沈んでから山崎努さんに電話をかける。束の間の青空に目を細め、他には誰もいない書斎で頭を下げつづけた。 |
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| 6月25日 (金) |
無数の仏 |
| 終日、阿呆になって横臥三昧。リビングに無数の仏がいる幸福よ。 |
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| 6月24日 (木) |
見事な異様 |
8時45分に家を出て品川駅から横須賀線に乗り、鎌倉へ。駅前で関さん、ほぼ10年ぶりの再会となる漆崎君と合流。予定どおり若宮大路を歩いて鶴岡八幡宮の境内へと進み、復活をはじめた大銀杏の姿を目に焼きつけてから参拝。平日でもにぎわう境内を早々に抜けて金沢街道に入り、日本三天神に称されている荏柄天神社に寄って後、坂東三十三カ所霊場の一番札所である杉本寺へと石段を上る。頼朝の鎌倉入府前からこの地にあった古寺らしく、派手さはまったくないものの本堂は凛とした気配を放ち、本来であれば秘仏でもおかしくない三体の観音像を懐に抱えてたたずんでいた。靴を抜いでそれぞれの仏に手を合わせ、帰路になっている自然のままの坂道を下って街道に戻り、次に竹林で有名な報国寺に参拝。隅々まで手入れの行き届いた庭を満喫して街道に戻り、途中、中華料理店で炒飯を喰らって三番札所を目指して再び歩く。50代のおっさん三人が、平日の昼間に縦一列になって歩く様はおかしかろう。それぞれ汗を拭きふき自嘲しながら宝戒寺に立寄り、参拝後もとぼとぼと小町大路を下ってようやく安養院へ。北条政子縁の寺らしく様々な花が梅雨の晴れ間を彩る中、ここが子年生まれの守護寺と知ってお守りを求める。それから歩いて駅に戻り、満員の江の電に乗って四番札所、長谷寺へ向かう。車内同様、駅前から寺まで人が連なり、群衆にまみれながら高さ9m超の十一面観音に手を合わせる。個人的には麻布観音の方が好みと認めつつ由比ケ浜を遠望し、昔、この海で溺死したM下君の冥福を祈る。汗ぐっしょりになって紫陽花が咲きほこる長谷寺から逃げ、高徳院、つまり鎌倉大仏を参拝。見事な異様、美しい。暑さにぜえぜえしつつ感嘆し、ちょうど寺の前に停車していたバスに乗って三たび鎌倉駅東口に戻り、鎌倉に来るたびに顔を出す蕎麦屋に二人を案内して座敷席に陣取る。 その後は店の八海山がなくなっても日本酒を飲み続け、あれこれつまみつつ歓談、酔談。何の前ぶれもなく20年前の銀座の外れの酒場よろしく言葉をぶつけあい、疲労と酒精に全身を侵されたところで駅へ。さらに酒とつまみを大量に買い込んでグリーン席に乗込み、話を続けながら帰京。ゆっくりと眠りに落ちた関さんを残して品川駅で降り、タクシーで帰宅後すぐにシャワーを浴びて仮眠。夜中2時過ぎに起き出してサッカーW杯、日本vsデンマーク戦にテレビのチャンネルを合わせ、大声で応援するも本田と遠藤のフリーキックに唖然。見事なまでに異様な放物線に感激し、虚空に浮かんだ大仏に合掌して朝を迎える。 |
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| 6月23日 (水) |
多田富雄の警鐘 |
| 5時起床。洗顔してすぐに「遺書、拝読」を再開し、8時に中断。サンドウィッチをぱくつきながら学生の課題原稿を読んで講評を書き込み、13時ちょうどにすべてを終えてレジュメを作り、シャワーを浴び外出。汗をふきふき風景描写について講義をし、悄然の体で地下鉄に揺られて帰宅。すぐにシャワーを浴びて「遺書、拝読」を再々開し、21時半、ようやく脱稿。多田先生の警鐘(非寛容の恐怖)に身を震わせながら推敲して送信し、遅い夕食をとってサッカーW杯の試合にテレビのチャンネルを合わせるも、気がつけば見事なソファ睡。明日の鎌倉行きを考慮してそのまま寝室へ移り、ウータの尻尾をつかんだまま困憊睡。 |
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| 6月22日 (火) |
今さらながらの名著 |
| 朝、「愛される理由」脱稿。推敲して送信し、昼食休憩をとってから「遺書、拝読」第80回の原稿にとりかかる。多田富雄さんの『寡黙なる巨人』(集英社)を題材にしつつも免疫の暴走である「自己免疫」をモチーフに書く。しかし、書き終えることなく『免疫の意味論』に没入してメモをとりつづける。同書は今さらながらの名著である。 |
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| 6月21日 (月) |
夏至に目がかすむ |
| 朝から「愛される理由」の原稿。合間には多田富雄さんの『免疫の意味論』(青土社)と『生命の意味論』(新潮社)を再読する。そうこうするうちに一日が終わり、目がかすむ。原稿を仕上げられないまま眼精疲労睡。 |
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| 6月20日 (日) |
至福の歓談 |
| 18時前、恵比寿のウェスティンホテルで山崎努さんと待ち合わせ。断続的に手紙や電話のやりとりは続いているもののじっくりお会いするのはほぼ1年ぶり。緊張していつものバーで顔をあわせ、ビールで乾杯してからすんなりと歓談にうつる。何を話題にしても話がはずむ愉しさよ。中でも、メモと執筆の関係、『最後の七月』の舞台、ヘミングェイ家の遺伝について盛り上がる。ホテル内の中華料理店、最上階のバーと移動しながら話はよどみなく続き、たっぷり酔ってお別れしたときには1時をまわっていた。 |
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| 6月19日 (土) |
痛々しい俊輔 |
| 『天地明察』を読了してメモをまとめ、雑誌「嗜み」のゲラ校正をやって返送し、夜、NHKBS1でサッカーW杯日本vsオランダ戦を観る。0-1とはいえ最小失点で終えられたことは収穫。ただ、途中交代で入った中村俊輔が機能していない姿は痛々しかった。終了直後、予定どおり「あら喜」のT夫くんに電話を入れ、店で待ち合わせて麻布十番へ。テレビ朝日の特設会場から帰ってくる若者たちに逆行して歩き、博多ラーメンの店へ。そこで生ビールを飲み、鳥皮ポン酢やモツやトマトを喰らいつつ芋焼酎に移り、サッカーではなく食文化云々について語って帰宅。3時、即身成仏。 |
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| 6月18日 (金) |
雨の午後、城南巡回 |
昼下がり、降り出した雨を眺めながら着替えをしていたら電話が鳴り、S平くんと2年数ヶ月ぶりに話す。転職先の出版社で頑張っている様子、何より。来月の会食を約束して電話を切り、タクシーで虎ノ門の共同通信会館へ。同館の1階にある北海道新聞東京支社で『最後の七月』の著者インタヴューを受ける。担当のS編集委員は、おれのフェアをやってくれているジュンク堂新宿店で『最後の七月』と『あたらしい図鑑』を手に取られ、すぐに読まれて取材依頼をされたらしい。ありがたい。訊かれたことの3倍話して16時半に終え、強くなった雨の中、美人カメラマンの指示に従って、ホテルニューオータニの庭で写真を撮られる。北海道の方々、7月4日の道新を見て笑ってやってください。 Sさんと美人カメラマンに見送られてオフィス街を歩き、雨から逃れるように喫茶店で一服。それからまた歩いて内幸町の田村町書房に寄り、鎌倉の地図と古井由吉さんの『やすらい花』(新潮社)を買ってタクシー。そのまま「あら喜」に顔をだし、生ビールを飲みつつT夫くんとサッカーW杯日本vsオランダ戦予想。最終的には得失点差がものを云うという判断から0-1であれば御の字、と話が落ち着く。どうであれ、1点差で負ければ決勝トーナメントへの光は残るだろう。と、ニワカ評論家然として加賀太きゅうりを喰らっていたら携帯が鳴り、店の外に出て電話に耳をくっつけたら山崎努さんの声がした。顔面どアップのスカパーのCM映像が眼前に浮かび、背を伸ばして対応。明後日、二人きりで会食することになる。 思わぬ展開に呆然としつつ不二才のロックを飲み、T夫くんに明晩の再会を約束して帰宅。4時半から起きていたためふらふらになり、サッカーも見ずにベッドに横臥したところでまた電話、「まり花」のママに起こされる。かつて一度だけ同店でお会いした某大保険会社の会長さんが、『最後の七月』を祝するためにシャンパンと感想文を持ってこられているとのこと。ぼおっとした頭で「それはそれはアリガタイ……」と応えると、ご本人が電話口に登場し、「先生、今からこれませんか」と囁かれる。通常ならすぐに駆けつけるところだが、頭回らず体ぐったりにつき丁重にお断りして不義理を詫び、めまぐるしく動いた午後にあきれつつ8kg猫を抱いて昏倒睡。 |
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| 6月17日 (木) |
空を見上げる |
| 天命を知らぬまま50代最初の1週間を過ごし、引き続き呆然の体で空を見上げる。そこに命があるわけではないのだけれど。 |
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| 6月16日 (水) |
ユンケル飲んで |
| 2時半、起床。手紙と葉書をしたためてから学生の課題原稿を読む。朝食休憩をはさんで読みと講評の書き込みを続け、12時前にようやく終了。そのままレジュメを作成して外出し、大学近くの薬局でユンケルを飲んで眠気を覚まして講義。予定どおり16時15分に終え、「お〜るでいず」に寄ってハイネケンで喉をうるおして地下鉄。いつものように乗客の顔をあれこれ観察して帰宅し、シャワーを浴びて仮眠。夜、書見。 |
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| 6月15日 (火) |
望外 |
| 終日セルフ自宅軟禁。ベランダの紫陽花、望外の美しさ。 |
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| 6月14日 (月) |
2-0、ではなかったけど |
夕方から仮眠をとって20時半に起き出し、サッカーW杯オランダvsデンマーク戦をTVで観戦。ロッペンがいなくてもオランダの段違いの強さがひしひしと伝わってくる内容に感嘆、暗澹、……南無阿弥陀仏。遅い夕食をとって日本vsカメルーン戦に備えていると携帯電話が鳴り、慌てて手に取ると「あら喜」のT夫くん。すでに興奮した声でこれから始まる試合について「どうですかね」と聞いてくるので、「日本が勝つよ」。 「ええ? 厳しいでしょ、負けますよ」 「おれな、数日前からどうしても勝つ予感がするんだ」 「……」 「しかも2-0」 「アハハハハハッハハハアッハハアッハhhhhhhh」 試合開始のホイッスルとともに電話を切り、どっかとソファに座って応援。右サイドから松井がセンタリングを上げるたびに叫び、溜息をつき、ディフェンス陣がボールを跳ね返すたびに手を叩き、そして39分、あまりにすんなりと決まった本田のゴールに飛び上がった。その後はとにかくこのままハーフタイムを迎えるよう祈り、首尾良くいったところで浴室に急いで入浴。頭から爪先まできっちり洗ってTVの正面に座り直し、阿鼻叫喚の49分間をどうにか生き抜いて万歳バンザイ!! T夫くんに電話をすると、大声で「やりまたしねー」「なあなあ、本当に勝っただろう」「すげえ」「まあ1-0だったけど」「いやあすげえ、すげ〜よ」「今からあら喜に行っちゃおうかな、祝杯だろここは」「だめです」「……」「河岸がありますからね、おれ」「そっか、そうだな」 1時過ぎ、おれは珍しく自宅で缶ビールを空け、明太子と白菜の漬物をつまみに祝杯を掲げた。美味かった。日本の勝利、8年ぶりだもんね。さらにはひどい批判、中傷に耐えて乾坤一擲の戦略で初勝利を手にした岡田監督に思いを馳せ、もう一本空にした。これもまた、美味かった。 |
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| 6月13日 (日) |
先端技術とアニミズム |
はやぶさ。あまりに遠大な話でうれしくなっちゃうな。日本の技術力は、おそらくほとんどの日本人が想っているより凄いのだ。アメリカが戦後最も恐れたのは、この技術力なんだよな。軍事だけでなく宇宙開発だって、日本に自由にやられては危ないといろいろ規制をかけていた史実がその証。今回のはやぶさの帰還をアメリカが、そして中国がどうとらえているのか興味はつきないが、蓮舫女史をはじめとする事業仕分け人たちは別の意味で慌てているに違いない。きっと予算は復活し、はやぶさ2を支援すると早々に発表するだろう。一番を目指さなければ二番も三番も難しいという現実に刮目した上での豹変ならそれもいいが、これまた選挙対策程度ときた際は、国民はその卑屈を罵倒すべきだ。おれはする。 それにしても、今回のミッションを担当した技術者の方々にうかぶ微笑の美しさよ。そしてその口々から語られるはやぶさへの思いときたら、完全にはやぶさを生命体として認識している。最先端の技術力とアニミズムの同居。その表情と言動をながめながらあらためて日本人の特異性に思いを馳せ、おれも同じだと苦笑した。 |
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| 6月12日 (土) |
めっちゃ<めっさ<めっし |
昨日始まったサッカーW杯を観戦しつつ、終日、書見。それにしても韓国強し。もっとも近い隣国ながら骨格の違いは歴然で、その体格にほれぼれと見蕩れてしまった。このチームならアルゼンチンとも良い試合をするだろう。とくればアルゼンチンだが、メッシばかりを目で追って疲れる。マラドーナはTVカメラを気にしすぎ。わかりやすい愛嬌は英雄の条件か。そして、つい口からでたのは、 「めっちゃ、めっさ、めっし」 関西の方には苦笑していただけるだろうか。 マラドーナとおれは同じ歳だが、こちらもそうとうに阿呆である。 |
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| 6月11日 (金) |
書けない手紙 |
| 手紙を書こうとして呻吟し、結局、書けなかった。きっと期待が大きすぎるのだ。 |
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| 6月10日 (木) |
まったく誕生日 |
酔狂帰宅を果たしてソファにどっかと腰をおろし、首の骨を鳴らしながら時計をながめれば、すでに誕生日の夜明けを迎えていた。50歳。奇妙な気分を抱いたまま眠り、朝のうちに起き出して呆然。半世紀もの間こうして寝起きし、飯を喰らい、動いて語り、書き、晒し、恥をかき続けてまだ生きている、この不思議。自ら命を云々するつもりはないが、この生命体のシステムにはつくづく感心する。今後いつ死んでも、もう早死にではないだろう。 1960年6月10日。 その日におれを産んだ女性がいて、昼前、彼女が電話をかけてきた。自身の体から出ていった出来損ないの猿が50年も生きている事実に、彼女もまた感嘆していた。ごもっとも。彼女は77年間、生きている。つい「ごくろうさん」と声をかけると、「まったくだわ」と苦笑。まったくだ。 電話を切ってほどなく、37歳の誕生日を目前に逝った亀谷を想う。まったくあの野郎。一歩も家から出ずにベランダの植物たちを羨望の眼でながめながら過ごし、夜、アフリカの色と模様について考える。 哀しいほど美しい。 |
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| 6月9日 (水) |
水曜日のおれは |
午前中に"愛される理由"のゲラ校正をやって返信し、講義用のレジュメを作って外出。予定どおり授業を終えた後、17時過ぎまで「おーるでいず」で学生の相談にのってから地下鉄に乗り、日比谷駅で降りてタクシー。銀座8丁目の旧リクルート本社ビルで「就職ジャーナル」時代のスタッフ、I田君と会う。現在は西日本新聞に勤務するI田君は、共同通信での会議に出席してきた直後で、20時の飛行機で福岡にもどるまでの時間をつかって9年ぶりの再会となった。元スタッフとはいえ年齢はおれと同じI田君、長女はすでに21歳になったらしい。そんな話や『最後の七月』の感想を新橋のライオンで聞きながら生ビールを飲み、選挙対応の難しさや面白さについて間断なく語りあう。 18時40分、羽田空港に向かうI田君を新橋駅で見送り、ほろ酔い気分で「D・ハートマン」へ。小瓶のビールでもう一度喉を湿らせ、それからハーパーのソーダ割や山崎のロックを飲みつつなじみのバーテンダーたちと談笑。21時に店を後にして「まり花」へ流れ、某アニメ制作会社の社長さんとママとあれこれ話し、0時過ぎ、六本木へさらに流れる。3時半、ようやく帰宅。 水曜日のおれは酔狂症。 |
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| 6月8日 (火) |
不足はなはなだし |
| 未明より"愛される理由"の原稿を書き、7時半、脱稿。推敲して送信。たっぷり朝食をとり、小説の冒頭部いじりをやってメモを残す。その後は書見、惰眠、書見。運動不足はなはなだし。 |
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| 6月7日 (月) |
迷路 |
| 『寡黙なる巨人』(多田富雄 集英社)、読む。続いて『昆虫の迷路』(香川元太郎 PHP研究所)を読みつつ迷路と隠し絵を楽しむ。労作。シリーズ125万分突破にもうなずく。 |
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| 6月6日 (日) |
泰三 |
| 停滞。『一九七二』(坪内祐三 文春文庫)、『団地の時代』(原武史 重松清 新潮選書)、『趣味は何ですか?』(高橋秀実 角川書店)を少しずつ読む。「龍馬伝」における原田泰三の近藤勇、よし。 |
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| 6月5日 (土) |
早くに梅雨になればいい |
| 終日セルフ自宅軟禁。政権の短命化を促すマスコミの狭視について思う一方で、植物の蘇生力の可能性に痺れる。早く梅雨になればいい。記憶にない生まれた直後に目撃した光景、その背後には雨があったはずなのだ。 |
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| 6月4日 (金) |
確認 |
| 菅新総理の誕生を確認して創作。夜、闘莉王の得点に拍手を送って外出。麻布十番の「あん梅」で会食して六本木に流れ、明け方に帰宅。即身成仏。 |
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| 6月3日 (木) |
樽床さん |
樽床伸二なる衆議院議員が民主党の代表選に立候補し、にわかに注目をあびているが、おれはもう20年以上前から彼を知っている。ある人から紹介したい若者がいると呼び出され、仕事を終えて訪ねた酒場に樽床さんはすでにいた。顔、髪型は今と同じ。年齢はおれより一歳上で、政治家を目指していると知らされた。酒を飲みながらいろいろ話したが、内容はまったく覚えていない。地黒かどうかは知らないが、肌の黒さと眼力のこもった目が印象に残った。それから数年は年賀状が届いたが、彼が実際に国会議員となってからは無縁となって今に至っている。 代表選はきっと負けるが、これを機に樽床さんも表舞台に出てくることになるだろう。幾星霜。彼の胆力に期待したいと思う。 |
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| 6月2日 (水) |
倦む |
| 首相辞任の報にふれ、鳩山さんのこの8ヶ月における最大の功績が小沢一郎を権力からひとまず遠ざけたことにあったと認めた上で、講義用のレジュメ作成に移る。『楢山節考』を中心に深沢七郎の人生観、そこに内在する表現者の異質性をまとめ、いつもより資料本を多くもって大学へ。終了後、いつものように駅ビルにある「おーるでいず」の寄ってビールを飲み、マスターと初めて談笑。マスターはオールディズ好きが高じ、脱サラをしてこの店をもったらしい。ここにも七郎の流れはあったのだ。18時に帰宅し、あらためて辞任報道をテレビで確認。うんざりすることにも倦(う)んでしまったのか、以前にこの酔狂記(5月5日参照)にも書いた鳩山さんの特質を追認して創作。体験とイメージを子細にからめながら2枚進む。 |
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| 6月1日 (火) |
ツタ |
| 次の小説の冒頭部、正しくはタイトルから書き直す。巨木にからまるツタのような小説を書きたい、と強く思う。 |
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| 5月31日 (月) |
なごり雪 |
| 「Hey! Hey! Hey!」で紹介していた1976年5月のヒット曲ベスト10の曲名をすべて手帳に記す。ちなみに2位は『春一番』、1位は『なごり雪』だった。 |
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| 5月30日 (日) |
金王 |
| 『龍馬伝』からの流れでサッカー日本vsイングランド戦を観る。結果はともかく、大久保、体のキレ良し。長谷部のゲームキャプテン、適役。川島、これで本番GK決まりか。そして得点王、闘莉王。久しぶりに試合らしい試合を観てW杯への興味高まる。その後は『天地明察』(冲方丁 角川書店)を少し読む。冒頭部に馴染みぶかい渋谷の金王神社が出てきて引きこまれる。 |
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| 5月29日 (土) |
生存域 |
| 安息日。『憚りながら』(後藤忠政 宝島社)、読了。元後藤組組長の回顧録。"ヤクザ"から"暴力団"にラベルが変わったあたりからの苦悩がしみじみ伝わってくる。悪場所を支持するおれとしては、その点については同情する。追い込みすぎれば彼らだって予想外の生き残り策に打ってくるのは当然で、その先は醜いイタチごっこになる。暴対法改正後ぐらいからすでにそうなっている。法治国家としては仕方のないことなのだろうが、自分たちの生存域からはじきだされてカタギ域に紛れこんだ彼らの動きを把握するのは不可能だ。かくして奇妙な被害者が日々登場してくる。 |
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| 5月28日 (金) |
巡礼 |
| 19時過ぎ、浅草寺雷門へ行き、関さんと合流。関さんのご母堂が亡くなられたため20日余りずれた会食ながら、予定どおり「二葉」のカウンターでぬる燗を呑みつつ旬の料理をいただく。そして、巡礼について話す。二軒目の「バーリー」でもその話を続け、近いうちに近郊をいっしょに巡る約束をして散会。タクシーで帰る関さんを見送って地下鉄に乗り、途中、新橋駅で降りてひとり銀座に流れ、久しぶりに「早苗」に顔を出してから帰る。 |
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