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映画『いつか晴れた日に』 というタイトルは、読書に生きてるような次女マリアン(メアリアン)が愛誦していた詩の一節だったか。(『ある晴れた日に』なら、日本では『マダム・バタフライ』『蝶々夫人』と混同されるからかもしれないし、パロディ以外では無いタイトルかもしれない) 姉・エリナが小説『分別と多感』の想像より年長だったので、私もびっくりした。 しかも、映画のエリナは生気がないというか、疲れている印象だった。両思いになった時ぱあっと変貌したので、そのための演技だったのかと感心はしたが。 年齢は現代で考えれば、問題ない。しかし19歳の女性があまりにも現実的で冷静、というオースティンの設定がおもしろいので、かなり残念なエリナさんであった。 そして、この映画の脚本を書いたのが、この長姉役のエマ・トンプソン。 不満なシーンもある(出た!) ラストだったか。霧雨だか曇天の日に緑丘で、ウィロビーが馬にまたがり、エリナたちが住んでいた(いる?)家を見下ろすシーン。 オースティンの小説には、その人物のなかでは生涯、完璧な理想像となった、という記述がある。しかし、その記述は人間のそんなアホさ、おもしろさを笑ってる気がするので、あのシーンはロマンチックすぎる。 『いつか晴れた日に』について、三姉妹の恋模様という紹介を目にした記憶がある。オースティンの小説でも、エマ・トンプソン脚本のこの映画でも、末妹マーガレットにそんな場面はないのに。 けれども、オースティンの小説ではほとんど存在感のない末妹マーガレットが、樹上にすごい小屋を作ったり、引越し先で猟犬(ポインター)好きのおじさん(サー・ジョン・ミドルトン)に凧を作ってもらったりと、魅力的な少女として、自然の中をぞんぶんに走り回っているので、この映画好きだ。 このマーガレットの描き方は『The Third Sister:A Continuation of Sense and Sensibility』(Julia Barrett 1996年)という本を取り入れているのか。 映画によって、お気に入りになったキャラクターもいる。 ヒロインたちの義姉(凄腕である。しかし、夫ジョンに愛されている。怖がられてもいる)。 エドワード・フェラーズの婚約者(“義姉”に追い出される)ルーシー・スティール。 マリアンが発病したとき、「子どもに伝染(うつ)る!」と狂乱した女(猿に似ている)と、冷静な夫(どういう経緯で結婚したのかがおもしろそう。エマ・ウッドハウスの姉夫婦を思い浮かべた)。これはシャーロット(ジェニングズ夫人の末娘)と議員のパーマー氏のことである 彼らは、実際にいそうでおもしろい。 そんななか、義姉とエドワードの母親にはがっかり。もっと凄味のあるおばあさんを期待していたので。 『分別と多感』にはインド版の映画があり、姉がコンピュータープログラマー、妹は歌手。エリナは映画監督の志望の青年と恋に落ちるらしい。おもしろそうだ。 |