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2003/8/15加筆訂正、8/12up
ほんの感想
愛読していた本)
『オーランドー』ヴァージニア・ウルフ 杉山洋子訳(ちくま文庫)
○映画と小説○

 映画『オルランド』(サリー・ポッター監督・脚本、オルランド役ティルダ・スウィントン)を見た後、書店でこの作品を見つけた。読んでみると、映画とはかなり違う。
 たとえば、細かい点ではあるが、映画では氷上を滑走するサーシャが魅力的だった。黒い服をまとっていた記憶がある。しかし、ウルフの小説では「全身真珠色のベルベットに何か見慣れぬ緑がかった毛皮で縁どりした衣装をつけていた」。白色なのである。ちなみに、ウルフについて《酷い服を着ています》とヴィタ・サックヴィル=ウェストは書いたそうだが、小説『オーランドー』に描かれている服も、センスがよいようには感じられない。
 また、小説のオーランドーは、数百年を経てロンドンのデパート(マーシャル・アンド・スネルグローヴ)でサーシャを見かけるのだが、《そんなになってしまったなんてショックだなあ、ものすごく太って、のっそりしてるじゃないか、この毛皮の婆さんの幽霊》との酷評つき。
   さて、映画において、もっとも決定的な違いに思えるのは結末である。オルランドは自らの人生を綴った長編小説を、自分で出版社まで見せに行く。小説では文壇の権威サー・ニコラス・グリーンに偶然遭遇して認められる。
 そのとき、原作通りにヴィタの詩であったなら、映画の一部は枯れて死んでしまったのではないか。現在、ヴィタは一般に知られていないし、評価も高くない。詩も、小説よりは一般的にマイナーな気がする。サリー・ポッター監督は、現代をしなやかに生きていける作家を新生させていると思う。
 次に、小説においてオーランドーが産むのは息子である。彼は誕生する以外動かない。ラストは飛行機に乗った夫、マーマデューク・ボンスロップ・シェルマーダインをオーランドーが、館の「樫の木」の丘で迎えるのだ。一方、映画において子どもは娘である。ラストでは、そのかわいらしい女児がビデオで母親を撮る。映画のオルランドは、娘と仲良く生きていくシングルマザーに見える。中性的な容姿というところも、映画の設定のほうが現代的でいいと思う。


○魅力的な小説○

 とはいえ、この小説は映画とは比べられない。その核はまず、言葉で書かれていること。ほかの文学作品だってそうなのだが、この小説はそれを強く感じさせる。つぎに、オーランドーが作家になる過程が中心に書かれていること。
 わたしはオーランドーが『大地』を書き出すまでと、自然にまつわる記述が大好きだった。たとえば、
《この樫の木の固い根っこは大地の背骨だ、いや(略)それとも揺れ動く舟の甲板か》
《夏の大気の中を突っ走りたかった。どんぐりを踏み砕き、橅や樫の木のように両腕を天に差し上げたかった》
《花は七宝に、草地を擦り切れたトルコ絨毯に喩えた。(略)まったく物すべて何か別のものなのだった。山頂の湖水を見つけてその底に潜んでいるはずの英知を探そうと飛びこみそうになった》
《こうして幾時間か死んでいると、突然カケスが「シェルマーダイン」とかん高く叫んだ、そこでオーランドーは身を屈めて、まさにその名前を表わしていると思えるサフランを摘み、(略)「シェルマーダイン」と呼ぶと、言葉は林の中をあちこち飛びかい、草むらに坐りこんで蝸牛の殻で地図を作っている彼にぶつかった》
好きな所を引用すると、きりがない。ウルフの代表作の一つ『ダロウェイ夫人』も読んでみたけれど、『オーランドー』のような共感する特別な存在にはならなかった。しかし、わたしが繰り返し読んだのは、自分の好きな章だけだ。そして、敬愛のたけを、そのときどきに思いつく短文で奥付に書きつけた。そのとき、前のは消すのだが、それらのいくつかはシャーペンの筆圧が強いので彫ったように残っている。
 (初読1990年代後半)


○川本静子・訳『オーランドー ある伝記』○
 かなり違う印象だったので驚いた。硬いというか、ふつうの直訳というか。杉山さんの、ウィットに満ちたおしゃべりのような文体は、どこから発生したのだろう? しかし、あのような訳に出会ったから、のめり込んだのかもしれない。
 川本訳にもいいところはある。訳の違いによって、考え間違いしていた箇所や、新しい発見に出会えた。気になったので原書も入手してみた。いまだ、開いていないけど。
 杉山さんの解説も分量があってよいのだけど、それとは多少異なる解説も参考になった。ただ、そこに杉山さんの翻訳のことは触れられていないのが気になっている。
 (初読2000年代初め)

“Orlando”  Virginia Woolf (1928.10.11)
『オーランドー』  杉山洋子・訳
(ちくま文庫)1998年10月第一刷発行

  『ヴァージニア・ウルフコレクション オーランドー ある伝記』
川本静子・訳(みすず書房)2000年6月発行




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