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天性の小説家・田辺さんの作品はたくさんある。私が読んだのはまだ40作くらいだ。 お気に入りの小説は『隼別王子の叛乱』『舞え舞え蝸牛 新・落窪物語』『おちくぼ姫−落窪物語』(『田辺聖子が語る「落窪物語」』)、『愛してよろしいですか』『風をください』『日毎の美女 新・醜女の日記』『私本・源氏物語』『新・私本源氏 春のめざめは紫の巻』『異本 源氏物語 恋のからたち垣の巻』『姥ざかり』『姥ときめき』『姥うかれ』『姥勝手』『お目にかかれて満足です』『苺をつぶしながら 新・私的生活』『返事はあした』『恋にあっぷあっぷ』『宮本武蔵をくどく法』『9時まで待って』『不機嫌な恋人』『お気に入りの孤独』『鏡をみてはいけません』 しかし、これらの聖子さん(となぜか呼んでしまう)の夢と、かわいいもの・美しいものを愛する感性に彩られたロマンスとはちがって、『夕ごはんたべた?』は、我が子のことで苦しむ中年夫婦をとりあげている。 この分厚い長編では、吉水家に子どもたち(といっても青年である)の起こした揉め事が絶えずもたらされる。そのたびに三太郎・玉子夫婦は衝撃を受け、激怒したり、悲しんだり、途方に暮れる。明るい兆しが訪れたりもする。しかし、一般のドラマや小説とは違って、ひとつ解決してもそれで美しい終りにはならない。“問題児”を抱えてしまった家庭としては当たり前かもしれない辛い日々がつづく。 わたしが感心した場面のひとつは、三太郎たちが久しぶりに気持ちよく過せたお正月の夜である。 《 こんな時刻の電話に、ロクなのはない。 玉子が出て何か話していたが、顔を出して、 「ねえ、パパ……」 といった。その顔を見た瞬間、三太郎の胸はきゅっと縮む。(やった!)という感じ、休火山が突如、噴火した、という予感がある。 「警察からよ。出て頂戴、あたしもう……」 三太郎は唇を引きむすび、蒲団を蹴って出る。 自分は電話に出るのはいやだといったくせに、玉子は三太郎のうしろに立って、電話の声を聞こうとしていた。》 心が軽くなる出来事の直後に、またも悪夢のような知らせが舞いこむ。こういうことってある。ふたりの反応もリアルだが、《その顔を見た瞬間、三太郎の胸はきゅっと縮む。(やった!)という感じ、休火山が突如、噴火した、という予感がある》は見事である。 以下の個所にも感心した。吉水家は一つ屋根の下に7人が暮らしているのだが… 《 この臭い(筆者注 シンナー)には、誰だって気付かぬはずはなかろうのに、テル伯母の居間からはテレビの音が洩れ、ヤス子やテル伯母の笑いがひびくのだ。丸子も自分の部屋のドアを内から閉めてしまっていた。 父親に通報しておけばそれですんだ、という感じである。 三太郎はゆえ知らず、絶望的な感じが胸にひろがってくる。みんなバラバラの家なのだ。》 田辺さんの自伝やエッセイによると、ご自身は大家族の生活を経験されていて、楽しい思い出もおありのようだ。しかし、この小説で読者は、上のような家族の分断、家族一人一人の孤立を何回か見せられる。少なくない人がこの個所に、似たような自分の環境を思い起こすのではないだろうか。この作品は1980年代の前半に書かれたようだ。20年を経た今だって、家族をめぐるこういう風景はある。むしろ、大伯母や縁者が同居する吉水家とちがって、極小の核家族である分、深刻かもしれない。 『夕ごはんたべた?』には、一夫婦の局所的な小さな家を通して、日本全体の家庭の変質も描かれている。田辺さんは、『姥ざかり』から始まる「歌子さんシリーズ」などと同じく、物は余るほど豊かだけれど、心に空洞のある寂しい“貧しい”現代家庭を的確に冷静にとらえている。 この小説の背景になっているのは学園紛争である。しかし、私にはわからない。作中でもことさらに説明されてはいず、子どもたちの非行(死語だろうか?)の端緒として遠景に置かれている。だから、つぎつぎに襲ってくるトラブルに気の休まることのない小説としても読んでいける。 ところが、それまで実際の事件や固有名詞は記されていなかったのに、最後のほうになると、こんな箇所がでてくる。 《 ああ、永田洋子よ。ああ、森恒夫よ。 お前たちは見たか。あの振袖女子学生や、背広男子学生の欣々然とした卒業式の顔を見たか。お前たちの犠牲の上に築かれた、これは何だ。 「阿呆な奴らやなあ、永田洋子らは。首くくって死んでしもた森恒夫は」 と三太郎はいうが、この「阿呆」はむろん、罵声ではない。敵弾に射たれて倒れた戦友に駆け寄って「馬鹿。あんなへろへろ弾丸(たま)に当る馬鹿があるか!」とどなるときの「馬鹿」である。いたましさのあまりの「阿呆」である。 すんでしまえば、あの学園紛争も、一時期の風俗になってしまった。》 一行目の慨嘆はそれまでの文からは突出し、強い調子をもっていて、打たれる。しかも、三太郎は《赤軍一派のごとき、無謀で独善的な過激理論を是認できない》にも関わらず、こう思うのだ。 これは田辺さんの見方でもあるだろう。私の印象では、田辺さんには日常生活を中心にした恋愛小説が多い。ここに挙げた、『夕ごはんたべた?』のような社会の問題への接近は異例であり、エッセイ『死なないで』などに言葉をつくして書かれている、ポル・ポト政権による虐殺・弾圧への強い批判(その裏にはカンボジアへの深い敬愛がある)と同じ高い関心を感じる。 家庭や社会の、解決のむずかしい問題を扱った長篇となると、シリアスで暗い小説が想起されるかもしれない。たしかに、心の晴れる出来事があった後にも、容赦なく再び、子どものことで心を痛める三太郎・玉子と、その日々には同情してしまう。リアルであるだけに一層。 とはいえ、ほかの田辺小説と同じく、たくみでおもしろい比喩や表現に満ちた明るい小説である。解説で長部日出雄さんが述べているように、《深刻に書こうとすれば、どれほどでも深刻になったろう》テーマを、ほかの作品にも通底する田辺調ユーモアで見事に描き上げている。 《ああ、永田洋子よ。》にも見られる、たじろがない毅然とした感じと、主要な登場人物たちのかもしだすフワフワとしたやさしい感じが交じっている。どちらも、田辺さんの性質に由来するのではないだろうか。後者は、力まず誠実に生きようとするふつうの人間を描くことから発している。 『夕ごはんたべた?』のほんわかした基調には、「半仙」とあだ名される、現世をちょっと浮遊しているような主人公の存在が活きている。独特なキャラクターではあるが、田辺さんの多くの小説に登場する、世の中の常識に流されず、自分の考えをもって日々の生活を楽しんでいるお馴染みの“おじさんたち”の一人でもある。読んでいると、彼が披瀝する考え方には大賛成してしまう。 救いようのなく見えた息子、長太と大吉のあり方は、最後には解決のきざしを見せて、一安心。なにより、通俗的で愚かな奥さんぽく登場した玉子が変わっていく様子が快い。 彼女の物の見方が変化していく過程は、読んでいる者の共感と安心感を呼ぶだろう。それに、「半仙」で開業医の夫が一種、偏屈居士で下町の隠者風なぶん、主婦として一生懸命動き回る彼女が読者と作品をつないでいる面がある。一編を通して、玉子は三太郎と並ぶ主人公へと昇格していく。 ラストの旅行(『窓を開けますか?』や『風をください』もラストは、ひとくくりにいって南国の旅先だった)では、桜島に惹きつけられ、呼応する彼女の内面が描かれている。ここの個所は、結末だからではなく、そこだけ切りとられているかのように強い印象を残す。 と、こんなふうに結末はハッピーエンドだ。田辺さんの小説には、明るくコメディタッチで進みながら、ラストにかかると、哀調を帯びて閉じるものも多い。本作は、現実をみれば、どこまでも暗くなりがちな題材であるがために、とりわけ明るい希望の光が多めに注がれているのだろうか。といっても、地に足のついたリアリティのある結末だ。 《深刻に書こうとすれば、どれほどでも深刻になったろう》ことを軽妙に描き、悲惨な現実の複写でも、ブラックユーモアでもなく、最後には読者に幸福感をもたらすこと。それは至難の業ではないだろうか。田辺さんのやさしさと、才能を尊敬する。 やはり長部さんが見事に書いている。 《作者のユーモアは(中略)正確な観察の別名でもあって、さらに他人の立場になってものを考える、おもいやりの別名でもある》、《この世でいちばん苦しい立場にある人のところに視点を置くと、すべて事もなし、とも見える世の中が、まったく違った様相に映ってくる。》 町中の庶民的な商店街での暮らしがこまごまと描かれてきたからか、桜島をめぐる最終章は雄大に感じられる。冒頭の《吉水医院の朝は、》から、末尾の《あけがた、玉子はたしかに、桜島の爆(は)ぜる、雷鳴のような爆発音をきいた。未明の空に、桜島は水色にめざめかかっていた。》に至るまで、緩急自在の佳作である。 なお、三太郎は開業医である。わたしは塾講師の会社員が何かの拍子に「医者と教師の子どもがいちばんダメだね」と声を合わせて言ったり、小学校の先生が「やっぱり親が悪い」と言い合うのを聞いたことがある。正直、わたし自身そう思ったりする。 でも、この小説にはそんなこと書かれていない。親は悪くない、と繰り返されるところに心が軽くなる方もいらっしゃるのではないだろうか。わたしは、そうなった。ほかの田辺ロマンスも愛読しているけれど、救われる思いがしたので、これを書き始めた。 単行本刊行1975年9月。 新潮文庫1979年3月発行、1991年3月23刷 【付記】 たまたまテレビをつけたら見た映画『東京物語』は胸が痛く、辛かった。家族の分断、心の通うことのない子どもを持つ苦しみをユーモアをもって描きながら、本作とは反対のところへ落ち着いた。もちろん、監督は笠と原の最後のシーンを撮りたかったのかも知れない。尾道の海をゆく船、汽笛の音が悲しかった。 →『東京物語』のくわしい感想をこちらに書きました。 1979年3月発行、1991年3月二十三刷、(単行本刊行1975年9月) |