HOME  INDEX  続き/最新
2003.11.25加筆訂正
山月記2003
植物名は間違っているかもしれません。すみません。
牛伏山は群馬県にある山です(標高491m)
これより以前のものもノートから載せたいと思っています
5月

 草地にタンポポの花はもう無かった。そこには白い毛の球体がゆらりゆらり立っている。
 タンポポの花のかわりのように、小さな別の花が咲いている。名前はわからないけど、茎はホースのようなタンポポとはちがって、細い針金的。そんな真っ黄色な花が日射しをあびて群生していた。美しい光景だった。しかし、花が小さいから、近づくまでわからなかった。
 土手には紫色の花菖蒲(ハナショウブ)が咲いていた。家の小道でつんだ朱色のポピーといっしょに花びんに挿した。ところがポピーの方はあっという間に花弁が落ちてしまった。でも、陽光のもとで美しい花をつめて幸せだった。そのあと、道でヤブツバキの濃いピンク色の花に出会って、拾い集めたときも。
 そのとき思ったこと。椿の花はなんて美しいのだろう。枝についているよりも、土や石の上にあるほうが合っている。そういう風景に出くわすとハッとする。

9/24加筆訂正



 牛伏山の遊歩道で、丈の低い紫色の花を見つけた。目を近づけると、ひとつの茎には小さな花が集まって咲いている。タツナミソウ(立浪草)らしい。立浪というより、小さな竜が鎌首をもたげているように見える。紫の竜の子たち、と勝手に名づけた。
 小アジサイの花がいろいろな所で咲いている。以前、この薄紫色・水色の花が輝いているように感じられたこともあって、美しく見える。そして、わざわざ山に庭木を植えなくとも、もともと自然にあるこのような可憐な花をアピールすれば充分なのに、などと思う。
11/25加筆訂正



 沢沿いにはウツギ、谷にはヤブデマリ、それから、牛伏山のいろいろな所にエゴノキが咲いている(エゴノキは頭上で)。どれも真っ白な花だ。やわらかな新緑から変わった濃い緑のなかで、そういう白色が目立っている。
 オレンジ色のモミジイチゴを取って食べた。犬にもやってみると、食べた。
11/25加筆訂正
6月

 あたりは水郷のようになった。この季節になるとそう思う。本当の水郷とは違うけれど。土手に囲まれた四角い地面(田んぼ)に水が湛えられ、そこには山が逆さに映っている。
7/4加筆訂正



 当然であるが、このころ、山には桜や黄色い山吹、赤いツツジや紫色の藤のような鮮やかな花はない。牛伏山ではエゴノキの白い花も、空木の白い花も終わりかけ。最初は白くて、そのあと黄色くなるつる草スイカズラ、薄紫色の小アジサイはところどころで咲いていた。ムラサキシキブの桃色の小さな花も葉裏にあった。でも、ぱっと見ただけでは、緑が一層濃くなった。そんな緑色のなか、茎につくられたアワムシの住みかや、毒だみのガクなどの白が目立つ。
 つる草のヤマイモ(?)の縦長ハート形の葉は、つやつやとした黄緑色でビニール製みたいだ。
 林に入ると、ある木が目についた。ハート形の実が鈴なりなのだ。ハート形といっても、ふたつの丸みからは、細い突起がのびている。突起は内側に向かい合っているので、生き物の角にも見える。近づくと、なぜ最初に目についたのかわかった。実がなっている枝がもっとも先端にあり、かつ、実の重さでそれらの枝だけ垂れ下がっており、目立ついるからだ。その実は小さなしわが寄っているし、破れて穴が開いているものも少なくない。でも、光沢のある黄緑色は気持ちいい。ほかの枝に3枚ずつ付いている葉は暗緑色、まわりには痛くないキザキザがある。この木はクサギらしい。
 杉林に、紅葉した小さな葉が何枚か落ちていた。テイカカズラだろうか。

 斜面の草原(くさはら)の岩にのぼって休む。そうして初めて、辺りにはたくさんの鳥が鳴いていることに気づいた。の上のほうでは、カアカアというカラス。そばの山林では、ホーホキョという鶯。そのほか私にはわからない鳥のさえずりに満ちていた。足元の草原にはオオイヌノフグリが群生。中心は水色で周りは青い、小さなかわいい花である。星のように見える。
 もみじいちごをこの日も取る。甘くてすっぱい。もっと食べたい。
 白いヤマブキショウマの花が咲いていた。ゆるやかなカーブを描き、それぞれ別の方向へつきだしている花房は、夏のある花火を思い起こさせる。茎は花に比べて細い。可憐で神秘的に見える植物だ。花は、手折るとすぐに生気を失ってしまう。ところが、顔を近づけると、思いのほか強い甘い香りが漂った。
 白いノイバラが垂れ下がって、咲き群れていた。黄色い花心のついたものもある。ノイバラの花は特別だ。このころの山野ではほかにないくらい華やかで魅力的なのである。なのに、トゲのおかげで折ることも、引き寄せることもできない。私の手には、ただの緑色の植物がいっぱい握られているのに。

 路に、茶色と灰色のまじったような細長い小動物がいるのを一瞬見た。その動物はすごい速さで斜面を駈けのぼり、山林に入った。そして、「ぐぶ」というようなくぐもった一声を発した後、車道と平行にガサゴソとしばし走っていた。イタチだろうか?
 南天草(?)の花は終わり。葉のもようが面白い。中央の葉脈のまわりが白っぽくて、島の地図のよう。
 この日はモンシロチョウのほかに、薄紫色の小さな蝶に何匹か出会った。ルリシジミだろうか? (そうだと仮定すると)色の名前だけでは表現しきれないきれいな蝶だ。小さいためもある。「なにもなにも小さきものはみなうつくし」(枕草子)。宝石のような蝶だ。
 鳥追加。「トッキョキョカキョク」とホトトギスも鳴いていた。
 1時間半ちょっとの散歩だった。
11/25加筆訂正



 藪(やぶ)のそばに、白いシッポのようなトラノオ(オカトラノオのこと)が咲いている。1週間くらい前からだという。真夏の花のイメージがあったので驚いた。子どものころ、夏休みの宿題が気になると、自由課題に押し花というものを考えた。ところが、押し花にしやすそうな花も、さまざまな美しい花も、周りには見あたらず、ただ立体的なトラノオが目について恨めしかった。
 散歩に出ると、あちこちの道ばたに立葵の花が咲いている。赤色や濃いピンク色が鮮やかで、とても好きな花である。花がついている一番高い位置は8合目くらい。立葵の花が頂上(茎の先端)に達すると、梅雨が明けるという話を聞いたことがある。でも、今年が早いのかどうか、私にはわからない。
 すこし前から、牛伏山にところどころ白っぽい部分があった。この日、山路に入ると、甘い香りが漂ってきた。栗の花があちこちで満開なのだ。場所によっては、太くて短いラーメンのような花が落ちていた。

 わきの草むらから、紫色の毬のようなアザミの花がぬっと突き出ていた。
 ちょうちょはモンシロチョウをよく見た。
 オレンジ色のもみじいちごは終わりかけ。赤いへびいちごはまだ草かげにいっぱいある。鮮やかな色である。食べても味がしなくてつまらないし、値段なんかない果実だ。しかし、美しさの点ではルビーとも並ぶ、などと称讃した。本物のルビーを見たこともないのに。

 以前、ムラサキシキブの花を「葉裏」に見た、と書いた。ところが、後日気づいたことには、枝先の目に見える所にいっぱい付いているのであった。花なのだから当たり前なのかもしれない。また、この木自体たくさんあった。今がちょうど満開のようである。花は小さくて、ささやかだけれど、濃いピンク色で目立つ。この時期の「桜」のような存在だと思った。枝を引き寄せると、咲き終わった花もつぼみも付いている。そのため、いっぱい咲いているように見えるのだろうか。

 あたりの植物はどんどん夏っぽくなっているのに、黄色くなった葉っぱが落ちている。サイズはいろいろ。形はあえて言えば、うちわに近い形。黄色一色ではなく、緑色の大きな斑が入っている。その斑は島に、葉っぱ自体は地図に見えた。ふと、田辺聖子さんの長編『鏡をみてはいけません』を思い出した。ヒロイン中川野百合(ペンネーム森ありす)さんのつくったお話(森の地図)に、少年が落ち葉を切符代わりに差し出すところがあるのだ。私が拾った葉には赤い茎がついていた。アカメガシワらしい。
 紫の竜の子たち(私が勝手につけたタツナミソウの呼び名)はほぼ終わり。竜(つまり花)はいなくなって、黄緑色の小皿や台座のような実らしきものがついている。
 白いふわふわしたヤマブキショウマの花も終わりかけ。色褪せると、魅力がない。

 何気なくそばの木に目をやったら、地面に近い幹にほどほどの長さのヘビがくっついてた。そして、ずり下がり、草むらに落ちて、去った。青大将だろうか? 緑色のうろこが光っていた気もする。
 前回書いたノイバラの花も終わていたが、しかし今度は、反対側の斜面のものが咲いていた。あでやかで、やっぱり惹かれる形と色である。
 頭上に、緑色の小さな実がたくさんなっていた。エゴノキだろうか? 針のようなものが生えている。ほかにも青い実があった。小さくて、数の少ないぶどうのように集まっている。キブシの実らしい。春、黄色い花が垂れ下がっていた。
 樹上に、たくさんの白い小さな花があつまっている木があった。斜面から生えて、てっぺんが道路と同じ高さなので気づいた。その花の集まりは、雲のように見える。クマノミズキらしい。

 鳥は、ウグイスのほかいろいろな声を聞いた。
 動物に関しては、ゴソゴソ歩く音を聞いただけ。しかし夕方で、まわりには人もいない。車など通らない遊歩道だ。イノシシ?と怖くなり、歌い始めた。「あーるーこー、あーるーこー、わたしはーげんきぃー」

 岩壁にオレンジ色の部分があって、これまで酸化鉄だと勝手に思いこんでいた。この日、採取してみようと近づいたら、苔だった。びっくりした。厚く盛り上がった苔で、その形から、複雑に入り組んだ岸辺や岬のある島に見える。色は茶色系オレンジと呼べばよいだろうか。さわってみると、少しやわらかい。上質の布のような手触りである。良い布など知らないのに思った。こすると、白っぽい跡になる。こに苔の上を、赤茶色の小さなアリが往来していた。彼らにとっては、岩地の途上にある原野のような場所だろうか。赤茶色のヒースみたいな。

 かつてお寺があったという場所を過ぎたとき、空中でなにか舞っているのを見た。くるくると回転しながら、さらに旋回して落ちてくるので(自転しつつ公転する地球のような動きだろうか)、何なのかわからず、じーっと引きつけられていた。結局は笹の葉であった。あたりは竹林で、赤茶色のそれがけっこう落ちていた。でも、今までどのように落下するのか知らなかった。
 麓に近づくと、なま暖かい空気に包まれた。牛伏山にいたときは涼しかったし、風も気持ちのよくて、良い日だと思っていたのに。
11/25加筆訂正



 から雨が降っていた。
あたりは霧に包まれ、まわりを囲む山は存在しないかのようだった。白っぽい空気のなかで田畑の緑はやわらかく、やさしそうに見えた。
 数日前から病気に罹っていた犬が死んだ。享年16歳。老衰とも言われた。しかし、昨今ではもっと長命の犬もいる。以前は深い呼吸をして眠っていたのに、ここ数日は苦しそうに荒い息をしていた。その姿や、ここ数日のこと、過去の思い出がごっちゃになって、顔をくしゃくしゃにして泣いてしまった。前の犬やチャボは裏庭に埋めたけれど、家族の提案で、畑の柿の木の下に決まった。生前、犬を畑に連れて行ったとき、草地のそこにつないだこともあったのだ。彼は畑がきらいだったけれど。
 家族が穴を掘っているとき、周りを見るともなしに見ていた。雨に煙る豊かで美しい緑。すると、愛してきたそれらが突然憎くなった。植物は死んでも(つまり枯れても)、また同じものが芽吹く。永遠に生きている面がある。私は今までその循環を讃えてやまなかった。
 家族が線香のために火を付けようとした。私は火のことも今まで熱愛してきた。遊び、喜びそのものであり、物事が終わった後の寂しさを知っている存在だと。ところが、吹き出た小さな焔を見たら、また憎しみがこみ上げた。火はふつうの状態では存在しない。でも、こんなふうに簡単に現れる。永遠に生きていられるのだ。

 [この犬のおかげで野山を歩くことができた]

11/25加筆訂正



 久しぶりに野原のそばを通ると、はずれに赤紫色の萩(ハギ)の花がちらほら咲いていた。ここではないけれど、近所で9月下旬にも見たから、花期が長いのだ。
 洋種山ごぼう(インクベリー)の花にも遭遇。茎も薄ピンク色である。つぼみの黄緑色もふくめ、花の枝ぜんたいが気持ちがいい色だ。秋、濃い赤紫色に輝く幹もすばらしくて、好きな草木である。しかし家族は毒があると嫌がった。
 歩いた道は、かつて桑畑のあいだの、車一台しか通れない狭い道を拡張し、かつ(なぜそんなことをするのか疑問だけれど)地面を掘り下げてつくったきれいな道である。でも、この道のことは何も思わずに歩いていることに、暫くして気づいた。前の小道には、四季折々の発見と愛着があって、大好きな道だったけれど。この時期は、伸びてジャングルのようになった桑樹の小暗い下に黒いドドメが落ちて、におっていたっけ。
8/10加筆訂正



 田んぼに用のあって出かけた家族が、紫色のうつぼ草の花を摘んできた。小さな焼き物の花びんに挿されたそれは、美しく見えた。ふだんは、やはり野に置けレンゲ草、と思っているのに。
8/10更新



 天気の悪かった日。夕方も空一面、雲がたれこめていた。ところが、一箇所だけ濃いピンク色に染まっている部分があった。眺めていたら、「ああいう色の美しい服を私だって着たい」という気持ちがこみ上げてきて、ちょっと涙ぐみそうになった。相変わらず劣等感と優越感の両極端を動いているな、とも思った。
8/10加筆訂正


HOME   INDEX  続き/最新