12月木の葉のほとんどが枯れ落ちた。山は灰色の裸木に覆われたところが目立つ。まだ落葉していない木々は、夕日があたってももう美しくない。牛伏山を散歩すると、風によって木の葉の擦れる音がよくした。ささやき声のようだ。犬は最初、音のする上方を不安そうに見上げ、わたしのそばに寄って来た。怖いようだ。子犬ではないのに。 冬になった、紅葉は終った、と思いこんでいた。ところが、遊歩道にところどころ植えられているモミジは、さすがに盛りは過ぎたものの、まだ美しかった。人の手の入ったものは、こんなに目を引き、美麗なのだろうか。オレンジや朱色、赤やピンクに黄色。まるで輝いているよう。根元から見上げると、電気でもないのに、明りの下にいる気持ちになった。行き暮れて、木の下かげを宿とせば、紅葉や今宵の主ならまし。 この日も、遊歩道を降りてくる人に出会った。2組のうち、リュックを背負った(前でベルト形のひもを締めていた)男性は、腕時計を見て、今から登ることを気にしてくれた。結局その通りで、また暗い道をくだる羽目になった。 とちゅう、犬が吠えだした。看板か何かを見誤ったためらしいが、わたしも怖くなってしまった。歌うことにした。「あーるーこー、あーるーこー、わたーしーはー元気ー。歩くのー大好きー。どんどん行こうー」 『となりのトトロ』のこの歌は、こういうときの定番になってしまった。そのくせ、つづきの歌詞をほとんど覚えていない。そこで、替え歌をつくることにした。こんな感じ。「山道のぼって、さえずり聞き、岩に乗り、町を眺める、ヤブをぬけて、湖へ」 かなり…… 木々のむこうに見える吉井町や藤岡市や高崎市は、色とりどりの明りが点いていた。まわりの山はお皿のふち、ふもとに広がる平地は浅いお皿の底に見えた。光のスープが溜まっている、大きなお皿。 ふもとでふり返ったら、牛伏山の尾根上方に、白い大きな星が輝いていた。このごろ、土星とともに美しいという金星らしい。 この日の収穫物はモミジと、漢字「山」のなりたちの絵のような形の黄色い葉。モミジは、またプラスチックの容器に水を張って入れた。こんどの容器はグラス形なので、横からも鮮やかな葉を楽しめる。 最近は牛伏山ばかりだけど、以前はもっと低い山・丘陵をよく歩いていた。神社の階段からはじまる諏訪山(松田地区)や、送電線のしたの道。これらは車道でないせまい山道だ。そのぶん、自然と充分ふれあえた気がする。 牛伏山近辺にもいくつか気持のよい道がある。たとえば山頂の琴平神社、NHKの中継所の後ろから尾根をくだる登山道。 南斜面の車道。そこから多胡地区へ行く道(八束[やつか]の浄水場の横を通る)。あるいは、そこからゴルフ場の横を通って、谷地区へ行く道。 その道と松田地区をむすんでいる短い山道。ここも車が通るけれど、すれ違うことは不可能に思われる。ツリフネソウや、ツルニンジン、萩などがある。 牛伏山麓の沼(赤谷[あかや]の貯水池)のあたりから、桑畑、山林を抜けて多胡地区へ行ける道。竹林を登り、多胡に入る峠になると、とたんに舗装された道に変わる。くだると八束の橋に出る。 その道と、前述の牛伏山登山道は交差する。登山道はまた、牛伏山遊歩道を登りはじめた所のロウバイ植樹地ともつながっている。この植樹地の斜面から登山道までの道は、松や杉の林(県有林だったかもしれない)、川沿いをゆき、西日の当たっている午後は気持ちがいい。 以上の道のいくつかは、何年か前の吉井町役場作成『牛伏山自然公園ガイドマップ』にも載っている。しかし、牛伏山周辺にはほかにも、車はほとんど通らない道、車など入れもしない山道がある。 ところで、「道行き」という言葉がある。意味はいくつかあって、歌舞伎や人形浄瑠璃で、男女のカップルが心中にむかう場面を指したりもする。道行き文というものも聞く。よく分らないけれど、こういう箇所だろうか? 此世の名殘夜も名殘、死に行く身を譬ふれば、仇しが原の道の霜、一足づつに消て行く、夢の夢こそ哀れなれ。 [徳] あれ數ふれば曉の、七ツの時が六ツ鳴りて、殘る一ツが今生の、鐘の響きの聞納め、 [初] 寂滅爲樂と響くなり。 [語り] 鐘ばかりかは草も木も、空も名殘と瞰上れば、雲心なき水の面、北斗は冴て影映る、星の妹脊の天の川、 [徳] 梅田の橋を鵲の橋と契りて何時までも、我と和女は夫婦星、 [初] 必ず添ふ [語り] と縋寄り、二人が中に降る涙、河の水嵩も増るべし。 [徳] 明なばうしや天神の、森で死ん [語り] と手を引て、梅田堤の小夜鴉、 [徳] 明日は我身を餌食ぞや。 [語り] と、爪繰る珠數の百八に、涙の玉の數添て、盡せぬ哀れ盡る道、心も空も影暗く、風しん/\たる曽根崎の、森にぞ辿り着にける。彼處にか此處にかと、拂へば草に散る露の、我より先にまづ消て、定めなき世は稻妻か、それかあらぬか。 初 「アヽ怖、今のは何といふものやらん」 徳 「ヲヽあれこそは人魂よ、今宵死するは、我のみとこそ思ひしに、先立つ人もありしよな。誰にもせよ、死出の山の伴ひぞや。南無阿彌陀佛、南無阿彌陀佛」 『曾根崎心中』近松門左衛門より わたしが思ったのは、道行きはふたりでなければ出来ないけれど、山行きは一人でもできるということ。連れが犬でもいいのだ。(自然保護などのため、だめな場合もある)。 第一、山行きは楽しいことだ。野原の露も、草木も空も雲も川も森も、なにを見ても。風に吹かれても。カラスに出会えば、この社会的鳥類への知識を深められるだろう。人魂を見たら、……あとで超常現象体験を語る喜びとなるかもしれない。 道行きは暗黒の冷風吹く「死出の山」に行くのかもしれないが、山行きは四季のめぐる自然を味わって歩きまわる。生の楽しみに満ちた場所で遊ぶことだ。生きている歓びを確認し、謳歌する。そしてその後は、日常世界、ふだんの生活に帰っていく。 人間の世に追いつめられた男女の道行きは、近松によって永遠の美に高められた。対して、いつも帰ってくるわたしの山行きは、その時その時の短いものでしかない。 12/11更新
大根葉は、食べる白い部分の半分くらいまでは繁るのだと思っていた。ところが、窓辺の“白い地表の森”(ヘタを水に漬けたダイコンのこと)の成長はしばらく前から止まってしまった。しかも、下方の葉が黄ばみはじめた。 対して、“オレンジ色の地表の森”(ニンジンのこと)は、極小の竹林のように丈高く伸びて、しなっている。それに、目を遣るとさわやかな気持ちになる緑色だ。 12/19更新
冬の夕空は、プラチナ色になる時がある。青でも白でもなく、銀に近いような色に覆われる。今年もそんな空になってきた。 12/19更新
日の沈んだ西空をふと見て、惹きつけられた。天頂は濃い青、そこから下は群青色から水色の美しいグラデーションになっていた。山並みの上は、光をふくんだ薄明のオレンジ色。 わたし達の頭上にある空は、嵌めこまれた宝石みたいだ。 こんなに美しいものがごく身近にあって、愛でる喜びに包んでくれる。それが無料だ。自然に対して、たびたび持つ感慨だけれど、毎回この驚きと感動は新しい。 夕空にはそのうち星々が現われる。それは、青や群青色や黒色の布に、小粒のダイヤモンドのような宝石がばらっと撒かれたようだ、と数年前から思っている。 また、ヨーロッパ絵画の聖母マリアがまとっている、金の星輝く青い衣装を想起したりする。あれは装飾的な美だ。しかし、もともとは現実の夕空に由来し、映しとっているのではないか。 この日は犬の散歩中、星を黄白色の宝石、と喩えた。ところが、夜中に用事で庭に出たら、東南の空に青い星が輝いているではないか。それがおおいぬ座のシリウスであることは、隣の人型、オリオン座によってやっと納得する始末。というのも、小学校高学年以降しばらくの間、星や月が好きだったのだ。それなのに、天に青い星のあることすら忘れ果てていた。しかもシリウスは全天で最も明るい有名な1等星だし、その立派な輝きに魅了されてもいたのだ。 ふと、ある知識を思い出して、オリオンの肩を見た。やはりオレンジ色の星があった。ベテルギウス。 このころ、よく思い出した『徒然草』の一節。 「なにがしとかいひし世捨人の、“この世のほだし持たらぬ身に、ただ空の名残のみぞ惜しき”と言ひしこそ、まことにもさも覚えぬべけれ」(第二十段) 意味もよくわからないし、世捨人という境遇も重ならないくせに(世からすれば、わたしは捨(棄)てられているのかも知れないが)、“ただ空の名残のみぞ惜しき”というところが10年近くまえから好きだ。 12/19更新
“白い地表の森”の黄葉、進む。 12/19更新
午前8時まえ、高崎市の国道で、朝日を浴びた目の前の榛名山に惹きつけられた。うっすらと覆った白い雪が、オレンジ色やピンク色がかって見えた。雪のためか、山、峰々のかたちが明瞭だった。丸みのある山頂はとくにおもしろかった。 これまで、アメリカのグランド・キャニオンやブライス・キャニオン、オーストラリアのエアーズ・ロックなどに憧れていた。しかし、身近にこれほど魅力的な山があったのだ。わたしの眼も心も曇っていたのだなあ。 高橋常雄が「春雪榛名山」のように描いたわけもわかった気がした。 2004/1/11加筆訂正
このころ、「人、木石にあらねば」という言葉がしきりに気になった。出典は兼好法師の『徒然草』41段「五月五日、賀茂の競べ馬を見はべりしに」。「向ひなる楝の木に法師の登りて、木の股についゐて物見るあり。取りつきながら、いたう睡りて落ちぬべき時に目を醒ますこと、たびたびなり」。その場にいた兼好サンはかっこいいことを言い、周囲の人を感心させる。その段の結びが「人、木石にあらねば、時にとりて物に感ずる事なきにあらず」である。 このフレーズは、人のほうが木石よりもえらいように言っていると、わたしは解釈してきた。しかしこのころ、『徒然草』を離れて、木石、草木と岩石、つまり自然、それへの人の憧れを表わしているように思った。 わたしは心が弱って、草木や岩石、山になりたくなる時があるからだ。木は風雨や厳しい暑さ寒さにあっても、すっくり立っている。とても偉い。また、切るように冷たい冬の風に揺さぶられていても、かえって清々しく気持ちよさそうに感じられる。 岩石や山も、どっしりとしている。不安はなく、何があっても動じないように見える。自分も変身してああなりたい。 『にごりえ』を読んで、わたしが尊敬している樋口一葉は、亡くなる20日前、「この次あなたがお出でになる時には私は何に成って居りましょうか、石にでもなって居りましょう」と馬場孤蝶に語ったという。一葉の口の端に上った「石」は、墓石なのだろう。 2004/1/11加筆訂正
夜10時すぎ、山道を運転していたら、道の右端に動物がうずくまっていた。猫だと思ったら、茶色いウサギであった。そのウサギは何を思ったのか、突然、道を横切り、車の前へ飛んできた。わたしは一生懸命ブレーキを踏んだけれど、絶望した。でも、上り坂で止まった車のまえに、ウサギは現われた。 わたしはボーっとして何もできないでいたが、ウサギはわたしの車の走るべき車線をジグザグに飛びはじめた。いったい何を考えているのだろう。ウサギはそれから脇の小道へ入っていった。 野生のウサギを見るのは、久しぶりだった。武田百合子さんの『富士日記』にも夜、車を運転していてウサギと遭遇する記述がある。でも、あんなふうには書けないのを実感した。 2004/1/11加筆訂正
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