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3月 エリートの寄宿男子校に新任教師(といっても若くない)が赴任してきて、破天荒な英文学講義を行う。その授業に惹きつけられた。 生徒たちはアイビーリーグへの進学のため、日夜知識をつめこまされている。しかし、親の跡を継いで医師や弁護士になるつもりだったりして、なかば諦めている。 教師キーティングは彼らに、学者による文学理論を棄てさせ、創作を勧める。戸外で体を動かさせる。 登場人物たちが口にしたり、洞穴で音読する詩句もいい。 「わたしが森に引きこもった理由−−それは、大地に根ざした暮らしをしたかったからだ」(ソロー『森の生活』) 石造りの構内の、秋の紅葉した樹木が美しい。 個性的な生徒のなかでは、早熟で生意気なチャーリー・ドルトンに強く惹きつけられた。講堂の生徒の列の中から電話が鳴る。♪リンリーン(ダイヤルをまわす、なつかしい黒い電話)。受話器をとって、校長にさしだすチャーリー。「神様からの電話です」 それから隠れ家の物置(トランク置き場?)で間を置いた後、キャメロンをなぐるところもかっこいい。しかし、この俳優さん、ほかに有名な役はないようだ。 「ヌワンダ」の使い方もいい。 しかしストーリーは、とちゅうからたるい。キーティングではなく、生徒ニールが父親に逆らえず、ピストルをとって死ぬ。自殺。ここも古い感じ、古風な感じ。キーティングはあまり存在感がないし、役に立っていない。 それにニールのパック役(シェイクスピア『真夏の夜の夢』)、そんなにいい? 舞台が1959年であることにびっくり。なぜこんな古い設定なのか。 テーマは若者と学校・学歴偏重、規律の対立かもしれない。ラストの、トッド(最初は弱虫)をはじめとする生徒たちがつぎつぎに机に立って、「船長」とキーティングに呼びかけるシーンは有名らしい。でも、そこでは校長一人が悪者にされていて、スケールが小さい感じなのだった。 場所は、イギリスでなくアメリカ。バーモントであった。森と蛇行する大きな川が美しい。それから月夜と、雪の描写。雪にふれたくなった。 原題もいい。「Dead Poets Society」 ゲイル・ハンセン(チャーリー)、ロバート・ショーン・レナード(ニール)、イーサン・ホーク(トッド、『ガタカ』の青年だったのか。この気弱な少年役は)、Allelon Ruggierto(ラテン語が得意で赤毛のミークス)、カートウッド・スミス(ニールの父親。息子に賭けている)、ロビン・ウィリアムズ(教師。『グッド・ウィル・ハンティング』でも少年を導く先生役だったなあ) 脚本トム・シュルマン、撮影ジョン・シール、監督ピーター・ウェアー 『いまを生きる』 1989年、アメリカ 後日、小説を購入(N・H・クラインバウム、白石朗訳、川本三郎訳、新潮文庫)。 予想通り、映画で引用されていた言葉を確かなものにすることができた。出典などの情報も得ることができた。いままで近づこうとも思っていなかった英文学の詩に親しむチャンスになりそうだ。 しかし、校庭を行進する生徒が暗唱させられていたラテン語、「ラピスは石」はなく、残念。 この本に描かれているシーンでも、映画のほうがすばらしい。この本は小説としての価値には欠けるように思う。映画はたしかに芸術だった。 この本を読んでいると、映画の少年たちのみずみずしさが思い出された。顔や姿態の動き。ひとつひとつの言葉や何気なさそうなしぐさが、見る者(わたしたち)に鮮烈な感じで与える意味。 それから青白い月夜や、山林と白い雪の映像。 ニールを喪ったルームメイト、トッドが嘔吐する、大きな川岸の雪原。 トッドが両親から贈られた「デスクセット」(前年とおなじプレゼントである)を、ニールが飛ばすところも小説にはない。「空を飛ぶデスクセットなんだ」 (といって捨てる) いまでは大半が無名に近い俳優たちだけど、有名なロビン・ウィリアムズではなく、少年たちが主役の映画だったと思う。『マイティ・ダック 飛べないアヒル』のように。 『詩のこころを読む』(茨木のり子)で「諸国の天女」を再読した2月下旬から、よく永瀬清子さんの詩を読んだ。その本に載っているもう一編の「悲しめる友よ」や、1996年に石川県金沢市に行った後買った永瀬さんの詩集『あけがたにくるひとよ』を読んだ。でも、「もっともっと」とせかされて、思潮社の現代詩文庫を借りてきた。 そこから、その日その日にいいと思ったノートに書き写すようになった。大学の授業で「グレンデルの母親は」に出会っていいとは思ったけど、これまで晩年の軽やかな詩に惹かれていた。 しかし現代詩文庫を読んでいたら、初期の切り立ったような詩に夢中になっていった。たとえば、『大いなる樹木』の「そよかぜのふく日に」、『美しい国』の「夜に燈ともし」、『焔について』の「女のうたえる」「梳り」「わたしは」「野薔薇のとげなど」「焔について」 自分を刺すような清らかな詩句である。自分をすばらしいもの、尊いものとして表現していながら、それが自慢に堕落していない言葉たち。 詩は言葉が少ない。わずかな言葉でたしか意味を放っている詩というもの、言葉のすばらしさにもうたれた。 ところで、永瀬さんはこんな詩も書いている。 「よい生涯を生きたいと願い 美しいものを慕う心をふかくし ひるま汚した指で しずかな数行を編む」 (「夜に燈ともし」) ・・・・・・ 「数行を編む」 自分がだらだら駄文を書いていることに打たれた。 『ルネサンスの画家 ポントルモの日記』(白水社)につづいて、井坂洋子さんの評伝『永瀬清子』(五柳書院)が古書店から届いた。こんどはその本を読んだ。3回読んだ。 永瀬さんについての発見、評伝についての発見があった。 学生時代、わたしは“論文言葉”を嫌悪して、「その言葉は自分の言葉ではない、言いたいことが表現できない」と思っていた。でもそれは、「書けないこと」の言い訳だったのではないか。ふつうの声で自由に語ればいいのだと、あたりまえのことを気づかされた。 だから、この本はいろいろなことを、今まで気づかなかったところから教えてくれて、新鮮な水のような本である。 たくさんのページの端を折ったことも、線を引いたことも後悔していない。もっと自分の内に取り入れたいと思っている。 このころ、「本があってよかった。美しいものがあってよかった。音楽があってよかった。」と思った。 しなければいけない用事にむかっていたが、午後、ちょっと家の田畑に行った。そして思った。前日は雪が降った。例の沼は、氷に覆われて緑色になり、美しいのではないか。 田のふちに沿い、川を渡り、山の小道に曲がった。沼に着くと、さらに奥へ向かいたくなった。 山のなかからUターンして帰るころ、強い風が吹いてきた。「ふつうの人も山で死んだりする」と思った。 緑色の沼がかなり下に見えた。 雨が降ってきた。冷たい雨だった。家からそのまま出てきたから、カサはない。携帯もない。防寒具の帽子も手袋もない。 一時は雪がまじり、吹雪のようになった。むかいの山がななめに降る雪か雨でよく見えなかった。とにかく寒かった。「放浪した小野小町になりたかったけど、現実はたいへんなんだ」と思った。 この日はこのあと、ほかにも忘れられないことがあった。山の小道の峠を過ぎたころ、通ってきた麓から、甲高い「ピー」という声が響いてきた。人間の口笛だと思った。それはもう一回響いた。 でもわたしが麓を通ったとき、人の気配なんかなかったのだ。だいたい、人家から離れた山の中だし、狩猟期間も終わっている。時間帯だって、雪まじりの夕暮れだ。人のいる意味がない。 こわくなった。だから、口笛が響いたとき、「悪魔の声だ。わたしの犬を呼んでいるのだ」なんて思ってしまった。パニックに陥ると、すぐに非現実的な発想を受け入れてしまうのだ。 「犬が呼ばれてしまう」 わたしは走りだした。ちょうど下り坂だったので、どんどん走った。でも、人家はまだまだ遠いのだ。 恐怖に駆られて逃げ出してはいけない。・・・・・・このことをまた守れなかった。 必死で走っているとき、ふしぎに思ったことがあった。ほんとうに怖い人間に追われているのなら、山の斜面に分け入った方が安全だ。でも、わたしは目の前にのびている道をひたすら走っている。道があると、そこだけを頼ってしまうようだ。 家にはいると、外は真っ暗だった。風で窓がガタガタ揺れた。家の中から見ると、とても散歩したい気持ちにはならない風景だ。散歩している人がいるとも思えない。そんな暗く寒い野外を歩いていたのだった。 でも、赤いノイバラのつぼみを見つけた日でもあった。 (「ピー」という人の口笛は、鹿(シカ)の声だったのかも、そう思ってみたりしている。そのあたりで群を目撃した人がいるので) このころ、精神的に「息が苦しい」と感じた。これまで、好きな世界の深奥に、深い海のような所に一人で入っていけば、生きていく上で大切ないろんなものが汲み取れるように思っていた。 深海に向かっていると信じていた。でも、息が苦しいということは、実は浅瀬でもがいているのかもしれない。 それに、自分を人間だと信じて疑っていなかったけれど、古生代のアンモナイトか何かだったのかもしれない。陸に上がりたい。人とまではいかなくても、せめて蛙(カエル)くらいには進化したい、と思った。 前にも書いたけれど、人魚姫の気持ちがわかる気がした。美しい豊かな海底にいたのに、陸に上がりたがった。声という、自分らしさを表現する術を失っても。痛む二本足で地上を歩いても。 アンデルセンの人魚姫について、こういうことも思った。 人魚姫は姉たちからナイフをおくられて、寝ている王子のところへ行く。手にしていた刃物は、かつて人魚姫の下半身をおおっていた、銀色に光るウロコの一枚ではなかったか。なつかしいやさしい海へ帰してくれるナイフは。 ・・・・・・自分を人魚姫とちょっと同一視している元には、「姫」ということが関わっていただろう。その反動でか、こうも思った。 人間になりたい人魚姫は魔女のところへ向かう。だんだん海が暗くなる。王宮で暮らしていた人魚姫(わたしの考える人魚姫なので、「ギョヒメ」と勝手に呼ぶことにした)には、見たこともない魚や生き物に遭遇する。彼らは驚いたことに、王族のギョヒメを無視した。あるいは反対にニタニタと笑いかけてきた。 ギョヒメが通過していくと、そういう深海の生き物たちがどこからともなくもっと集まってきて、目を光らせ、ギョヒメのしっぽがさらに暗い水底へ消えていくのを見ていた。 ギョヒメのしっぽは、とても美しい尾とされていた。彼女が光満ちた、海中の白い砂底にたつ白亜の王宮にあったときと同じように優雅にひらめくのを。 だから、とても美しいと称賛されていたギョヒメの人魚としての最後のすがたを見たのは、これらの異形の気持ちの悪い生き物たちだったのだ。 でも、ギョヒメはほんとうに美しかったのだろうか。優美だったのだろうか。 いいえ、ギョヒメは美しくなんかない。上半身が人間、下半身が魚のウロコに覆われた彼女のどこが美しいのでしょう。 目を背けたいほど、気持ち悪いではありませんか。 さきの生き物たちの方が、鳥が鳥であるように、魚が魚であるように、美しい。 それに、人魚の目撃談を聞いたことがあるだろうか。 人魚を見た人はすくない。きっと人魚は、嵐の夜や、津波、洪水。そんなとき、人間の苦しむ声や叫び声、親しいものを失った悲しい鳴き声が聞こえるとき、海面から顔をのぞかせている。 金子みすゞの詩、「おおばいわしの大漁だ 浜は祭りのようだけど 海の中では何万のいわしの弔いするだろう」とは逆のことが起こっているのではないか。そして人魚は海の生き物の王であるそうだ。 人魚はなんと醜く、気持ちの悪い生き物だ。 さて、人魚姫が向かった魔女の住居は、とても暗く薄気味の悪いところだったろう。遠い海の果てだったろう。そして魔女は、人魚姫とは残酷な対照をなすほど、醜かったろう。容貌と同じく、吐き出される欲望も顔をそむけたくなるほどだったろう。 とはいえ、人魚姫が相対した魔女は、じつは人魚姫自身でなかったか。 簡単に欲望の実現をゆるしてしまう甘い自分自身。また、美しい声を自分の美質としっかり認識している自分自身。人魚姫と魔女は、鏡にむきあった自身ではなかったか。 ・・・・・そんなわけでアンデルセンの原作を読んでみた。そしたら、なにげなく読んだ『モミの木』(もみの木)という一編に圧倒された。 『マッチ売りの少女』のラストといい、アンデルセンは心に感じたことを、見事にイメージ化し、文章で表現している。そこに表現された、追いつめられた苦しい気持ち、心情はわたしの深く共感するものだ。 なお、人魚姫は、空気の精になったとき、生まれてはじめて涙を流す。女性は泣くものとされているし、それに、それまでつらいことも多かったのに。わたしは、失恋が許されているのだ、と思った。人魚姫は失恋がテーマであり、大人のための「童話」だ。 このころ、こんなイメージをもった。わたしは、地面にしゃがみ込んで、蝋石(ロウセキ)で、静かになにか字を書いている。そうして、人を待っている。 どういうことだろう? 自分を清らかで楚々とした気持ちにしておきたいのではないか。 こんなイメージのために、出所かなと思う『嵐が丘』(エミリー・ブロンテ)を読んだ。久しぶりに読んだ。キャサリン(アーンショウ)がヒースクリフとリントンとのあいだで引き裂かれ、絶望し、狂ったところを。 田げり(タゲリ)のくだりも最高。 やはり、この小説好きだ。大好きだ。冷たい、でも清らかな強い風に吹かれたい。丘の黄金色のクロッカスがうれしい。また、“あの輝かしい世界に行きたい。この牢獄から抜け出したい。もう涙を通して、痛む憧れの心を通して見るのではなく。” NHK『新日曜美術館』をつけたら、ニューヨーク、セントラル・パークでおこなわれたクリスト&ジャンヌ・クロードの「ザ・ゲート」(2月)が特集されていた。 新聞記事で読んだときも、そしてこれまでの代表作の写真を見たときも、いいとは思わなかった。美が感じられなかったから。 でも、この番組をみていたら、「すばらしい!!」と絶賛に変わった。 冬の木立の公園にひるがえるオレンジ色(サフラン色)の布は、『嵐が丘』の「ゴールデン・クロッカス」だ。 それから、美術というよりアートと表記された方がしっくりくるようなものの在り方に、今更ながら希望を感じた。個々のプロの作者ではなく、“市民”が平等に参加し、享受するということ。 【追記】 このイベントの効果については意見が様々らしい。それもおもしろい。 目がかゆい。鼻がかゆい。今年は例年よりも大量に飛散、と盛んにいわれた。 花粉症に苦しむ人は多い。わたしはもう、沈丁花のあまずっぱい香りを吸っていない。 従来、春は喜びの季節で、それは歳時記をみても、詩歌などにたくみに表現されてきた。しかし今後は、人々の春に対する思い、“春観”が変わるのかもしれない。 長野県へ。 道の駅「雷電くるみの里」(東御市)でエプロン500円2まい買う。 美ヶ原越えを主張するも、積雪で断念。 予定外で行ってみた、武石村の福寿草の群生に圧倒された。しょぼくなんかなかった。雪の残る山林の斜面に、金色のじゅうたんのように咲いていた。ゴールデン・クロッカス(『嵐が丘』)はどこにでもあるのだ、と感動。 武石村公園の奇妙な尾根の小山もよかった。うねうねと続いている低山だ。とちゅうの切り通しの道が気に入った。 丸子町のあたりからか、「千曲ビューライン」という道に入る。とても美しい。夕焼けの山道をゆく心地よさ。丘陵を通る。畑地が広がっている(かつての御牧村(みまきむら)、御牧ヶ原台地、御牧高原らしい)。360度パノラマの山々、ピンク色に染まる浅間山。北海道でなくとも、こんな所があるのだ。 長野県はほかでも、いい土地、豊かな場所に思われる。 人間でよかった、と思った。 前はほかのものになりたかった。とくに風や空ゆく雲。限りない美しさや、衰え・悲しみのない永遠がほしかった。 でも、いまは限りある命の人間でよかった。死ねることがうれしい。どんどん時間が経って、驚くほど老いていくことがうれしい。 あと、天国も地獄もきっとないことがうれしい。この世での苦しみ、行いをひきずっていかなくてよいことがうれしい。 もしわたしが不老不死で、いつでも自死できる権利をもっていても、結局「死」を選ばないだろうから。塵のようなささいな欲に引きずられて、死を自ら選び取ることはできないだろう。 必ず死ねる人間でよかった。 わたしには何もない。美しさも。賢さも。善良さも。あるのは不健康な心。しょっちゅう発症してしまう心。ぶちぶちと病毒のような暗い言葉ばかり吐き出す心。 ・・・・・・わたしには自己肯定感がない。いつもいつも自分を最低なものにしてしまう。 埼玉県の秩父地方(奥秩父)の山もよかった。三峯神社、大滝村とかのあたり。山肌がけわしくて、雪が積もっていた。 甲府市の山梨宝石博物館では、美しい宝石、鉱物を堪能した。ひとつ200円の小さな虎目石や何種類かの水晶、銀色のヘマタイトを買った。ほかのお店では、紫水晶を買った。それは900円近く。 諏訪湖畔のサンリツ服部美術館は、優美なものや、豪快な古美術があった。朝鮮王朝時代の壺の龍が心に残っている。有名な美術品が多数所蔵されているようだった。 諏訪市博物館もよかった。精巧でふしぎな形の縄文土器に魅了された。なんだか妙に熱いような独自の観点の説明文が印象的だった。 でも、この旅行でいちばんすばらしかったのは自然。 夜見た諏訪湖は、周囲に街の明かりを配し、女神の腕輪みたいだと思った。色とりどりの夜景は、腕輪のたれさがる飾り。 昼間のスワ湖は、猪苗代湖で知った「天鏡」(天鏡閣)という言葉を想起させた。でも、美術館でお茶をのみながら見たら、茶色く濁り、白い大きな波が立っていた。その荒々しさもいい。 それから、諏訪湖周辺の山。それから、帰りの高速道路から見た八ヶ岳と富士山。富士山は、雪をかぶり、いかにも霊峰という感じ。山部赤人ら古代の人も西日本から来て、こんな驚きをもって出会ったのだろうか。 ハルナやアカギのある群馬より、すばらしい風景の場所に思った。諏訪大社の「大祝」やその一族は、誇らしい気持ちで居館からこの地を眺めていたのだろうか。 「いちばんすばらしかったのは自然」と書いたけど、そこには初めて見た諏訪大社の各神殿もふくまれている。わたしには自然に属しているもの、自然と同化しているものに思えたのだ。 四つの社の印象は、ある社の木の長い廊下もすばらしかったけれど、例の「御はしら」。おんばしら。 本殿の四隅に立てられた白木の柱。枝は落とされていた。モミの木ということにも興味を惹かれた。 で、この柱がよい感じなのだった。 考えて見ると、この柱も山や湖とおなじ自然のもの。人間が取り入れた自然だ。 そして、巨木の柱は、単純に縄文文化を想起させた。昔の人は、自然のものを取り入れることの価値を知っていたのだろうか。 美術やお酒、町並み、温泉、ごちそうよりも、これらの自然に魅了された小旅行だった。 あと、古事記だけでなく、諏訪大社をめぐる中世以降の歴史の話もおもしろそうだった(古事記の記述自体、ウソでもあるらしい) 買い物に出かけたが、気が変わって妙義山へ。反対側の下仁田町まで降りた。よい山里だった。 やっぱり岩山が好きだ。奇怪な風景、荒々しさと清々しさのある風景。岩と木のある風景。 末日。 畦道(あぜ道)をあるいた。うっとりとした。いつの間にか、黄色いタンポポが咲き始めていた。ほかの花も。 「今年も春が来た」 4月 |