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1990年代後半 インターネットと出会う。「自分もホームページをつくって展覧会や本の感想をのせたい」と思う。そのころ想定していたサイト名は「き」や「キ」。美術鑑賞記や感想記を書きたかったからです。 2000年ごろ 『富士日記』や『日日雑記』を書いた武田百合子さんについての情報ものせたくなり、構成をメモしはじめる。しかし、実際には行動しないまま月日が過ぎていった。 2002年10月 「このままではだめだ」とハッパをかけるためにスペースを取得。ところが、トップページの「武田百合子さんの年譜や作品リストをのせたい」という言葉をまもなく、「準備中」に書き直すや、何もしなくなった・・・ 2003年3月 高崎市タワー美術館(現在)にいきました。4月、サイト名を「KI」(当時)に決めました。漢字ばかりになるだろう自分のページのなかで、目立つと思ったからです。 フォームに展覧会の感想を打ってできたファイル「geodiary.html」を「雑記」と名づけてup。開設からすでに半年経っていました。なぜ始めることができたのか、今でもわかりません。 (当時の作成方法) その数年前 「ホームページビルダー」を入手し、「自分はこれで作るのだろう」と、ぼんやり思っていました。 2002年夏 図書館関係の講習で、「タグ」で挟み、「メモ帳」でもつくれるという基礎を初めて知りました。 この「香林書房」(当時のサイト名)はフォームに文字を打ち込んだだけで作成できたファイルをコピーしたものです。銀色の文字と赤い区切り線(セパレータ)は、最初の設定時に気に入ったのですが、見づらいなと困ってもいます(当時) 「世の中にはたくさんのホームページがあるので、どこかにはソフトも使わず、タグとやらも入力しない方法があるだろう」と甘く考えていました。充実したホームページはHTMLのことを知らなければ作れない、とわかったときはショックを受けました。 最初の見通しとはちがって、ほんの少し学びつつ、更新するようになりました。しかし、ローカルで表示する方法を知ったのもずいぶん後です。作成・管理の知識は無に等しいので、薄氷を踏むような気持ちでいます。「更新履歴」を設置したり(当時)、入門書をひらいてタグを変えてみたりしています。もっと読みやすいサイトにしていきたいです。 ※サイト名は「KI」(当時)ですが、わたしは頭の中でひらがなやカタカナで思い浮かべたりすることもあります。表記・名称は変わるかもしれません。 上をupして1年が過ぎました。そこで述べたように、展覧会の感想から始まったサイトでした。それは、東京や大都市の大きな美術館の感想は読めるけれど、わたしが行くような所のものはほとんど見あたらなかったからです。 このページは後に「眼玉と歩いた 眼玉の感想」へ変わりました。タイトルは、武田百合子さんがエッセイに使う「眼玉」という言葉と、村田喜代子さんのエッセイ『目玉の散歩 アメリカ篇』が好きで、それらの魅力にあやかりたかったので付けました。 また、美術館というのは、自分の足で歩きまわってアートに出会うという、ふしぎな場所だと思います。歩くという運動と、巡り会うすばらしい作品によって、頭がぼうーっとしてきます。自分が無くなります。そんななか、目玉だけがクリアになって、「もっと見たい! もっと見たい!」という欲望が渦巻いて充満し、一匹の生き物のようになって、わたしをぐいぐいと引っ張っていくような感覚がするのです。 そういうことを、武田さん、村田さんの本に触発されたのでした。しかし、一生懸命考えたけれども、おふたりの言葉、表現、文章にはとうてい及びません。 また、目にこだわるのは、いまの美術館では見る(観覧)ことしかできないからです。わたしは、お店でお茶碗や器、布、服のすばらしさに気づかされました。所有して身近に置いて賞美することも大事な要素ですし、所有しなくても、手に取り、持つことで一層楽しくなる物があるのでした。したがって今後、コンテンツ名は変わるかもしれません。 「山月記」 2003年6月ごろ、それまで山を歩いたときや帰宅後にノートに書いていたような感想を載せるようになりました。タイトルは「山記」とか「山楽記」「楽山記」で迷いました。日記ではなく、月記を書きたかったことが決め手になりました。後で2004年2月になって、有名な日本の小説(高校の教科書にも載っている)と同じである恐ろしさに気づきました。 そのときは、木を揺らす風や、空気(シェイクスピア『テンペスト』のエアリアル・アリエル!)も好きだから、「風月記」に変えよう。しかしそう決めるや、あの中島敦の短編の格調の高さ、人間の哀歓を美しく表現しているところ、叙情など微塵もないわたしの文章には、「山月記」というタイトルが野暮で田舎っぽい名前として合っているように思ったのでした。 はじめは「山月記 自然についての感想」というタイトルでした。ずいぶん経って「田舎暮らし」と入れたら、書く対象が広がりました。山野を散歩をするとき、頭に浮かぶ本、詩歌(和歌・短歌・俳句)や小説、エッセイ、農作業や山村地域での生活も加わるようになったのです。 ささやかな記憶の本棚 ほんの感想 本の感想が自分に書けるとは思えませんでした。それでも何かしたくて「よかったほんのリスト」を始めました。ただのリストでした。2003年夏ごろ、感想を挿入するようになって二つに分けました。 以前から読書年表みたいなものを作りたいと思ってはいました。拙リストなり、感想からは、自分がとぼとぼと頼りなく、ときには楽しく歩いてきた跡が、自分にはすこしは見える気もしています。 2003年秋、数年前から考えていた武田百合子さん関係のコンテンツ(現在は直筆草稿の画像、年譜、作品リスト、参考文献など)をようやく置くことができました。百合子さんのファンサイトと、アート・本・自然についての感想をのせたサイトにすることが夢でした。もう分野(カテゴリー)は増えないだろう、と思いました。 ところが、ある映画のあまりの衝撃に、映画の感想帳を作ってしまいました(テアトルてれび)。「テアトル」はシアター、劇場、映画館。思えば、わたしは現実のそこへは行かず、家のテレビで出会う映画に“感動”しています。それで、こんなタイトルにしました。 そのほかのコンテンツは、「あったらいいなあ」と思いつつも、わたしには作れそうにないものでしたが、衝動的に出来てしまいました。 これは反省点でもあります。ファイルはごく簡単に作れてしまうのです。
2003/11 インターネットに出会った頃、個人のサイトで展覧会の感想を読み、自分もこういうものを書きたい、と思いました。しかし、当サイト作成のいちばんの動機は、武田百合子さんについて載せることでした。やっと、その目的を果たすことができそうです。 2003/12 六本木ヒルズの森美術館に行ってみようかと思っています。若冲のにぎやかな屏風を見に。3年前、京都国立博物館では静岡県立美術館の屏風も展示されたそうですが。 2004/1 今後したいこと 【百合子さんミニ事典】 言及されている生き物や植物についての宝石的「百合子さんのことば事典」。植物の写真や絵も載せたいです。それから、ごちそう帖・「百合子さんのメニュー」。しかし、ミニとはいえわたしには事典なんて無理だし、畏れ多いと気づき、あれこれを作ってみました。 2004/1 森美術館『ハピネス』展、ブリヂストン美術館、メゾンエルメス「歴史の歴史」(杉本博司)展のメモが見つかりません… 今度は「記憶の本棚」を追加したいと思っています。 2004/2 百合子さん関係で高い買い物をしてしまいそうです。 『ku:nel』という雑誌の創刊号(2003/9/20発売)の花さんのインタビューとカラー写真(「写真家・武田花が語る 母・百合子との富士山荘の思い出」)をご覧になって、百合子さんの世界に惹かれる方がいらっしゃるようです。 また、今月25日にはKAWADE夢ムック文藝別冊『武田百合子』が出版されるそうです。(『クウネル』は『anan(アンアン)増刊』として2002年から3号刊行され、隔月刊誌として「創刊」されたようです) 2004/2 「profile」のページをつくったら、好きなことばに“Find your voice”“Listen to your portrait”“初心を忘るべからず”と入れたいこの頃です。(上から、須賀敦子さんが教え子に語った言葉、宮脇愛子さんの作品名、世阿弥の風姿花伝「第七 別紙口伝」) 武田百合子さんにまつわる高い買い物、あきらめました。しばらく悩んだのですが、わたしには高かったです。後ろ髪引かれる思いでしたが、そういう物とは離れたところで、何か鉱脈を掘り当てていきたいと考え直しました。 (次の機会があったら、わずかな財産すら放出してしまいそうですが) 2004/2 夜中 退官した大学教授から頂いた『マリ・クレール』をぱらぱら見ていたら、発見がありました。安原顯さんが依頼したことは知っていたけど、調べていませんでした。百合子さんの映画評や彼女の本についてのレビューはかなりあります。しかし、ご本人の書評は初めて読んだ気がします。小川徹さんへの愛情がつたわってくる文章でした。百合子さんの世界のキーワードのひとつは「眼」だと思うので、そこにこの語が使われているのも気に入りました。発見をすぐに報告できるなんて、ホームページをつくってよかったです。 2004/2 武田百合子さんのリストなどに間違いがありました。それも、百合子さんを熱烈に称賛した安原さんのお名前を、「顕」として長らく平気でいたのです(!) …実は以前も中村真一郎さんに「朗」を使っている箇所がありました。恥ずかしすぎます。 ところで百合子さんにまつわる買い物とは、自筆原稿でした。ここに画像を公開して“共有”したいと夢見ていました。 2004/2 海月書林/市川慎子さんが武田百合子さんの未確認作品(年譜内)における文章の引用・リンクを承諾してくださいました。 海月書林さんは百合子さんの作品にも愛情をもって扱っています。ぜひ覗いてみてください。 『日日雑記』が、連載時と単行本では内容がちがうことに気づいたのは最近です。百合子さんが選び加筆した本こそ、結晶的な作品かもしれません。また、削除には配慮もあったようです。 そこに気をつけながら、年譜・全作品リスト【書き出しつき】に加えていきたいです。 2004/3 たいてい図書館で借りるので、記憶の中のページしかめくれません。そこで以前、名まえを変えました(最初は「よかったほんのリスト」だったかも) それまでも感想のメモを取ることはありました。しかし直接、記憶の本棚の元になったのは、机の引き出しの中の「いつかは買いたい」リストでした。 2004/3 upしたのに、しばらくして読み直すと、思わず腰が浮きそうになったりします。あまりに拙いので。あわてて書き直すのですが、 武田百合子さんの未収録・未発表作品についてはとくに難しいです。わかり易く説明しなければならないのに、こちらの頭の中がこんがらがって、ぐちゃぐちゃとした屁理屈みたくなってしまいます。それでも、百合子さんについて、いくらかでも伝わってくれるといいなと、ムシの良いことを願っています… 2004/5 写真のあるサイトをうらやましく思っていました。そもそも、どうやって撮ったり、upするかもわからなかったのですが、機会があり、アルバム(散歩道)を作ってみました。 2004/5 迷っていたのですが、勇気を出して作ってしまいました 『武田百合子全作品』未収録作品集 単行本化のリクエストです 興味のある方、ご参加ください ・・・ドキドキしています。
などと宣伝したこれに、数票の投票がありました! とてもうれしいです。投票してくださった方に「ありがとうございます!」と伝えたい気持です。だれの投票もなかったらどうしよう・・・と悩んでいたのです。 2004/6 神無月さんが貴重な情報を寄せてくださいました。『遊』1981年10月号「特集・食べる」のアンケート〈24人の私を変えた劇的味覚事件〉に百合子さんの回答が掲載されているそうです。これは『文藝別冊』にも載っていません。『映画芸術』No.318・No.321についても、詳しい情報を寄せてくださいました。 また『「ことばの食卓」(武田百合子作品集)の解説、埴谷先生に引用して頂いた「百合子まんだら」(60枚)は、「全作家」35号(平成6年8月)に発表しました。埴谷先生にはコピーを差し上げたので、出典をお知らせしませんでした。私も作品集以外の未発表作品その他、早く読みたいと思っています。』 『今後ともよろしく。百合子さん関係の新情報を待っています。』 『高岡陽之助』 ・・・そうです、埴谷雄高氏が『武田百合子全作品5』で紹介している「百合子まんだら」の著者ご本人がメールをくださったのです! お二方とも、本当にありがとうございました。寄せていただいた情報は掲載させて頂きました。 あれらのページは、武田百合子さんのファン、すこしでも興味をもたれた人々と“共有”できたら、と夢みております。なにかご存知の事がありましたら、ぜひご一報ください。 2004/6 『文藝別冊 武田百合子』のおかげで、新たに百合子さんの9本の文章、1つの鼎談を入手できました。(収納場所から、勝手にバスケットコレクションと呼んでいます) 「百合子さんの作品(works)リスト 冒頭・抜き書きつき」をつくりたいと思っています。 →未収録作品のリストをつくりはじめました 全作品リスト+冒頭・抜書+ 2004/7 武田百合子さんの年譜における引用・リンクを快諾してくださったboo-sukeさんが「とにかく吉行淳之介」のリンクコーナーで紹介してくださいました! ありがとうございます。 百合子さんは20代のとき、同人「世代の会」に加わります。矢牧一宏、遠藤麟一郎、小川徹(『映画芸術』の元編集長)、八木柊一郎(劇作家)、中村真一郎、いいだもも、中村稔など、そこで出会った物書きの人々とは晩年まで交流があったようです。高名な小説家・吉行淳之介さんもそのひとりです。吉行さんは武田百合子さんにとって、また、森茉莉さんにとっても、最愛の作家のひとりだったようです。 たとえば百合子さんは、吉行さんが現代語訳した井原西鶴の『好色五人女』の刊行時、吉行さんと対談したり、吉行さんの人柄が伝わってくるような文章を寄せたり、尊敬する本として彼の小説を紹介しています。 「とにかく吉行淳之介」さんはそんな魅力ある作家への愛情に満ちているサイトです。 (2004/10/4修正) 2004/8 なんでだか、武田百合子さん関係の更新をつづけている。 『高慢と偏見』も映画化され、主要作品のほとんどが映像化されたジェイン・オースティンのことも書きたい。夏目漱石のこと、その門下生・野上豊一郎の訳、『トムは真夜中の庭で』、メアリ・ベネットとメアリ・クロフォードのこと。なのに、Jane_Austenフォルダを作ったまま中断している。 2004/10 秋灯し机の上の幾山河 「山月記」に秋っぽくなってきた9月のことを書きたいし、琳派(RINPA)展(東京国立近代美術館)や、その常設展、靉光の絵、府中市立美術館での遠藤彰子の展覧会などの感想も「眼玉と歩いた」に書きたい。オースティン作品の関連物リスト(+感想)や、作中に出てくる部文芸作品『マンク』『ハムレット』のことも書きたい。「武田百合子さんあれこれ」も“食べる食べる”(仙人・仙界比)や、熱い文章を残してくれた安原さんのことが書けそうな気がする。 でも、(もう続く言葉はおわかりでしょう)、忙しくて、あるいは疲れて書けない。 大人って、時間がない。高度文明社会のおかげで、わたしの寿命は延びたかもしれないけど、本当に生きられる時間はわずかしかないような不安に駆られる。 日々生きていると、書きたいことが増えていくし。吸って吐く息が文章になったら、どんなに楽だろう。 2004/10(2005/5/5加筆修正) アドレスが変わりました→http://www.geocities.jp/utataneni/ 旧アドレスhttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/1951/でも表示されます。リンク切れを見つけましたら、ご一報下さるとうれしいです。 www.geocities.jp/***の「***」は作成者のIDあるいはニックネームとされています。しかしサイトに名前をつけるような気持ちで考えました。はじめはイタリア語(ルネサンスのパオロという画家の名前であり、鳥のuccelloとか、ポストカードの無人の浜に一艘だけ描かれている皮みたいな黒い小舟 barca、小鳥の飛び立つ山 collina)にするつもりでした。ところが、もう登録されていました。 そこで、携帯電話のを決めたときのように、大島弓子さんの作品名や、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』の原文から好きな言葉、あるいは樋口一葉の『にごりえ』、枕草子、源氏物語、古今和歌集、梁塵秘抄の「舞え舞え蝸牛」、閑吟集をめくって考えてみました。そういうふうに日本語に浸っているうち、知ったかぶりで外国語にするのが、はずかしくなりました。 そしてわかったことは、自分は短い名前にしたいのだけど、そうすると、母音と子音の組み合わせであるアルファベットでは長くなること。それから、名詞に限られるということ。 かといって、名詞にすると、サイト名、(わたしのなかでの)愛称の一つではなく、いかにも管理人の名前になってしまうし、意味が限定されてしまう。 そんなとき、本をぱらぱら見ていたら、『にごりえ』というタイトルが新古今和歌集の歌にもとづくことを知りました。遊郭とそのまわりの下町の、少年少女の恋あり、戦いあり、忠義ありの青春挽歌・哀歌『たけくらべ』は、有名な伊勢物語の第23段、いわゆる「筒井筒」を典拠にしているとか(愛読していながら、ぜんぜん気がつかなかった自分にショックをうけました) そんな経緯ののち、無い頭をひねってようやく、「うたたねに(うたた寝に)」に決めました。“本歌”である古今和歌集、小野小町の「うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものを頼みそめてき」(No.553。巻第十二「恋歌二」の巻頭歌「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば醒めざらましを」のつぎ。なお、そのつぎの歌も小町。「いとせめて恋しきときはむばたまの夜の衣をかへしてぞ着る」 三首とも題知らず)が好きということはもちろん、夢はいろいろなことを教えてくれるからでもあります。 ところがいまは、大島弓子さんの作品から「itsukamidorini」(いつか緑になる日まで)とか、「budouya」(葡萄夜)とか、そのほかいろいろな佳作のタイトルにあやかるのもよかったなあ、と残念にも思っています。 2005/06/12 当サイトの実質的なスタートから2年が経ちました。 この間のもっとも大きな変化は、ブログを始めたことだと思います(2004年3月) いまは、更新したものをブログとこちらの両方に載せ、その後、こちらで加筆訂正・修正しています。これは効率的ではありません。 たしかにブログはとても楽です(最新の更新を簡単に確認できる。作るときもHTMLのタグをほとんど打ちこまなくてすむ。フォームに書きこむだけ、アドレス(ファイル名)もつけないのに、簡単にカテゴリーに分けられる等) 時間の流れに沿って、過去の記事から現在へと表示できるようになったら、ブログ1本にしぼってしまうかもしれません。 わたしは、文章を過去のものから時間を追って読むのが好きなのです。 HPのファイルをつくることは、もしかしたら本をつくることに似ているかもしれません。新しく書くのと同じくらい、あるいはそれ以上に、わたしは書き直すことが好きです。それぞれのページは文字通り、紙のページとおなじように思われます。 自分の書いたものをいじくりまわすということは、自分好きなのかもしれませんが。 いっぽう、この1年間のもっとも大きな問題は、更新頻度です。サイトを閉めた方に、「心に浮かんだことを書けば、続けられると思う」と言ってしまったことがあります。しかし、欲張りで怠け者のわたしには難しいことに気がつかざるをえない最近です。 2005/08/14
『武田百合子全作品』未収録作品集 単行本化のリクエストが増えています。思い切って「オーナー」になって作成したものの、差し出がましいことをしてしまったかなと不安でした。とてもうれしいです。多くの方の投票が、この世にすてきな本を誕生させてくれるのだと思います。 2006/7/29 このホームページを始めて3年が経ちました。 始めて一番よかったことは、ふだんの生活ではお知り合いになれないような方々から、情報提供や感想、ご連絡などをいただけることです。 武田百合子さんのファンサイトという面では、テレビ番組『ゆるやかナビゲーション』(2006年、NHK)や、『KAWADE夢ムック 文藝別冊 武田百合子 天衣無縫の文章家』(2004年、河出書房新社)にも、ごく、ほんの少しですが、関わらせていただくことができました。高校生のときに『富士日記』で百合子さんの魅力に出会い、少しずつ調べて書いてきた一般人としては、望外の喜びです。 ![]() 『武田百合子全作品』未収録作品集の出版リクエストのコメントや、インターネットのさまざまなところで、百合子さんのファンの方の熱い感想を読むこともできます。 インターネットの社会に遭遇できた幸運にも感謝しています。 |