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眼玉と歩いたイタリア
とりとめない感想を書き足していきたいと思っています

ミラノ


 空港に着いたのは夕方。近くには山がそびえていた気がする。あたりはオレンジ色ぽかった。
 バスから見る町並みは、ふつうに思えた。後日、道路わきに農家のような建物がけっこうあって、惹かれた。道をただ行くのでも、日本とは違うようだ。もちろん、外国旅行者の感傷的な目だからかもしれない。

 ホテルに着いたのは夜9時くらいだったかもしれない。道路をはさんだ前の駅に、お店の明かりが見えたので、財布を持って出かけた。人通りはほとんどなかった。
 駅のコンビニのようなところに入った。店員に何か言われた。自分から入っておいて、そして、イタリアに来ておいて何だが、わたしは日本語以外わからない。お店の人の身振りでようやく閉店だとわかった。わけのわからない外国人に迷惑したことだろう。
 外の、車がお店になっているようなところで、何か食べ物を買った。飲み物だったかもしれない。そこにはツアーのほかの人たちもいた。
 地元の銀行で手に入れてきたユーロを初めて使った。というか、初めて外国で買い物をした。お金をにぎった手を出したときの緊張感。
 電気のついた長いホームに数人が立っていた。しばらく見ていたけど、電車は来なかった。


スフォルツァ城

 寒い早朝。城壁のそと、噴水のそばに集まっているのは同じような日本人ツアー客ばかり。
 結局、このイタリア旅行で見たアジア人観光客は日本人ばかり。一度、韓国人らしい学生グループとローマの教会ですれちがった。
 フィレンツェの広場に、中国人の若い男性、女性たちが名前を色鮮やかに描くバイトをしていた。書いてもらった。以前、初めての海外旅行で中国に行った家族が、たいへん希少なお土産のように持ってきたもののアルファベット版。3ユーロだった気がする。鳥の絵をいっぱい入れた漢字にしてほしいと、自分の名前を書いて筆談してみたけど、断られた。でも、名前を見て、日本人か?と聞いてきた。そうだと答えた。……今思うと、何語でどうやって意思の疎通を図ったのだろう。
 外国というと、あらゆる人種が歩いているように思っていた。しかしイタリアでは、黒人はほとんど見なかった。

 話が逸れたが、城壁か建物には紋章がついていた。この時から、幾何学的な形で構成されてシンプルなようでいて、魅力に富んでいる紋章のデザインに惹かれるようになり、石壁に羅列されていたフィレンツェのサンタ・クローチェ教会で熱中した。
 さて、城壁をくぐり、緑地を通って、前の日本人観光ツアーに並び、待って、狭いドアから石造りの建物に入っていくと、暗い部屋にいきなりミケランジェロのピエタ。こんなものがあるとははっきり知らなかったし、ぜんぜん完成作ではなく、むしろ石なのに、感動した。メモ帳代わりのスケッチブックに落書きをしてしまった。
 あとは、ガイドに連れられ、どんどん歩いて出た。ローマ時代っぽい柱が気になったりしたのだけど、ピエタしか見なかったわけ。
 しかも、後で本をみると、あのすばらしいピエタは出口近くにあるという。日本人観光客は出口から入り、すぐ出てきたのか? これがわたしのスフォルツァ城美術館体験である。
 裏の公園にはちょっと居た気がする。白っぽい大きな犬が飼い主に叱られていた。といっても、芝生にお坐りした犬に、飼い主が体を傾けて、指を出していた。諭している感じだった



大聖堂(ドゥオモ)

 ガラス天井の商店街。ヴィットーリオ・エマヌエル2世のガッレーリア(アーケード)。黒地に金文字の看板のマクドナルドがあった。そこを出て行くと、大聖堂があった。白っぽくて大きい。
 なかにたいへんな衝撃をうけた。柱の林立する暗い堂内。初めて、日本とは別の文化があることがわかった。そして、どちらの文化が優れているとかは問題ではないことが。
 それから、柱はそびえる巨木。床のタイルは花模様なので、まるで地面。遠くの色鮮やかなステンドグラスは、光を浴びて輝いている樹上の花。ここは森みたいだ、と思った。
 修復中だとかで、教会内の壁際に重機が入っていた。最初は目を疑った。教会の大きさといい、スケールが違う。


 レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館
 細かい素描にびっくり。黄色っぽい博物館の外についている、白い天使がよかった。
 名物のカツ(薄い)をレストランで食べた後、ヴェネツィアへ(向かったのだと思う)。
 ……確かに半日しかいなかったのではあるが、これくらいのことしか思い出せない。

 ミラノからは平らな道に畑が続いた。イタリアの自然は何だかつまらないようだ。山がないから、と思った。


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