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昭和初期の内港風景で、正面に洋風建築物の「宇和島運輸KK」が見え、現在の新橋通りに当たります。
渡し船の位置が、国道56号線になります。 |
上の写真の反対側、市内中心部より港外方面を撮影。
正面に戎山と九島山が見え、渡し船の位置が現在の国道56号線にあたります。 |
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大正時代の宇和島鉄道の宇和島駅舎。
(二代目) |
宇和島鉄道が吉野生まで延長し、その開通直後の記念写真。
大正13年12月写す。ドイツ製、コッペルの機関車が見える。 |
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大正11年、昭和天皇(当時、摂政の宮)宇和島に行幸第一歩の写真。(場所は樺崎桟橋) |
| 昭和天皇(摂政の宮)供覧のため、新調された「八つ鹿踊り」大正11年、一宮神社前で。 |
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当時国宝で、日本一大きな「追手門」。
門の内側は、「昭翠園」なる名称の、広く一部庭園風の「公園」になっていました。 |
旧制宇和島高等女学校、校舎新築落成の記念撮影。
宇和島建築会。昭和8年5月。 |
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第二次世界大戦の宇和島空襲で、焦土と化した宇和島市街。
伊吹八幡山から写す。 |
宇和島盛運汽船KKの沿岸航路の汽船。
何丸か船名不明。 |
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昭和初期、一宮神社の祭礼の練り物で、
裡町五丁目の「凱旋桃太郎」です。
鶴島神社前、参道の松並木前で。 |
| 藤堂高虎による築城当時の「宇和島城」天守閣想像図。 |
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