昔、一銭店と言う“駄菓子屋”さんがあり、店に入るとき「ハーイー」と声を
かけると、奥の方から”おばさんが“「ハーイー」と言って出て来る。
「ハーイー」は、“ご免下さい”とか、“いらっしゃい”、“今日は”などの挨拶語と
してして使われ、非常に簡潔で便利で親しみのある言葉でありました。
(但し、旧お城下で通用していたようです)
横丁は、町と町を最短距離で結ぶ住民の“避難道”であり、緊急時、有事の際の
“抜け道”であったのではないかと思う。
伊達家の菩提寺、「龍華山-等覚寺」〜「金剛山-大隆寺」を結ぶ
“辰野川”沿いの最短の小道。 (現 宇和津町2丁目)
御先見横丁
横丁名には諸説あり、先見武士居住の説、伊達家の仏事ごとの折、先見役が通る道の説。
鈎状に道がクランクしている。 (現 宇和津町2丁目)
伴の町
伴氏居住地から呼称された横丁。
(現 宇和津町2丁目)
風呂屋横丁
風呂屋さんが数軒有ったので横丁名に成ったのではないか。
(現 愛宕町2・3丁目)
大津屋横丁
大津屋なる豪商が在った横丁。 (現 愛宕町3丁目・本町追手1丁目)
奈良屋横丁
奈良屋さんと言うお茶屋があった横丁。 (現 本町追手2丁目)
おこわ横丁
おもに船で城下に来る人々の為の食堂街。 (お強めし-餅米にアズキを入れ蒸気
で蒸した赤飯のこと)
(現 新町)
絵図面があります
(うるしばた)
(おさきみよこちょう)
(ばんのちょう)
(ふろやよこちょう)
(おおつやよこちょう)
(ならやよこちょう)
(おこわよこちょう)
新横丁
(しんよこちょう)
藩政時代、新規に造られた横丁。 (現 愛宕町3丁目・本町追手1丁目)
参考 宇和島城下絵図面
