別離 
1993/12 増田友希江離脱

猫の手も借り隊 号外 平成6年1月




猫の手の皆様へ byお

新年早々、皆さんにこのような紙面で、お知
らせしなくてはならなかった事を深くおわび
します。“8年間”ときくと自分では信じられ
ず、不思議な気分です。音楽の道へ進もうと
決心した頃、パウのメンバーに出会いました。
初めて会った時の事はハッキリと覚えていて、よくまあこういう人達が
集まったもんだと思った。これも運命なんだと、今はそんな風に感じています。
 うち・・のバンドは強運というか、絶対に、何かしらに救われて、最悪の
事態をまぬがれることがよくあるのです。そういう運がパウにはあるようで、
まわりを取り囲む環境・・・ つまりスタッフの方々、猫の手の皆さん、これらの人々
は、ほんとうにいつも暖かい。そんなバンドを育ててきたメンバーをほこりに
思い、共に歩んでこれた事を人生最大のラッキーだと思っています。でも、もう
私は、ほんとうの意味での「うち」という言葉を使用できなくなってしまいました。
 バンドを続けて行くには、たくさんの条件がいるし、何かを犠牲にすること
もあります。それでもパウをやりたい、私の気持ちは皆と歩いて行ければ、それで
よかったのです。 が、皆と同じ速度でというと、そうもいかなくなってしまいました。
 皆の未来がかかっている事です。真剣に考えなくてはなりません。私にはパウ
を続けていく条件が足りなくなったのです。とても残念でした。無念でした!
 現在、私はパウを離れ、コンピューターゲームのサウンド開発業務について
がんばっています。ライブをすることはありませんが(多分)どこかで、私の音楽を
耳にすることもあるでしょう。その時は笑って許してやって下さいね!はは・・・
 いつもライブにきてくれた人達、手紙をくれた人達、パウの音楽をきいてくれ
てる人達、これからも、パウをよろしく頼んだよ!!約束なっ!
今まで、ほんとうにありがとう!!元気で!!またね!!

 ベルベットパウは長く活動しているので、その
間メンバーチェンジも何度かありました。それぞ
れのメンバーの時に、それぞれのカラーがあった
けれど、おますちゃんはその中でも、一番パウらし
い時代を、一緒に作ってきた仲間です。
 メンバーでありながら、ある部分熱烈なファン
のようにパウを愛してくれたおますちゃん、私にとっ
ても、心からの音楽仲間です。こんなに
長い間おますちゃんとバンドが出来てとても
嬉しかった。おますちゃんと皆で築きあげた
ベルベットパウが、これからもずっと皆に愛され
続けるように、ステージから皆にたくさんの
エネルギーをあげられるように、私達は、今まで
以上の愛情をもって、ベルベットパウと一緒に
走り続けたいと思っています。

おますちゃん、今まで本当にありがとう!

皆さん、これからも私達を
         応援して下さい☆☆☆ちひろ



欲求は 純粋であれば

純粋である程 強くなる。

道は交差してしまったけれど

夢見たものはひとつ

その事を分かち合えるのは

共に歩いた仲間だけだと

私は信じている。

その仲間の分まで

また歩いていくのだ。



             
Naomi



私とパウが出会うきっかけは、
おますちゃんとのセッションが
始まりだったよネ!
本当にありがとう。
おますちゃんが脱けて淋しい
けど、パウがある限り、私は、
精一杯頑張りたいです。
おますちゃんも頑張ってネ!



         

              
―――憂紀―――
おますちゃん、本当に長い間お疲れ様でした。
お互い、遊び盛り(?)の年の頃から、ずーっと、
パウ一筋してしまいましたねえ。
しょうこちゃんが、短距離をダッシュした仲
間だとしたら、おますちゃんは いっしょにマラソン
してたようなかんじ。
帰り道も同じ方向だったので、けっこう、
時間外の思い出もたくさんあります。
 いろんな意味で、ありがとうと言いたいです。
 道は違っちゃったけど、それぞれ幸せの素を、
大事にしていきましょう。
 そしてパウには、その、幸せの素がまだ潜
んでいる、と思います。
 私たちもがんばって、持てる力の芽をのばし、
つぼみをつくります。 それを見て、きいてくれる人
がいて 花が咲くわけです。
 少しでも大きな花になるよう、応援してく
れると嬉しいです。
 これからもよろしくね。      あこち・


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