平成16年3月7日
昨夜、ふと「奥多摩の旧道を走って、何処かで鍋焼きうどんを食べる」という計画を実行する気になりました。
朝、そーっと布団を脱け出して空模様を確認。キッチンでトーストとコーンスープの簡単な朝食を隠密裏に採り、コソコソコソ〜っと着替えて、靴紐を入念に結び、玄関をしず〜かに開閉。ピタリと締まった瞬間、「よし、出陣じゃ〜、馬引けぇ、貝鳴らせ(プヮオ〜オ〜)」ということで、自分でバイクを奥から引いて来ます(笑)。
午前七時半、愛機KSR110のエンジンに火を入れる。タバコを一本吸い終わった頃には「ストトトトト」と軽快なアイドリング音を奏でています。
ギアをストンッと1速へ。適度に暖まった自動遠心クラッチをカチッカチッと気持ちよく変速してゆく。調子がいいです。今日の走りへの期待感で心も踊ります。
東青梅駅前を通過し、青梅街道へ入って、快調に飛ばしてゆきます。二俣尾駅を過ぎた下りS字カーブを慎重にライン取り、安全にピタッピタッと気持ちよく切り返してゆく。御岳駅を過ぎた辺りで道幅はぐっと狭まり、小さな観光街といった風情が「いい感じ」を醸し出しています。対岸下、吉田五十八設計による玉堂美術館辺りからこちらを見上げると、崖にへばりつくように観光街の建物は建っているので、高所恐怖症の僕としては、ふと「このように連続した古い街並みは崖の存在を消去し いい感じ に思える仕組みを演出することのできる装置でもあるのだ」などと、頭のなかに浮かんでしまい、ヘルメットの中で独り苦笑します。ヘタな妄想しながら走っていると事故るぜと自分を戒めますが、直後に堀ちえみ&早見優の交通安全ポスターで「妄想(暴走)しない勇気を」などと親父ギャグを飛ばして微笑(寒)。今の若い者にはわからんだろうなぁと追加微笑(極寒)。妄想特急へ突入し「蒸気のせがーれ」なんて…つ…。
古里の7・11
古里のセブンイレブンに到着。店の駐車場にバイクの姿はなし。冷凍鍋焼きうどん&おにぎり三個を仕入れ、街道を眺めながら缶コーヒータイム。通りを眺めていると、ぼちぼちとそれらしき車両が出てきたようです。店の駐車場にもバイクが一台また一台と入ってきました。ボッボッボッと排気音を響かせている車両が信号で止まっています。ブヮオッオッオ〜と、ゴーグルをした髭の中年男性の駆るスーパーセブンが姿を表し走り去ってゆきました。
再び青梅街道の人となり、旧道への入り口を探します。棚沢で左に入り、奥に進んでゆきます。近場ですが、初めて走る道です。多摩川を渡り、T字路の左は登山道のようなので右折し、坂を登ると鳩ノ巣へ出ました。高校生の頃にクラスの皆とバンガローに泊まったことが懐かしく思い出されます。調子に乗って酒を飲み、バカ騒ぎをして、いろいろありました。
白丸ダム
トンネル手前を左に入り、進んでゆくと巨大な水門が眼下に見えてきました。白丸ダムです。近場ですがこれも初めて見ました。展望台から下を覗くとかなりの高さです。走り慣れた感のある奥多摩ですが、一本道をそれるとそこには知らない風景があります。
日原への分岐を過ぎ、たしか右にのぼってゆく旧道があったような記憶があり、探しながら走りますが見当たらず、氷川の鋸山林道入り口を通過し、境に入った辺りで適当に右折し進むも崖崩れで通行止めらしく引き返します。再び右折し登ってゆくと『奥多摩むかし道』の道標があります。喜んだのも束の間、道は階段のある登山道になってしまいました。突入したら歩行者の非難を受けること確実ですハイ。街道に引き返して別の枝道を右折したらグルリと廻って戻ってしまいました。橋詰トンネルを抜けた左の枝道に蕎麦の文字を発見!本日休業の札が出ていましたが、とりあえず下見ということで行ってみることに。少々荒れた路面には砂が多く慎重につづら折れの道を登ってゆきます。標高も上がり気温も下がってきました。道端には残雪がちらほら残っています。林道への入り口らしき分岐がありましたが、日影で一面の残雪があるので又の機会にすることとし、蕎麦屋を目指します。大きなレンズのカメラを三脚に立て撮影中らしきカメラマンがいたので停車したところ、どうぞと手招きしているので、前を通らせていただきます。右手に蕎麦屋がありました。通過して道の終点まで行ってみることにします。少し登ったところで重機が置いてあり、先に進めそうにない雰囲気だったので引き返し、蕎麦屋下の駐車場へ。
とちより亭
『とちより亭』の看板を掲げたその蕎麦屋?は客が手打ちで麺を打って食事できるようです。帰ってからよく調査することとし、つづら折れの道を重力に押されながら引き返してゆきます。
むかし道にて白髭神社参道
街道に戻ってすぐ右に枝道を発見、迷わず右折し登ってゆきます。分岐を左折し奥多摩むかし道を進むと右手に白髭神社が。KSRを降りて、解説板を読みます。
とのこと
白髭大神信仰の御神体として石灰の巨岩が祭られたことに由来するそうで、石灰の巨岩は学術的にも貴重なものとのこと。むかし道を進み、現道の白髭トンネル下辺りから、ダム建設時に使用されたトロッコの高架軌道を見上げます。
むかし道からトロッコ軌道を望む
トロッコ廃線軌道、青梅街道、奥多摩むかし道が高さを異にしながら併走していて、歴史ロマンを感じさせます。
一応自転車だし
むかし道を進むと左手に青い吊橋が架かっています。一度に五人以上渡らないでとの警告板が立っていて床は木製です。思案の後、軽量なので大丈夫!と判断し自己責任でKSRで渡ってみました。揺れます。高いです。渡った先は登山道だったので引き返します。揺れます。高いです。
馬の水飲み場
右手にかなり風化したコンクリート若しく石造の水を貯えた四角い箱が出現しました。馬の水のみ場だそうで、馬方相手の茶店が三軒あったそうです。昔は今と違って舗装などされていない狭い泥道だったのだから、荷物を満載した人馬の往来はさぞや大変だったことだろうと昔の人の苦労を偲びます。もう一本吊橋がありましたが、先程同様の感じでしたので渡らずに通過いたします。奥多摩むかし道の先は小河内ダムへの一般車通行止めの道となり、廃校脇を通って青梅街道に戻ります。
戻ってすぐにトンネル手前左の枝道を入り、登り道をしばらく進むと集落が出現します。以前、雑誌に建築史家によるこの集落の調査報告が出ていました。詳細は忘れてしまいましたが、日本建築史にとって学術的に貴重な集落との報告がなされていたように記憶しています。行き止まりに奥多摩むかし道の道標が立っています。え?なぜ?むかし道は階段の登山道で下から登ってきていてさらに上へ向かっている?そうか!むかし道があったからこそ集落があったわけだ!なるほどと納得。しかしすごい道です。馬がこの階段を往来したのでしょうか?馬はもう無理で人夫が荷を運んだのかのかも知れません。昔の小河内という所は現代人には想像を絶するような秘境だったようです。丹波山辺りまでくるときっと秘境どころではなかったのでしょう。甲斐の武田氏の勢力がこの辺りまで伸びていたことにも納得が出来るような気がします。
集落を後にし、大麦代駐車場へ入ります。バイク駐輪場でなく、バーゴラのテーブル脇にKSRを停め、イワタニ・プリムスのコンロを出してちょっと早めの昼食の準備をします(10:30)。LPGガスコンロはなんの儀式も無く一発で着火してしまいます。冷凍鍋焼きうどんを乗せて煮え立つのを待っている間、おにぎり三個を次々に胃袋に納めます。加熱中の鍋とコンロを静かに見つめていたら嬉しくなってしまい、友人に現況をメールで送信してしまいました(笑)。鍋が煮え立ちました!軍手をして鍋をコンロから降ろし「いただきま〜す」と熱々のうどんをすすります。野外ならでは美味さを実感いたします。
冷凍鍋焼きうどん加熱状況遠景
缶コーヒーを飲みながら駐車場を見渡すとスーパーセブンが多数駐車していてドライバーの皆さん方が楽しそうに談笑しています。今朝方コンビニ前で見かけたスーパーセブン乗りの方も居ました。オフミーティングのようで、来る人有り帰る人有りという感じです。憧憬の眼差しで見ていたところ、一台が白昼堂々とアクセルターンを始めてしまいました。その手の派手な走りは一般車のいないところで楽しむべきと、残念に思いました。
駐車場を後にして、家路へと出発いたします。ダム脇のスタンドでガソリンを給油して、青梅街道下り坂を軽快に走ってゆきます。白丸駅付近で疾風のように走り来る青いインプレッサとすれ違います。ナンバーとドライバーを見て驚きました。先程メールを送った友人です(実は勘違い)!車列の途切れるのを待ってUターンし、追撃に移ります。が、ぜんぜん追い付けません(笑)!見えなくなりました(爆)!先程いた大麦代駐車場まで来てしまいましたが青いインプ号は見当たりません。日原方面に行ったのかも知れないということで、KSR号も予定を変更し日原方面へ進路をとることにします。
奥多摩駅近くの分岐を左折して、久しぶりに日原鍾乳洞方面への道を走ります。最後に来たのは妻と結婚前に二人でデートした時かも。いや、テリオス号で単独夜走りで来たかも、と定かではありませんが、とにかく久しぶりです。黒い路面に注意しながら、快適に田舎道のワインディングを進みます。鍾乳洞の駐車場にはなぜか車が停まっていません。鍾乳洞前には巨大なコンクリートの擁壁が建設されています。岩崩れから人を守ることが出来るのだろうかと疑問に思える程に岩は超巨大です。自然の造詣に畏怖しながら、岩下を直進して、林道小川谷線に入ります。
入ってすぐに林道上にオーバーハングしている岩が露出しています。くり貫いたのかも知れませんね。ところどころに残雪や凍結はあるものの、走行に支障はなく、トコトコと奥に向かって進みます。オフロードバイクの隊列とすれ違います。いいですね、いいですね。道はけっこう荒れてきました。インプレッサでここを普通に走ることはとても無理だろうとは思いつつも、ラリー車走行っぽく走っていたりしてなどと都合よく想像したりしています。いくつかの崩落ヶ所を通り林道5キロポストを過ぎた先で開けた場所に出ました。そして、インプレッサは普通こんなところは走る筈がない、という結論に遅まきながら達しました(笑)。来た道を戻ることとします。
林道小川谷線を出る
氷川の栃久保の辺りで眼下にトロッコ軌道跡の橋梁が見えてきました。小河内へ向かうトロッコ軌道跡かも知れないと思い、日原川沿いの下道へ入ってゆきます。しばらく進み先程見えた橋梁下を通ると地上部分の軌道敷き跡は既に隣接家屋の庭先同様となっていましたが、軌道敷きの面影はかなり残っています。トロッコ軌道は日原川を渡った先でトンネルとなっていましたが入り口は塞がれているようです。いずれ奥多摩のトロッコ軌道跡をテーマに探検してみたいと思います。
氷川トロッコ軌道橋梁遠景
帰宅して友人のインプレッサの写真をチェックしてみたところ、ナンバーが異なっていることがわかり、単なる早とちりであることが判明いたしました。我ながら呆れるばかりです。しかしながら、目的があると行動力が沸くという事実に身をもってあらためて実感できたことは収穫であったと思います。