永遠のさよなら。
「螢」‐epilogue『コスモス』
思いと思い出は、どちらが永遠なのだろう。
どちらが、忘れ去られてゆくものなのだろう。
彼女が待ち望んでいた春は、短く、瞬く間に行き過ぎて、
期待していたより少し暑かった夏と、
コスモス咲き乱れる秋は、駆け足で俺の前を通りすぎていった。
冬が始まる。
そんなことを言っていたのは誰だっただろうか。
ちらほらと雪が舞い降り始めた頃、
手袋もはかず、冷えた両手をただこすり合わせて、息を吹きかける。
一年前の冬、俺は泣いていた。
あの冬の日には、もう、帰れない。
それでも俺は、また泣くのだろうか。
冷えた両手を温めるたび、
小さく濡れていた、あの手のひらを思い出す。
俺の手をとって、浅く見上げる、
憶えているのは、そんな仕草たちばかりで。
お前はまっすぐに、俺を見つめていたのに。
まだ八分咲きの桜が、強風に吹かれて散っていた。
そんな景色を、ふと、思い出す。
そして、何事もなかったかのように、季節だけが巡った。
この街で迎える、幾度めかの冬。
「うー、さっむーっ」
それは、コンビニの帰り道のことだった。
寒い夜の信号待ちはいつもより長く感じて、青になったとたん、俺は小走りで駆け出した。
車が来ているか確認しようと、つっと目線を流したとき、
「……あ…」
どこか似た横顔に、思わず足を止めた。
夜の明かりの中、きっと別人。いるはずなんてないのに。
タクシーが捕まえられなくて困っている、そんな仕草から目を離せない。
とうに消えたと思っていた面影に、これほどまでに動かされるなんて。
パアァァーッ!
追いたてるような車のクラクションに、俺は弾かれるように信号を見た。
「…やっべ…!」
歩行者用の信号はとっくに赤に変わっていて、先頭の車を運転している男が、忌々しげに俺をにらみつけている。
「うわっ、と」
軽く頭など下げながら、ジャンプするように歩道に飛び乗る。途端に列をなして走り出す車たち。俺は大きく一息ついて、思い出したようにさっきの場所を見た。
「……あ…」
先ほど行きすぎていった車の中に、タクシーも混ざっていたのだろうか。誰とも知れない彼女は、もうそこには立っていなかった。
ただ無数の赤いテールランプだけが、俺の瞳に反射して、万華鏡のような儚い世界を造り出している。
「……栞」
きっと、呟いてはいけなかった。
震える声は、きっと涙腺を刺激してしまうから。
「……情けないな…」
自分の声で、泣いてしまうなんて。
発作のように襲ってくる激しい後悔も、
波が引いた時のように、思い出しさえしない日々が何日も続くことも。
気がつけば、夜空を見上げていた。
星空だけはきっと変わらない。
雪の白さも、冷たさも、
思い出は薄れてしまっても、
俺が、こんなにも無力である限り。
ねえ、君が今、こんな俺を見たなら、
指をさして笑ってくれればいい。
冷たい手を頬に当てて、俺を見上げたりしないで
本当は、そんな幻でもよかった。
そしたら俺は、君のその小さな肩に顔を埋めて、
もう二度と泣かないように、思い切り泣けたかもしれないのに。
でも
「本当に――」
君はいない。
俺も、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。
意外なほど明るかった夜空から、暗い夜道に視線を戻す。
俺の帰る家は、この路地の向こうだから。
右手から左手へと、ビニール袋を持ち替えて俺は再び歩き出す。
「――好きだった……」
誰にも聞こえないような呟きでも、
空気の粒を反射して君に届けばいい。
その時君が、泣いているのか、笑っているのか、
答えはきっと、俺には届かないけれど。
はらはらと雪が舞い降りていた。
ささやかな粉雪は、俺と道路に降り注いで、
静かに、消えていった。
Here is the end,
but this story is continued to the last number of “R” for all affectionate persons.