不確かなもの。

     カタチのないもの。

     きっと、ユニークなんて言葉とは程遠い、

     トリビアルな愛のカタチ。





〜 winey shape 〜









「香里って、赤ワインが似合うよな」

 隣を歩く人が、そんなことを言う。
 どこかからかうような口調。

「それってオバサンくさいってこと?」

 だから、わずかに迫力を込めてそう返す。
 高級ワインだけが楽しみの、独身三十路のキャリアウーマン。
 あたしが赤ワインに対して持ってるイメージってそんなもんだから。
 …ちょっと偏見入ってるかなって、思わないでもないけど。

 でも、コイツはそんなことにはお構いなしで、
 ふざけた口調そのままで、ちょっと謎めいたことを言う。

「ワイングラスの膨らみもね、ムダじゃないってこと」

 そんな時のおきまりの口調。
 見破られないっていう自信が、前を向いたその横顔からわかる。

 …確かに、そのままはぐらかされるってことも多いけど。
 今回はどうやら、あたしに分があったみたい。

「香りを逃がさないためでしょ?」
「…ぐ…」

 その横顔が「ヤバいっ!」と告げている。
 ふーん。こんなの常識だわね。
 落胆を通り越して、危機感すらにじみ出ている表情。
 あまりにも露骨なこの性格は、やっぱりどこか面白い。

「まさか『香里』とかけた、なんてことはないわよねぇ?」
「…はっはっは…」

 YESともNOとも言わない。引きつったように笑うだけ。
 声、乾いてるわよ。

「ないわよねーぇ?」

 にっこり笑ってつめよるあたし。
 引きつる笑みは変わらない。

 「YES」と言わせればあたしの完勝。
 でも、このままでも判定勝ちかな。

「…よし、ちょっと待ってろ!」

 そんなジャッジが耳に響いたかのように、急に立ち止まって首を捻る。
 きっとまた、何かウンチクでも引っ張り出そうとしてるんだろう。
 とんち問答のようなこんなちょっとした掛け合いは、実は結構楽しいんだけど。
 まあ、そんな簡単にネタが出てくるってもんじゃないわよね。

「……おっ!?」

 あ、急に顔が晴れた。
 ネタ、出たんだ。珍しい。
 しかも、その顔の晴れ具合からすると、結構自信あるみたい。

「ワイングラスの正しい持ち方、知ってるか?」

 そして、出てきたのはそんな言葉。

「持ち方? 正式な持ち方ってこと?」
「ああ」

 あたしはしばらく考えた。
 ワイングラス。
 …なんでそこから離れないんだろ。
 まあ、リベンジとしてあえて選んだんだろうけど。

 さてと。今度はあたしが頭を捻る番だ。
 立ち止まったりはしないけどね。

「…ワイングラス、でしょ…?」
「そーそー」

 いつもの持ち方――あれがきっと正しいんだろうな、とは思う。そう思う根拠もちゃんとある。
 でも、自信があるか、と聞かれたら、ちょっとわからない。
 …なにより、聞いてくるのがコイツだから。
 うーん…

 ちょっとのふりしてしばらく考えたが、結局100%の答えは出なかった。
 でも、このまま答えないってのも、なんかしゃく。
 ……はぁ。
 あたしはこっそりため息をついた。
 …たまには直感に従ってみようか。

「あの…足のところを持つんでしょ?」

 確定の意思をわずかに込めて、あたしは言う。
 でも、まるでそれが予想通りの返答であったかのように、

「なんで?」

 笑って質問をかぶせてくる。
 …イヤらしいわねぇ…
 自信がないのを見破られた、ってことも、万に一つとしてなら考えられるけど。
 それが杞憂であることを信じて、あたしはことさら当然のように答える。

「…だって、こうやって丸まってるところを持ったら、ワインの温度が変わっちゃうでしょ?」

 あたしは右手でグラスを持つジェスチャーを交えて、急ぎ過ぎないように言葉を選んだ。

 白ワインは冷やして。
 赤ワインは常温。
 どちらも、ひとの体温では高すぎる。

 理由としては、こんなところで上等だと思うけど。
 でも、コイツは面白そうに笑うだけ。
 面白いことなんか一つもないのに。

「じゃあ、こうでもいいんじゃないか?」

 そんな言葉とともに、右手で足の底をわしずかみにするジェスチャー。
 確かに今のあたしの理屈からすれば、間違ってない。でも…

「…品がないわ」
「それもそうか」

 今度はあっさりと引き下がる。
 それでも少し笑ってるもんだから、なんだかちょっと不気味。

「で?」
「ん?」

 答えを促すあたしに返ってきたのは、気のなさそうな声。

「ん、じゃなくて」
「結局、正解はどうなの?」

 できるだけ素っ気無く聞こえるように、あたしはことさら気を配った。
 確かに、こんなのどうでもいいこと。
 でも、興味は、ある。

「んー」

 何故か、またまた天を仰いで頭を捻る。
 …問題出したの、そっちだよ?
 でもやがて、吹っ切れたようなその顔がこっちを向いて、

「知らね」
「……は?」

 間抜けな声。我ながらそう思った。
 でもでも、そんなのを含めて全部足しても、きっとあたしのせいじゃない。
 ……問題出したの、そっちだよね?
 思わず頭の中でもう一度繰り返して、あたしは口を開く。
 おんなじ言葉を、今度は声に出して…



「好きに持てばいいんじゃないか?」








 …問いかけることは、なかった。

 …だって…ねえ?



「……なるほど。そーゆーコトね」

 あたしはあきれたように肩をすくめる。
 だって、そんなに楽しそうな、
 ちょっとだけうれしそうな、
 なのに無邪気な笑顔見てたら、何を言う気も失せるわよ。

 ……それにね…



「はっはっは。意外だっただろ!?」

 わかりやすい笑顔に、あたしも思わず微笑みかける。
 そしたら今度は、不意に驚いたような顔になる。
 …失礼ねえ。
 ま、いっけど。

「ん? 反応がないなあ?」

 どこか拍子抜けしたみたいな口調。
 …食って掛かるのが当たり前だと思われてんのね、あたし。

「…まあいいや。ってことは、一勝一敗のイーブンってトコだな」

 …なんて切り替えの早い…
 でも、今ちょっと口走ったわよね。

「ふふっ、今負けを認めたわね」
「ぐっ! い、いや、今のは…」
「なーに?」
「いや、なんというか…」
「かけたことを認めたわね?」
「……ちっ!」

 あっ、逃げた!
 かすかにブレる後ろ姿。
 あたしは特に追いかけるでもなく、立ち止まるでもなく、そのままの歩調を保ってた。
 …あーあー、道の真ん中で何かわめいてる…
 子供じゃないんだからね、もう。
 周りに人がいないからいいようなものの…
 ………
 …ま、いっか。
 いたって、ベツにいいわよね。



     なんとなくイメージされる、広がってく感じ。

     そう、それは赤く染まった模様みたいな。



「……結構、楽しいかもね」

 小さく、口に出してみる。
 少しだけ、その響きを舌で転がす。
 …うん、悪くない。
 悪くないかもね。


「…おーい、置いてくぞーっ!」
「はいはい」


 いつもとおんなじ言葉。
 いつもとおんなじやりとり。

 ただ、いつもと少し違う結論になんとなく満足しながら、
 あたしはアイツが立ち止まってるところまで、ゆっくり足を進めていった。









「……ねえ」

「…ん?」

「……あなた、ユニークよね」

「……誉めてんのか? それ…」

「…ふふっ…」




Fin.



戻る