羽越線列車事故慰霊碑
平成17年12月25日。新潟行きの特急列車いなほ14号が、
山形県庄内町(旧余目町)の田園地帯で突風にあおられて脱線、転覆しました。
この事故で乗客5人が亡くなられました。
その事故の慰霊碑が、事故から約1年後完成したというので、
平成19年2月1日、その事故現場を訪れてみました。

訪れるまでは、田んぼの中に小さな石碑が建っているだけかと思っていたら、
これだけの大きなものが建っていました。
ちゃんと駐車場も整備されています。
慰霊碑に着くやいなや、警備員さんが出迎えてくださいました。

あまり写真はよろしくないかと思ったら、
その警備員さんが構わないというので、撮らせていただきました。
中は、花がきれいに飾られており、このように綺麗に整備されていました。
献花のための花束は持って行ったのですが、
こちらの方でも準備はされていました。
このとき2人で行ったのですが、私が花束を抱えていたら、
もう1人の方へ、警備員さんが白い菊の花を1輪差し出してくれました。
そして、献花をして手を合わせました。

慰霊碑の中央には、無数の花が供えられていました。
その左右には折鶴が捧げられていました。
鶴の右にある、remember12・25のパッチワーク、
この下のポケットには、羽越線事故の8ヶ月前に起きた、
尼崎線脱線事故の遺族の方々の祈りのメッセージが入っていました。
羽越線事故の一方を聞いて、ついこの前あった
尼崎線事故を思い出した人は少なくはないでしょう。
羽越線の場合は、天災ではありますが、
やはり、列車事故で人命が失われたことに対するJRへの憤りはあるようです。

ちょうどいい具合に、列車が走ってきたので一緒に撮りました。
事故の日、いなほは、このあたりで脱線し、
この高さから下の田んぼへ転覆したと思われます。
写真の奥の方が酒田方面で、
写真の右に見えるのが、突風を受けたとされる、第二最上川鉄橋です。
一番の惨状となったのが、ここのもう少し後ろ、
慰霊碑が建ってる地点と思われますが、
1年前、この田んぼ上であの惨劇が起こったのです。
あの時は、数十センチの積雪があり、決死の人命救助が行われていました。

慰霊碑の隣に、最近修繕を始めたと思われる建物がありました。
おそらく、これがあのいなほが突っ込んだ建物でしょう。

線路の反対側へ行ってみると、ずらっと並ぶ鉄の柵がありました。
あの事故を踏まえ、暴風柵が設置されたようです。
このあたりは一面の田園地帯、風をさえぎる物がないから、
結構強い風が吹いていました。
そのとき、下りの貨物列車が通過して行ったのですが、
少し速度を落として走っているようでした。
今年の冬は暖冬で、しばらく天気のいい日が続いていたのですが、
今日は久々の冬型となり、このときの気温は約0℃。
強く冷たい風も吹き、時折雪も降っていました。
事故当時を回想すると、いっそう心が痛みました。
自分の地元も走っているいなほの事故。
なんだか、他人事とは思えません。
このような惨事が繰り返されないことを願いたいと思います。
この事故で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
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