中国語は文法が世界一簡単である。下記の要素が一切ないからだ:
1) 不定詞と活用動詞の区別 2) 人称変化 3)
時制 4) 法 5) 形容詞及び名詞の性別 6) 格変化 7)
単複の区別
ここでは「1) 不定詞と活用動詞の区別」についてのみ詳述する。
(A) 「他会是日本人」(彼は日本人である可能性がある)
(B) 「他是日本人」(彼は日本人である)
(A)と(B)の両方で同じ「是」を使っているではないか。英語では"He
can BE ..."と"He IS ..."という異なった形を取る。この時、"BE"は不定詞、"IS"はその活用形(三人称、単数、現在:所謂「三単現」)である。つまり、中国では不定形と活用形の間の区別もないのだ。
ところで、
(C) 「我要去東京」(私は東京に行く必要がある)
(D) 「我要他去東京」(私は彼に東京に行って欲しい)
(C)の「去」は英語では"I want to GO
to Tokyo"ということから(to付き)不定詞に相当することになる。 (D)の「去」は英語では"I
want him to GO to Tokyo"ということから同様に(to付き)不定詞に相当することになる。
但し、
(E)「我説他是中国人」(私は彼が中国人だと言っているだ)
これは英語では
(a) "I am saying (that) he IS Chinese"
であって、
(b) "I am saying him to BE Chinese"
とは言わない。つまり、英語では複文になり、その従属節のなかで"IS"という"be"動詞の活用形を用いているのである。それでは、中国語(E)における「是」は"IS"という活用形なのか?
外国語として英語のみ学んだ人達は「そうだ」と早々と結論付けることであろう。
しかしながら、ラテン語では"Ego dico
illum ESSE hominem chiniensem"となる。英文(b)に相当し、"ESSE"は不定詞なのである。つまり、中国文(E)の「是」も不定詞である可能性があるのである。
それでは中国人達はどのように言っているのか?答えは「何も言ってない」である。なぜならば、不定形とか活用形とかの概念そのものが存在しないのである。彼らが唯一言っていることは:
"「我説他是中国人」において、「他」は「説」の賓語(目的語)であり、「是」の主語でもある。二つの機能を兼ねているので、我々はこのような文を「兼語文」と呼んでいます」。
ははあ、そういうことか。
英語では(b) "I am saying him to BE
Chinese"は存在しないが、
(c) "I told him to come here"は存在する。
この時、"to come here"は"(the
fact) of coming here"という動名詞的概念にしかならないが、"to
come here"の前に置かれてる"him"はこの動名詞句の事実上の主語(行為者)とされその結果、"him
to come here"はthe fact (or "order")
that he come (or should come)"という接続法の内の願望法(precative)又は命令法(jussive)として立派な「節」(clause)に昇格しているのである。このようにしてできた文章を「不定詞節」(infinitive
clause)と呼んでいる。
随分本論から脱線(divagate)してしまった感があるが、結論に急ぐと、以上のような複雑な部分は全て中国語以外で起きている煩わしさとして考えて欲しい。複雑な文法が嫌いな方はお早めに文法の無い、涙のない中国語を習われて見てはいかがかなと思い。