無活用ラテン語は1903年にジュゼッペ・ペアノにより創られた。ラテン語をマスターしたい者達は無活用ラテン語は有用となり得る。なぜならば、この中には今日まであらゆるラテン語の単語が無傷で残されているからだ。
しかし、その別の一面でギクッとされられる可能性がある。例えば、未来と過去の時制は両方とも滑稽な助詞"i"及び"e"で作られる。つまり、ほぼインドネシア語のやり方
"akan"及び"sudah"に従っているのだ。
問題はこれらの助詞はどこから来ているのかということだ。これに対する私の最初の反応は一種の嫌悪感である。しかし、これは習慣の問題となるのかも知れない。
私にとって無活用ラテン語は習ったことのある4番目の人口語である。ラテン語を知っている者には無活用ラテン語を習うのは極めて易しい。"i"は数日で書き始めることであろう。
ペアノは接続法を排除した。そのため、接続法に慣れている人は無活用ラテン語を自分を表現するのに困難を来たす可能性がある。このほか、不定詞から語尾"-re"を切り取ってしまったことは活用形と不定詞の区別を困難にしている。それを学べば学ぶほど、益々多くの困難に突き当たる。ペアノはこれが理論的には可能であるということを証明したかったのだが、この言語の実践性を保存することを忘れてしまった。従って、今、私は言語の完全性と学ぶ際の容易さの順位が下記の通りであることを発表したい:
1) ido 2) esperanto 3) interlingua 4) romanica 5) latino 6) latino sine flexione.