■旺我録 -A strong escutcheon or less is sword- 犯ずきん ◆71isWD/fFU
とりあえず参加だけでもしとかないと損した気分になるしね
人生は、時間とその内容の割合で密度が決まる。 例えば、3時間で出来ることを3時間かけてするのと 1時間で出来ることを3時間かけてするのでは 明らかに後者のほうが密度が薄い。 つまり、本来の濃厚な時間に 無駄な分である『真水』を挟んでしまうことで 人生の密度は薄まってしまうのだ。 そして限りある時間を薄い水溶液で満たしてしまい、 そこに注がれるはずだった濃い原液は行き場を失うのだ。 この原液はそいつの夢であり、希望であり、すべき事だ。 これを濃厚なまま注ぎきる事が成功であり、 これを注ぎきれない事が挫折であり、 これを薄めて薄めて注いでしまう事が妥協だ。 今の人々は昔の人々に比べて猶予が長い。 婚期は遅くなり、寿命も長くなった。 果たしてこれは、満たすべき原液が増えたのか。 ──それとも、原液が薄まるのが当たり前になって それに対応できるよう、「ボーダーラインを下げて進化」したのか。 そればっかりは、わからない。 ただ、その猶予が増えたのには何かしらの意味があるのだ。 何の意味も無く延びたのなら、そこには真水を注ぐしかないから。 それは、退化だ。 人生という大きな器の中には、いくつもの原液が混ざる。 それらはやはりそれぞれ小さな希望、すべき事なのだ。 この原液の成功の条件は密度、割合ではない。単純に量だ。 大きな器の中で小さな条件を満たすのだから密度の誤差も誤魔化せるのである。 ────他の原液と引き換えに。 3時間で出来る事を3時間でするのと 3時間で出来る事を6時間でする、 これらは、密度の違いこそあれ、当初の目的である 「『3時間で出来る事』をする」 という条件をどちらも満たしているのだ。 しかしやはりそこには密度の違いがある。 密度が薄まっているという事は、その真水の分を他の事で埋める事ができるということである。 その原液をさらに煮詰める事も出来るし、他の原液を注いでいる事も出来る。 その時間に真水を注ぎ、「3時間で出来る事を6時間でする」は達成されているのだ。 ────実に、無駄だらけ。 夢、希望、すべき事。 これら全てを完璧に満たすのは難しい。 だから、人はいくつかを絞って満たそうとする。 そして、そのひとつひとつを満たす時、 真水が混ざり、そして薄まって増えた水嵩に きっと手遅れになってから気付き嘆くのだろう。 『器の容量が足りない』と。 器が悪いんじゃない。注ぎ方が下手糞なんだ。 さあ私は原液を垂らそう。 うっかりうっかり薄まらないように。 真水の入るスキマが無ければ問題ないのだから。
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