写真で見る![]()
若宮町とその周辺のカメラスケッチです。
![]() 犀川 |
富山県境の奈良岳に発し、金沢平野を貫流し、日本海に注ぐ全長41kmの河川。 詩人・室生犀星がこよなく愛し、 「美しき川は流れたり そのほとりに我は住みぬ」 と詠んだ川。 |
![]() 若宮大橋 |
平成6年4月架橋。犀川の大豆田大橋の下流に架かる。疋田・上荒屋線の一部。 全長180m、幅員20m。 |
![]() 犀川自転車道 |
犀川神社から健民海浜公園までの12km。 春、夏、秋の風情が楽しめる散策路。 |
![]() 若宮大橋交差点 |
観音堂・上辰巳線と疋田・上荒屋線が交わる交差点。 |
![]() バス停の看板 |
「若宮町」バス停(加賀白山バス)。 観音堂・上辰巳線の若宮大橋近くにある。 |
![]() 若宮中央公園 |
若宮第一土地区画整理事業の一環として、平成5年11月に完成。 金沢市の災害時避難場所に指定されている。 |
![]() 若宮会館 |
昭和56年3月に完成。 若宮町会と若宮新町会が共同で管理運営している。 |
![]() 若宮神社 |
昭和55年10月に改築。 総工費1億500万円という立派な神社。 神社の歴史は「町名の由来」を参照して下さい。 |
![]() 金石街道(かないわかいどう) |
藩政時代は宮腰街道(みやのこしかいどう)と呼ばれた。 豪商・銭屋五兵衛で名高い宮腰湊(現・金石港)と金沢城下を結ぶ重要な街道だった。 明治期には馬車鉄道、その後は電車(北陸鉄道金石線)が走っていた。 昭和46年、電車は廃止となった。 |
![]() 木曳川(きびきがわ) |
藩政時代、宮腰湊(みやのこしみなと、現・金石港)から金沢城下へ木材を曳行したことから木曳川と呼ばれた。 金沢城下を流れる大野庄用水と鞍月用水が深川町で合流し、木曳川となる。 余談ながら、川の下流には「木曳野小学校」がある。上流に「木揚場」(きあげば、現在の元菊町)がある。 |
![]() 示野街道(しめのかいどう) |
六枚町から若宮を経て、示野、専光寺に至る街道。県道上安原・昭和町線。 若宮町のほぼ中央を東西に横断している。 示野街道の南側が若宮町会、北側が若宮新町会となっている。 |
![]() 「加賀梨」の産地 |
明和6年(1769年)、今から230年ほど前、北町に住む市左衛門(いちざえもん)という人が越後(今の新潟県)へ焼き物の行商に行った折、梨の苗木2〜3本を持って帰ったという。 その苗木を木曳川のほとりに植えたのが「加賀梨」の始まりで、嘉永4年(1851年)には、戸板地区で栽培農家169戸を数える大産地となった。 その後、戦後に至り、宅地化の波とともに、梨畑は急速に減少してきた。 |
![]() 戸板小学校 |
東隣の二口町にある。 若宮新町会の子どもたちがお世話になっている。 小学校のグラウンドでは2年に1回、社会体育大会が開催されている。 |
![]() 長田中学校 |
北隣の二宮町にある。 若宮新町会の子どもたちがお世話になっている。 |
![]() 戸板公民館 |
東隣の二口町にある。 戸板校下町会連合会の活動拠点。毎年秋には文化祭が開催されている。 若宮新町会もお世話になっている。 |
![]() 金石港 |
藩政時代、宮腰湊と呼ばれ、豪商・銭屋五兵衛の北前船が錨をおろしていたという。 |
![]() 石川県銭屋五兵衛記念館 |
金石本町にある。 「海の百万石」といわれた豪商・銭屋五兵衛の往時の活躍をしのぶことができる。 |
![]() 白山市・若宮八幡神社 |
白山市(旧松任市)若宮1丁目にある。 天正年間、今から約430年前、松任城の城主・鏑木氏が上杉謙信に攻められて敗れ、家臣一同が四散した。 その時、家臣の鏑木太平次という人がかの地に逃れて来て、農耕を営んだという。 太平次はこの地に神社がないのを遺憾に思い、自分の故地である松任の若宮八幡神社の名にちなんで、「若宮社」と名づけたという。 |
![]() 大きく変貌する戸板地区 |
戸板第二土地区画整理事業の区域。面積は約50ヘクタール。2010年度完成予定。 国道8号線と観音堂・上辰巳線の交差点周辺に予定されている商業地区「戸板クローバーシティ」(仮称)には、イオンが進出することになっている。早ければ2006年3月にも開業する予定といわれている。 完成すれば、戸板地区は大きく変貌する。 |