若宮新町会     町名の由来


 昭和20年に刊行された「戸板村史」という本がある。この本は平成5年に戸板村の金沢市編入50周年を記念して復刊された。
 この中に戸板村の各字(あざ)の由来が記述されていて、興味深い。
 「戸板村史」から「若宮」の由来の部分を見てみよう。現代風に書き改めて見ると……。
若宮神社
若宮神社
 ……古老に聞いたところによると、天正年間、上杉謙信が松任城を攻め、城主・鏑木氏が敗れて、家臣一同が四散した。この折、家臣の鏑木太平次という者がこの地に逃れて、農耕を営んだ。太平次は姓を変え、藤本太平次と名乗ったという。太平次は、この地に神社がないのを遺憾に思い、ある日、密かに神体を受けて、自分の故地である松任(現白山市)の若宮八幡神社の名にちなんで、「若宮社」と称した。「若宮」という字名は、この神社の名に発祥している。……
本殿
本殿
 「若宮」の地名は、およそ430年もの歴史を持つことが分かる。
 また、同書の「神社」の項には、「若宮社」の祭神が天照大神であり、明治6年に神社の隣家から出火し、神社が炎上した際に、焼け跡から傷ついていないご神体が発見され、氏子一同は、霊験あらたかを感じたということが紹介されている。
 同書が刊行された昭和20年頃の氏子は30戸と記されている。平成の今、若宮町は戸数700戸を超えるまでになっており、隔世の感を禁じえない。
扁額
扁額

 この若宮の地に住む者として、430年もの歴史を大切にしながら、「この町に住んでよかった」と思えるような町づくりを進めなければ、と思う。(K)

奥宮
奥宮

「若宮新町会」トップへ戻る