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「十五の春」を前にして
山下 敬子
節分がすぎると春がやってきます。わく星学校の庭にあるねずみもちの木にもヒヨドリ、シジュウカラ、エナガなどがやってきます。わく星の子どもたちも春を待ち遠しく思っています。来春、中学を卒業する子どもたちにとっては、悩み多い冬のようです。来春からいちおう義務教育期間を終わるわけで中学に行かねばという意識からは解放されるのだけれど、95%進学の日本社会で進学しなければ、就職というのが当たり前というのも常識。進学も就職もしないという選択肢を選ぶことは、風当たりがきついようです。
中学卒業の時期を控えた子どもとその親にとって、春までに、進学か、就職か、さもなければ自己も他者も納得する何かを見つけださなければならない巨大な圧力がかかっている。
「学校に行けない、行かないならしかたない、フリースクールでもどこでも行ってくれればよいだろう。でも中学を卒業する時には今度はどこかに。」というのがほとんどの親の本音だと思う。
「学校に行かないことを選んだのはぼくらや。ぼくらは自分でいつ、どこで、何を、どのように勉強したいかということを選びたい。15歳という年令だけで切らないでほしい。」というのが子どもの側の言い分。
「不登校」は病気じゃないと言われ、文部省もフリースクールなどの民間施設に通所すれば出席とするというようになり、学校に行かないならどこかに行きなさいというので、親自身も子どもが「学校拒否」をすることの意味をよく考えず、子ども自身も整理がつかないままフリースクールにやってくるケースが多くなっている。その場合フリースクールも一時預かりのような場になってしまいがちで、本来のフリースクールとしての共同性や、連帯感はなくなり、それぞれのメンバーが主体的にこの場に責任をもつという姿勢も薄くなってくる。しかたがないからフリースクールに来ている人、フリースクールしか行くところがなかった人にとって、ここは勝手気ままにやりたいことをして、いやになったら出ていく所でしかないのだ。親にしても家にいられるよりは、どこかに責任をあずけられれば一時は問題から逃れられる。「不登校」ということが何を意味するのかということを、父親、母親、子ども、三者が正面きって自らに問いかけがなされないまま15歳をむかえてしまった場合、「さあ、もうとにかく行くところを決めなさい。」という形になってしまって再び子どもとの葛藤が表面化してくる。
「『不登校』は親との戦いである。」といった子どもがいる。はじめはぎょっとしたがまさしくこの言葉は、不登校は「自立」の問題なのだということを表わしている。
学校に行かないことを「自己決定」したのは子ども自身なのだということを親はもう一度、確かめなければいけない。もちろん、本当は学校に行きたいけれど行けない自分をひきずってフリースクールに来ている子も含めて、今の自分のあり方を決定しているのはその子の選択なのだ。自分で選択したことについては、必ず責任や義務もついてまわる。親が子どもの先まわりをして責任をとる機会を奪っていたり、義務をあやふやにしている場合も多い。逆に、子どもが選んだことを自分の尺度に合わないからといってねじ伏せようとしていることもあろう。
学校に行かないという選択はもちろん社会的に大変不利な状況に自らを置くことにはなる。大人は「学校で学ばない子どもたち」の教育権を保障していかなくてはならないだろう。そういう意味のサポートは大人として当然していくべきだが、社会的に不利だからそのような選択は認めないというのは子どもの人権を無視していることにならないだろうか。
学校に行かない我が子を前にして、親は自らに「自分はどうして子どもをこうまで学校にやらしたいのだろうか」という問いかけを真剣にしただろうか。世間体や常識の枠からいったん出て、今までの自分の価値観、人生観を問い直し、学校に行かないような我が子は愛せない情けない親なのかと…。
そういう問いかけが何度も親自身になされなければ、けっきょく親の勝手で子どもを扱ったり、子どもとの溝をますます深めたりするだけなのだ。
学校に行くとか、行かないとかは表面的なことで、学校拒否という形で子どもが投げかけている問いは、「自立」ということだと思う。親は子どもをつき放すのではなく、ちゃんと責任のとれる「自立」ができるように援助してやってほしい。
自分の目で世間を見、自分の意見をもち、自分で選択できるまで子どもたちが成長するためには、親自身の「自立」も問われよう。親も子も、自分の人生に責任をもつということ、真の自由と自立について考える時が今来ている。「十五の春」を前にして中身なしの形だけの選択を子どもに強いることにならないように。
わく星学校のようなフリースクールに来ると、そこで自分がどのように主体的にこの場とかかわっていくかということが一人一人の子どもに問われます。わく星でいったい何をしたいのか、もちろん何もしない自由も認められるわけですが、何もしないことも含めてここの場とどうかかわっていくかはその個人の責任でなされるわけです。前にも書きましたが、しかたなくフリースクールに来ている子の場合、たくさんのエネルギーが、学校に行っていない自分に対する嫌悪感、世間体や、とり残される不安感に注がれるために、好奇心のままに何かを追求したり、新しいことにチャレンジするという方に向かないのです。
わく星スタッフが用意したプログラム以外にも自分から自らの学びを追求していくタイプの子は本当にまだまだ少数です。「学校」ではついていけなくて、遅れがちだった子の方がむしろここでは、やりたいことを自分で見つけていきいきと成長していくのは、その子の割り切りによるのだと思うのです。「学校」にもどっても、自分はどうせ劣等生でしかないけど、ここではできないということで誰からも責められずやりたいことが思いっきりできるというのがエネルギー全開の理由でしょう。反面、学校でよくできた子は、こんなところでウロウロしている間に同級生たちはどんどん進んでいくのに自分はだめになってしまうのでは?という恐れや不安感からここでの学びを主体的に作っていくエネルギーが沸いてこない場合が多いのです。けれどもこの子たちが本当に悩み苦しんだところから出した結論が、一生の宝となることは確かです。「学び」ということは、人と比べて自分をランクづけするためにあるのでもなく、苦しみに耐えるための訓練でもないということを知ることが自分をいま呪縛しているくさりから自由になって、「学び」こそ人生の喜びだと感じられるようになる一歩だと気付くことでしょう。自分の人生の主人公は自分であり、自分の学びは自分で勝ち得てこそ光り輝く「知恵」となることに気付くことがここへ来たことの意義です。
そういう意味で、「学校拒否」は、「学び」への問いかけでもあります。自分が何をどのように学ぶかを模索し、自らの「学び」を創りあげていくことが、「学校拒否」という選択への答えとなることでしょう。
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