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あけましておめでとうございます

山下 敬子

 1999年ですね。昨年はいろいろお世話になりました。今年もよろしく。去年のことをいろいろ思い出しています。
 去年は1月は正月もちつき会に始まってガーナからのコフィーさんにご自分のお国のことや、研究なさっているHIVのことを語ってもらいました。アフリカの人に初めてあったという子もいてとにかく、その底抜けの明るいパワーに圧倒されました。新年会は今井田歌さんのライブと隠し芸、こさくんの合気道姿かっこよかったね。え、え、けいこさんの着物姿も、色っぽかったって?(だれも言ってないか、、、)。大久保君のお友達の風戸まりさんにモンゴルのスライドとか見せてもらった。元気そうな子ども達が真っ赤なほっぺで馬の世話をしたり、弟や妹をおんぶしてたのが印象的。あっちのお茶やら堅いチーズとかも食べさせてもらった。まりさんはまだモンゴルの風の中、馬といはるんやろか、、、、。
 2月は花背の山口さんとこで雪合宿。みんな雪の中で暴れ回った。また、豚まるまる1ぴきの解体もL−COOPさんのお世話になって、実際に見せていただきました。目の前の今だけでなく、子ども達の世代に本物の「食べ物」を残していくために、命と食べ物との関係をしっかり子ども達に伝えることの大切さを考えました。それで、恒例のみそ作りと、とうふつくりもアライブきっちんさんに協力してもらってやりました。
 3月は暢くん、もーちゃん、きりちゃん、まなちゃん、径くん、もっちゃんとかの進学があってけっこう勉強なんかしてました。春休みは和歌山県の下津の林たくちゃんファミリーやみかん農家の仲田さんにお世話になって「春合宿」をしました。総勢46人。泊めてもらった松本さんの「悟の家」もいっぱいでテントもつかってのおおにぎわいだった。みかん畑で太陽をサンサンと浴びて、おいしいみかんもいただいた。そして農薬を使わずにおいしいみかんをつくる苦労も教えていただきました。
 4月からは、新しいメンバーでということではりきって子ども達もスタートをきった。琵琶湖博物館に言ったり、大原の大尾山に登ったり。サバイバル、ファーミング、フィシングと毎日、次々とやりたいことがあって、、、、。一方、親の会も親子共育相談「竹の子の会」とか「子どもの権利学習会」とかすごく熱心に活動し始めました。「不登校新聞」もできてますます、親も子も私たちの新しい生き方を創っちゃうぞという感じでもりあがってきたのでした。また大津フリースクールをはじめられた永谷さんに自転車世界旅行のお話を聞きそのご縁でゆんたのおにいちゃんが留学することになったりと新たな人の環がうまれました。
 5月には朽木合宿、南清掃工場の見学などごみと環境問題などについて学ぶ機会に恵まれました。あらためてゴミの問題にふれ私たちの使い捨て生活の傲慢さを反省するとともに、地球環境を守り残してやることこそ子ども達にしてやれる大人の大切な役目だとおもったのでした。伏見稲荷ですずめの焼き鳥も食べました。
 6月沢池でカヌー、7月「清滝」と暑くなってからは河と池で水遊びと泳ぎまくり。7月24日から30日までは念願の屋久島へ。初日から大雨にあったり、屋久杉の森に感動したり珊瑚礁で熱帯魚と泳いだり、おさるさんにもあいました。元気な寺本一家の子ども達ともあえて、とってもお世話になり、おいしい魚もいっぱいたべました。
 9月には初夏に「猿害」に悩まされていた岩倉の畑ですが、もう「おさるさん、もっていってよ」というくらいなすやカボチャなどの夏の野菜がいっぱいとれました。はじめて教育実習生として仏教大学の藤田智之さんがきてくれて子どもたちと3週間実習しました。フリースクールのことを卒業論文に書く人が毎年増えているそうです。こさちゃんや智くんがいてくれたので安心して子ども達の大好きな水泳を、のびのびさせてあげられたのでした。夏の終わったもうだれもいない「近江舞子水泳場」に何度もいきました。
 10月は宝が池公園で運動会、ひさしぶりの仲間も集まって楽しかった。秋晴れの日、能登川からよし笛ロードへサイクリングと相変わらずアウトドア派のわく星学校でした。大久保さんこと「ひげんじん」の案内でこの頃から月1回は京都からのいろんなトレールを登っていきました。大文字山を山科まで歩きました。山登りをおっくうがってた子ども達も大好きに変わってきました。とくに山で食べるおべんとうとみんなで運んだ水でつくるスープやおぜんざいが楽しみです。山登りが好きな会員さん、おすすめのコース教えてください。ホームスクーリングの人たち、いしょに登りませんか。
 去年は親の会もすごくがんばったのでした。市教委にいってきました。意外と不登校の子ども達が学校外でどんなふうに育っているのかとか、どの子がどういう経緯でフリースクールにいっているのかとかも、ごぞんじなかってそこからの話しだった。これからが「対話」なんだという印象でした。でも率直にいって、担任の先生から校長、校長から市教委とかルート上の対話あるんだろうと思っていたのにいがいだった。親御さんと担任との対話は市教委には伝わってないんだ。何人もの不登校だった子ども達がすでに私たちわく星学校で育ち、巣立ってもいったのにほとんどフリースクールのことは知られていなかったのでした。でもま、とりあえず今後は、子ども達がこういう状況だからいっしょになんとかしましょうという視点に立って話していきたいとおもっています。たとえば学校に通っていても「学校にいく義務がある」というように思いこまされてで無理して苦しんで通学しています。そんななか、自殺する子、学級崩壊、いじめ、非行、ナイフ事件、命まで絶つ子ども達もいます。学校は命までかけていくところではないよ、苦しくて休みたかったらやすんでもいいよ、学校にいくのは権利であって義務ではないんだよ、さらにどんな子も自分にあった学び方を選択することが保障されるんだということを大人達がゆとりをもっていえるような世の中になってほしいです。せっぱつまってやむえず罪をおかしてしまった子ども達を「少年法」の改正で厳罰をあたえて裁く前に、耳を澄まして子どもの救いを求める声に耳を傾けられる大人達でありたいとおもいませんか。
 子どもと対話出来ないと嘆く大人達に大勢あいます。断絶というのでしょうか。特にお父さん。私は子ども達が夢中になってやっていることを(どんなつまらないことでも)いっしょにやってみることをおすすめしています。自分の遊びに子どもを連れ込むのではなくて、子どもに遊びによせてもらうつもりでやってみると楽しいなとおもえるのがあります。というのは私の場合は、ミーハーで変わったもん好きときてるのでけっこうなんでも楽しめるんだけど「暴力もの」だけは消耗してしまうのでこれきらいとはっきりいっています。ま、無理はしなくてもいいけど、でも自分から楽しもうとしないとだめですが。で、そんなことをしてるうちにこの子達にとってこんな遊びがどんなに大切なことだったかが分かるようになってきます。自分自身の今までの一方的な見方にすごく反省があったり、ついつい、自分もやらんならんこともほったらかしで没頭するゲーム狂やったことがわっかたり、、、。わたしはこれがきっかけでいろいろ考えさせられました。で、この子たちとこれからどんなことを学んでいかなくてはいけないかをまた新たに気付くようになったのです。2学期になって子ども達も心身ともにずいぶんしっかり成長し、いい悪い両方の意味でも仲間としてのまとまりがうまれてきました。年上の子ども達のリーダーシップのありかたについてもスタッフのなかで話し合われました。
 11月は文化祭、オープン・スクール、バザーや陶芸、みそつくりもしました。
 12月は大阪のATCセンターにいって大阪湾に浮かぶ外国船を見たり、大阪食い道楽体験も子ども達とやってみました。石山の笹間ヶ岳にも登りました。12月22、23日には花背山の家と峠のハイキングにいきます。まあいろいろあった1998年です。今アメリカのイラク爆撃のニュースを聴きながら来年も油断できないぞという年の暮れです。
 1999年でわく星学校も9年目。早いものですね。子どもでいうと、ギャングエイジにはいったところ。やっとわく星学校もやっとそんな時期にはいったかな?今年はどんな事が起きるやら楽しみです。
 わたしの事で恐縮ですが新しい年がやって来ると同時に、名前も変えることにしました。戸籍名は「土田敬子」で、通称は今まで通り山下敬子。でも一番好きなのは、ファーストネームで「けいこさん」か「わく星のけいこさん」がいいかなあ。離婚時に娘達と違う姓になることや仕事場でプライバシーをさらされることがいやだったので婚姻姓名「山下」をえらんだのですが、長い人生のなかで考えも立場も変わってきてもとの子どもの頃の私の名前にもどりたいと思うようになりました。裁判所の許可を得て、役所に届けて、面倒なことがいっぱいありました。女だけなんで、、、と云う思いもありましたし、なんでいちいち国家に私の名前を「許可」してもらわなあかんのよともおもいました。私という個人より、戸籍という制度が優先される社会、戸籍制度という同じ姓でひとくくりにしないとならないない家族てなんなんだろうとか、と考えさせられました。「みんな違っていていい」というのは社会制度の改革ぬきでは実現することはできないということなのでしょうね。このことはまたの機会にということで、フリースクール関係のひとは今まで通り「わく星けいこさん」か「山下敬子」と書いたりよんだりしてくださってて結構です。自他とも認める「ウータン」みたいなぴったりなニックネームがある人がうらやましいです。いろいろややこしいこというあんたってへそまがりと母はいまもいっています。忙しい年の暮れにすいませんでした。ではいいお歳をお迎えください。
 ちなみに、1999年の新年会は1月17日(日)田中神社で12時からやります。恒例の隠し芸大会もあるからね。みなさんお気軽にいらしてください。

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